2007年 11月 29日
古い旅行記をアップ 3年前の「京都旅行」 |
VINさんが、京都旅行に行ってこられ、旅日記ときれいなもみじの写真を載せていられた。
私も何年か前、同じところへ行ってきたので、ブログを探したが、見あたらない。マイドキュメントの、国内旅行のファイルをみたら、そこに入っていた。2004,11月だからブログをはじめる丁度一年前だった。整理する意味もあって、ブログの「旅」のカテゴリに移すことにした。
京都の旅 (04,11,16~11,18)
11月16日(火)
前日からの天気も回復。幸運を思う。いつもの旅仲間4人(井上さん・高山さん・長岐さん・私)。小田原8時12分のこだまに乗る。京都に午前中に着くが、時間節約のため、昼食は小田原で買ったお弁当を新幹線の中で済ます。京都駅のキャリーサービスで大きなバッグを宿に届けてもらう。京都駅バスターミナルでバス回数券千円分(@220×5)を買い11時58分発の嵐山・清滝行きのバスに乗る。愛宕念仏寺下車。
愛宕(オタギ)念仏寺 左京区嵯峨
五百羅漢を見る。ここの羅漢様は年代が広いらしくメガネをかけていたり、子どもを抱いたり、舌を出したりと表情や格好がとても近代的で多様だ。数も五百よりはるかに多い。
ここより嵐山に向かって秋の嵯峨野路を散策する。町並み保存館のまえを緩やかに下る。
もみじや三五七仕立てに鉢植えされた嵯峨菊、道端の出店など見ながら旅の情緒に浸る。天気が良くなったのとシーズンのためか人出は多い。
化野(アダシノ)念仏寺
境内には八千体の石仏が祀られている。寺伝によれば、化野にお寺が建立されたのは、約千五百年前、弘法大師が野ざらしの遺骸を埋葬したと伝えられる。現在、華西山東漸院念仏寺と称し本尊阿弥陀仏座像は湛慶の作。
二尊院前を通り去来の墓にお参りし落柿舎のお土産店で買いもの、井上さんの案内で瀬戸内寂聴さんの「寂庵」に立ち寄る。庵主さんは留守だったが、世話役の人が鍵を開けてくれ中を拝観させて頂く。ラッキーだった。嵯峨野路は観光客であふれタクシーや人力車で渋滞していた。
途中、「さつき」というしゃれた喫茶店でコーヒー休憩する。野々宮神社、天竜寺前を通り嵐山渡月橋に出る。渡月橋よりタクシーで広隆寺へ。ここは井上さんおすすめの寺。
広隆寺 右京区太秦
推古天皇十一年(603)に建立された山城最古の寺院。帰化した秦氏族が聖徳太子から仏像を賜り、それを御本尊として建立した。この御本尊が現存する弥勒菩薩。わが国で最も古く最も美しいといわれる「弥勒菩薩半跏思惟像」は国宝。講堂は重文、桂宮院本堂(国宝)、霊宝殿には弥勒菩薩の他多くの国宝、重文の仏像が安置されており拝観できた。
広隆寺前よりバスで四条河原まで行き、加茂川、高瀬川など渡り先斗町界隈の路地を通って三条通りにある京都ロイヤルホテルに5時半頃到着。部屋は9階。加茂川や京都の夜景が望める。八坂神社や都ホテルなども見える。
夕食は、ホテル10階の会席料理。井上さんが会員なのでホテルの費用はすべて1割引となり有り難い。携帯電話で計れる歩数計で今日は1万4千余歩歩いた由。
11月17日(水)
今日は『醍醐寺と宇治浪漫』Dというコースの定期観光バスで回る。昨日電話で予約してあるので9時5分にホテルまでバスが迎えに来てくれる。同行の井上さんは京都好きで2・30年前から毎年3~5回は京都に来ている人なので京都中わが庭のように詳しい。何でも任せて安心でどこへ行きたいか聞かれている。平等院や醍醐寺というリクエストがありこのコースを選んだ。万福寺・平等院・宇治散策・三室戸寺、醍醐寺、三宝院、勧修寺と回る。
万福寺 10時半~ 宇治市
黄檗山万福寺。お坊さんが案内して下さる。1654年中国から渡来した隠元和尚が1661年に開創された中国風の寺院で日本三禅宗の一つ、黄檗宗の総本山。大雄宝殿は本堂であり最大の伽藍。日本では唯一最大のチーク材を使った歴史的建造物と案内にある。本尊は釈迦牟尼仏。開ぱんといわれる大きな魚板がつるしてある。口には大きな玉をくわえておりこれは煩悩とのこと。木魚の原型になったもので時を報ずるものとして今でも使われている由。天王殿に祀られている布袋様は弥勒菩薩の化身と説明された。
宇治平等院 11:25~
平等院は1052年藤原頼道によって開創され、翌年、阿弥陀如来(国宝)を安置する阿弥陀堂(国宝)として建立された。大和絵風九品来迎図、梵鐘、鳳凰一対など国宝文化財多数。
鳳凰堂は建物の美しさとともに修学旅行やその後も何度か来ているので印象が深い。庭園と阿字池が一体になって史跡名勝庭園に指定されている。
堂内は現在改修中で一部しか見られない。宇治散策と各自自由昼食が組まれている。
大きな器に入った鰊茶そばを食べる。
三室戸寺 13:50 宇治市莵道滋賀谷
縁起によると宝亀年間(770~780)、光仁天皇の勅願により千手観世音菩薩を御本尊として創建された。堂塔伽藍が整い重文の銅像も多い。三重塔、五千坪の大庭園は枯山水、池泉からなり睡蓮の池が本堂の正面に陣取っていた。あじさい・ツツジの頃は見事らしい。花の寺ともいわれる。
醍醐寺 14:55~ 京都市伏見区
世界文化遺産。弘法大師の孫弟子にあたる聖宝・理源大師が貞館16年(874)、醍醐山上に草庵を結び、准貞・如意輪の両観音像を彫刻し堂宇に安置したのが醍醐寺の始まり。その後代々の天皇の深い帰依により堂塔伽藍が整った。秀吉の花見宴として知られる。
勧修寺 15:20 京都市山科
昌泰3年(900)、醍醐天皇により創建された。「氷室の池」を中心に「勧修寺氷池園」と呼ばれる庭園がある。平安時代にはその池に張った氷を宮中に献上し、その氷の厚さによってその年の五穀豊凶を占ったといわれる。
定観バスでの社寺巡りはここで終わり、バスは京都駅に向かって帰途に着くが途中の五条で下車。京阪三条まで地下鉄に乗り替える。ホテルに5時半頃帰着。夕食は中華料理。
11月18日(木)
3日目は私のリクエストで哲学の道を歩く。京阪三条よりバスで真如堂まで行く。平安神宮前を曲がり京都動物園近くを通って、かなり乗ったが220円の回数券で間に合う。9時40分頃、真如堂前から歩いて哲学の道にでる。
哲学の道
熊野若王子神社から銀閣寺に向かって緩やかなカーブを描く琵琶湖疎水沿いの全長約2キロの散策路で四季折々の豊かな表情が魅力(五木寛之さんの案内書より)。私たちは途中の約1キロほどを歩く。大正時代、京都帝大で教鞭をとっていた哲学者、西田幾多郎が思索しながら歩いたのでこの名が付いた。山折哲治さんの随筆でも魅力を感じていたがなるほどすばらしい小径である。春は堀の両側に咲くさくらが美しいだろうし、今はもみじがきれい。堀は結構深いし水量も多いので足を滑らせないように注意する。やっぱり来て良かったと実感する。雨が降り出したがひどい降りではない。哲学の道から南禅寺に向かう。途中、もみじの美しい永観堂の前を通るが入園料千円がかかるし時間もないので門から眺めて素通りする。
南禅寺
正応四年(1291)、亀山法皇が離宮を禅寺に改めたのが起源である。臨済宗南禅寺派の総本山であり格式の高さで知られているという。境内は広く建築物、堂宇、伽藍も多い。石川五右衛門の「絶景かな、絶景かな」で有名な三門に上り、楼閣からのもみじを見渡す。琵琶湖疎水を引いた水路閣、インクラインなども見る。
帰りはタクシーで錦小路へ。目当てのうどん屋は定休日で閉まっておりもう一軒も閉まっていた。飛び入りで入ったところ混んでいたがおいしい店だった。天ぷらそばを食べる。買物をし、ホテルにバッグを取りに行く。朝、荷物は宅急便で送ったので今日買ったお土産程度で身軽。京都2時40分のこだまで帰り、伊勢原駅着6時半頃。雨が強くなっておりタクシーで帰る。充実した良い旅行だった。
04年11月25日 記
私も何年か前、同じところへ行ってきたので、ブログを探したが、見あたらない。マイドキュメントの、国内旅行のファイルをみたら、そこに入っていた。2004,11月だからブログをはじめる丁度一年前だった。整理する意味もあって、ブログの「旅」のカテゴリに移すことにした。
京都の旅 (04,11,16~11,18)
11月16日(火)
前日からの天気も回復。幸運を思う。いつもの旅仲間4人(井上さん・高山さん・長岐さん・私)。小田原8時12分のこだまに乗る。京都に午前中に着くが、時間節約のため、昼食は小田原で買ったお弁当を新幹線の中で済ます。京都駅のキャリーサービスで大きなバッグを宿に届けてもらう。京都駅バスターミナルでバス回数券千円分(@220×5)を買い11時58分発の嵐山・清滝行きのバスに乗る。愛宕念仏寺下車。
愛宕(オタギ)念仏寺 左京区嵯峨
五百羅漢を見る。ここの羅漢様は年代が広いらしくメガネをかけていたり、子どもを抱いたり、舌を出したりと表情や格好がとても近代的で多様だ。数も五百よりはるかに多い。
ここより嵐山に向かって秋の嵯峨野路を散策する。町並み保存館のまえを緩やかに下る。
もみじや三五七仕立てに鉢植えされた嵯峨菊、道端の出店など見ながら旅の情緒に浸る。天気が良くなったのとシーズンのためか人出は多い。
化野(アダシノ)念仏寺
境内には八千体の石仏が祀られている。寺伝によれば、化野にお寺が建立されたのは、約千五百年前、弘法大師が野ざらしの遺骸を埋葬したと伝えられる。現在、華西山東漸院念仏寺と称し本尊阿弥陀仏座像は湛慶の作。
二尊院前を通り去来の墓にお参りし落柿舎のお土産店で買いもの、井上さんの案内で瀬戸内寂聴さんの「寂庵」に立ち寄る。庵主さんは留守だったが、世話役の人が鍵を開けてくれ中を拝観させて頂く。ラッキーだった。嵯峨野路は観光客であふれタクシーや人力車で渋滞していた。
途中、「さつき」というしゃれた喫茶店でコーヒー休憩する。野々宮神社、天竜寺前を通り嵐山渡月橋に出る。渡月橋よりタクシーで広隆寺へ。ここは井上さんおすすめの寺。
広隆寺 右京区太秦
推古天皇十一年(603)に建立された山城最古の寺院。帰化した秦氏族が聖徳太子から仏像を賜り、それを御本尊として建立した。この御本尊が現存する弥勒菩薩。わが国で最も古く最も美しいといわれる「弥勒菩薩半跏思惟像」は国宝。講堂は重文、桂宮院本堂(国宝)、霊宝殿には弥勒菩薩の他多くの国宝、重文の仏像が安置されており拝観できた。
広隆寺前よりバスで四条河原まで行き、加茂川、高瀬川など渡り先斗町界隈の路地を通って三条通りにある京都ロイヤルホテルに5時半頃到着。部屋は9階。加茂川や京都の夜景が望める。八坂神社や都ホテルなども見える。
夕食は、ホテル10階の会席料理。井上さんが会員なのでホテルの費用はすべて1割引となり有り難い。携帯電話で計れる歩数計で今日は1万4千余歩歩いた由。
11月17日(水)
今日は『醍醐寺と宇治浪漫』Dというコースの定期観光バスで回る。昨日電話で予約してあるので9時5分にホテルまでバスが迎えに来てくれる。同行の井上さんは京都好きで2・30年前から毎年3~5回は京都に来ている人なので京都中わが庭のように詳しい。何でも任せて安心でどこへ行きたいか聞かれている。平等院や醍醐寺というリクエストがありこのコースを選んだ。万福寺・平等院・宇治散策・三室戸寺、醍醐寺、三宝院、勧修寺と回る。
万福寺 10時半~ 宇治市
黄檗山万福寺。お坊さんが案内して下さる。1654年中国から渡来した隠元和尚が1661年に開創された中国風の寺院で日本三禅宗の一つ、黄檗宗の総本山。大雄宝殿は本堂であり最大の伽藍。日本では唯一最大のチーク材を使った歴史的建造物と案内にある。本尊は釈迦牟尼仏。開ぱんといわれる大きな魚板がつるしてある。口には大きな玉をくわえておりこれは煩悩とのこと。木魚の原型になったもので時を報ずるものとして今でも使われている由。天王殿に祀られている布袋様は弥勒菩薩の化身と説明された。
宇治平等院 11:25~
平等院は1052年藤原頼道によって開創され、翌年、阿弥陀如来(国宝)を安置する阿弥陀堂(国宝)として建立された。大和絵風九品来迎図、梵鐘、鳳凰一対など国宝文化財多数。
鳳凰堂は建物の美しさとともに修学旅行やその後も何度か来ているので印象が深い。庭園と阿字池が一体になって史跡名勝庭園に指定されている。
堂内は現在改修中で一部しか見られない。宇治散策と各自自由昼食が組まれている。
大きな器に入った鰊茶そばを食べる。
三室戸寺 13:50 宇治市莵道滋賀谷
縁起によると宝亀年間(770~780)、光仁天皇の勅願により千手観世音菩薩を御本尊として創建された。堂塔伽藍が整い重文の銅像も多い。三重塔、五千坪の大庭園は枯山水、池泉からなり睡蓮の池が本堂の正面に陣取っていた。あじさい・ツツジの頃は見事らしい。花の寺ともいわれる。
醍醐寺 14:55~ 京都市伏見区
世界文化遺産。弘法大師の孫弟子にあたる聖宝・理源大師が貞館16年(874)、醍醐山上に草庵を結び、准貞・如意輪の両観音像を彫刻し堂宇に安置したのが醍醐寺の始まり。その後代々の天皇の深い帰依により堂塔伽藍が整った。秀吉の花見宴として知られる。
勧修寺 15:20 京都市山科
昌泰3年(900)、醍醐天皇により創建された。「氷室の池」を中心に「勧修寺氷池園」と呼ばれる庭園がある。平安時代にはその池に張った氷を宮中に献上し、その氷の厚さによってその年の五穀豊凶を占ったといわれる。
定観バスでの社寺巡りはここで終わり、バスは京都駅に向かって帰途に着くが途中の五条で下車。京阪三条まで地下鉄に乗り替える。ホテルに5時半頃帰着。夕食は中華料理。
11月18日(木)
3日目は私のリクエストで哲学の道を歩く。京阪三条よりバスで真如堂まで行く。平安神宮前を曲がり京都動物園近くを通って、かなり乗ったが220円の回数券で間に合う。9時40分頃、真如堂前から歩いて哲学の道にでる。
哲学の道
熊野若王子神社から銀閣寺に向かって緩やかなカーブを描く琵琶湖疎水沿いの全長約2キロの散策路で四季折々の豊かな表情が魅力(五木寛之さんの案内書より)。私たちは途中の約1キロほどを歩く。大正時代、京都帝大で教鞭をとっていた哲学者、西田幾多郎が思索しながら歩いたのでこの名が付いた。山折哲治さんの随筆でも魅力を感じていたがなるほどすばらしい小径である。春は堀の両側に咲くさくらが美しいだろうし、今はもみじがきれい。堀は結構深いし水量も多いので足を滑らせないように注意する。やっぱり来て良かったと実感する。雨が降り出したがひどい降りではない。哲学の道から南禅寺に向かう。途中、もみじの美しい永観堂の前を通るが入園料千円がかかるし時間もないので門から眺めて素通りする。
南禅寺
正応四年(1291)、亀山法皇が離宮を禅寺に改めたのが起源である。臨済宗南禅寺派の総本山であり格式の高さで知られているという。境内は広く建築物、堂宇、伽藍も多い。石川五右衛門の「絶景かな、絶景かな」で有名な三門に上り、楼閣からのもみじを見渡す。琵琶湖疎水を引いた水路閣、インクラインなども見る。
帰りはタクシーで錦小路へ。目当てのうどん屋は定休日で閉まっておりもう一軒も閉まっていた。飛び入りで入ったところ混んでいたがおいしい店だった。天ぷらそばを食べる。買物をし、ホテルにバッグを取りに行く。朝、荷物は宅急便で送ったので今日買ったお土産程度で身軽。京都2時40分のこだまで帰り、伊勢原駅着6時半頃。雨が強くなっておりタクシーで帰る。充実した良い旅行だった。
04年11月25日 記
by ttfuji
| 2007-11-29 12:31
| 旅