私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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つれづれ日記

 このところ、天候が不順である。3日間雨に叩かれている。今日も日中は晴れても、朝晩は雨とのことだったが、夕方になって陽も差してきて、なんとか持ちそうだ。

 Yさんご夫妻は、横浜スタジアムに日ハムファイターズ・横浜ベイスターズ戦の観戦に行っている。本当は、昨日のチケットだったらしいが、雨で2時半に中止が決定。今日に延びた。Yさんのご主人は、以前から大のファイターズファンで、負けるとしょげかえるそうだ。穏やかな学者肌の人が、少年のように熱くなると聞いている。

 今朝、スイミングの折、今日も雨かも知れないわね、というと5回まででもいいから、決行して欲しい、取り敢えず出かける、とのことだった。いま、野球中継のラジオを聞きながらこの日記を書いているが、きっとお二人は楽しんでいることだろう。日本ハムが1点先行しているから、喜んでいらっしゃるに違いない。

 今日、6月に行く旅行のことで最終的な打ち合わせがあり、旅行代金の払い込みがあった。先輩のIさんが、すべてを取り仕切って下さるから楽である。
 明日は、母の3回忌で、高崎へ行く。末妹のところに泊めてもらう。四国から来る弟もこの妹のところに泊まる。兄のところは、義姉が4月に入院したりで、今は退院して平常に暮らしているが、迷惑はかけられない。日曜の朝10時、前橋のお寺での法要なので、とても当日では間に合わない。
 面倒見のいい気のいい妹なので、申し訳ないと思いながら、いつも甘えている。感謝の言葉を伝えると、遠慮しないでと言われる。
 すぐ下の闘病中の妹は、今回も欠席となった。

 試合は日ハムが快勝。Yさん達も応援に行って、応援し甲斐があった。今日は,Yさんのために喜ぶが、神奈川県民としてベイスターも応援しているので、頑張って欲しい。
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by ttfuji | 2009-05-29 18:11 | つれづれ日記 | Comments(4)

迷惑メール

 一日一回、メール欄を開く。ところが、受信メールトレーに異常な数字が書き込まれている。
 同時に、タイトルがだだーっと表示される。殆どが、英語の宣伝のようだ。開いたらウイルスなどでとんでもないことになるかも知れないと、コツコツと削除していく。
 50.60という数だ。その中に、知人からのメールですでに前日届いたものが、ダブって送られてくるものも多い。これはどういうことかと不思議に思う。メール処理会社の混乱だろうか、と思ったりする。
 忙しいときはうんざりして閉じてしまう。以前、迷惑メールに選別してもらったが、その後も絶えないどころかますます増えている。
 一つ一つ迷惑メールに登録し、削除する。正常な大事なメールもあるから、見逃さないように注意しての作業だ。迷惑メールに選別されたメールの数が1000近くになって、すべて削除する。削除済みアイテムに振り替えられる。削除済みメールアイテムを一括、削除し、漸くすっきりする。
 みなさんもこんな作業をなさっているのだろうか。
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by ttfuji | 2009-05-28 18:09 | パソコン・スマホ | Comments(4)

やりきれないニュース

 昨日の北朝鮮による核実験のニュースは、腹立たしさを通り越して、怒り心頭である。
 一体全体、かの国は、全世界を敵に回して、何をしようとしているのか。
 こうした行為が、自国の益に繋がると考えているのだろうか。子どもの反抗にも劣る行為としか思えない。
 北朝鮮は、わが国は核兵器を大国に負けないくらい持っているのだぞ、と威嚇して経済援助を強要しようというのか。そうだとしたら全く見当違いも甚だしい。
 今や、正論の通じる国ではないようだ。何とかに刃物にならないよう、オバマさん、国連のみなさん、日本の政治家のみなさん、知恵を出し合って欲しい。
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by ttfuji | 2009-05-26 14:47 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(6)
 わが家の3台目のテレビは私の部屋にある。1台目が居間、2台目が夫の部屋。初めに、BSアンテナがついたのが、居間のテレビだった。10余年前、個々の部屋には小型のBSの映らないテレビを買った。先に夫のテレビが調子が悪くなり、地デジに買い換えた。BSアンテナは分配機で繋げた。1ヵ月ほど前、私のテレビも寿命が来て、途中で画面が消えるようになった。安全装置が作動して切れるとのことだった。
 いずれ地デジに移行ということで、地デジテレビを思い切って買い換えたが、アンテナもかなり高いというので、3分配できないかと聞くと、3分配すると、電波が弱くなって映像が乱れたり画面が汚くなったりするという。
 今までのアンテナはアナログ用なので、いずれ居間のテレビも地レジにするのなら、新しいアンテナで3分配した方が良いといわれた。その方が、経済的でもあるといわれた。
 BSなしで見ていたが、この頃野球中継がBSに移っているようだし、昔の映画もみたいので、22日の金曜日、郷土史会の役員会の帰りにコジマへ寄り、アンテナの注文をした。
 翌日(昨日)、早速、工事に来てくれ繋いでくれた。今、ベランダには2機のアンテナが並んでいる。いずれ1機にまとめることになる。つい新聞の番組欄を探している私がいる。気をつけないと、テレビ漬けになってしまうかも知れない。
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by ttfuji | 2009-05-24 17:30 | 家族・身内・私 | Comments(6)
 3日続いた夏日、そろそろ再び下り坂らしい。
 神奈川県にもとうとう新型インフルエンザの感染者が出た。もういつどこで出ても不思議でないのかも知れない。

 昨日、買い物に出たついでにマスクを買おうとドラッグストアーへ立ち寄った。
 ところが入口に入ったところに、ワゴンがあり、そこに今日の分は売り切れました、と表示されている。子ども用が3個残っていた。
 こちらの危機意識が足りないのか、今頃買いにいっても無理、ということか。みんなが買いに走ったら、不足するのは当然かも知れない。
 旧式だが以前買ったものが探せば出てくるかも知れない。

 今日、朝のスイミング後、図書館へ行く日だった。夫が、「マスクを探してくる、マスクしてないと都合が悪い場合もあるから」、と言って、バイクで出かけた。そのあと、図書館へ行くため、Tさんに、今から出ます、と電話した。
 以前は、図書館へ行く日は、スイミングを休んでいたが、図書館行きを1時間遅らせれば両方行けると思いTさんにその旨伝えた。連れてって頂くだけでありがたいのだから、都合の良い時間でいいですよ、と言って下さった。木曜日は午後の予定のない日なので、11時前後に行くことになった。車でTさん宅まで5分ほど。出る前に今出ますと電話する。Tさんは、いつも済みませんね、助かりますよ、と言って下さる。

 車の中で、今日はこのあと予定はある?、と聞かれた。いいえ、どこへでもお送りしますよ、と言う。買い物に回りたい、医院に寄りたい、と言われることがあるので、駅前や治療院へお送りすることがある。
 今日はそうじゃなく、ちまき好き?と聞かれ、好きですよ、と答えるとうちへ寄って、お昼を一緒にと言って下さる。新潟の長岡出身なので、女学校や師範学校の同窓会でよく新潟に行かれる。時々、新潟のおみやげをいただくが、今日は、お昼をご馳走して下さるとのこと。図書館を済ませてから、遠慮せず上がらせていただいた。

 息子さん夫婦と同居だが、昼間はお一人、絵も書も習っているし、旅行も良く行かれ人生を楽しんでいらっしゃる。部屋は趣味のもので飾られている。

 喉が渇いたでしょう、と氷を浮かせた柚子ジュースをいただく。スイミングのあと、いつも甘い飲み物を飲んでくるのに、今日は何も呑まずで喉が渇いていたので、柚子ジュースは喉に沁みてすごくおいしかった。ちょっと待ってね、と台所へ去った。お構いなく、と言いながら、写真や画集を見せて頂く。
 以前、茶木滋さんの「馬」の詩を書いたものを頂き、額装してわが家にもかざってあるが、同じものがかかっている。(こちらが本元なので当然だが)。写真入りでブログにも載せた。
 2・3日前同窓会で新潟から帰ったばかり。ちまきが好きで買ってきたので一緒にと。固くなったら蒸して、水につけておくとおいしく食べられるという。
 素敵な器に、きなこをかけたちまき、小皿に漬け物や佃煮、甘露煮などが少しずつ、甘味処のお店のようにお盆にセンス良く並んでいる。今までちまきはよくいただいたが、こんなに柔らかくおいしいのは初めてだった。新潟のことはどこの店の何がおいしいか、知り尽くしているようだ。

 食後、そろそろおいとましようと思っているとき、「ミニ書遊展」の案内書と作品目録を見せ、いま、先生の家で、これをやっているので、見に来ないか、と誘われた。
 O先生は、私も、書道展や歴史研究家の講演などで、何度も伺わせて頂いており、見に行きたいが、部外者がという遠慮もあった。でも.Tさんが、知らない仲ではないし、見て頂くための書道展だからとしきりに勧めて下さるので、1時過ぎ一緒に伺った。
 こちらは奥様が、書道の先生、ご主人が、詩の会を主宰し、傍ら、田んぼや畑でお米や野菜を作る自然派の農業者、もと校長先生で、青少年の指導教育にも取り組んでいらっしゃる。廃材を使っての数々の彫刻、仮面や現地人のマスクなどもつくって飾られている。かと思うと、石膏で作った少女像なども見事に作られ、室内や庭に飾ってある。
 お伺いしたとき、大勢の生徒さん達がいられた。部外者でもとても温かく歓待して下さった。20余名の方の作品、額、屏風、色紙、パネル、のれん、行燈と趣向を凝らして、詩や短歌、俳句、写経、徒然草、六歌仙の和歌、漢字だけでかかれた「青丹よし・・」の万葉集、字体もいろいろで、私の目からはどれも溜息が出るほど素晴らしくプロの作品に見える。

 Tさんの作品は、のれんで、生成りの生地に涼やかな絵が描かれている。遙に山が薄く、その前に道が延びている。両側にポプラの並木、緑も濃くない。右肩に(端ではない)涼風の文字。涼風に吹かれているような文字。素晴らしい作品だ。
 若い生徒さん達に、絶賛されていた。「八十八」の赤い刻印。数え年で88を記念してとのこと。先生のお薦めでもあるという。風景は中国旅行の折の写真と印象を思い出しながら書いたと説明していた。満年齢ではまだ86よ、と言って居られた。私も80半ばとは思っていたが感覚も意欲も若い人に負けていない。

 以前、図書館の帰りに、のれんにする生地を探すので、ヨーカドーのところで降ろして、と言われたことがある。その時からこの作品はイメージされていたのだと思い当たった。
 お誘いにうけて見せて頂いて本当によかった。冷菓やお茶のおもてなしもいただいた。
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by ttfuji | 2009-05-21 20:26 | 友・師・人 | Comments(7)
 不景気、雇用不安、新型インフルエンザと暗いニュースばかりだが、プロ野球では昨日からセ・パの交流戦が始まった。今年5年目ということだが、交流戦が始まって面白くなった。巨人人気で、セリーグの試合はテレビの放映が多く、球団の入場者数、選手の知名度や球団の経営難、選手の年俸まで格差がついているという。数年前の選手会と経営者側の話し合い、ストまでして改革を求めた古田選手会長の選手会の要求が実った結果だと思う。身売り、合併などあったが、各地にホームグラウンドができたことも良かった。人気のセ、実力のパというが、今はどの球団でもファンは多いと思う。交流戦のみの結果は、パシフィックリーグのチームが毎年優勝しているとのこと。私もパを応援している。
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by ttfuji | 2009-05-20 19:47 | 趣味・雑学 | Comments(4)
 外国からの帰国者だけでない、感染者が一度に拡大した。それも高校生が殆どという。
いったいどういう経路をたどって、感染したのだろうか。謎に包まれている。いつどこに発生するかわからない状況なのかもしれない。

 今日、スーパーに買い出しにいった。安売り店なので、保存用のものまで買い込む。カートの上下いっぱいの買い物をしてエレベーターに乗ると、同年ぐらいの女性も大きな袋いっぱいの買い物を積んだカートを押して乗ってきた。
 「ここへ来るとどうしても買いすぎますね」、というと
 「今怖い病気が広まっていますから、いつ買い物にも出られなくなるかわからないですからね」と言われる。
 本当にそうなったら大変だ。大阪や神戸で休校が相次いでいる。
 学校、保育園も休みになったら、仕事に出られない、とテレビで若い母親が途方に暮れていた。どのように社会に影響が出るのか気がかりである。
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by ttfuji | 2009-05-17 19:38 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)

読書録 

 『碁を打つ女』 シャン・サ 早川書房
 VINさんのデビューで読んだ本。VINさんのURLの紹介だけにしようかと思ったが、それでは、おざなりすぎると思い、例によってあらすじを書く。
 著者は、中国人女性だが、少女時代、詩の才能が認められていた。フランスに留学。そのままフランスに在住。この小説もフランス語で書き、世界各国で翻訳されている。
 
 内容は、日本が満州に進出し、戦争を拡大していった時代。青年将校(中尉)と満州上流階級の少女(女学生)の物語。
 一章は短く、交互に青年将校と少女の視点で語られる。
 日本国内では皇国のため、わが身を捧げようと学徒が軍隊を志願。厳しい地で特訓を受ける。一方、日本の進出に抵抗する反日連軍の暴動も盛んになる。日本軍は、こうした動きに神経を尖らせ分子が隠れている農村部を一掃して、拷問に掛けたりする。青年将校は、千風広場で碁を打っている、民間人の中に、敵が潜んでいるとの噂をえて、上の命令で、中国人になりすまし、碁を打ちながらスパイ活動をする。
 少女は、子どもの頃から碁を習い、大人に負けないほどの才能を発揮する。
 広場では、相手を求めて碁盤の用意をすると、碁を打ちに来た人と、合意の上対戦することになる。少女の前に青年将校が立つ。お互いに名前も素性も聞かず、黙々と碁を打ち、翌日も学校帰りに広場に行き対戦する。少女は、経済的に恵まれているものの、母や姉を見て、結婚した女の耐える姿に虚無感を持っていた。碁を打つ姿や打ち方に、人柄が感じられ、お互いに好感を持つが、それ以上には踏み込まない。
 少女は、暴動に巻き込まれて危険な思いをしているときに、中国人大学生二人に助けられる。二人から愛を告白されるが、一人の子を身ごもるが不幸な結果に終わる。二人とも反日活動をしていたが、一人は捕まり拷問の末、処刑。もう一人は、市長の息子で、仲間を裏切り釈放されるが、罪悪感から自虐的になる。少女は、絶望感を募らせて
市長の息子が南京へ行こうとしているのを知って一緒に連れて行ってという。
 将校は、自分の使命をわかっているので、黙って少女の元から姿を消す。転戦先は南京だった。最後は悲しい結果に終わるが、この小説、中国の若い作家が良く日本のことを調べ、書いたと思う。
 VINさんの簡潔に要点を捉えたレビューをお読み下さい。
     http://yaplog.jp/ashy_ashy/category_17/

 『ホームレス作家』 松井計
 著者は、幾つかの小説を書いて世に出しているが、ホームレスになってから初めて本名でこの本を出した。文筆業は、本が売れるかどうかで、生活がきまる。折角何冊かの本を出し、名も知れているのに、マンションの家賃も払えず、借金が膨らみ、妻子も施設に預けて路上生活となる。食べ物を廃棄物の中からあさらないなど、プライドはあるのだが、どことなく、決意が甘いように感じる。出版社に頼んで、この本を出したことによって、その後どうなったかは知らない。

 『彗星物語』 上・下 宮本輝 角川書店
 ある種の感動を覚えた小説。現代のおとぎ話にも通ずる。城田家は7人の大家族の中に、さらに5人の出戻り家族と、ハンガリーの留学生を迎え、13人の家族が住むことになった家。フックという家族同様の犬もいる。
 この家の大黒柱、晋太郎は、数年前までは、会社を経営していたが、事業不振で倒産。広い屋敷の土地の3分の2を売って、負債を返した。今はサラリーマン生活をしている。
 家族は、妻、敦子と自分の父、敦子には舅に当たる福造、二人の息子と二人の娘。そこに最近、晋太郎の妹めぐみが、夫と離婚して4人の子どもを連れて戻ってきた。福造が、娘家族を引き取ると決めたのだ。娘の夫は、浮気して子どもまで作った。

 本来なら、ここで修羅場のような家庭になるはず。おまけに、晋太郎が仕事でハンガリーへ行ったとき、通訳してくれた、青年が日本に留学したいと言ったとき、経営していた会社は順調だったが、その後の倒産騒ぎがあれば、当然事情を伝えて、留学のことはなかったことにするはずなのに、晋一郎はずるずるとそのままにし、結局、ハンガリーから青年を迎えてしまった。妻は、そのことが不満だが夫を責めない。長男と長女は、大学と短大を出て社会人になっており、多少の生活費は負担している。おじいちゃん は、年金と蓄えの中から、時々援助の手を差し伸べ、娘家族も自分で負担しようとしている。次女は、短大ぐらい行きたかったが、家庭の事情で断念。不満を持っている。就職活動中。末っ子の恭太は、年が離れて11歳。小学6年生だ。小柄で晩生だが、掃除や整頓の好きな誰からも愛される子どもだ。ハンガリーの青年は25歳、3年間学費も食費も生活費一切面倒を見る約束である。城田家の窮状を知ったのは迎えに行った新幹線の中である。申し訳ないという気になる。
 福造はとぼけた味の酸いも甘いも心得た老人、敦子は肝っ玉母さんで、家庭内をてきぱき治め、敦子あっての城田家という感じだ。恭太もほのぼのとした存在。家族全員が優しさを持っている。ハンガリー青年も、家族として堂々と振るまい、議論する。解放前のハンガリーはソ連の圧政に苦しめられソ連にたいして強い怒りを持っている。この青年のお蔭で留学生達が押しかけ、城田家も国際的になる。
 家族がもめることやトラブルもあるが、誰かが調整役になり平和が保たれる。勿論、犬のフックもかけがえのない存在である。

 『時が滲む朝』 楊・逸(ヤン・イー) 文藝春秋
 図書館でリクエストして借りた本。これもVINさんのレビューで読みたいと思った本です。
 こちらは、中国の天安門広場でデモした世代が主人公である。
 梁浩遠と謝志強は、地方の高校で1・2を争う成績だった。超難関の秦漢大学に合格し、将来は国のために役立つエリートを育てるために高校の先生になろうと、希望に燃えて大学の門をくぐった。浩遠の父は、北京大学の哲学科のエリート学生だったが、卒業を目前にして、「資本家や地主だって悪い人とは限らない」と発言したことによって、右派として農村に下放された。6年後、村長に呼び出され、村の小学校の先生になってくれ」と頼まれ、思想的に改造されていると認められた。さらに2年後結婚することができ、浩遠が、小学校に上がるときに、中学校で英語を教えてくれと頼まれた。一方、志強の方は、弟4人がいる貧しい暮らしに父親は農業を手伝えと進学には反対だった。母親が庇ってくれて大学に入れた。
 大学の寮に入って勉強と読書の日が始まった。部屋は8人でそれぞれ地方から来て個性的な学生だった。狭い農村からいっぺんに世界が広がった喜びでいっぱいになる。甘先生の講義は、詩を読み上げるなど、学生に人気で、官僚の汚職反対と自由民主を学生に強く訴えるものだった。北京の学生達も天安門で集会やデモなどで地方の大学にも呼びかけた。浩遠達も甘先生を中心に学生集会に参加し、次第に熱心に呼びかけるようになる。市政府前広場では、役人が学生の言い分は良く理解した、勉学に戻るように、と説得され疲れ切った甘先生からも大学に戻れと言われる。北京では天安門広場に装甲車が突入して学生側に死傷者が出た。騙されたかと怒り、兎に角勉強再開に、食道でお酒を飲む。そこで店主と喧嘩になり、怪我をさせてしまう。二人は退学処分になる。あまりに大きな挫折だった。

 その後、一旦実家に戻るものの、秦都に出て肉体労働につく。浩遠の妹は、秦都の高校に入る。妹の親友は、中国残留孤児の娘。日本に帰ったが日本の学校になじめず、中国の学校に入った。その後、妹の親友と結婚。日本に渡る。
 日本にいる中国人達との連携もでき、北京オリンピック反対署名や中国の民主化などを呼びかける運動などにも係わる。しかし子どもも生まれ二人目も。印刷会社での仕事も印刷機の単純作業だったが、コンピューターもマスターして仕事も専門的になる。外国にいる友人達ともメールで連絡が取れるようになる。実家でも電話が引かれ父とも電話で話せるようになる。何より孫と話せることを喜んだ父だった。甘先生は、デモ騒ぎのあと姿を消すがアメリカに渡り、ついでフランスで暮らしているとの情報が入る。亡命した人達も、政府の対応の変化で本国に帰れるようになる。フランスからの帰国の途中で日本に立ち寄り会う。甘先生の妻は、志強が片思いした学生運動の同志だった。浩遠の妻は、中国料理の一店舗を任されるようになる。一家は中国の父母に会いに行く計画を立てる。

 書評を書こうとするとどうしても、筋を書いてしまう。デモこれは、読んですぐ内容を忘れてしまう私の備忘録と思うことにする。 
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by ttfuji | 2009-05-16 00:17 | 読書・読書会・図書館 | Comments(4)

つれづれ日記

 今日は、スイミングから帰った頃から、風がびゅうびゅう鳴り、空も怪しげな雲が広がって、風雲急を告げるのかと思っていたら、午後から晴れだした。悪天候にはならなかった。

 ここ何日か、日記を書いてないので、あったことを簡単に書き留めて置こうと思う。
 5月9日(土)
 第2土曜日は、郷土史研究会の定例会の日だが、講師の都合で日曜日になった。
夫の古代史教養講座は、第1土曜日にあり、ゴールデンウイークの関係でなかったため、第2土曜日に変更かと思って朝、夫に古代史講座のことを聞くと今月はないという。
 悪妻の私は、夫の留守が嬉しいので内心ちょっとがっかりだった。夕食の手抜きができるし・・。
 午後、娘に電話し、明日10日の日曜日の夕食にさそったところ、T(孫)だけ今夜も明晩も頼みたいといわれた。娘は来られないという。来られないものは仕方がない。勿論、OKした。土・日とも部活があり、来るのは7時半頃になる。いつものことだが、夫だけ先に済ませる。土曜日は予定外だったので、鶏肉のワイン煮(トマト煮)の他、一部既製品で献立を整えた。食後、テレビを見ながら、ソファーで一眠りしてしまい10時頃帰って行った。
 5月10日(日)
 郷土史会。12時過ぎに終わり、役員の打ち合わせが2・3あり、Nさんと、友人達が待っているファミレスへ。昼食をとりながら、ゆっくりおしゃべり。楽しいひとときを過ごす。
 今日もTが来るので、夕食の準備に気合いを入れる。夕食後、おじいちゃんに散髪してもらった。
 5月11日(月) 
 太極拳の練習。何十回と繰り返しているのに、42式は会得できない。嘆かわしい脳の衰えに、開き直って覚えなくてもいい、ここで一緒にやっているだけでも、身体にいいはずと自分を納得させる。
 5月12日(火)
 スイミング。今日は350㍍泳ぐ。いつもより50㍍オーバーし満足する。夫が昼から寒川体育館へ行ったあと、いつもより念入りに掃除をする。あとは読書。
 5月13日(水)
 今日は何もないので、駅前に買い物に出る。とうきゅうでコウモリ傘の修理。骨が2本曲がった大型カサをさしていたら、友達に叱られた。他にないわけでもないのに、身なりにかまわなすぎると。強風に煽られて、と言い訳したが、云われてみればその通りだ。この頃、物事におざなりになっている。こういう辛口の注意や助言をしてくれる友はありがたい。すぐに直ると云われ、郵便物を駅前のポストに投函し、インド綿ののれんを買って戻ってきたら直っていた。僅か420円だった。
 ヨーカドーも一回りしたが、特に必要なものはなく、地下の食料品を買い込んで帰ってきた。歩こうかと思っていたが、買い物が重くなった場合後悔するので、車で来て正解だった。
 
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by ttfuji | 2009-05-14 19:49 | 生活雑記 | Comments(0)

老後とは

 首筋の痛みも薄紙を剥ぐように薄れ、今日は殆ど違和感もなくなりました。
 太極拳に行って首のストレッチの時も微かに気配はありましたが、通常の痛気持いい程度でした。イタ気持ちいいとは、ストレッチの時、先生が掛ける言葉で、伸ばす部分が、痛くなる寸前の気持ちいいところでやめ、痛くなるまでやらないで下さい、という意味です。背中、足、股関節、膝、すべての部分でいわれます。

 昨日、郷土史会の講義がありましたが、余談の時、講師の先生が、「老後」、とボードに書き、老後を楽しむ、とか老後の健康管理とか、豊かな老後とかいいますが、結局あとにあるのは死だけです。
 ところが、好きな作家の水上勉さんの本を読んでいたら、次のような言葉に出会いました。老後とは、後ろから老いる、ことである。と。自分で気づかなくても、後ろから見ると歳をとったと言われる。背中が丸くなった。腰が曲がってきた、歩き方が遅くなった。後頭部が薄くなった。つまり、老いは後ろから来るのです。成る程と思いました。歳には勝てないが後ろ姿にも気を配りましょう。
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by ttfuji | 2009-05-11 15:17 | 家族・身内・私 | Comments(4)