私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

カテゴリ:友・師・人( 105 )

Yさんとお出かけ

 8月20日日曜日、久しぶりにYさんとお出かけした。いつも、誘って下さるのだが、暑さとなんとなくの億劫さ、お互いのスケジュールが合わない、などで何か月も実現しなかった。
 今回は、私の方から電話した。日曜、月曜と何の予定もないので都合がついたらどこかへ行きませんかと。留守だったので、メールを入れた。30分ほどで、電話がかかり、庭に出ていたという。30分後の11時半に出かけることになった。幸い、猛暑ではない。歩いて駅までいける。それでも、普段歩いてない私にとっては20分近い歩行は、前のめりの姿勢になるし、息切れがする。汗もかく。
 町田か新宿かと相談して、町田に決めた。ゆっくりデパートで目の保養をしましょう、昼食の時間だが、少し歩いてからということで、華やかなファッションを見て歩いた。自分の齢を考えると、選べるものも限られてくるが、Yさんにそれを言うと、嫌がる。年をとってもおしゃれは出来る、老け込んでは駄目、時々でかけて、きれいなもの、好みのもの、自分に似合いそうなものを選んだり、着てみたりするのも楽しいじゃないの、と言われる。
 秋に金沢旅行をするので、もう着て行くものも買ったのだが、ストライプの服に合うコートを探したいという。娘さんのお相手の方が金沢の方なので、ご家族で?と聞くと、ううん、学生時代の友達何人かとの旅行という。そんな~。親戚訪問なんて、旅行ではないという。たしかに。
 私は、同窓会にかこつけて親戚きょうだい宅の訪問くらいしか今はしてない。旅行もできなくなったものだとつくづく感じる。
 1時間ほどおしゃべりして歩き、お腹も空いてきたので、いつもの4階奥まった隅にあるカフェに入った。いつもは、パスタやオムライスなど頂くが、もっと軽いものをとホットケーキセットにした。
 ここでもゆったりおしゃべりをした。
 各階をほぼ全館見てまわり、最後に催し物会場でバーゲン商品を見て、いくつかお買い得を買った。
 yさんは、日用品、雑貨売り場でイグサの敷物を注文、配達を依頼した。書道をやっているYさんは筆も選んでいた。最後に、地下で夕食の買い物。鰻やお刺身、出来合いの中華のおかずなど買い、手抜きではあるが夫の好物を揃え、あらかじめ電話しておいたのでご機嫌も良かった。
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by ttfuji | 2017-08-21 14:27 | 友・師・人 | Comments(0)
 7月8日(土)
 午前中、郷土史の講演があった日。Nさんと昼食をデニーズで済ませ、かねてから予定をしていたTさんのホームにNさんと訪問した。
 旅行も、美術館や映画、食事などもいつも一緒だったTさんが、ホームに入所することになり、今年1月から郷土史も退会した。95歳という高齢で家族も親を一人で置くのも心配と気遣ってのホーム入所だったが、図書館行きも郷土史もその他のサークルも参加できなくなった。ご本人も、淋しい思いをすると覚悟していたが、思ったより快適と満足していられる。息子さん夫婦も、色々気遣って部屋を快適に整えてくれ、息子さんは図書館にも連れて行ってくれるという。
 毎日午前中散歩とリハビリもあり、買い物も聞きに来てくれるという。至れり尽くせりの対応だが、負担もそれなりにあり、入れる人は限られると思う。絵をかいたり本を読んだりの生活だが、昼寝はしないという。夜眠れなくなるからという。
 1時半頃、ホームに着き、受付で訪問の手続きをすると、直接本人に確かめて下さる。予告してあるので、すぐ手続きは済んだが、手洗いうがいを促され、体調を聞かれ、検温もされた。2回目なのでなれていたが。勝手知りたるとはいかず、付き添いで案内される。Nさんの訪問をとても喜んで下さった。何にも持ってこないでと言われたので、その通りにしたが、ゼリーなど家族から届いている菓子があり、ふるまって下さった。
 家にある画集なども、持って来てもらったといい、丁度、昭和天皇崩御の日に描いた花の絵もあり、見せてもらった。よかったら抜いて持って行ってと言われたが、折角そろっているのだからと思い遠慮した。約1時間ほどおしゃべりし辞去した。3階の窓から,Tさんが手を振って見送って下さった。
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by ttfuji | 2017-07-28 15:25 | 友・師・人 | Comments(0)
 5月13日(土)
 昨年は、欠席だったが、今年は親友のIさんから、早々と出欠の問い合わせの電話を頂いた。去年、私が出られそうにない、と伝えると、それなら私も出ないとキャンセルしたのだった。WさんやTさん、他にも親しい人はいるので、そんなこと言わずに、と勧めたのだが。

 夫は週3回ジムに通い、新宿の講座に通うほど元気だが、いつ何かが起きるかわからない高齢者だ。今は元気だが、これから先、私自身も出掛けられなくなる場合もあるので,今のうちに兄や義姉や亡き弟の家族、義妹や姪夫婦、その3人の娘たちにも会いたいと思い切って出かけた。

 朝、8時半に近所の友人nさんが駅まで送ってくださった。タクシーを呼ぶつもりでいたが、遠慮しないで、といわれお互い送り合うことになっていたので、お願いした。時々雨がぱらつく天気だったが、会場が毎年決まっていて高崎駅のホテルだったので、天気を気にすることなく、悠々、12時の開会に間に合った。
 出席者は年々減って14人の出席(15名の予定)だった。男女7名づつだった。
 中学校の同窓会も高校の同窓会も、みな喜寿くらいで終わりにしているが、全員が傘寿を越えこんなに続いているのは、幹事さんの熱意のおかげと感謝した。
 最初に集合写真撮影。写真は帰りには頂いた。
 この短大は5年後、4年制に移行した。その経緯を、会長が最後に話してくれたが、学生代表として学校側と渡り合った話など、私たちの知らないこともうかがえた。
 人数が少ないため、祝宴の間も、全員が自己紹介や現在の活動など発表した。
 築地の近くに住んでいる人は、地元周辺を歩く会を作って、スカイツリーや浜離宮、隅田川下りなどし、歩いていると紹介、もし皆さんもよろしければ、案内しますよ、と言われた。
 長年、合唱団団長として外国でも歌っていたWさんは歌を2曲披露、詩吟を披露したのは、地元在住で同窓会女性監事のTさん。以前,NHKが新幹線通勤の特集を放送した時、東京大学工学部の図書館に勤務しており高崎から新幹線通勤をしており、出演していられた。
私の時は、幹事が遠路はるばるご苦労様です。あなたが欠席するとIさんも欠席するので、2人欠席になる。是非次回も出席ください、と紹介された。
 遠路はるばる出席したFです。伊勢原は歴史と自然の豊かなところです。この度、大山詣りが日本遺産になりました、と紹介。長年、郷土史研究会に入り、いろいろ勉強していますとPR。
 他の皆さんも、やっていることや近況を話された。
 いつもより、人数が少ない分、内容の濃い楽しい同窓会だった。3時半頃、閉会。写真が配られた。閉会後、役員さんは残るように言われたので、役員でない親しい3人で喫茶店に入りコーヒーを頂いた。
 4時過ぎ、姪に電話。いつもの所に迎えに来てもらう。伊香保温泉へ。続く。

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by ttfuji | 2017-05-21 23:36 | 友・師・人 | Comments(0)

久しぶりのお出かけ

 ゴールデンウイーク中は、すべてのサークルやスイミングまでお休みに人る。
 太極拳、スイミング、高齢者体操「さつきの会」。月・水・金と運動をしないとさすがに身体が重く感じられる。家事できびきびと体を動かせばいいのに、やる気が起きない。
 洗濯、料理はマメにやる方だが、どうも掃除は苦手だ。ゴミ邸にはしないが、完璧にきちんと片づけたり磨いたりするのは苦手である。
 その点、夫は庭も自室も台所周りも、冷蔵庫の中身までチェックし、残り物など捨てる。衣類や資料などの断捨離もよくする。私など、モノを捨てきれず、とっておくが、気にいらず時々注意される。

 すぐ、横道にそれてしまうが、時間があっても、掃除や片付けにまわらず、新聞や本、テレビに向いてしまう。それに、サークルやいろいろの会でしなければならないことも目白押しだ。
 趣味雑学が好きでクイズ・パズル系統も好きなので時間がかかる。
 
 自治会の仕事からは、解放されたが前年度に関わった事業では時々お呼びがかかる。やめるとき、お役に立つことがあれば、お手伝いしますと言っているので、頼みやすいのかも。

 いつも一緒に出掛けることが多かったのに、忙しぶってばかりで付き合いの悪くなっていた私に、Yさんは、本当に役員辞められるの、と何度も言われ、私も勿論、2期もやったのだし、自分の時間も欲しいし、と答えてきた。

 5月3日には、私の方から今日の予定は?、と電話し、どこかへ出掛けたいと誘った。
 そういえば、映画も、美術館も、名所散策もウオーキングも食事も随分行ってないが、一番の理由は役員ばかりでなく家族の健康問題があった。

 Yさん、どこへ行きましょう、と聞いてくれるので、デパートでたまにはファッションでも見て目の保養をしたい、と答えた。おしゃれに関心がないわけではないが、もう年だから、というといつもおこられた。そんなこと言っちゃダメ、益々老けてしまうわよ、年だから、は禁句よ。おしゃれにもっと関心持ってと。Yさんのおかげで私もおしゃれ指南をして頂き有難い友である。

 デパートに行きたい理由は、同窓会に着て行くものを探したいという気持ちもあった。手持ちのもので間に合わせるつもりだったが、サイズが合わなかったりで、手頃の価額で気に入ったものがあったら、と思っていた。いくつかの売り場で見てまわったが、思い切って買えず、催事場のバーゲンにいった。素敵なものは沢山あったが、やはり着る人間のことを考えないわけにはいかない。その場で似合うと思っても、家に帰ってから似合わないと感じることもある。結局、同窓会用は買わず、普段利用価値の多いと思われる黒っぽい上着を買ってしまった。他に、疲れない靴や小物なども。
 昼食はお薦めセット、3時過ぎ、大分歩いたのでケーキとコーヒーセットを頂きおしゃべりも楽しんだ。最後に、地下でお土産のお菓子を4軒分購入、泊めてもらう姪の家に前日着くように手配する。姪は昨年膵臓癌で亡くなった妹の娘、駅からの送り迎えや親戚周りを車でしてくれる。いつもは妹がやってくれていたことを、気持ちよく引き受けてくれている。全てを済ませ,Yさんと帰宅。
 Yさん、駅のOXストアでお寿司を買うという。
 
 わが家では出るとき、お寿司を買ってくると言うと夫は、夕食は不要と言う。夫も、ジムに行くので好きなものを食べるか買ってくるつもりらしかった。家にも食べるものはいろいろあるが、いくつか買ってきた。
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by ttfuji | 2017-05-08 19:50 | 友・師・人 | Comments(0)

今年も筍いただく

 4月17日(日)
 なつかしいややゆっくりの語調で「お久しぶり、お変わりありませんか」という電話。咄嗟に,Oさんと分るが、こちらの返事は失礼な言い方だったかもしれない。「変わったこと、いろいろあったの、一番下の元気だった妹が急に亡くなったり、夫がいくつもの手術で入退院があったり、というとえ、妹さんて病気の妹さんじゃなくて、と聞き返される。一番元気な私より一回り若い妹、膵臓癌で分かったときには手遅れだったの。そうだったの、かわいそうね。私の従妹にも57歳で亡くなった人が居る。膵臓癌てこわいわね、と話した。たけのこ、掘ったのだけど茹でるの面倒かしら。と言われる。途端に、現実に戻って、面倒じゃない、欲しいわ、と叫んでいた。実は電話を受けた時、色々の憂鬱な出来事で頭がいっぱいだったので、1年ぶりのOさんの声に一瞬の反応が出来なかったのだ。
 折角の電話に、妹の死のことなどおしゃべりしなくてもよかったのにと後で反省した。

 Oさんは、我が家に寄ってから、辻堂のきょうだいの所にも届けるそうだ。だから、わがやでは玄関先に置いて行くという。直にお礼もお話もしたいので、声をかけてという前に、電話が切れた。
10分位で着くかもしれない、と何度か外に出たが、見えずメモをドアノブにつりさげた。
 到来物や買いおき物があったので、お礼にと思って用意した。
 やがてチャイムがなり、沢山の掘りたて筍と大きな八つ頭を3つ頂いた。筍と一緒に煮てもおいしいとのこと。
 Oさんに会うとなぜか末の妹を思い出した。感じや雰囲気が似ている。にこにこし、人の為に身軽に動く。誰にも好かれる、といい、スマホに入っていた妹の写真を見せると、若々しく元気そうなのにね。良い人ほど早く死ぬというけど、私は憎まれ児世に憚る、だわ、と言った。とんでもない、みんなに好かれながら長生きしてね、小澤さん。と願う。
 そういえば、会計事務所時代お世話になった先生の奥さん、お元気でしょうか。またお会いしに行くときは一緒に連れていってね。

 その晩、大鍋で8本の筍を茹でた。
 
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by ttfuji | 2016-04-20 15:40 | 友・師・人 | Comments(0)

二人忘年会・

 12月16日(水)
 今年最後のスイミング。来週は祝日なので、休み。Yさんに会い、食事の約束を忘れていたことに気づき、家で夫に話すとどうぞどうぞと言われた。その旨,Yさんにはメールした。新しく出来た店で忘年会にしましょと。5時過ぎにドレーンをすませ6時頃出掛けた。最近できた店に行くつもりだと夫に話すと、夫はあそこは大した店じゃないよ、もっといいところに行ったら、と助言をする。夫は大抵の所は行っている。新しく出来た店は一応偵察するらしい。ラーメン屋でもイタリアンでも飲み屋でもだ。娘と話しているのを聞くと二人ともいつ行ったの、と言う感じだ。私はどこでもいいの、グルメじゃないからと言って家を出た。要するに料理を食べながらビールでも飲んでおしゃべりすれば、気分は解放されるのだ。それが至福のひとときなのである。
 ところが、その店は、「本日休業」であった。二軒隣に、もう少し大きなお食事処がある。そこもYさんは何度か来ているそうだし、夫も入ったことがある、といっていた。
 女性同士のランチの食事会にもよく使われる。スイミングの仲間の食事会に誘われたことがあったが、丁度都合が悪かったので断ったことがある。だから、一度行ってみたかった。
 中は広く大きな宴会が何組もできるような店だった。先客はいず、早すぎたかも知れないと思った。靴を脱いで上がり隅の落着ける席に案内して頂いた。床が堀こたつ式の椅子席で楽だった。 
 しばらくすると、会社の忘年会らしい人たちが10数人入ってきたがかなり遠い席だったので、全く気にならなかった。
 生ビールの中ジョッキを注文するとお通しは何種類かの野菜やキノコのコロコロした唐揚げでビールによく合いおいしかった。お料理を2品ほどとり、ゆっくり飲み食べてから、カキフライとご飯セットをYさんは注文した。私はカキフライセットも注文したが中ジョッキをもう一杯注文した。
 ご飯は多分食べられないと思ったが、セットなのでお新香やお汁がつきご飯もついたが、ほんの少しお箸をつけただけ。申し訳ない気がした。アルコールが入ると口が軽くなるので、その間、おしゃべりは途切れることはなかった。若い頃の話が多かった。青春時代の楽しかった時代、ほろ苦い思い出なども今では懐かしい。これだけでいい気分だった。2時間足らずで切り上げたが、とても楽しかった。中居さん?店の奥さんか、とても感じのいい人で、いいお友達ですね、と言ってくれた。また是非どうぞ、とも。営業だけではない感じの良さだった。
 帰ると夫は早い帰宅に驚いていたが、いつものような、もう帰ってきたの、という言い方ではなかった。良い店でしたよ、たのしかった、と伝えた。
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by ttfuji | 2015-12-23 22:38 | 友・師・人 | Comments(0)
 8月19日(水)
 かって勤めていた会計事務所の先生の奥さん、2年前に先生がなくなられ、一人暮らしをなさっていた時、お世話になった職員の3人がご挨拶に行った時のことはブログにも書いているし、昔の思い出や葬儀の時のことも書いている。一番長く勤めた小澤さんが、いつも情報や近況を知らせて下さった。昨年、自宅に伺ってからまた顔を見せて、といわれそのつもりでいたが、次に入った情報は奥様がホームに入られたという話だった。
 息子さん二人は税理士事務所の跡を継がれていたが、同居は選ばなかった。Oさんは、一度ホームに行かれているが、もう一人Sさんも会いに行きたいと言っているし、私の都合のいい日に伺いましょうと言われていた。暑い盛りだし、自治会は滅茶苦茶忙しいし、8月になったら行けると思うと返事していた。
 昨日、Oさんから電話で、もう青紫蘇はいらないか、と聞かれた。もう、虫がついて葉も固くなって駄目でしょう、というとお山のせいかまだきれいな柔らかい葉もあるわよ、という。要らないといえば、抜いてしまうという。折角言って下さったのだし、もったいないので、少し頂く、この間の4分の1くらいで充分、頂きに行ってもいいですよ、と答えた。
 Fさん、明日時間はある?と聞かれ、午前中、スイミングがあるけれど、午後は空いていると答えると、3人で奥さんの所へ行きませんか、という。そうだ、それが本命だったと気づき応諾、1時にOさんの車で迎えに来てくれるという。Sさんにも、これから連絡を取ってくれるという。
 今日1時、ぴったりにOさんが来て下さった。青紫蘇も持って来て下さった。シソを台所に置き、すぐ出かけた。途中、Sさん宅に寄り、平塚に向かった。ベーカリーでお菓子を買い、手土産にする。ホームは町なかにあり新しく幼稚園もある施設だった。
 受付で名前を記入、4階までエレベーターであがる。部屋には、二男のお嫁さんが見えていた。テレビもテーブルや椅子も小さな湯茶の設備も整っているが、個室なので、やはり寂しいので家族が入れ時折来ているらしい。ホームの人も至れり尽くせりで、面倒は見てくれるとのこと。
 今日は熱も少しあり気分があまり良くないとのことだったが、私たちが行ったことはとても喜んで下さった。寒いと言うので衣類を羽織ったが、私たちが行った時は、皆さんが暑いのではないかと言って空調のことを気にかけていらした。
 顔色もよく、10か月ほど前、お会いした時より皺もなく、白髪だが気品があった。お召し物も素敵だった。もともと身綺麗にしていたので、気に入ったものはどんどん持って来てもらって着ているという感じだ。お嫁さんがクローゼットから選ぶのが大変、と言っていられた。
 おしゃべりしているうちに、気分もよくなってきたという。ベットから起きて昔の話を楽しそうに話した。
 至れり尽くせりで、ここでは生活の不安はないが、やはり、淋しいのだと思う。電話もあるが、変な電話がかかり出ないという。用件がある時は受付で応対してくれるからという。
 お暇するとき、お礼を言われたが、ちょっと寂しそうだった。
 見送りに出られたやさしいお嫁さんも、おかあさんは私が帰る時、淋しそうで辛いと言われた。今度、伺えるのはいつごろだろうか。

 OさんとSさんにシソ味噌を差し上げた。夜またせっせとシソ味噌づくりとシソジュースづくりをした。


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by ttfuji | 2015-08-27 16:07 | 友・師・人 | Comments(0)

Kさんのお墓参り

 6月15日(月)
 太極拳。午後、昨年6月に亡くなられた、友人であり太極拳の仲間でもあったKaさんのお墓参りにYaさん、Iさん、kuさんと私の4人で行ってきた。
 一周忌に近い頃、お墓参りに行きましょうと話していたが、先週の太極拳の折、来週の月曜日、午後に決めた。暑い日で、集合場所に集まるのは大変なので、2時に家を出、順次家の前で待っていただいた。
 新しく売り出された霊園で田園地帯にあり、大山や富士山も望め、車で10分ほどで行ける。
 午前中、私の友人のFさんが、別の仲間とやはり4人でお墓参りすると聞いていたので、そのことを話し、一週間遅らせましょうかと相談を持ち掛けると、それぞれの事情で今日にしましょう、ということになった。お花はダブるので、お線香とお供えのお菓子を持っていき、墓前に供えてからしばらくおしゃべりをし、お菓子をさげて、休憩所で自販機のお茶とお菓子で想い出話をした。
 車できたらあっという間だが、バスできたらバス停からかなり歩くので、皆さんに感謝された。私が一番長生きしないと困る、と言われた。今でも高齢者運転で、いつ免許返上かと考えているのだが、そうか、長生きしなきゃね、責任重大ねと冗談を言った。

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by ttfuji | 2015-06-22 23:20 | 友・師・人 | Comments(0)
 1月30日(金)
 南関東は雪の予報だったが、わが伊勢原は降らなかった。その代り雨模様の寒々しい日になった。プラごみの収集日なので、完全武装で出しに行った。朝食と洗面を済ませたがもう一度布団にもぐりこんだ。夫は、起きたいときに起きるので一度真似したいものだと思っていた。暖房費節約にもなるし眠れれば、睡眠不足の補充になる。
 起きてこないことで、どうしたのかと思われないように、一応もう一度横になると断った。
 眠気は来なかったので読書した。角田光代の『庭の桜・隣の犬』を読了。平凡だが一風変った30代の何のビジョンもない夫婦の物語。
 電話が鳴り、夫が階下でとった。朝、ゴミ出しの時、外に出た途端、電話が鳴ったので、急いで戻ったが、取ったと同時に切れた。もしかして2度目の電話かと、下りていって聞くと、横浜の北村さん。横になっていると言ったら、またあとで掛けると言っていた、という。小学校4年の時疎開してきて、家も近く親しくなったが、中学に入る春休みに引っ越して行った。その後、高校を卒業する頃まで文通は続いたが、やがて音信が途絶えた。
 その後、50代の頃、急に旧交が復活した。Kさん姉妹は子供の頃のことが懐かしく、旅行で伊香保温泉へ行き、帰りにお姉さんと二人で高崎に寄り私の実家を訪ねて下さった。母が覚えていて、私の電話番号と住所を教えた。電話を頂き、同じ神奈川県にいることが分かり、横浜に会いに行った。幼なじみはあっという間に昔に戻れる。みこちゃん、トシコちゃんと言っていた。
 元町の家に伺ったこともあり、高島屋で「与勇輝人形展」を見たこともある。横浜港煉瓦倉庫で「星野富弘氏詩画展」もご一緒した。
 どれも詳しくブログに書いているし、ブログのコピーを送り読んで頂いている。直後に電話で感想や近況報告をしてくださる。電話が北村さんと聞きすぐ電話した。
 
 弟さんが暮れに亡くなられ、気落ちしていられる。心筋梗塞だったという。弟さんは何年か前、奥さんに先立たれ一人暮らしだったという。息子さんが二人いて一人は近くに住んでいて家族で時々訪ねてきたが、その時は一人で、出かけるために靴を履こうとしたときだったという。弟さんの名前の字を言うと、あなたよく覚えているわね、と驚かれた。ついでにお姉さんの名前を言うと、記憶力スゴイわね、と言われたので、子供の頃のことはね、今はすっかり駄目だけど、と言った。体調のことや孤独死のことなどにも話が及んだが、もう少し頑張りましょうと言い合った。あなたは元気だし大丈夫よ、とよく言われるが外見は元気そうでもあちこちガタがきている。
 この日は、Yさんと、末妹からも電話があった。皆、夫のことを心配して下さっている。妹はまた、高崎の兄のことを知らせてくれた。いまだ入院中である。別の病気も出ているらしい。嫂さんも体力のない身体でよく通って下さっているとのこと。それぞれ大変だなと感じる。
 1月31日(土)
 漸く晴れた。このところ家に籠っていたので、運動不足。買い物がいろいろあったが、リュックで歩いて行ってきた。リュックと両手の袋で結構疲れた。

 後藤さんのことが心配で気が晴れない。何とか無事でいてほしい。isuramukokuに怒りを覚える。怖ろしい世界になったものだ。

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by ttfuji | 2015-01-31 23:46 | 友・師・人 | Comments(0)
 大分前から、居酒屋で飲みたいと言っていた。晩年の老女で飲みに行きたいと言う人はあまりいないかもしれない。何年か前までは、勤め先での忘年会、サークルでの食事会などもたまにあった。この頃は旅行もなくなった。高齢で足元もおぼつかなくなったし、ましてや夜のお出かけは危険だ。
 女性お一人様歓迎、と書いた看板の店があり、一度入ってみようかな、と思って前を通ったことはあるが、実行は出来ないうちにその店はなくなった。⒑数年前、勤務先で一緒だった友人が、ご主人と居酒屋を始め、是非いらしてと言われた店に、10年以上前に一度訪ねたが、店が平塚なので、バスとタクシーで帰ってきたときは、楽しかったがちょっと遠いな、疲れたなと言う感じだった。
 その時の話をYさんやFさんにしたら、今度一緒に付き合ってあげる、といってくれた。
 夫はいつも出かけた折には大抵飲んでくる。飲み過ぎでない限り私も寛大だ。私もたまには飲みに行きたいと言ったら、どうぞどうぞ、とこちらも寛大に言ってくれる。それぐらいの自由はある。ご主人と一緒に行けば、といわれるが悲しいかな、わが家にはその選択肢はない。お互い相手から束縛されず開放感を得たいのだ。すこしアルコールが入ると思っていることがスムースに言える。訥弁で滑舌が悪い私でも会話が楽しくなるのだ。
 一人で行ってもカウンターの向こうのマスターや女将ともたのしい会話ができるのだ。 
 でも、それもタイムリミットに近づいていることを感じる。何より、以前ほど飲みに行きたいと言う気持ちが薄らいてきているのに気付く。
 実は我が家ではそれどころではない、という事態にもなっているのである。
 
 そんな話をYさんにしたら、2人だけの忘年会をやりましょう、と言ってくれた。
 近くでは適当なところも思いつかない。食事の用意して夕方から出かける、というのも面倒に感じる。「グラッツェ」でワインでも飲みながら夕宴を、と決めていたが、最近夜になると急に気温が下がり冬到来で風邪でも引いたら大変と言うことになった。

 結局、昨日(22日)月曜日の昼に町田の小田急デパートで食事をし、ショッピングでもしましょうと、最初の予定は萎んでしまった。遅めの昼食に中華のセット料理と生ビールを飲んだ。食欲も年とともに減退してきている。運動がてら、各階の店内をゆっくり見てまわり、コーヒーを飲む。
 気に入ったコートを買ってきた。Yさんも素敵なニットを買う。
 Yさんは、おしゃれ心を失ったらおしまい、齢だからと言うのも禁句。若く元気でいられなくなる、といつも言ってくれるありがたい友である。
 伊勢原駅に着き、それぞれの買い物がありYさんと分れる。夕飯は心配しなくていい、何か作るか、食べに行く、と言っていた夫に、買い物はないかと家に電話すると、今までパソコントラブルで食事作る時間がなかったので食べに行こうか、何か買いに出ようと思っていたところ、という。お寿司でも買って帰りましょうかというと、上等なのをね、と念を押された。荷物も多いので迎えに来てもらった。


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by ttfuji | 2014-12-24 23:53 | 友・師・人 | Comments(0)