私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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ブログ記念日

 今日10月31日は、ブログ開始2周年である。一昨年、娘に勧められてブログを開設してもらった。それまで、ワードで日々の日記、旅行記や読書感想など書き、親しい友人、読書会や旅の仲間に読んでいただいていた。それなら、ブログにしたら、もっと多くの人に読んでもらえるよ、といわれたのがことの始まりだ。
 去年、1周年の時も同じようなことを書いている。ブログは意見交換の場でもある。一応毎日更新を目指しているが、そろそろこだわるのはやめようとも思っている。今のところ無理して書いているという自覚はない。パソコンに吸い寄せられて、どんな駄文でも書きたい気持が起き、書いている。

 mixiに入れて頂いたのはそれより約半年後、お誘い頂いての入会だった。マイミクさんもでき、親しい友人のような関係も築け、コメントなど頂いて励みにもなっている。最近では自分自身の記録として、書いておきたいと思うようになった。書いているうちは、アルツハイマーも、認知症も遠ざけられるのではないかとも思っている。
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by ttfuji | 2007-10-31 10:40 | パソコン・スマホ | Comments(6)
 暑からず寒からずの丁度いい日だった。予定通りスイミングに行った。アクアウオークの基本を教えてくれる人がいて、何人かの人が一緒に教わっている。
 きちんとした練習をすると、ただ歩いているより数段疲れるが心地良い。目的意識を持っての運動になる。これは腰、これは股関節、これは腹筋、というように納得できる。その代わり泳ぎの方は余り時間がとれないのでクロールも背泳ぎも下手になった。フリーなのできびしく指導されることもない。 9時から9時50分までのフリータイムは、この後に、幼稚園児がバスでやってくる。グズグズしていると更衣室がいっぱいになる。毎日のように、市のあちこちの幼稚園が交替で来る。おはようと声をかけると、おはようございます、ときちんと挨拶する子もいれば、恥ずかしそうに黙っている子もいる。
 私たちも、園児が入ってこないうちに着替えをし室から出ようと早めにあがらなければ入り口で混んで出られない状態になる。
 フリークラスは日中にもありこちらは1時間だが、とても混んでいるという。去年は昼の12時半から1時半クラスに来ていたが、中途半端な時間で、午前も午後もつぶれ他の予定が立たないが、朝のクラスに入ってからは、午後は有効に使えるようになった。何より、きれいな水と空いているプールで自由に使えるのがいい。

 本日の夕食献立
 鰺の干物 牛肉とニラの卵とじ 小松菜の胡麻和え 味噌汁(ニラとお豆腐)
 夕方、i&iさんから頂いたサツマイモをレンジで蒸し、3分の1本ほど頂いたので、お腹がいっぱいになり夕食は殆ど不要なので少しだけ頂く。
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by ttfuji | 2007-10-30 18:01 | 太極拳・スイミング・体操 | Comments(4)

太極拳と居間の模様替え

 今日も暑い(暖かい?)日だった。太極拳に行くときも、夏のTシャツ1枚で充分だった。カラッとしているので夏のような汗はかかなかったが、昨日、今日と気温は高かった。昨夜、また眠れなかった。4時過ぎまで本を読んでも暗くしてもどうしても眠くならなかったが5時前には眠ったらしい。7時にテレビのオンタイマーで目覚めたので2時間半くらい寝たようだ。2時過ぎまで眠れないと、誘眠剤の誘惑をすごく感じる。しかしいま飲んでしまったら、と誘惑に負けたことが怖い気がし先日のことを思えば一晩位寝なくともと大丈夫と腹をくくった。太極拳で親しい人にその話をしたら、彼女は半量を毎日飲んでいるとのことだった。病気を持ち、入院、手術などしているので、医師から処方されるようだ。薬を飲まないと眠れないと思うという。

 帰ると夫が、居間の椅子や絨毯を隣の部屋まで動かして掃除機掛けをやっている。ホットカーペットを敷こうとしているのだ。そのための掃除。一緒に手伝わないわけにはいかない。床を拭こうか、絨毯の下の床を拭こうかといっているので、どうせ年末にはやるのだからというと、それ以上いわず止めた。革張りのソファーは重いので一緒に動かさなければならない。お昼の用意、焼きそばでも作りますというと、食べたばかりだからまだいい、それに焼きそばは腹にもたれるからという。ご飯はあるが、納豆かレトルトカレーでもいいと思っているのに、聞くといつもこうだ。黙って作れば食べるのに。こちらはお腹が空いている。部屋の片づけを済ませ、冷凍のたこ焼きをレンジで温める。取り敢えず5個ずつ頂いた。一応お腹の虫はおさまった。あと残り物の肉じゃがで済ませた。
 午後は冴えない頭で、読書とパソコン。でも居眠りもでない。
 夕食は、生鮭の照り焼き、イカと里芋・大根の煮物、モヤシ・きのこ(生椎茸・シメジ)・ニラ・ハムの炒め物、味噌汁(里芋、葱)でした。
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by ttfuji | 2007-10-29 15:02 | 家族・身内・私 | Comments(9)
a0055866_15594623.jpg 台風は昨夜8時頃には通り過ぎていた。今朝は、これ以上ないほどの青空が広がっていた。冠雪の富士山も大きくきれいだ。2階のベランダからも見えるが、下にできた住宅の電柱と電線が縦横にあり、写真での富士山の美観をそぐ。住宅地の宿命なので決して文句を言っているわけではないが。
 台風で吹き寄せられた、落ち葉やゴミが前の道路に散乱している。どこの家でも掃除済みだ。お向かいの若い奥さんとそれぞれ掃除した。濡れ落ち葉とはよく言ったもので、アスファルトからなかなか剥がれない。屈んでの作業で腰が痛くなる。洗濯も大量にする。一仕事終わってデジカメを手に、富士山がきれいに見えるところまで坂道をあがる。Yさんの家の方に歩くとYさんが、道で花の手入れや草取りをしていた。市道なのにいつもわが家の庭の如く手入れを怠らない。頭が下がる。富士山を撮りに来た、というとカメラマンも忙しいわね、といわれた。もう少し先の方がよく見えるといわれ、石段を数段あがる。大きく正面に見えるが、日中に近づいているため、かすみかかっている。もっと早く撮りに来ればよかった。
 帰ってから、大リーグを見る。レッドソックスの松坂が投げて3連勝。カージナルスの松井もヒットを打ったが敗れて後がなくなった。このままでは面白くないので、カージナルスにも一矢.二矢むくいて欲しい。日本シリーズも見逃せない。中日も日本一から遠ざかっている。なんとか日本一になって欲しいし、日本ハムも好きなチームなので、どちらも頑張って欲しい。
 
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by ttfuji | 2007-10-28 15:48 | 自然・花・景色・庭 | Comments(2)
 10月24日(水) 
 睡眠時間は4~6時間とれるようになった。クスリは飲まなくてももう大丈夫だ。常用の恐ろしさを痛感した。安易に使いすぎたと反省している。
 孫の夕食を頼まれる。今日は歩いて銀行や郵便局、その他雑用をしてこようと思っていたのだが結局重い買い物もして帰る。
 夕食は、イカの糸作り(夫と私)、ハンバーグ、練り物と里芋の煮物、野菜サラダ、きのこと鶏肉のシチュー。ルーは夫が買っておいたのがあったので使ってみたが、自分で作った方がおいしいと感じた。
 10月25日(木)
 薄日の晴。朝、スイミングに行く。明日の予定であるが、Yさんも予定を変更して付き合って下さる。フリークラスは指導者がいない代わりに毎日でも行っていいのだが明日は、郷土史会の役員会がある。。Yさんは上級クラスでコーチの指導も受けている。マスターズの大会で優勝したこともあるYさんが、まだコーチに指導されているとは驚きだ。それも鬼コーチの指導と言うからスゴイ。これでいいという満足はないようだ。
 先日、いつもジャガイモを譲って頂いているご近所の農家の方に、お願いするというので、私の分もお願いした。一緒に受取りに行くことになっていたのに、私の分も頂いてきて、6キロもあるのにそれをわざわざ届けて下さった。スイミングウオークも教えてくれる人がいて、バリエーションが増えて、とてもありがたい。午後は、旅行記の写真の加工などする。
 夕食は、イカと大根の煮物、豚肉・ニラ・タマゴの炒め物、小松菜のおひたし、味噌汁(わかめ、お豆腐)。
 10月26日(金)
 小雨、時々強い雨。10時より郷土史研究会役員会がある。次回講義の資料コピーなどするが、講師からレジュメの原稿が届いていないので、その作業はできなかった。市内の史跡めぐりについて、バスでの見学場所についての相談があった。会長はあす、市の行事で、一般市民参加の史跡ガイドをするので、その案内のリハーサルをされた。説明が決められた時間におさまるよう試したが、私たちも参加したように勉強になった。帰りに、スーパーで買い物して帰る。夫は午後から市の体育館へ行く。
 夕食は男爵いもコロッケ、キャベツ・トマト、餃子(既製品)、鶏挽肉のそぼろ、白菜ときのこの中華風炒め物、大根と小松菜の味噌汁。
 10月27日(土)
 雨。午前中は、静かで台風が近づいているのが信じられないようだったが、午後から急速に風雨が激しくなってきた。今夜は荒れるらしい。
 
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by ttfuji | 2007-10-27 15:31 | 食・献立・料理 | Comments(2)
 昨日、不満足なところはあるものの、旅行記を書き上げ写真もアップできた。写真は150枚近くあるので、パソコン取り入れやサイズ変更、名前を付けて保存など手間取った。もっともっと載せたいのだが省略した。小さく載せて、拡大して見られる、というやり方を知らないのでそのままでも分かる範囲の大きさで載せている。
 10月いっぱいかかると予定していたのに、はじめると楽しくて忘れないうちにとどんどん、筆が?(キーボードをたたくのが)進んだ。

 旅行記には書かなかったが、思わぬ出会いが二つあった。
一つは、行きの航空機で隣あった人が、私の友達の知り合いだったことである。同じツアーでご主人と参加され、長い道中にいろいろ話すようになった。どちらからと聞かれ、伊勢原からと答えると、私も住んでいました、懐かしそうに言われる。どちらに、と聞くと八幡台と言われる。八幡台はすぐ近いし、友達もたくさんいる。何人かの名前を言うと、住んでいた頃はとても親しかった人たち、という。いまは横浜でそんな遠いところではないが、懐かしいといわれる。ご夫妻の写真を撮らせて頂き、友達にお見せする、というと、私の写真も記念にと撮って下さった。それから旅行中も親しくなった。
 もう一つは、同行のNさん。長野から参加のKさんと、話しているとき、何と同じ高校の出身と分かる。Kさんは女学校、Nさんは、高等学校だが、先輩、後輩の間柄であった。それからは共通の話題で盛り上がったようだ。しかも、帰りの飛行機で、Nさんのご主人の会社の同僚と、Kさんは家族ぐるみの付き合いがあるということもわかり再び盛り上がっていた。メールアドレスの交換などし、写真を送る約束などした。
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by ttfuji | 2007-10-26 14:17 | | Comments(8)
 10月14日(日)  
ベルリンは、ドイツ統一をはじめて成し遂げたプロイセン王家の本拠地でプロイセン王国の首都だった。そして東西分断の壁が存在した都市、壁崩壊後の新生ドイツの首都、と様々な顔を持つ。
 今回の旅行の締めくくりはベルリンである。西ドイツは何年か前、同じ旅行会社のツアーで回ったが、東ドイツに行ってないことに私の心に欠落感があった。それが一応埋められた。


a0055866_21384341.jpg  9時、ホテル出発。2階建てバスで車窓観光しながら説明を聞く。東西ドイツ分断と統合の象徴、かっての凱旋門、ブランデンブルグ門へ。門の上には、四頭立ての馬車(クアドリガ)に乗った勝利の女神ヴィクトリアの像がある。説明を聞いた後市内に4カ所残されているうちの1つのベルリンの壁に向かう。
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                 ブランデンブルグ門
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                 ベルリンの壁

a0055866_17562851.jpga0055866_1754823.jpg 加藤さんに表示版などで説明をうける。



 そのあと、ベルガモン博物館へ。添乗員の戸田さんの記録によるとBC2~3に栄えたトルコのベルガモン王国の遺跡(ベルガマ)から持って来られた神殿や古代バビロンのイシュタール門、ローマ時代のゼウスの大祭壇など膨大な発掘物が展示されている。トルコ旅行をした折、トロイ遺跡もシュリーマンが発見、発掘を繰り返し、外国に持ち去られたとトルコ人ガイドが嘆いていたが、あの時代、力のある先進国はみなそうだったのかと複雑だった。決められた場所と時間に集まることになっているが、私たちは時間があったので、すぐ近くのノミの市に行った。外国人(アフリカの人たち)が店を出している。珍しいものがいろいろあった。
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         ベルガモン博物館
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         ノミの市
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          ソニーセンタービルの富士山を模した屋根

 時間に集まり、昼食のレストランへ。午後は自由行動だが、一旦ホテルに戻る。午後のお勧めコースについて説明がある。バスは縦横に走っており、100番系統とか44系統とかがホテルのすぐ近くに乗車場がある。金額もあるところまでは2.5ユーロ?。美術館なら幾つ目でおり、右へ曲がるとすぐ分かる。博物館は・・・。歩いてもそれ程遠くはない、と教えられた。一応添乗員さんが一緒に案内して下さることになる。絵画美術館に行く人たちと、エジプト博物館へ行く人たちに別れる。同方向だが、絵画館の方が少し近い。私とNさんは絵画、I さんはエジプトと別れた。絵画の数も膨大だった。有名な絵、ラファエロ、ルーベンス、レンブラント、フェルメールなど探して見る。帰りは歩いて帰る。
 

 今日は夕食も、自前である。最後の日くらいは、食べに行きましょうと、戸田さんに相談する。中華、洋食、日本食と歩いて行けるところを教えて下さったが、洋食と中華に別れた。ご夫婦は、別のところへ行ったか、ホテルのレストランですますらしい。

 中華を選んだ私たちは、ここで思わぬハプニングに見舞われる。笑い話である。中華は、一人参加の男性と同じく一人参加の女性(どちらも高齢者)。だがお二人とも旅慣れている。
 添乗員さんが、ある横に伸びる通りにさしかかると、ここを左に折れて少し行くと、「曙」と漢字を使った中華の店がありますよ、分かりやすいですよ、と教えてくれた。洋食の店はそのまままっすぐ先らしい。
 ところが、いくら行ってもそのような店は見あたらない処か、レストランそのものがあまりない。潰れたのかしら、とか言いながら必死に探したが行けどもない。仕方なくどこかに入ることにして戻った。大きなレストランのようなところはあったが、照明が暗い。トルキッシュとか書いてあってトルコ料理だと男性Kさんはいう。ここに入ろうと。暗くて嫌だ、と女性陣。Kさんは英語ができるので、明日帰らず、一人ベルリンに残って行きたいところがあるという方だ。そのトルコレストランの横を入ると、小さいが明るい店があった。料理を作ってテイクアウトもしている店らしい。空腹なのでここへ入ろう、と入った。

 トルコ語もドイツ語もできないから、注文できない。英語は通じないようだ。ケースに並べてある品を見て、指さし注文となる。食欲をそそるようなものは余りない。チャーシューのようなスライスした肉類は多い。サラダや野菜も多い、ピザのようなものが見えたのでピザ?と聞くとそうだという。コレ、と頼むと全員かと聞いたらしい。ノー、1つをみんなでとKさんの英語とゼスチャーで伝わったらしい。ベジタブルだのサラダなどもわかったらしい。大皿にピザを切り分けたのや野菜、ハムのようなのが盛り合わせになってきた。何と、ピザはぺらぺらだった。ナン、のようなものかも知れない。ビールも頼んだ。取り皿をもらい、結構おいしいわね、とか言いながらコレじゃ足らないからとピザをもう1枚注文した。トマトソースが少しなので、ケチャップを下さいといってもらったら大量にかけそうなので必死に手で制止した。取り敢えず足りたわね、と皆言う。勘定をしてもらったら15ユーロ足らず。ビックリした。Kさんが払い、チップを払って、一人3ユーロね、というと、いいですよ、とKさん。しかし、それはよくない、と3ユーロずつ払った。一人参加の女性、こちらもKさんは、トルコ人のシェフや働いている青年が感じがいいと3人一緒の写真を撮りたいと頼み、カメラを渡されたので私がシャッターを押して上げた。Kさん、私より高齢だが、アフリカのケニアまで一人参加で行ってきたそうだ。15ユーロといえば、ドレスデンで食べたお寿司がひとり15ユーロだったので、安さに驚いた。楽しいひとときだった。ホテルまで15分ほど歩いて帰る。明日はいよいよ帰国だ。疲れたが名残惜しい気持もある。
 ところで、中華料理店は、一つ先の通りを曲がるのだった。添乗員さんはそのことに気づき、青くなって私たちを捜しに戻ったという。しかし、どうしても見つからなかった、と洋食の人たちの話だった。添乗員さんは夕食どころではなかったらしい。夜、めいめいの部屋にお詫びの電話が入った。
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   派手な外装の「ホテルベルリン・ベルリン」

 ところでベルリンガイドの加藤さん。この仕事に携わって何年も経ってないという。寅さんですよ、という。インドに何年か放浪し、世界を歩き回ってドイツにきたという。ドイツ語は全くできなかったという。でも1年間飲まず食わずで頑張った。アパートも家賃の安いところを借りている、という。日本食でも何でも残ったものがあったら、喜んで頂きます、とフランクだ。みなさんも何か渡していたが、私もカップ麺やおかゆなど差し上げた。トイレ交渉でも、説明でもかなり勉強しているし、一本筋が通っていると感じたが、苦労しているようだ。実家は横浜。親は帰れと言っていたがこの頃言わなくなったという。
 10月15日(月)
 朝、8:15ホテル出発後、ベルリンテーケツ空港へ。LX975便にて10:15発にてチューリッヒ、クローテン空港11:40着。13:00発LX168便にて帰国の途へ。時計を7時間進める。
 10月16日(火) 
 7:50成田空港着。無事着きました。
 
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by ttfuji | 2007-10-25 18:14 | | Comments(1)
 10月13日(土)
 ライプツィヒ
 ホテル出発8時で、ドレスデンよりライプティヒに向かう。バスは125キロをトイレ休憩を挟んで走る。
 ここでのガイドは小菅さん。都市ごとに替わるが、もうどこが誰だったか分からなくなっている。メモを頼りに書くだけだ。
 ライプティヒは東ドイツではベルリンについで2番目の都市である。人口50万。バッハが演奏や合唱を指導したトーマス教会バッハ博物館を見学。バッハはある程度の報酬は受けていたが大変な子福者で教育費にかかり、常に文無しだったという。銅像はそれを証明するように、ポケットは裏返しになって外に出ている。宗教改革で多くの教会がカトリックからプロテスタントになる。ステンドグラスが美しい。旧市庁舎(いまは歴史博物館=ルネッサンス様式)のあるマルクト広場、ゲーテ像、ニコライ教会など見る。ゲーテの「ファースト」にでてくるレストラン「アウアーバッハスケラー」で昼食。昼食後、少々の時間に、お土産を買い、メンデルスゾーンが建てた、尊敬して止まないバッハ像も写真に撮る。バスで165キロのポツダムに向かう。
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         ライプツィヒ トーマス教会
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           ライプツィヒ 広場
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         バッハの像 メンデルスゾーンが建てた
 ポツダム
 3時45分、ガイドの加藤さんと会う。痩身の青年で、力強いガイドをしてくれる。ポツダム宣言で私たちにはなじみがある。米英ソの3国で日本の戦後処理について話し合われた場所。その部屋を見学する。加藤さんの説明は生々しい。会談は何度か行われたが、ルーズベルトが病死し、トルーマンに替わった。原子爆弾のことも、新しい子どもが生まれた、と語ったという。
 この宣言は、ドイツ帝国最後の王の住まいのツェツィリエンホフ宮殿で行われた。もう一つのサンスーシー宮殿には入れず、広大な庭園のみ散策した。
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           ポツダム トイレ交渉のあった場所
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           ツェツィリエンホフ宮殿 ポツダム宣言会場
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               サンスシー宮殿
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           庭園 川の向こうが西側

 トイレを巡って息詰まる攻防があった。当然、観光地になっており、トイレの設備はある。ガイドと添乗員がお願いすると、時間だから貸せないという。貸してもらわないと困ると頼んでも駄目だ、の一点張り。大きな声での攻防となる。まだ5時になってないではないか、といってもこれだけの人数では5時過ぎると言ったらしい。加藤さんは大声で木陰で済ませろと言うのか、と怒鳴ったらしい。漸く、5分でという条件でOKが出た。勿論それぞれ0.5ユーロは払ってきた。これも社会主義の名残だという。いくつかの場面でこういうことはあった。
 最後の目的地ベルリンのホテルへ。
 
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by ttfuji | 2007-10-24 16:46 | | Comments(2)
 10月12日(金) 
 ドレスデンは「エルベ川の真珠」とか「エルベ川のフィレンツェ」ともよばれている。文化と芸術の薫り高い街である。ポーランドの主要都市と同じく、ドイツのドレスデンも、第2次大戦で徹底的に破壊されたが、その後以前と同じ姿に復元された。
 午前中市内観光ガイドの佐藤さんとともに大聖堂、歴代の君主が24000枚のマイセンの絵タイルで描かれた「君主の行列」の壁画、(君主の行列の屏風畳みになっているカルタ大の絵を買う)。破壊されたが復元された「聖母マリア教会」、エルベ川沿岸にせり出したブリューゲルのテラスと呼ばれるところからエルベ川と対岸の景色に見とれる。
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          オペラ劇場 ゼンパーオペラ
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            「君子の行進」全体像
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            王宮外壁のタイル壁画「君主の行進」
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          「フリューゲルのテラス」にて

45分の自由散策後「ゼンパーオペラ座」、ツヴィンガー宮殿内のアルテマイスター絵画館に入る。ラファエロの「システィーナのマドンナ」や「フェルメール」「レンブラント」などの絵を鑑賞する。

 午後はフリータイム。添乗員さんに王宮博物館・美術館・教会など紹介して頂き、昼食場所もいくつか教えて頂き、私たちはツアーで親しくなった人たちと和食の食べられるデパートに行き「小倉」という店でにぎり寿司、お味噌汁、お茶を頂く。全部で15ユーロ。お茶が2.5ユーロで15ユーロに含まれる。ブログを読んで、同行のNさんが教えて下さったので訂正する。

≪ ちなみに1ユーロ170円弱。コーヒー2~2,5ユーロ、水1ユーロ、美術館入館料6ユーロ、トイレ0.5~1ユーロ、枕銭1ユーロ、連泊は2ユーロだった。
 ついでにポーランドの貨幣について記すとズロチ、グロスという単位である。円からズロチには両替できない。ユーロからの両替となる。ワルシャワの両替所で50ユーロ両替し180ズロチ受け取った。1ユーロは3,6ズロチというこたらしい。1ズロチは40~45円にあたる、と I さんに教えて頂いたがかなりややこしい。水3ズロチ(z)ワイン7z コーヒー8z、アウシュビッツの本(日本語版)3z、枕銭2z、トイレ1z
ワインやビールはホテル、レストランによっても違う。メモしてない≫

 午後は、推薦の王宮博物館とザクセンの陶磁器美術館(日本の古伊万里なども沢山展示されている。夕方、決められた集合場所に決められた時間(記録してない)より早めに戻ると添乗員さんがカフェテラスでコーヒーを飲んでいたので私たちもコーヒータイムをする。バスで連泊のホテルに戻る。

 今日は夕食も自前である。Nさんの部屋でカップラーメンとビールで済ます。
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by ttfuji | 2007-10-23 16:03 | | Comments(4)
 何かはじめると夢中になる癖がある。いまは、旅行記を早く書いてしまいたいと思っているのに、写真は全く手につけていないし、これからの方が時間がかかりそうだ。
 その間、毎日の日記を書かないとそれも気になる。A型だから几帳面といわれるがそうなのか。生活の方はあまり几帳面ではない。
 10月20日(土)
 今日こそ、ウオーキングしようと決めていたが、昨夜からまた眠れず、血圧も180と高めなので、歩いて図書館まで行って、血管が切れても嫌なので見送った。
 昨日のこと。夫が眠れないのは身体を動かさないからではないかというので涼しくなったし明日は図書館まで歩いてくるわ、と言ったら、丁度いい距離じゃないの、といわれたが、昨日は快調だったのに、夜殆ど眠れず、朝からまた不調に戻った。怠いながらも家事をし、パソコンなどもして、午後夫に血圧のことをいったら、高いね、止めた方がいいかもしれないね、といって出掛けていった。私は自重し、夫は大山の麓、鳥居の近くまで18000歩ほど、歩いてきた。疲れた、を連発していた。
 10月21日(日)
 晴。浅かった4時間くらいは眠れた。でも帰ってから一度もクスリはのんでいない。常用からの脱却は成功しそうだ。マイミクさんのアドバイスも効いた。黒川紀章さんの追悼放送を見て黒川さんは毎日3時間の睡眠をとるために睡眠薬を常用していたそうである。お酒と両方飲んで倒れ、玄関先で眠り込んだこともあるという。世界の黒川さんなら分かるが、暇人の私が常用なんて恥ずかしいと感じた。
 午後、車で図書館へ行き、ついでに旅行同行者3人からの心ばかりのおみやげを不参加だったTさんに届ける。やはり歩かなかった。
 10月22日(月)
 朝から快晴。午前中太極拳にいく。久しぶりで身体を動かし気持ちがいい。旅日記を書き始め一応ノンストップで進んでいる。
 10月23日(火)
 晴。1ヵ月近くいってなかった、スイミングに行ってくる。Yさんと一緒。アクアウオークからはじめるが、アクアエクササイズを長くやっていたというOさんと親しくなりいろいろ教えて頂く。成る程、ただ歩いているよりずっと良さそうだ。10ばかりバリエーションを教えて頂いたが、すぐ忘れてしまうというと、みんなそうよ、と私だってなかなか覚えられなかったと励ましてくれる。泳ぎの方も少しだがした。終わってからスイミング近くのスーパーで重くならない程度、買物して帰る。
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by ttfuji | 2007-10-23 15:09 | 食・献立・料理 | Comments(2)