2012年 10月 19日
読書雑感 『マリア・プロジェクト』楡周平著 |
マイミクシーのWさんが楡周平の『修羅の宴』を激賞していた。作品に対して鋭い目を持っていられる方なので、この著者の作品は未読であるが読んでみたいと思った。図書館で聞いてみると、リクエストが30何人かあるという。それなら同じ著者のものでと書架にあった『マリア・プロジェクト』を借りてきた。まず継続した三浦しおんの『まほろば駅前多田便利軒』と内舘牧子の『夢をかなえる夢を見た』を先に読んだ。どちらも読みやすい本だった。
さて『マリア・プロジェクト』であるが冒頭から衝撃的な場面。堕胎される胎児の悲痛な叫びではじまる。痛ましさ、怖ろしさに襲われる。
プロローグはフィリピンの中でも最悪なスラム街トンドで少女誘拐が起こることから始まる。極貧の人達が住む劣悪な環境。汚水と糞尿の匂いが立ちこめる。ここでは戸籍もなく、行方不明者が出ても警察がまともに取り上げない。ここで生まれたと分かれば、どんなに優秀で最高の大学を出ようと一流会社では採用しない。少女はアリシアという16才の処女。誘拐者に協力したのが、酒飲みのテオドロ。実はアリシアの父はその地域の男たちを束ね仕事を斡旋する面倒見のいい親方だ。恩ある親方の娘を誘拐の手引きすることなどできないはずだが、誘拐団に話を持ちかけられ謝礼をちらつかされると協力を承諾してしまう。飲んだくれて路地で寝込んでいるところを、アリシアが通りかかり、自宅まで支えていく。「すまねえな。アリシア、お前は本当に優しい娘だ」。
しかしそれは演技で自宅まで行くと、そこに誘拐団の男たちが待っていた。麻酔で眠らされ身体を調べられた。男は、テオドロに5万ペソを渡す。2か月以上何もしないでも食べて飲んでいられる金額に驚く。
このスラム街で何年かの間に少年や少女、幼児の誘拐が続く。その目的は、臓器移植や受精卵の母胎を得るためであった。世界中の需要に応え、「マリア・プロジェクト」と名づけられた闇の研究機関がフィリッピンで作られていた。
一方、日本の財閥の跡継ぎの一人娘、大道寺諒子は帝大(東大)の優秀な学生と恋に落ち、妊娠する。家柄に格段の差があり、どう見ても両親の許すはずのない相手だった。中絶できない月数まで隠し、既成事実で生もうとするが、母親に追求され、中絶を強要される。胎児は強制流産という形で施術が行われた。
その医師は優秀な遺伝子を持つ胎児から卵子を取り出して培養液で熟成させる目的で大儲けができるとほくそ笑む。その医師、新城もプロジェクトの一員であった。
恩師である帝大の名誉教授楢崎から電話で秘密裏の手術を依頼されたのだった。
とにかく、読んでいると、不快感とおぞましさに胸が圧迫され読み進むのが苦痛でこれ以上は無理と一旦は本を手放した。
しかし、怖いもの見たさというか、一日経つと人間社会の深刻な問題提起かも知れないと、翌日また読み始めた。子どもの心臓病を治すには移植以外にないと、海外で手術する現状もある。人工授精した受精卵をお腹を借りて子どもを生んでもらうこともある。日本では許されないことを外国で受けることは多い。母体を貸した女性が生まれた子供の引き渡しを拒むこともある。
そうしたトラブルを防ぐため、誘拐した16才の少女が使われる。初めこそ抵抗するが、きれいな環境で贅沢な食事を与えられると逃げられないと観念し、1年おきに子どもを生ませられる。生まれた子を1度でいいから抱かせて、と泣き叫んでも赤子はどこかへ連れ去られる。
諒子の恋人だった瀬島孝輔は、諒子から中絶のことをメールで聞かされると、初めは怒り、やがて自分の犯した罪に思い至り別れを決意する。大学卒業後、飛鳥物産という一流商事会社に就職し、海外勤務でフィリッピンのマニラ支社にきていた。
建設部門で現地採用されたマリオは、フィリッピン大学を優秀な成績で卒業したが、スラムのトンド生まれということを隠し、待遇は日本人よりかなり安い給料だが、不満も言わず、誰にも負けないくらい働いて瀬島の信頼を得、片腕となっていた。
そのマリオの高校生の弟が行方不明になった。マリオは仕事どころではなくなり、弟を捜すため休暇を取る。瀬島は、今まで休んだことがないマリオがやつれて暗い表情なのが気になり、問いただす。マリオは大学に入るとき、トンド出身を隠すため世話する人があって、ある人の養子になっていた。それを聞き出すと瀬島はそんなことは問題ではない、また、あえてトンド出身と明かすこともない、と励まし強い信頼で繋がった。
大道寺諒子は、親の決めた相手と結婚。男児が生まれる。しかし、心臓に欠陥があり5才の時心臓移植以外に助からないと言われる。どんなにお金がかかろうと助けてほしいと、医師に懇願する。一方、胎児から採った卵子を大切に育てている新城は、すでにフィリッピンのプロジェクトに受精卵を使って子どもを生ませていることを知っており、諒子にフィリッピンで心臓移植を受けるように伝え、手配する。
息子の手術は成功するが、半年後に感染症で死亡してしまう。大学の要請でしぶしぶ承諾し移植された心臓は摘出され保管される。
瀬島と諒子の間でも、フィリッピンでの偶然の再会があり、今までのすべてのことを知った瀬島は諒子に心臓のDNAを調べるように言い、遺伝子が胎児からとった卵子と共通していることが分かる。
プロジェクトの闇の存在と誘拐された子どもたちのことが繋がり、研究所から子どもたちを救わなければ、内臓提供者として生きたまま殺される。胎児から採った卵子も取り返さなければ。
アリシアの父はずっと最愛の娘の行方を捜していたが、大金を持っていたテオドラの話を聞き、追求する。マリオの弟の誘拐を認め、すべての誘拐に協力したことを認める。
屈強な男たちを集め武器も用意して戦略を立てる。瀬島もマリオもその一団だ。
もう一人、プロジェクトの標的になり、母胎提供者とされた女性がおり誘拐される。女性はフィリッピン大でこの国のことを研究するため島を巡ることになっていた。
この女性の機転で外部に「ヘルプ!」の手話が外で芝の手入れをしていた難聴の男性作業員につたわり、施設の場所が判明したのであるが略す。それからあとのことは長い戦争のような襲撃場面が続くが略す。
誘拐された子どもたちは救い出される。マリオの弟も固定された手術台から危機一髪助けられる。
読んで以前読んだ「私を離さないで」(カツオ・イシグロ)を思い出した。内臓提供のためにクローン人間として生まれた子供たちのことを書いている。
おどろおどろした小説だが、神の領域を侵した医学界への警告書ともとれる。エンターテイメントとも言えるかも知れない。
フィリッピンからクレームはなかったのだろうか。
さて『マリア・プロジェクト』であるが冒頭から衝撃的な場面。堕胎される胎児の悲痛な叫びではじまる。痛ましさ、怖ろしさに襲われる。
プロローグはフィリピンの中でも最悪なスラム街トンドで少女誘拐が起こることから始まる。極貧の人達が住む劣悪な環境。汚水と糞尿の匂いが立ちこめる。ここでは戸籍もなく、行方不明者が出ても警察がまともに取り上げない。ここで生まれたと分かれば、どんなに優秀で最高の大学を出ようと一流会社では採用しない。少女はアリシアという16才の処女。誘拐者に協力したのが、酒飲みのテオドロ。実はアリシアの父はその地域の男たちを束ね仕事を斡旋する面倒見のいい親方だ。恩ある親方の娘を誘拐の手引きすることなどできないはずだが、誘拐団に話を持ちかけられ謝礼をちらつかされると協力を承諾してしまう。飲んだくれて路地で寝込んでいるところを、アリシアが通りかかり、自宅まで支えていく。「すまねえな。アリシア、お前は本当に優しい娘だ」。
しかしそれは演技で自宅まで行くと、そこに誘拐団の男たちが待っていた。麻酔で眠らされ身体を調べられた。男は、テオドロに5万ペソを渡す。2か月以上何もしないでも食べて飲んでいられる金額に驚く。
このスラム街で何年かの間に少年や少女、幼児の誘拐が続く。その目的は、臓器移植や受精卵の母胎を得るためであった。世界中の需要に応え、「マリア・プロジェクト」と名づけられた闇の研究機関がフィリッピンで作られていた。
一方、日本の財閥の跡継ぎの一人娘、大道寺諒子は帝大(東大)の優秀な学生と恋に落ち、妊娠する。家柄に格段の差があり、どう見ても両親の許すはずのない相手だった。中絶できない月数まで隠し、既成事実で生もうとするが、母親に追求され、中絶を強要される。胎児は強制流産という形で施術が行われた。
その医師は優秀な遺伝子を持つ胎児から卵子を取り出して培養液で熟成させる目的で大儲けができるとほくそ笑む。その医師、新城もプロジェクトの一員であった。
恩師である帝大の名誉教授楢崎から電話で秘密裏の手術を依頼されたのだった。
とにかく、読んでいると、不快感とおぞましさに胸が圧迫され読み進むのが苦痛でこれ以上は無理と一旦は本を手放した。
しかし、怖いもの見たさというか、一日経つと人間社会の深刻な問題提起かも知れないと、翌日また読み始めた。子どもの心臓病を治すには移植以外にないと、海外で手術する現状もある。人工授精した受精卵をお腹を借りて子どもを生んでもらうこともある。日本では許されないことを外国で受けることは多い。母体を貸した女性が生まれた子供の引き渡しを拒むこともある。
そうしたトラブルを防ぐため、誘拐した16才の少女が使われる。初めこそ抵抗するが、きれいな環境で贅沢な食事を与えられると逃げられないと観念し、1年おきに子どもを生ませられる。生まれた子を1度でいいから抱かせて、と泣き叫んでも赤子はどこかへ連れ去られる。
諒子の恋人だった瀬島孝輔は、諒子から中絶のことをメールで聞かされると、初めは怒り、やがて自分の犯した罪に思い至り別れを決意する。大学卒業後、飛鳥物産という一流商事会社に就職し、海外勤務でフィリッピンのマニラ支社にきていた。
建設部門で現地採用されたマリオは、フィリッピン大学を優秀な成績で卒業したが、スラムのトンド生まれということを隠し、待遇は日本人よりかなり安い給料だが、不満も言わず、誰にも負けないくらい働いて瀬島の信頼を得、片腕となっていた。
そのマリオの高校生の弟が行方不明になった。マリオは仕事どころではなくなり、弟を捜すため休暇を取る。瀬島は、今まで休んだことがないマリオがやつれて暗い表情なのが気になり、問いただす。マリオは大学に入るとき、トンド出身を隠すため世話する人があって、ある人の養子になっていた。それを聞き出すと瀬島はそんなことは問題ではない、また、あえてトンド出身と明かすこともない、と励まし強い信頼で繋がった。
大道寺諒子は、親の決めた相手と結婚。男児が生まれる。しかし、心臓に欠陥があり5才の時心臓移植以外に助からないと言われる。どんなにお金がかかろうと助けてほしいと、医師に懇願する。一方、胎児から採った卵子を大切に育てている新城は、すでにフィリッピンのプロジェクトに受精卵を使って子どもを生ませていることを知っており、諒子にフィリッピンで心臓移植を受けるように伝え、手配する。
息子の手術は成功するが、半年後に感染症で死亡してしまう。大学の要請でしぶしぶ承諾し移植された心臓は摘出され保管される。
瀬島と諒子の間でも、フィリッピンでの偶然の再会があり、今までのすべてのことを知った瀬島は諒子に心臓のDNAを調べるように言い、遺伝子が胎児からとった卵子と共通していることが分かる。
プロジェクトの闇の存在と誘拐された子どもたちのことが繋がり、研究所から子どもたちを救わなければ、内臓提供者として生きたまま殺される。胎児から採った卵子も取り返さなければ。
アリシアの父はずっと最愛の娘の行方を捜していたが、大金を持っていたテオドラの話を聞き、追求する。マリオの弟の誘拐を認め、すべての誘拐に協力したことを認める。
屈強な男たちを集め武器も用意して戦略を立てる。瀬島もマリオもその一団だ。
もう一人、プロジェクトの標的になり、母胎提供者とされた女性がおり誘拐される。女性はフィリッピン大でこの国のことを研究するため島を巡ることになっていた。
この女性の機転で外部に「ヘルプ!」の手話が外で芝の手入れをしていた難聴の男性作業員につたわり、施設の場所が判明したのであるが略す。それからあとのことは長い戦争のような襲撃場面が続くが略す。
誘拐された子どもたちは救い出される。マリオの弟も固定された手術台から危機一髪助けられる。
読んで以前読んだ「私を離さないで」(カツオ・イシグロ)を思い出した。内臓提供のためにクローン人間として生まれた子供たちのことを書いている。
おどろおどろした小説だが、神の領域を侵した医学界への警告書ともとれる。エンターテイメントとも言えるかも知れない。
フィリッピンからクレームはなかったのだろうか。
by ttfuji
| 2012-10-19 20:38
| 読書