私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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今年も半分過ぎました。

 月曜日は太極拳のある日だが、5週目の今日はお休みだった。それで今日はスイミングへ行く事にした。風邪は治ったが一週間ぶりだし体力が落ちているので、無理はしないようにと殆どウオークだけするつもりでいた。が、少しだけ泳いだ。クロールと背泳ぎ、ビート板でのバタ足、各50㍍づつ。計150㍍。それでも疲れた。以前のように300~400㍍泳げるようになるのは随分かかるだろう。久しぶりなので、みなさんが大分励まして下さった。

 今日は6月末日。早いもので今年もいつの間にか半年過ぎてしまった。本当に瞬く間に時が過ぎていく。光陰矢の如しだ。これからはもっと早いのだろうな、とふと思う。一日一日を充実させなければと思う・・・。
 
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by ttfuji | 2008-06-30 20:24 | つれづれ日記 | Comments(0)

長雨・6月の読書録

 梅雨らしい雨がしとしと・・静かな日曜日です。窓からの風景も雨にけぶって大山も富士山も見えません。こんな日は、風邪のあとだし自宅で静かに過ごすのが一番と、おとなしく読書と行きましょう、と思いつつ6月の読書録を書いてないと気づいていましたが、いろいろ体調不良や旅行もあって、まとめるのが億劫になっています。読んだ本はメモもとらず返してしまうので、記憶もおぼろげ。取り敢えず、読んだ本の題名だけでも・・。感想やあらすじも思い出せる範囲で・・・という次第です。

 「雛を包む」 有吉玉青 
 著者は、有吉佐和子の娘で蛙の子は蛙。いつの間にかいろいろ書いていられる。「身代わり」ともう1冊読んでいるが、これはエッセーである。
 茶道、香道、華道などの日本的なものに造詣が深い。歌舞伎や能、人形浄瑠璃などの古典芸能なども意欲的に学んだようだ。エッセーの中の1編、
 「雛を包む」は、子どもの頃、おひな様を飾ってもらった思い出とともに、それをしまうとき、母は必ずお習字の練習書きした新聞紙をとっておいて、外側や隙間に入れたそうである。人形の顔や衣装に直接当たるところは白いきれいな紙を使い、墨の付いた新聞紙を外側に包んでしまったと書かれている。インクの薬で虫が付かないようにしたという。

 「白蛇教異端審問」 桐生夏生 
 Yさんにお借りした本。初めてのエッセー集というが短編5編も載っている。一風変わった内容で、私には?だった。
 著者は、自分の作品が匿名氏に酷評されるのを怒って自ら「白蛇教」の教祖と名乗って、怒りの焔で身を包んで反論している。

 「窓を開けると」 池部 良
 池部良のエッセーを読むのは久しぶりだった。20年ほど前から何冊か読んでいる。図書館の書架から目に止まり、最近も書かれているのかしらと手に取ってみた。2ページほど読んで、面白いので借りてきた。著者と等身大と思われる人が描かれている。80半ばの老人達や戦友会の仲間達が繰り広げる世界が、淡々と一種の悲哀感を漂わせながらもおかしさを以て綴られる。池部ワールドに引き込まれる。戦中、戦後の2枚目俳優である事を知っている人は少なくなっているかも知れない。

 「総理とその女房」<橋本久美子は聞きしにまさる・・>吉永みち子 
 橋本元総理は、ポマードで髪を固めた外見や人を小馬鹿にしたようなひと言から、第1印象で好印象を持つ人は少ないという。この本は、妻を通して語られる夫像から、評価が変わる代表的な本だと思う。妻が夫教育をしたわけではない。どちらも自由にのびのびと自分を出している。夫の偉いところは、妻の発言や行動を規制せず、できるだけ自由にさせたことである。大抵の夫は妻の発言を規制する。妻は、いくら率直で天真爛漫といっても、夫の立場や妻の役割を弁え、夫に不利な発言はしないのではなく、そのようなことはないのだろう。5人の子どもを持つマイホームパパであり家族を何より大事にした。意外な趣味は金属や石を使ったアクセサリー作りで妻や家族に幾つもプレゼントしている。
 生後まもなく生母を失い、人間的にも立派な養母に愛情深く育てられたこと、身体障害を持ちながら不屈の精神で登山や水泳も克服した父を心から尊敬している事など、橋本元首相の人間性に触れられたことは、人を見る場合、当然ながら外見だけでは判断できないと感じたことだった。

 「孔雀狂想曲」 北森鴻
 この作家の本をVINさんに何冊か紹介され、「花の下にて春死なんむ」読んでみようと図書館で探したが、貸し出されていて在庫があるのはこの本と紹介されてない本であった。この作家の本ははじめてであるが、読んでみて面白かった。
 下北沢の片隅にある骨董品店・雅蘭堂。店主の越名集治は骨董の目利きであるらしいが、時々、怪しい客が訪れる。その度に越名は持ち前の洞察力と推理力、そして骨董屋ならではの視点を駆使し、謎の真相へと迫る。
連作8編の短編からなるが、軽いタッチのミステリーである。

 「浅見光彦のミステリー紀行総集編Ⅱ」 内田康夫
 内田康夫ファンという割には余り読んでいないので、あらすじ紹介や、おすすめ作品、取材の舞台裏など書かれているようなので、手に取ってみた。地名をつけた事件が全国に及び、各地からここを舞台にしたミステリーを書いて欲しいという手紙もよく来るという。自分の名前を登場人物に付けて欲しいという要望もあるそうだ。一緒に仕事する編集者の名前は殆ど使い尽くしたという。これを読んで、このくらいの作家になると、何を書いても本になって売れるのだと売れないライターの親は感じた。

 「おかあさん疲れたよ」上・下 田辺聖子
 以前、田辺聖子の「私の履歴書」を読んだときに、この本のことが書かれていて読んでみたいと借りてきた本なのだが、時間がなくてそのまま返却した。いずれ読むつもりである。
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by ttfuji | 2008-06-29 15:00 | 読書・読書会・図書館 | Comments(4)

薄紙を剥がすように

 こじれかけた風邪も、薬が効いてきたらしく咳とのどの痛みは大分楽になりましたが、今日は声がかすれ思ったようにしゃべれません。声はもともと低いのですが、それがかすれてみじめな状態です。弱り目に祟り目で、歯も痛んでいますが、それでも、昨日は図書館へ、今日は郷土史役員会があり行ってきました。午後からは、aaaさんの家に青紫蘇の苗を頂きに、ついでに畑の野菜も頂き、コーヒーもご馳走になりました。帰って紫蘇を庭の隅に植えましたが、狭い庭でいまや夫の領分になっている庭に遠慮がちに植え、あとは2階のベランダの鉢に残りの苗を植えました。これだけで、疲れたと感じました。1日、1日と目に見えて良くなるということでなく、本当に少しずつ薄紙を剥がすように直っていくのだと実感しています。身体の回復につれて歯の痛みも消えつつあります。歳には勝てません、無理は禁物のようです。
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by ttfuji | 2008-06-27 16:21 | 家族・身内・私 | Comments(11)

夏風邪をひく

 昨日は、スイミングのあと、11時予約の眼科へ行った。お昼近かったが、一旦帰ると、出掛けるのが面倒になるので、そのまま、銀行と食品の買物に回わる。途中で、ぐったり疲れているのに気づき、丁度家に近いところを通るバスがあったのでそれに乗って帰った。スイミングも余り泳がず、早めに切り上げたのに、こんなに疲れるなんて自分でもあきれた。旅行前からの不調と疲れがたまっていたようだ。おまけに咳が出始めた。夜中は、咳が止まらず寝苦しい一夜だった。

 朝起きて、ゴミ出しなどしたが、2階に上がってくるのも体が重く、洗濯物を干してから、また、ゴロンと横になった。夫は、起きて来ないし今日は、2・3集金が来る日で、寝ていられない。
 今日も、咳が出るので、クリニックへ行ってくる。水曜日なのでいつもと同じ先生に見て頂ける。
 先週の検診結果の表を頂き、食事制限をよく守っているらしく心配はないのだが、疲れがたまっているようなときや忙しい時は、もう少しカロリーを増やしてもいい、栄養価の高いものも必要と言われた。これは私の持論でもある。制限ばかりして体力が落ちれば、風邪もひきやすくなるだろうし、免疫力も落ちる。冬の間、一度もひかなかった風邪を今頃ひいてしまった。油断すると、すぐ病気につけ込まれる。今回は、旅行直前に体調を崩したことと、その後の健康管理がおろそかになっていたのだと思う。
 いっこさんも言っておられたが、ある年齢になるとガクッと体力が落ちる。それが年々くる。己の年齢も自覚することも大切なようだ。

 取り敢えず、明日のスイミングは休むことにする。明後日は役員会があるので、この日もスイミングには行けない。今も倦怠感が続いている。
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by ttfuji | 2008-06-25 18:28 | 家族・身内・私 | Comments(0)

寿命

 わが家の家電品や備品が次々に不調を訴えている。まず、冷蔵庫、音がうるさくなった。時々静かになるが、またうなりはじめる。開け閉めが多いときやきちんと閉まってないとき、詰めすぎのときなど、音は大きくなったが、最近は頻繁である。音がピタッと止まることもあるから、冷気が外に逃げ出して元に戻すために冷蔵庫も頑張っているのだろうと思っていたが、そろそろ寿命が来ているようだ。消費電力も無駄遣いしていると思う。

 夫が、ネットで種類や機能、価額など調べてみた。私も言われて、価格dot.kom /というのを検索してみた。同じ商品でも随分値段の違いがある。これは参考にしてやはり近くの量販店で買わないと、いろいろと不便だろうと意見が一致した。
 冷蔵庫の他に、ガスレンジも傷んできている。天ぷら用の、安全装置が効き過ぎて、すぐ火が消えてしまう。あと二口とグリルはかろうじて使えるのでもう一口が駄目になったときが買い換え時と、ガス会社の人に言われた。部品を取り替えて直してもすぐ寿命が来るそうだ。
 炊飯器もフタの締まりが悪くなった。電話もなぜか雑音が入ることが多い。ボーナスのない年金暮らし、僅かな貯金がまた減る事になる。

 人間もそろそろ寿命が来ているかも知れない。今日太極拳があったが、いつもより疲れた。この頃疲れやすくなったような気がする。
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by ttfuji | 2008-06-23 20:08 | つれづれ日記 | Comments(4)
<ベストルート 層雲峡・阿寒3日間>というツアーに参加した。
 一番のお目当ては「旭山動物園」だった。北海道はすでに7回目である。 広い北海道、まだまだ行ってない場所は随所にあるが、ダブって訪ねている場所もある。今回の旅は道東、道南の間のようなところだった。行ってない場所が多く、新しい発見が多かった。
 6月15日(日)
 朝、夫に駅まで送ってもらい伊勢原駅ホームでIさん、Tさんと顔を合わせ本厚木にてNさんと一緒になる。いつもの旅仲間4人、本厚木6時発の高速バスに乗る。次のバスでも間に合うかも知れないが万が一を考えて早めのバスに乗る。1時間で羽田に着く。羽田空港レストランにてトーストやサンドイッチの朝食。集合場所にて旅行会社の係員から搭乗券を受け取る。8時20分搭乗口検査。化粧品や液体状のものは透明なジッパー付きビニール袋に入れてトレイに載せていたが、今はバッグに入れたままで透視検査できるようになっていた。
 羽田発9:00、新千歳空港10:30着。昼食のミニ幕の内弁当を買って11:20旅行会社の集合場所に。若い男性添乗員Sさんに観光バスの出発場所に案内される。もう一人の元気のいい男性がいろいろ説明し、観光ガイドのIさんと分かる。やってきたバスにはすでに8人の先客がいた。富山から参加で上野より北斗星に乗ってこられた人達だった。今回のツアーは日本各地、富山、関西(のどこか聞いたが忘れた)、埼玉、神奈川、千葉から集まった24名だった。     
 今までこういう形の旅行はしたことがないが、現地で集合にすれば不催行ということは滅多にないだろうと思った。
バスの席は毎日替わる。今日は前方に富山の人達。夫婦、姉妹、友人などらしい。私たちは4席目だった。2日目は千葉の女性グループが前方。私たちより大分若い。ガイドさんと冗談を言いあっている。3日目は私たちが前方。
 ところでこのガイドのIさん、自己紹介で年齢17才と、明らかに?だが童顔だし元気いいし雰囲気も若いしで少しサバを読んでると思っていたが、ガイドぶりは超ベテランで、何にも詳しく表現も豊かで、何度も笑いの渦に巻き込まれた。一昔前の話には、先輩がこう言ってましたと、17才を強調したが時々ボロを出した。本当の年はその倍以上ではないかと話していた。旅程、集合時間については、添乗員が説明したが、こちらは正真正銘20才の新人です、と挨拶していた。4月にはじめて添乗したばかりで流暢というわけには行かず、初々しい印象だった。Iさんの話では、北海道でガイドの仕事ができるのは1年の半分。あとは、九州や西日本、日本全国出稼ぎするという。旅行会社は競争が激しくガイドを減らそうとしている。そのうち、ロボットが案内するようになる、と言って、女性ロボットの声で案内しては、ぴーっと音声を入れては笑わせていた。
 千歳空港からハイウエイにのって砂川の「オアシス」でトイレ休憩。
 途中の景色を見ながらのIさんの説明を聞くのも楽しみの一つである。旭川市は札幌に次ぐ北海道で2番目に大きい都市であること。砂川は深川提灯のふるさと。製紙が盛んで、現金書留封筒や、コーヒー濾紙、ティバックの袋などが作られるとのこと。また北海道は幕末から明治にかけて屯田兵や入植者で開発された土地で、どこはどの県の人が入って開拓したと大体分かる。北広島市は広島県、江別市は新潟、東京世田谷、三笠市は岡山の地名がついている。北見は坂本龍馬の甥、箕輪氏が四国からの屯田兵によって開拓されて土地である、というようにバスの移動に従って説明された。旭川インターで下りて旭山動物園へ。2時20分に到着し、2時間半の観光である。
 廃園状態の動物園を再建させた小菅園長の話はドラマにもなっている。現在750種の動物がいるとのこと。東門より入って東門4時50分出発と説明される。反時計回りに回ると効率的と説明されるが、矢印の案内表示を見ては見たい動物が書いてあるとそこへ行くので、効率的とは言えないかも知れない。それでもお目当てのところは大体見られた。
サイ、ペリカン、ダチョウ、カバ、キリン、ほろほろ鳥、サル、ホッキョクグマ、アザラシ、ペンギン、トラ、ヤマアラシ、そのほか写真は撮らなかったが沢山の動物が見られた。
アザラシが円柱水槽を上下に行き交う姿やペンギンの行列と給食風景、レッサーパンダが吊り橋を渡るところなど動画で撮したが繰り返し楽しめた。
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 4時50分バスは今日の宿のある層雲峡のホテルに向かう。旭川から層雲峡までは比較的近い。層雲峡は初めてだが、大雪山国立公園の中にあり、切り立った断崖の続く風景は圧巻であった。5時半ホテル着。夕食7時。食事前に温泉と露天風呂に入る。

 
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by ttfuji | 2008-06-22 08:34 | | Comments(9)

北海道旅行 ②

 6月16日(月) 
 天気も次第に晴れる。オプションで大雪山、層雲峡ロープウエイ観光があったが早朝だし、霧も深く、希望者はいなかった模様。
 8:25ホテル出発。層雲峡谷のそれぞれ名前の付いた奇岩を眺めながらすすみ、特別に造られた小函遊歩道で下車。流星の滝、銀河の滝など写真に撮り、滝ミンタラでアクセサリーなどの買物。
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 再び車中より観光。人造湖、大雪ダムなどみる。工費150億円という。9:30石北峠(石狩と北見にまたがる)を越える。濃霧で視界がないところをドライバーさんは慎重に運転して下さっている(のだと思う)。ガイドさんの話だとこんな事はよくあるらしい。10:20、北海道きつね村に到着。キタキツネではない普通のきつねが飼育されているということだが、毛が抜け替わる時期なのかまことに哀れな姿だった。バスは北見市を通り、都会的な町並みの中を通り、日本赤十字や北海道看護学校などの前を通過する。前述したが、北見は龍馬の甥箕輪氏の率いる四国の屯田兵が開いた土地で、箕輪氏の功績は長く称えられているという。
 バスは美幌に入り農村地帯をひた走る。本当に一面の美しい畑が広がっている。麦、ジャガイモ、甜菜糖、トウモロコシ、その他・・。ここは日本かと思うくらい大規模な農業だ。 「感動の道」という道を通るので、この畑の風景をさすのかと思ったがそうではないらしい。メルヘンの丘、滑り台のようなアップダウンの繰り返される道も通り、底を走るときは前方が全く見えず上り坂のみが全面に立ちはだかる。これが感動の道?と疑問に思ったがこれも違うらしい。いつの間にか感動の道では何に感動するのかわからなくなってしまった。このすべてが感動なのかも知れない。「黄色いハンカチ」や「君の名は」もこの辺りが一舞台らしい。女満別を通り、オホーツク海に面した網走の海鮮館が昼食場所。
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 この場所に記憶有り。たしかずっと以前(20年くらい前)道東の旅で、ここで買い物や食事をしたことがある。
昼食後、オホーツク海を眺める。流氷が流れ着くのもこの辺りか。
 2時ここを出発。小清水原生花園へ。約30分散策。ハマナスやエゾキスゲ、エゾスカシユリなど写真に収める。
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     オホーツク海に面した原生花園と原生花園駅

2:45、バスに乗車。硫黄山は車窓見学のはずが、ガイドさんの計らいで下車。硫黄で真っ白でニオイの強い麓をみなさん歩いてきた。私は2度目なので眺めるだけにした。硫黄山の川原湯温泉は横綱大鵬の出身地。前回はおかあさんの経営する宿に泊まった事をIさんと共に語り合う。
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 次は摩周湖へ。
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 売店などには行かず3~4年に一度凍るという美しい摩周湖を飽かず眺めた。資料には<摩周ブルーの湖面が美しい神秘な湖。流れ込む川もなく、透明度は世界最高クラス>とある。(4:20~4:50) 30分の観光。
 2日目の宿泊は、阿寒湖畔のホテル。6時頃着。
 部屋は6階の湖面に面した部屋。眼下に阿寒湖が広がる。明朝写真を撮りましょうと言っていたが、荷物発送や食事などでゆっくりはできなかった。夕食は、鉄板焼きを予約していた。海鮮焼きやステーキ、北海道の野菜、小鉢ものが幾つもあったが、塩味がきつくIさんが、みな血圧が高いのでとお願いし鉄板焼きは塩分を控えて頂いた。
 ところで、この店は、以前、元小泉首相が、中国の女性要人と食事をしたが、靖国参拝問題かなにかで、そのあと会見をドタキャンして帰ったという話を聞いた。そんなことがあったね、と話題になった。

 このホテル、絵も調度も中国風だった。サービスもイマイチで、お客様は神様です、の日本風とは違った印象を受けた。4人の夜具がびっしりだった。眺めだけは一級だったが。
 前日の層雲峡は、反対に次の間付き、部屋も大きくすべてがゆったりしていたが、眺めは通りに面して良くなかった。贅沢をいったらきりがないが、一長一短があるものだ。
 朝食は、バイキングだったがどちらも地元野菜料理が豊富でおいしかった。
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by ttfuji | 2008-06-22 08:30 | | Comments(0)

北海道旅行 ③

6月17日(火)
 オプショナルの早朝、阿寒湖遊覧は、またも申し込みはなかったようだ。
 ホテル出発8:45。今日も天気に恵まれた。思ったほどの寒さも感じない。寒がりの人は厚めの上着を羽織った人もいたが、私は殆ど薄着で通した。用心に持ってきたものも、けさ宅配便で送ってしまったが、今日は少し寒かった。
 雌阿寒オンネトーへ。アイヌ語で、年老いた美しい沼の意味。別名五色沼という。福島の五色沼に似ているという。湖面を眺めている間に、バスは少し先でUターンして戻る。
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 自動車道に乗るとこれからあとは、プレゼント攻勢。バスの中で、アイスクリーム(トウモロコシ・いちご・ミルク)から希望のアイスクリームが頂ける。足寄(アショロ)では、藤田牧場で乳牛の学習と牛乳絞りの体験。気持は退いていたが、何事も体験と挑戦してみた。そのあと絞りたての牛乳を頂く。牧場の象徴のサイロは今は使わず、大きなビニール袋にサイコロのように圧縮して牧草地に転がっていた。乳牛の一生の説明があったが、切ないものであった。
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 そのあと、松山千春のイラストが描かれている売店で、チーズケーキと飲むヨーグルトの試食。コマーシャルが行われ、割引を強調されるとつい買ってしまう。北海道に応援の気持もある。こうしたやり方は、数カ所に及んだ。旅行会社とタイアップしているのだろうが、旅行会社も大変なのだろう。
 芽登、上士幌、鹿追町と通って日高と十勝の境にある日勝峠の展望台清水ドライブインで昼食。十勝平野を見下ろす。十勝は静岡、伊豆の人24名が入植開拓した土地との説明もあった。
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 ところで夕張メロンは、どこの売店でも山積みで売られ、すべての食事にデザートとして出された。地元の人に聞くと、夕張だけでなく180町村で作っているとのことである。もう少し安ければもっと売れるのに高すぎる、と言っておられた。
 クレーン車が入り、ならしているボタ山の隣に大きなドライブインがあった。
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 清水町から日高町へ。日高馬の産地。馬の話を聞いたはずだが思い出せない。

 ここでガイドさんは、日高山でなだれ遭難した、北大生、沢田義一の話をする。東京から北大に入り、山岳部のリーダーだった。卒業間近で就職も決まり、背広も両親より送られた。最後の冬山へ沢田義一は仲間と日高山に登り、雪崩に巻き込まれた。後輩や部員達が即死状態の中、義一は空間のあるところに押し寄せられ、即死はまぬがれた。何とか身の回りの雪を手で削り、身体を動かせる空間を作ったがとても脱出は絶望的だった。彼は死を覚悟し、ノートに遺書をしたためた。犠牲に巻き込んだ部員達やその両親へのお詫び、自分の父と母への今まで慈しんでくれた感謝とお詫びを書きつづった。妹へは自分に代わって両親に孝養を尽くして欲しいとの伝言も書かれていた。下宿先のおばさんへのお詫びも書かれていた。真っ暗の中での手探りの遺書だったと思う。その後、両親も駆けつけ、遺体と遺書が発見された。新聞に載り、その後父の手記、母の手記も書かれて『白い遺書』という本が出版された。ガイドさんは、本人の遺書、父の手記、母の手記の一部(かなり長い)を朗読した。
 旅の最後になぜ、こんなかなしい話を聞かされるの、という意見もあったが、私は感動して聞いた。とても名朗読だった。

 旅の最後は、北海道観光バス道路図と北海道の地名に挑戦して下さいと地名が書かれた用紙が配られた。クイズのようなもので楽しんだ。アイヌ語の地名を漢字に当てたものだからむずかしい。16:45、新千歳空港着。添乗員さんが搭乗券の手配をしてくれる。2泊3日組はここでお別れ。3泊4日組はここでトイレ休憩後、札幌に向かいもう一泊し、明日は札幌観光する由。富山の人達とあと二人。
 最後に、お世話になった若い添乗員さんと年齢不詳のガイドさんの写真をアップ。
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新千歳発19:05、羽田着20:35。21:05の高速バスで厚木着22時。22時40分頃帰宅。楽しい旅行でした。 
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by ttfuji | 2008-06-22 08:25 | | Comments(2)
 朝、雨だったが、すぐに止んだ。週末は大雨になるという予報である。
 今日は、郷土史の定例会が、先生の都合で一週間遅れになったため、中央公民館の会場がとれず、市役所そばの青少年センターに変更された。役員は9時までにいって、テーブルも椅子も倉庫から台車ごと出して組み立てて並べなければならない。蒸し暑いので大汗をかく。終了後も片づけがある。

 講義は、『悲劇のヒロイン和宮と「おばあちゃんの原宿」巣鴨』という一風変わったものだったがとても面白かった。郷土史講座の内容の公開は禁じられている。
 終了後、いつもの人達と246号線のファミレスで食事する。

 午後は、旅行記をワードで書き上げる。まだ写真の加工が間に合わないので、アップは明日になると思う。
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by ttfuji | 2008-06-21 19:25 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)

妹、リハビリ病院へ

 腸閉塞の疑いということで一般病院へ入っていた妹が、腸閉塞ではなく
前回圧迫骨折したところを、再び尻餅をついて傷め、胸骨も骨折し、痛みと精神的ショックで腸が全く動かなくなり、一般病院への入院となったのだった。
 一般病院にもリハビリ設備はあるが、リハビリ病院とは規模も陣容もまるで違う。
 一般病院のリハビリ部門の増設として何年か前、新しく建てられたものなので部屋の明るさも広さもまるで違う。しかも、驚いたことに、差額ベッド代が、リハビリ病院の方が遙かに安い。(1 日、一般14,000円、リハビリ4,000円とのこと。)見た目、ホテルのように立派でベッド代が逆ではないかと思うほどだ。

 ずっと、気に掛かりながら病院を訪れなかったが、金曜日に行こうと思っていたところに、昨日妹から電話で、明日リハビリ病院の方へ入れることになったという。よかった、明日行くというと、助かると喜んだ。

 今朝は、2週間ぶりにスイミングに行く。こんなに休むとまるで泳げなくなる。25㍍のクロールも途中で立ち止まる始末。100㍍泳いだところで疲れを感じ、無理せずウオークに切り替えた。いつもより早めに切り上げる。
 帰宅後、洗濯や片づけなどしてから、妹の病院へ。病院の昼食は済んでおり、私は持参のおにぎりを頂く。すでに、持ち物は大きなバッグや紙袋などに入っており、小物や雑物が片づいていなかった。昼食をとりに行ったJさんが戻り、看護師さんも見えて、車椅子で送っていくという。妹は、リハビリのつもりで杖で歩いていくという。今まで何回か付き添っていただき歩いているという。では、車椅子に荷物を載せて行って下さい、と看護師さんが言うのをJさんは、いや、このくらい持てますからと見栄を張る。結局2人で分けて持っていくことになる。200㍍もない距離だから何とかなった。
 部屋は一度決められたベッドが、左麻痺の残る妹の寝起きやベッドから下りるときに都合のいい空きが欲しいとベッドを動かしてもらったりしたところ、別部屋の都合のいいベッドが空いた事が分かり、そちらに移動することになった。丁度M子がレントゲンを撮りに行っている間にその作業は終わった。看護師さん、先生、療法士さん、介護士さんが次々に見える。前回入院の時お世話になった人が多く、驚いたり、書類を見て分かった、お帰りなさい、などと言われていた。先生には、繰り返すことが多いから充分注意するように言われていたという。リハビリ中の人や、入院中の人にも顔見知りの人が何人かいた。同室で、この人も2度目といわれた人もいられた。
 次々に検査や問診などがあり、こちらでは杖で歩くのは禁止された。サークル型の歩行器で歩かなければならない。入院前払金(預かり金)の支払いなどもあり、何種類かの書類を忘れてきてしまったJさんは明日提出に来る。毎日妻を見舞っているから、大変な事はないそうだ。
 4時頃、病院をあとにする。帰宅5時半。疲れたので出来合いのおかずで我慢してもらうことにし、プライドを捨て何品か買って帰る。
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by ttfuji | 2008-06-20 21:22 | 家族・身内・私 | Comments(4)