私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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 今日で3月も終わる。いよいよ春爛漫の季節到来。しかし、今日は雨に向かう曇り日。荒れ模様の気配も。
 昨年の三月はいろいろのことがあった。白内障の手術をし、3月23日から30日まで入院生活をした。 退屈なので一日中本を読んでいた。その付けが今も残っているかもしてない。人間退屈がとても辛いことと痛感した。去年の今日は退院翌日。飛びつくように入院日記を書いた。手術中に感じたことを、できうる限り思い出して記録した。明るくなった世の中を見るために、近所の花見に歩き回った。ただ、水晶体が取り除かれてレンズが挿入されたため、光がまぶしくて仕方がない。今でもそうである。

 就寝前の読書のときは、照明になれているのでそれ程ではないが、夜中に目覚めて眠れないままに、スタンドをつけると、その照明がまぶしくて読書が捗らない。諦めて消す。眠れないからまた点ける。まぶしい目で読む。また消す、の繰り返し。幸いこの頃は5時間くらい一気に眠れるようになったので早朝の読書ができるようになった。
 日常生活で眼鏡は外していることが多い。しかし、少し離れたテレビ、外出時、運転には必要である。読書にはいらない。かけたりはずしたり面倒なので、遠近両用を出かけるときにはかける。手術前にかけていた遠近両用3個は、遠用はよく見えるので家事や料理に時には使っている。
 
 そして今は、まぶたの荒れに悩まされている。手術前から目の疲れや、違和感に絶えずまぶたをこすったり押さえたりするためか、眼瞼炎にかかった。軟膏を処方された。よく効くが、またぶり返す。まぶたがたるみしわがよる。いまでは、軟膏だか皮膚だかわからないものが、ささくれだったように付いているので、ピンセットでとるときれいにとれる。しかし、まぶたの皮膚は薄いのかそのあと赤くなる。また軟膏を塗っておく。直ったと思ったら、再発症の繰り返し。皮膚科に行こうか迷いながら実行してない。この1年を振り返ると進歩のない自分が浮かび上がる。
 
 今日は、曇り、花冷えで折角桜が満開なのに、出かける気にならない。

 いっこさんにお借りした星野富弘さん詩のCDを聴く。
歌曲集 あなたの手のひら 21曲より
 詩でいいなと思ったのは幾つかあるが・・
  
  当てはずれ
  あなたは私が
  考えていたような
  方ではなかった
  あなたは私が
  想っていたほうからは来なかった
  私が願ったようには
  してくれなかった
  しかし あなたは
  私が望んだ 何倍ものことを
  して下さっていた

 ソプラノの歌曲であったが、旋律が同じなので、曲に載せた朗読として聴いた。
  
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by ttfuji | 2007-03-31 14:25 | つれづれ日記 | Comments(10)
 夫が耳鼻科から帰っていて、風邪をひいたらしい。頭が痛いという。その度に、体力がなくなった、と療養食のせいにする。自分で神経質に気にしているだけで、私はそこそこ栄養にも気をつけているつもりだ。昨夜だって以前と同じような食事だったが完食した。気にしているときは、自分で残す。油が抜けているとも体力が落ちているとは思わない。
 私はハンバーグは半分にした。
 私はご飯もおかずも夫より大分少なくしているが、少しも体力も落ちないし瘠せもしない。
3日間の夕食献立を書き出してみる。

3月28日(木)
 生鱈の煮付け
 ほうれん草の胡麻和え
 カボチャの煮物
 生野菜(レタス・胡瓜・トマト)
 味噌汁(葱とほうれん草・豆腐)
3月29日(木)
 娘と孫を呼び、若い人の献立にした。実は、あるところから、グルメギフト券というのが贈られてきた。40種類ほどの中からお好みのものをどうぞ、というもの。滅多に食べられないフルーツなどもあったが、結局一番実用的な「十勝牛のハンバーグステーキ」にした。お弁当用にあげてもいいと思ったのである。ソース付きのレトルト食品で湯で15分間弱火でじっくり温めて下さいとある。味は、とても濃い。自慢ではないが私が作った方がおいしい、と思った。自分の味に慣れているせいかもしれないが。以下・・・
 ハンバーグ・ステーキ、スパゲッティ・ナポリタン、ブロッコリー添え
 ポテトサラダ、レタス・トマト
 シナチクと竹輪の煮物
 山クラゲ
 味噌汁 大根とわかめ・ほうれん草
3月30日(金)
 カジキの照り焼き
 豚ニラ玉
 胡麻昆布佃煮
 白菜漬け
 生野菜(レタス・トマト・ブロッコリー)
 味噌汁(わかめ・ニラ・豆腐)
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by ttfuji | 2007-03-30 19:50 | 食・献立・料理 | Comments(0)

わらしべ長者

 けさは、荒れ模様で明けた。春雷も聞こえたが次第におさまり雨も止んで暖かい日になった。窓から見える小学校の桜も明るい色に咲き始めているのがわかる。
 
 昨日、朝のうちにTさんと図書館へ行ってきた。丁度2週間目で返却日であり、Tさんのリクエスト本の借り出し期限でもある。その折、Tさんよりi&iさんこといっこさんへの返却本を預かる。ついでに「大きなレモン」を描いた色紙も預かる。「大きなレモン」は、絵を描くTさんへといっこさんが木の持ち主から頂いたものを、私が言付かったのだ。
 Tさんは「大きなレモン」を、教室に持っていき、画材として皆さんで描いた。そのお礼にと2枚の色紙を預かったのだが、一枚はいっこさんに、もう一枚はレモンを下さった方へと言われた。
 昨日は、玄関工事があったので、そのままにした。月曜日に太極拳で会うのでその時でもいいかなと思ったが、本2冊「秀吉の枷」上下は重い。帰りに用足しなどする場合、重い荷物は返されても困ることがある。
 今日、車があったので、Iさんに電話して用件を話し伺うことにした。銀行へ寄ってから時間通りに行くと、外で待っていて、色紙の届け先に一緒に伺うことになった。中央公民館のすぐ隣のお宅だった。丁度いらして、色紙を喜んで下さり、歳をとって、人様に喜んで頂けるのは嬉しいこと、テレビでも言っていたので、その通りと思う、といわれる。大正生まれといわれるがお元気で畑仕事をなさっていられる。レモンの木を見せて頂くとまだ沢山大きな実が付いている。一つずつ下さる。畑には、野菜もいろいろビニールのかかった畝が3列。レタス、人参、葱などが植えられている。手入れの良いのに驚く。さらに一段上の屋敷内には、甘夏がたわわになっている。
 あれはなんですか、と思わず聞いてしまう。あれは甘夏、もう食べられるのですよ、少しあげましょうか、と聞かれ、遠慮していると,いっこさんが、実は私大好きなんですという。さっと道具をとりに行き枝きりはさみで実を6個落とされた。一段下の畑の柔らかい土に落ち3個づつ頂くが、Tさんにも2個お届けすることにする。丁重にお礼を言い、いっこさんを駅前まで送り、Tさん宅に向かう。
 Tさんは在宅で、レモンの木の持ち主が色紙を喜んで下さったことなど話すと、Tさんも喜ばれた。庭先で、立ち話しているときに、あ、そうだ、この前、沈丁花の挿し木駄目だったと言ってたでしょう、うちで根付いているのがあるから持っていったら、といわれる。それを小さな鉢に土ごと移す。
 すぐそばに、都忘れが活き活きと伸びている。かなりぎっしりと沢山あるので、一株頂きたいと所望する。少し離れて生えているのをそっくり下さるという。遠慮なく頂きながら、まるでわらしべ長者みたいだわ、といって笑われた。
 人様の仲介も悪くない。帰って久しぶりに庭に出て植え替えた。雨上がりの土で柔らかかった。
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by ttfuji | 2007-03-30 15:20 | 友・師・人 | Comments(6)

玄関ドア交換

 玄関ドアを取り替えた。建物も20年近くなるとあちこち傷んでくる。一昨年暮れ、木彫の玄関ドアの下部が塗料のひび割れができた。夫がその部分をヤスリでこすり塗料を剥がして、ニスや似た色の塗料を塗ってごまかした。
 1年経って、昨年暮れびび割れや塗料の剥げは大きくなった。塗った塗料の色の違いも目立ってきた。もう取り替えた方がいいですね、と水を向けた。夫の答えは、「いやぁ、まだ大丈夫だよ」と言うもの。それから暫くして、塗料を剥がし、防腐剤かなにか紫色のものを塗った。次に、焦げ茶色の塗料やニスを塗るのかと思っていたが、いつまでたってもそのままなので見苦しい。催促すると怒る人なので、ご近所や友達に恥ずかしいと思いながら黙っていた。
 Yさんに、「ドア替えたいのだけど、夫がまだいいと言うのよ」と言うと「えっ、嘘でしょう、あなたが反対しているんじゃないの」といわれた。
 わが家では、修理や、大きなものの購入には、夫を通さなければならない。わが家の抵抗勢力は、侮れない。
 Yさんのところでは、妻がやりたいと言ったことは、すべて賛成するという。反対などもってのほか、その上、私が全部決めなければ、何も気が付かないのだから、と文句さえ言う。
 2月の末、たまりかねて、「ねぇ、ドア取り替えましょうよ」と話しかけた。Yさんに言われた話もした。
 翌日、夫はミサワホームサービスに電話をかけた。その気になってくれたようだ。これが誕生プレゼントだと思えばよかったじゃない、とYさんから言われた。見積もりや、詳細の打ち合わせ、特注などの期間があって、今日、工事が行われた。今度のは木製ではなく採光、通風などの切り替えができ、ピッキングなどの心配もない。先ほど工事が終わって帰って行かれた。 一件落着。
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by ttfuji | 2007-03-29 15:31 | 家族・身内・私 | Comments(3)

繕い物

 娘に繕い物を頼まれた。中2の孫のジャージパンツである。膝がすり切れている。特に右がひどい。新しいの買ったら、買ってあげるから、というと始末屋の娘は、だってあと1年よ。ちゃんとしたのがあと2本あるから、なんとか間に合わせようと思って、という。娘は良く言えば倹約家、言い方を変えればこだわらない無頓着な性格である。私たちが身なりにうるさく言うことに自分のことを含め反発する。着るもののことで干渉し、言い争ったことも数知れない。今は、何も言わないよう努めている。
 孫の小学校時代は、野球のユニホームはじめ、普段着もいつも膝からすり切れる。アップリケ風にかぶせたのは保育園の頃。その後、薄切れのうちは、裏からあて布をして刺し子のように繕った。穴が空いたものは、大きな布をかぶせて、細かくかがった。
 中学生になったとき、もう繕い物から解放されると思った。今時の中学生が継ぎの当たった、ものをはくとは思えなかった。だが、ユニフォームだけは、きりがないほど傷むのでよく頼まれ繕った。
 今回、頼まれたジャージは青色。似たような布があったと思って探したがなかった。要らなくなって捨てる人も多いと思う。そんな人から、頂いて、良いところだけ使えばあて布ができるのに、と思った。
 暫く放っておき、新しいのを買おうと思いつつ、数日前、ホビー店の前でワゴンに置かれた端切れを見つけた。多分、こんな色だろうと買ってきたが、少し薄かった。少し濃いのなら何とかなるが薄いのは合わない。また暫くそのままにした。昨日、今度は端切れではなく、沢山の巻かれた布から選んで20センチからいいですよ、と言うので切って頂いた。色は殆ど同じ。ジャージではないが2枚重ねで丁寧に繕った。裏にもあて布した。どうにか格好は付いたと思う。使い捨てを見直す時代、環境にもいいことと納得した。孫も嫌がらずに着てくれるのでやり甲斐がある。
 今日午前中、高校野球を見ながらの手仕事だった。
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by ttfuji | 2007-03-28 14:17 | 家族・身内・私 | Comments(10)

困ったことが

 今日は曇り。桜はまだだが、花冷えといった感じだ。昼前に、郵便局や銀行、それにちょっとした買い物があるので出かけた。
 郵便局をすませ、次に銀行へ行った。ITMで引き出し。引き出しの時、千円札に両替が一万円分だけできる。5千円札がほしいときは、行内の両替機を使う。今日は2万円分を5千円札にした。まず、キャッシュカードを入れる。そのあと手続き。カードと明細が戻ってきた時点で、器械の前を離れた。それから、あれっカード取ったかしら、と銀行を出る前に一瞬思った。もう一度ロビーの隅の方へ行き、バックの中を確かめた。カードはあった。
 その時になって、5千円札を受け取ってないことに気が付いた。なにか、違和感を感じたのはお金を置きっぱなしにしたことだった。一応無意識に入れたことも考えられるので、バッグの入れ場所や財布すべて探してみたが、5千円札はどこにもない。
 係員に話す。すぐ担当者がきて、使ったカードと両替明細書を要求された。カードとペーパーの番号を確認。器械の裏側を鍵で開ける。取り出し口にお金は残っていた。
 次の人が黙って持ち去ることはないようだ。前を離れた後、お金の出し入れ口は締まるようだ。2万円は私にとって大金。胸をなで下ろした。
 
 それにしても、似たようなうっかりミスは多くなった。やはり老化は確実に進んでいる。
 出かけるときも、何度部屋に戻ることか。持っていくものの確認、ついでにすませられることを忘れ、ついた途端に思い出す。今日は、靴を履いてから歩数計と時計をとりに戻った。
 わが夫も、出かける。行ってらっしゃい。と言ってから、10分ぐらい家の中でうろうろしているが、私もそうなりつつある。悲しい現実だ。

 あて布の端切れ、コジマでインク、おだんごやさんへ寄り、次に家の近くのスーパーへ回り道して野菜を沢山買う。お目当てのトマトも今日は沢山あったので2袋買う。
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by ttfuji | 2007-03-27 15:09 | 家族・身内・私 | Comments(8)
 3月25日(日) 
 昨日から今日にかけて、5年前の外国旅行の旅行記を綴っている。郷土史研究会の講義録もまとめなくてはならないのに、こちらはどうせ非公開だからと後回しになっている。旅行記は幸いにして、写真がCDにして保存してあったので載せることができたが、ブログに載せるまでの加工作業が大変で夜中の作業となった。
午後から、買い物その他で出かける。この頃、夕食の献立をその日のうちに書かないと忘れてしまう。健康管理のためにも、記録が必要なのだが、まあまあよくやっている方ではないかと、自画自賛していたが、ちょっと疲れた。極端に、カロリー控えめでもないし、オーバーでもないつもりだ。
 昨日は、野菜コロッケと白身サカナのふわふわ揚げを買ってきた。これが主菜。コロッケと魚フライ1枚づつ盛り合わせた。出来合いのおかずだし、こだわる私としては、あまり食事管理には相応しくないと気が引けたが、夫が、脂っ気が足らなくて寒い、と言っていたので、それならと揚げ物を買ってきたのだ。私が食べたかったこともある。春キャベツを山盛りとトマトを付け合わせた。敬遠されたらと、他に焼サカナ(甘塩鮭)、メンマと竹輪、コンニャクの煮物、山クラゲの煮物、大根葉の佃煮、味噌汁(大根・わかめ・お豆腐)だったが、夫はコロッケだけを残した。
尿酸だけのために、体力や免疫力まで落とすのはおかしいと思う。
 3月26日(月)
 晴。穏やか。昨日、北陸を襲った地震はひどかったようだ。それにしても他人事ではない。この辺りも、東海地震の範囲に入っている。備えは大丈夫かといわれても自信はない。ある程度は運命と諦めるしかないと思っている、と言ったらお叱りを受けるだろうか。出かけた先で地震に遭わないとも限らない。家にたどり着けず、行方不明とならないとも限らないのだ。
 兎も角、午前中太極拳で健康管理した。洗濯物もよく乾いた。
 夕食は、カツオの刺身、昨日の残りのフライを温めて。里芋と人参、レンコン、チキンボールの煮物、常備菜いろいろ。それとお味噌汁。そろそろ台所に立つ時間だ。
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by ttfuji | 2007-03-26 16:23 | 食・献立・料理 | Comments(6)
 6月 9日(日)
 8時半、バス出発。山岳地帯、湖水地方を通り、ホッホオスタビッチ城へ。
ホッホオスタビッチ城
 以前はアスタベッツェ(岩山)城と呼ばれていたという。のどかな田園に忽然と姿を現す城砦。難攻不落の巨大要塞である。1570~1580年、オスマントルコに対抗するため建てられた砦142.初代ジョージケーフラーが建てた。鎧、石投機、槍などが保存されている。鎧などから当時の兵士の平均身長は150~160くらいだったという。
閑話休題
同行者のNさんとトルコ旅行をした折、トルコ人ガイド、オズさんがとても楽しい人だったので、ツァー全員、すっかり気に入った。ところが時々トルコ自慢をする。オスマントルコが教会を破壊しても、貴重な壁画などは、壊すのではなく上から塗り固めたのだ、いかに紳士的だったか強調した。ドイツ旅行の時も、今回の旅行でも、オスマントルコがいかに残虐非道だったかという話をきいた。戦争がそういう性格のものであるが、立場が違うと見方が違う、とNさんと話し頷きあった。

 城内レストランにて昼食。2:45城の中庭に集合。エレベーターで下りる組と歩いて下りる組に分かれ、私たちは歩く。登りも歩いたのでいい運動になった。この城の写真がなぜかない。
 2時50分バス出発。グラーツへ。 ホテルでの晩餐の写真を載せる。
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6月10日(月)
午前中、グラーツ観光。中世の佇まいを色濃く残す。世界遺産に登録された町。グラーツはオーストリア第2の都市。人口20万。
ホテルより徒歩で市内観光後、シュロスベルクへはケーブルで登る。
時計台、王宮、大聖堂を訪れる。
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 時計は長針と短針が逆になっている。

午後、アイゼンシュタット観光。エステルハージー候の城下町。ハイドンが毎夕指揮し、演奏した大広間があるエステルハージー宮殿、ハイドンの墓所、ベルグ教会など、ハイドンゆかりの地を巡る。
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 エステルハージー候の城下町      エステルハージー宮殿

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  ベルグ教会               エステルハージー宮殿
                        カラクリ時計はハイドン?

 すべての観光を終えてウイーンへ。
6月11日(火) ホテル出発は11時頃。空港へ。
ウイーン発 13:50 オーストリア航空OS051便にて一路、帰国の途へ。
6月12日(水)08:20 成田着。
 皆様お世話になりました。

 記録は失われたが、アルバムと旅行会社の旅程表、デジカメのCDを総動員してどうにか記録を残すことができた。私の撮った写真はいいものが少ない。同行者の方から、交換会で頂いた中に私が撮ってない写真もあるしくっきりしたワイドの写真もあるが、スキャナーがないため、載せられない。
とにかく不完全ながらまとめることができましたこと、お礼申します。
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by ttfuji | 2007-03-25 13:11 | | Comments(6)
6月7日(金)
 午前中は、自由散策。私たちはロープウエイでペンネン山に登る。下に宿泊しているホテルやマイヤーホーフェンの街が一望。雨だったが素晴らしい眺めだ。高所恐怖症のIさんは青ざめた顔があった。中腹まで行ったがその上はリフトで登れるが雨で閉鎖。ホテルに戻る途中、町を散策しながらおみやげ、パン屋さんで昼食用のピザ、コーヒーなどを買う。昼からツィラーラール鉄道(SL)でイェンバッハまで行く。車窓からチロル風の家々やチロルの谷を眺めながらお弁当を頂く。
イェンバッハからはバスでインスブルックへ。着後、インスブルック観光。
インスブルックは、アルプスの懐に抱かれた美しい街。人口約12万人。ハプスブルク家歴代の王の見事なブロンズ像が飾られている宮廷教会、黄金の小屋根、ヘルブリングハウスなどを見学する。 
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 夕刻、再び、バスでマイヤーホーフェンへ。連泊。
6月 8日(土)
今日は、グロースグロックナー山岳道路を走り、晴れていればフランツヨーゼフスヘーエ(2362m)から、天に聳えるオーストリア最高峰・グロースクロックナー(3797m)を眺められるはずだったが、曇りのため眺望はいまいちだった。
山岳道路に入る前に、ゲロラス街道(峠道)を走り、クリムルの滝(クリムル氷河の水)ゲルロス村のルアラスボーデンダムに寄る。アムゼイ湖など湖が多い。

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 グロースグロックナー山岳道路は、ヨーロッパ山岳道路の先駆けという。
駐車場にバスを置いて展望台レストランまで雪道を歩く。途中、アルプスに棲むマーモットに出会う。

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 展望台レストランで昼食。3時半バス出発。山岳道路でハイリゲンブルートへ。聖血の伝説で知られる巡礼地。山あいの絵のような村が今日の宿泊地。
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by ttfuji | 2007-03-25 11:09 | | Comments(0)
6月 5日(水)
 今日は、終日ザルツブルクに滞在。
 午前中、ザルツブルク市内観光。午後、自由行動。
 ザルツブルク
 モーツアルトゆかりの美しい音楽の都。ミラベル庭園、モーツアルトの生家、大聖堂レジレンツ広場を訪れる。

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    ミラベル公園(Nさん)              レジデンツ広場

 昼食後自由行動。オーストリアの有名な手芸品、刺繍のブローチなどを買い求める。また、岩塩が良質と聞き、主婦根性で買い求める。旧市街で散策の後、ホテルに戻る途中、ザルツアーハ川の川沿いを散策。背後に岩山の上に聳え立つホーエンザルツブルク城をじっくり目に焼き付ける。サウンド・オブ・ミュージックの舞台という。

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      大聖堂
 (後方上にホーエンザルツブルク城)
                           看板の美しいゲトライデ通り

 夜、ミラベル宮殿で室内楽コンサートを聴きに行く。アジア系の留学生による演奏だった。

6月 6日(木)
 ザルツブルクよりハルシュタットへ。
ハルシュタットは山と湖の景勝地。ザルツカンマーグートの中でも“真珠”と称えられている地。古風な家々が立ち並ぶ。昼食後、バスでゴーザウ湖へ。
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ケルト人の故郷。ケルト人の墓が発見された。
                        ゴーザウ湖で遊覧船クルーズ。

夕刻、マイヤーホーフェンへ。リゾート地で素晴らしいホテルだった。
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by ttfuji | 2007-03-24 23:27 | | Comments(0)