私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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12月の読書メモ

 とうとう大晦日を迎えてしまった。掃除も終わり、お花も飾ったし、午後からおせち料理に大車輪すれば、大凡の目鼻はついた。

 1年は全く早い。来年、元気でいれば同じように繰り返すことになるだろう。日記もそろそろ簡潔に、と毎年思いながら、書いているうちに牛の涎になる。
 読書が捗らない。読書録も1ヵ月以上書いてない。この本に関しては感想を書いておきたい、と思うのがあるが、時間切れで、内容も半分は忘れている。来年はどうか解らないが、今年は題名だけにとどめる。そろそろ楽しむだけの読書にしようと思っている。
 
 そんなことで、読んだ本を列記すると
 白愁のとき 夏樹静子
 VINさんのレビューで読んだ本。若年アルツハイマーにかかった大手設計事務所経営の主人公が、死の覚悟を決めて、息子に打ち明け応援を頼むところ、なぜ頼る相手が妻ではないのかとさびしく思った。わが家もそうかもしれない。
 わが孫育て 佐藤愛子
 一人娘の一人孫(女児)との会話、楽しさや社会への疑問など書かれている。愛子節は健在で同感するところも多い。
 横浜少年物語 歳月と読書 紀田順一郎
 著者は、昭和10年生まれで、終戦のとき10歳と4ヵ月と書いているから、4月生まれとしたら、私と同学年である。(私は11年3月生まれ)
 現在、神奈川県近代文学館館長である。
 この本は、少年時代の、それも第2次大戦中と敗戦後を中心とした回想録である。
 執筆の動機は、母校(小学校)から創立百周年の記念誌が刊行された際、そこに戦時中から終戦直後までの出来事がじゅうぶん触れられていないのを発見したからである。私の在学していた時代は、あたかも存在していなかったごとくであった・・とあとがきで書く。
 それにしても、よくこんなことまで覚えていたものと驚く。私の体験した終戦前後よりずっと厳しい体験をされている。
 いつかX橋で  熊谷達也 新潮社
 同じく、終戦前後に少年期を過ごした主人公の悲しい結末だった。仙台で、師範学校へ通っていたが、学徒動員の希望を母に大反対され、空襲の爆撃で母と妹を亡くし、孤独になる。・・・略
 直江兼次 北国の王国 童門冬二
 前回も書いたが、やっと読了したので記録する。大河ドラマとそう違いはないが、より詳しいし、晩年のことも解る。
 あなたと共に逝きましょう 村田喜代子 朝日新聞
 これもVINさん紹介の本。著者独特の味があり面白みがある。重篤な病気の夫と共に、病気と闘い、治癒したとき、妻は往々にしてほっとするより、使命を終えたように、ウツ状態になり死にたくなるらしい。
 精霊流し さだまさし
 読みたいと思いながら読んでなかった本。「眉山」「解夏」ほか何冊か読み、どれも素晴らしいと感じる作品である。
 今晩から明日にかけて「年の初めはさだまさし」を今年も見ることだろう。

 メモ書きですが、自分のため、控えておきたいのです。

 みなさま よいお年を 
 来年もよろしくお願い申し上げます。  
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by ttfuji | 2009-12-31 10:52 | 読書・読書会・図書館 | Comments(2)

おでん

 12月26日は、R子の誕生日。40ウン歳になって、誕生祝いもないか、と一旦は考えたが、急にやめるのも冷たすぎるかな、と迷いながら、ささやかなお祝いをしてあげると数日前に伝えた。
 娘は、気を使わないで、と言ったが簡単にすることにした。当日は都合が悪いと言うことで、昨日、27日にした。
 お赤飯とけんちん汁、揚げ物と2・3の副菜、ケーキだけ用意するつもりでいたら、鎌倉の義弟から、大量のおでん種がクール宅急便で送られてきた。
 正月2日に来宅の予定があり、その時、大根でも加えておでんを作ってくれればそれでいいという。そんな気を使ってくれなくても、いいのに、と思った。
 それにしても早すぎる。ご本人は暮れに送るから、と手配して外国へ行っているそうだ。
 見ると冷凍になっており、解凍は必ず冷蔵庫で、解凍したものの再冷凍はしないで下さい、と説明書きがある。幸い、まだ冷凍のままなので、半量だけ先に使うことにした。 残りの半分はどうにか冷凍室に収まった。9種類の種が5こずつ袋に入り2個ずつある。
 勿論練り物だけ。カマボコ屋の拘った素材なので素材の味をそこなわないよう細かな注意書きがある。練り物は10分以上煮ないで下さい、再加熱するときは、いったん鍋から練り物だけ取り出して、汁が熱くなってから入れて下さい、と大層なこだわりを感じる。そういえば以前にも送って頂き、同じような感想を持ったことを思い出した。

 午後から、お赤飯の用意、そのあとご飯も炊いた。おでんは大根とジャガイモ、ゆで卵だけ煮ておいた。孫は白飯の方が好きだ。三色ご飯用の鶏そぼろ、卵焼きはすし用の既製品、おでんが主菜になったため、けんちん汁と揚げ物はとりやめ、ウインナーソーセージとキャベツのあっさり炒め、カブの煮浸し、ほうれん草のおひたし、カブの即席漬け、生野菜サラダなど用意した。
 ケーキはデコレーションでなく、デラックスショートケーキというのを買ってきた。
 おでんも、その他のおかずも、お赤飯もご飯も、大量に残ったので、持たせた。

 年末のお掃除も着々すすんでいる。玄関の掃除も済ませた。カーテン類の洗濯も何度も洗濯機を回し、脱水が済むと、そのまま金具を取り付けて室内乾燥させる。お花や食材の買い出しは明日か明後日予定している。
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by ttfuji | 2009-12-28 19:41 | 食・献立・料理 | Comments(0)
 私が、会計事務所に勤めたのは40代半ばの頃だった。それまでは、専業主婦で、PTAの役員や趣味三昧の生活だった。一人っ子を鍵っ子にするな、という至上命令があり、娘が高校に入った年に、虚脱感や空疎な気持に見舞われた。
 内緒で、簿記の3級と2級に挑戦し、両方とも受かった。新聞の募集欄など探したが、年齢制限に阻まれた。折角の努力は無駄にしたくないと思い続け、駅前の目に付いた看板を便りに、履歴書と仕事への意欲を綴った手紙を送ったのは、12月になってからだった。まもなく、面接して下さるとの電話を頂いた。夫にも話し、家事との両立ができるなら、との返事をもらった。娘はむしろ喜んだ。
 一応、半年間試雇という形だったが、半年後本採用された。若い頃勤めた会計事務所で決算、申告までできるようになっていたが、在京中の仕事は、経理から離れていた。それに、15年以上のブランクがあり、自信は揺らいでいた。コンピュータ会計にも慣れる必要があった。簿記の基本ができているから、といわれ約5年勤めさせて頂いた。忙しい頃は残業が続いた。よい同僚に恵まれ楽しかったが、仕事は厳しかった。
 趣味も多く、休会していたサークルにも復帰したくて自分から辞職した。
 その後、奥さんから電話があり、担当していた顧問先で、自由勤務でいいから経理をお願いしたいと言っている、と紹介され、週4日のアルバイト的な仕事をした。サークルも旅行も自分で日程を調整して休みを取れた。ここも5年ほど勤めたあと、公益法人の整理でやめ、その後も、こちらの都合のきく勤務形態で週何回という贅沢な勤めを2回ほど紹介して頂いた。60歳を過ぎたとき、大奮闘を要する仕事を任されたが、何とか土台作りができ、若い人に任せられるようにしてから65歳の時完全に仕事から離れた。
 どこも事務所からの紹介だったので、先生ご夫妻や所員達とは付き合いは続いた。

 その後数年間、毎年忘年会に招待されたが、母の病気や妹の入退院を理由に辞退した。
 夫から完全に自立できる収入ではなかったが、旅行や身の回りのことは、頭を下げずにできたことが何より嬉しかった。
 やはり私にとって恩ある懐かしい職場であり先生や奥さんだった。
 これを機会に、1年に1・2度くらいはお訪ねしようと思っている。
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by ttfuji | 2009-12-26 16:25 | 家族・身内・私 | Comments(2)
 今日は、郷土史研究会の役員会があった。1月定例会の資料のコピーとホチキス綴り、4月までの行事の変更やら詰めが話し合われた。年末で忙しい時期なので、早く終わらせることになっていたが、役員の一人に、8月からピースボートで3ヵ月半、世界を回った人がいて、クッキーのおみやげを頂いたことから、自販機のお茶の用意もし、話を聞いているうちに、いつもの時間になった。
 午後は、夫が最後の体操に出かけたので、のんびり自室やパソコン部屋の本箱の整理などした。捨てがたい本や資料が山積みになっており、箱にしまうか、収納棚を買うか思案する。何を買ってもすぐにいっぱいになるのは自明の理で処分するのが早道と解っているのだが。

 昨日、最後のスイミングのあと、午後から、郵便局へ、年賀状の投函と書損のハガキの交換をした。気をつけたつもりなのに、表裏の上下が逆になっていたり、名簿がダブっていたり、喪中の方をプリントしてしまったりで、われながらオッチョコチョイぶりを自覚した。
 次に、銀行へ。続いて、本屋さんに家計簿と手帳を買いに行った。そこで、かって勤めていた事務所の所長先生にお会いした。懐かしいが、あまりのご無沙汰で、少し緊張する。家内もいるから、寄っていって下さいよ、と重ねて言って下さる。道で会えば、必ず声をかけて下さる。年末でお忙しいでしょうから、またゆっくり伺わせて頂きます、と言って別れた。私の求める家計簿は、この本屋さんになく、とうきゅうの本屋で買った。
 ふと、あんなに仰って下さったのだから、事務所に寄ってみようと思い、心ばかりの手みやげを買った。
 事務所は、駅前のビルの4階にある。所長室には奥様と二人でいらっしゃる。とても家庭的な温かい職場だった。
 何より、奥様が優しく、何でも話せた。従業員は誰も奥さんを慕っていた。先生もそれを承知で、家内の方にみなさんが会いに来る、と羨ましそうな嬉しそうな感じだった。
 息子さん二人も税理士で、所員の人数も多い。管内では最も大きな税理士事務所である。ビルの4階4室を全部借り切っていた。
 所長室をノックし、名乗るとどうぞの声にドアを開ける。お二人とも、ようこそ、とにこやかに迎えて下さった。ソファーをすすめられ、お茶を頂き、健康を確かめ合い、近況を話した。やめたみなさんが訪ねて下さるのが、一番うれしい、と言って下さった。
 約1時間ほどお邪魔している間に、所員が何人か仕事の報告に見えた。皆、私の知っている人ばかりでびっくり私を見てびっくりされた。

 先生も奥さまも仙台の人で、東北人特有の人情がある方だ。
 お二人とも私よりずっと高齢だが、先生は昔から奥さまを一人、家庭に閉じこめるようなことはしない。だから奥様も秘書的な仕事をするし、若々しくきれいでいられる。
 息子さんが結婚すると、お嫁さんをやはり孤立させないために事務所に勤めさせる。子どもができて、家庭に入るが、忘年会などには呼ぶ。
 同族会社なみで、気が休まらないでしょう、と言われることがあったが、決してそんなことはなかった。むしろ、和を重んじる経営者によって働きやすかった。
 
 私がこの事務所に勤めたきっかけは、次の日記に譲る。
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by ttfuji | 2009-12-25 19:28 | 家族・身内・私 | Comments(0)
 21日月曜日、娘と孫が夕食に来ることになっていた。
 久しぶりにパスタにした。3種類のパスタ料理。定番のイカとタラコと春菊(大葉の代わり)のパスタ、トマトをたっぷり使ったミートソース、キノコ(椎茸、エノキ、シメジ、舞茸)と小松菜の和風スパゲッティの3種類。
 700㌘のパスタを3回に分けて茹でた。翌朝用も兼ねてご飯も一応炊いた。菜の花の芥子和え、もろみ味噌キュウリ、Oさんに頂いた鶏肉のミートローフ風、わかめスープなどを用意した。
 7時過ぎに娘に来る時間を電話で聞いた。ところが、娘のR子のいうことには、Tは、クラスがインフルエンザで学級閉鎖で休みになり、午前中から友達と遊びに行ってしまった。少し遅くなるが、夕食は食べないで帰るので、もらってきて、と頼まれているという。
R子はあと30分ほどで来るという。

 私たちの夕食は、6時前後である。いつも7時半過ぎる孫を待ってはいられない。夫と私は先に頂く。食事をすませ、夫はそのまま、大音響で居間のテレビを見ているので、私は2階へ避難した。パソコンでブログなど書いていたが、暫くしてもう来る頃だと下りてみると、R子は食事を始めたところだった。
 Tが来るというからこんなに作ったのに、とつい愚痴をこぼす。
 ごめん、でももらっていくから、といって、3種類をそれぞれタッパーに、ミートソースも、菜の花のからし醤油あえも、ご飯も持って帰ってもらった。夫が、T達が来るのなら、とプリンも4個買ってきていた。それも2個と、送られてきたラ・フランス3個とリンゴ、反省会でもらってきた、ミニお饅頭数個も持たせたので大荷物になった。食後にラ・フランスを一緒に食べた。

 Tは、一人っ子なので友達を大事にする。家にもよく泊まりに来るという。部活の友達とのことだが、友達を大事にするのは良いことだと思っている。
 娘も一人だったので、友達は多かったし大事にした。きょうだいを持たせてあげられなかったことに、負い目があった。
 漸く年賀状が出来上がった。いつもより押し詰まっていたので焦りがあったが、始めてしまえば、パソコンの力を借りてすぐに終わった。
 今日は、午前中座敷や押し入れの掃除、夫は、台所の棚の上のものを全部下に広げての掃除で、またまた昼食ができなく、仕方なくプリンとリンゴで一時凌ぎ、1時半頃お茶漬けと煮物の残り(里芋と厚揚げ)を頂く。

 Yさんが、きのう(22日)ベトナムから帰り、今日(23日)3時のお茶に誘ってくれた。旅行のビデオや話を聞かせてくれるという。そういうことには何を置いても駆けつける。
 もう一人の友人、Wさんも招待された。Wさんとは、私も何度かウオーキングやバスツアーなどでご一緒し親しくなっている。
 ビデオはご主人が操作し見せて下さった。画面の説明をYさんがしている間に、ご主人はおいしいコーヒーを入れて下さる。いつも一緒に自然体で歓待して下さるご主人に感謝している。
 アンコールワットほか世界遺産も多く、素晴らしい画面を見て旅心がかきたてられた。
  
 夕食後、年賀状にひと言メッセージを書き入れた。明日は投函できる。
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by ttfuji | 2009-12-23 23:44 | 家族・身内・私 | Comments(4)

日記2 片付けと小言

 太極拳から帰ると、夫が、台所の掃除に取りかかっており、レンジの下や、調理台、流しの下と収納物(調理器具・鍋釜・調味料の瓶・洗剤類ほか)がすべて出され、中にベタベタした油こしや、何年か前からある水飴の瓶などが、何とかしろ、と言わんばかりにゴミ類を置く箇所に押しやられていた。油こし器は新しくしようと思いながら、揚げ物のあと、熱い油を漉し、冷めてから廃油用のペットボトルに移し替えており、中は紙で拭き取ってきれいだった。外側のみが油がこびりついていた。
 買い換えるつもりが・・というと、じゃあ、今日買って来よう、と強い調子でいう。あまりあら探しされても嫌なので、そこは私がやりますから、と言うと、暇だからやっているのに、ありがとうもないのか、と叱られた。
 いつも感謝してますよ、といい危うきに近寄らず、でそばを離れた。
 このままでは、昼食もとれないが、夫が一段落するのを待った。
 暫くして階下に下りていくと、開きの蝶番のネジがとれてなくなっている、他にも買い物があるので、ビーバートザンへ行ってくる、片づけやるんだったら、食品棚二つとスライス型食品ケースの中を整理するように、棚の上はオレがやるから、と出かけていった。
 鮭や夕べの残りもので急いで食事し、片づけに取りかかった。水飴の瓶には3センチほど残っており、洗って不燃物に出すのももったいないので、少し湯煎をしジャムの瓶に流し入れた。今年のきんとんに使えるはずだ。

 ジャム瓶といえば、きれいに洗って、容器として使える。煮豆や佃煮など、人様に上げるときにも重宝する。勿論手作りジャムなど入れるときもある。洗って乾かして容器類の収容場所に置くと、夫は必ず不燃物の箱に捨てる。 インスタントコーヒーの瓶やきれいなワインの瓶などもじゃまくさそうに捨ててしまう。ペットボトルの容器も、麦茶を入れたり外出時に使ったり、廃油用にとっておくのに捨てられる。
 以前に、使うから捨てないで、と頼んでおいたのにきいてくれない。あまりにもこちらの領分を侵しすぎると私としても面白くない。が、いうと喧嘩になる。それでも、掃除してくれるのはありがたいので、黙っているしかない。

 掃除とは違うが、マヨネーズやケチャップの外袋をすぐに捨ててしまうのが夫で、私はメーカーや種類がわからなくなるから、外袋は捨てないで、汚れやべたつきのカバーにもなるし、というと袋があると邪魔になる、中身も見えない、と断固譲らなかった。友人に話すと、あほらしい、2つずつ用意して別々に使ったら、といわれた。また、夫への愚痴がでてしまった。
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by ttfuji | 2009-12-21 22:08 | 家族・身内・私 | Comments(4)

日記1 太極拳反省会

 今年最後の太極拳があった。終了後、納めのお茶会があった。
 以前は昼食会を兼ねての反省会があったが、年度途中に、場所取りを含め、役員さんの負担が多いので、もっと簡素化したいという意見の元に、話し合いがすすめられ、臨時徴収せず会計も、年度内にお金を使い切ることになりこういう形になった。
 お寿司やお弁当をとったこともあるが、会場の関係で昨年から簡素化された。それでも、お菓子など豊富で、みかん、お茶、お食事代付きであった。
 役員挨拶、新役員の紹介のあと、指導の先生のご挨拶、みなさんからの要望や意見など聞かせて欲しい、といわれた。
 順番に感想など言ったが、みな42式の難しさ、それでも、なんとか頑張りたいのでご指導お願いします、と意欲をみせた。私も、覚えが悪いこと呆れるほどですが、42式以外にも、ストレッチや五行歩、十三勢功など健康のために良いことが多いし、できないながら42式を覚えようとすることは、頭の体操にもなるので来ています、大目に見て下さるよう、よろしくお願いしますと言った。
 自主トレのことについては、場所取りと会計を請けおった。Yさんは欠席なので、頂き物一切を預かってきた。
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by ttfuji | 2009-12-21 16:40 | 太極拳・スイミング・体操 | Comments(0)

寒波襲来と病院付き添い

 2・3日前から急に寒さが厳しくなってきた。暖冬ばかり続いているので、本格的な冬を久しぶりに体験している感じだ。寒さが厳しいと、身体が硬直して動き出せない。暖かくても、動き出さないのだから、言い訳に過ぎないだろう。
 
 昨日は、月1回の妹の通院付き添いである。何ヵ月か前からの薬が効いたのか、ガバペンが、体質にあったのか、元気になったのは確かだ。ウツ気味だったのが、明るくなった。よくしゃべるようになったし、良くなりたいという気力も感じられる。あまり私が、そう言うと、本人は、辛さも痛さもそれ程変わってないと言うが。
 息子が良き伴侶に恵まれたことも、明るい原因の一つだろう。共働きで、同じ会社に勤めているが、階が違うため会うことはないそうだ。忙しい中、二人で訪ねてきて食事を一緒にすることもあるという。妹の夫のJさんも、気に入ったお嫁さんのようだ。

 病院から帰り、遅めの昼食をし、談笑しているとき、Jさんは、いつものコース(多摩遊歩道)を歩いてくるという。4時半頃帰るから、そしたら、(夕宴を)はじめましょう、と。
 今頂いたばかり、いくら何でも5時前では早すぎるでしょう、と言うと、そんなことはない、ボチボチはじめればいい、と仰る。妹も、相手をしてあげて、と言う。

 出かけて、暫くするとJさんは戻ってきた。あまりの寒さに震え上がった様子。私も、風邪を引いたら大変ですから、無理しない方がいいですよ、と伝えた。
 作り置きのおかずや焼き魚、野菜炒めなど作り、5品ほど並んだところで、4時半にビールを飲み始める。私にも早く座れと言う。ビールは毎晩飲むが、機嫌がいいと度を過ごすのが妹の悩みの種。特に散歩の時、ちょっと寄る飲み屋さんに、話の合う人がいると、いつもより余計に飲んでしまうらしい。その結果、歩けなくなって電話がかかってきたり、車で送られたり。
 弱いくせにもう1本、と飲むのがいけないらしい。翌日には一つも覚えていないという。以前より回数は減ったが、今でもたまにはあるという。
 家で飲む2本は、妹との攻防戦になる。でも私がいると、大目に見られるらしい。
 私も、冬は汗をかかないし、家に帰るまでトイレに行きたくなっても嫌なので、遠慮したいときもあるが、Jさんが、非常にがっかりするので、1本だけは頂く。
 寒いので、6時にT家を辞去する。伊勢原駅から、自宅近くを通る1時間に1本しかないバスに乗るつもりだったが、5分違いで出たあとだった。よみうりランドから、各駅停車に乗ったため、途中で急行待ち合わせ、を何度か繰り返し、1時間もかかったのだった。新百合ヶ丘、町田では、乗り換えても満員のため座れない。いつも本を読みながら各駅停車でのんびり帰ってくるのだが、バスに乗りたいばかりに、途中から急行に乗り換えたが、それでもバスには間に合わなかった。
 とうきゅうで買い物し、肌刺す寒風の中、歩いて帰ってきた。私がこんなに寒く感じるのは滅多にない。
 風邪を引いたら大変なので、風呂でじっくり温まってから早めに床についた。読書し就寝したのは1時半頃だった。

 夕食に誘って、土曜日(今日)に来ることになっていた娘から、土曜日は孫のTも娘も都合が悪くなった、とメールがあり、月曜日に変更になった。この頃孫は、学校や部活の帰りに突然、または、近くから携帯で電話の上寄ることがある。自宅よりわが家の方が近いから、喉が渇いた、ジュースある?、甘いものある?と聞く。あるよ、お腹空いてるでしょう、ご飯食べてったらというと、今日はかあちゃん、作っているから、と言いつつ、今夜、何?と聞く。それ食べたいな、少しだけ頂こうかな、と言って食べることもある。今夜は、カレーが作ってあるはず、おでんを作っていた、など言って、お腹いっぱい食べると、母親に悪いという心遣いを感じる。こんな時には無理強いしない。
 夫も私も、いつでも寄りなさい、何かしらあるし、なければ即興で焼うどんでもカレーうどんでもラーメンでも何でも作るから、といっている。そんなことで、Tは週1~2回は、顔を見せる。

 今日は、重い腰をあげて、自室とパソコン部屋の網戸と硝子戸、敷居などの掃除をした。夫が居間のガラス拭きや網戸の掃除をはじめたので、追い立てられるように私も始めたのだった。まだ10分の1も終わってないが、なんとかなるだろう。
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by ttfuji | 2009-12-19 16:02 | 家族・身内・私 | Comments(8)
 3日間、寒い日が続いたが、今日は少し持ち直した。やはりお日様が出ると、暖かく感じる。お日様はありがたい。
 昨日は、美容院でヘアダイしてきた。髪の根元が大分ひどい状態になって出かけたのだが、先生にお元気でした?といわれた。カレンダーを見ると、2ヵ月近くご無沙汰していた。なかなか、時間がとれないで、それに、お正月に近い方がいいと思って、と言うとお忙しいんでしょう、といわれた。
 髪の毛が細く薄くなっているので、毛髪を痛める毛染めもパーマも、あまり頻繁にできない。かといって、ウイッグとやら、カツラやらは思い切れない。年相応の身だしなみを心掛ければいいと思っているが、ときにはいい加減になる。

 今日は、図書館へ行く日。スイミングをしてから行く。Yさんが、お休みなので、腰は重かったが車で行ってきた。

 図書館へは、いつもの通りTさんと車で行く。今回の、貸し出しは3週間の猶予があるので、年末年始は、読書も捗らないと思いつつ、5冊借りてきた。図書館で、郷土史でご一緒のSさんとお会いし、飴を頂き、少々お話しもする。私のブログを読んで下さり、パソコンを新しくしたとき、ブログアドレスが消えてしまったので、教えて欲しいと言われた。家に帰ってからメールで送る、と約束した。

 旅仲間であり、各種同好会の友人でもある I さんが、Tさんと私に千両の花(実)と柚子を下さるというので、図書館の帰りに寄り、買い物に出る Iさんと3人で、昼食を食べに行く。千両は日持ちするので、正月用である。久しぶりに「グラッツェ」へ行き、ピザとミネストローネをとる。
 3人とも、年末の片づけやお掃除が気になりながら手に付かないという。障子張りは、業者に頼んだとか、重曹と液体石鹸と酢で万能洗剤が作れる話など(これはNHKテレビで放映)でまだ現役主婦であると実感した。
 年末の仕事は来週辺りから頑張ればいいと思っている。
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by ttfuji | 2009-12-17 16:06 | 生活雑記 | Comments(5)
 12月14日(月)
 薄日。午前中、太極拳。じっくり2時間やると、汗ばむ。相変わらず、42式は覚えられない。先生も呆れるほど覚えの悪い生徒達?だ。勿論、健康のためにやっているのであり、会得できないことが、ストレスになるとしたら本末転倒、続けることに意味がある、と勝手に言い訳している。
 まず、準備体操は、ストレッチ体操を入念にやる。これだけでも結構いい運動になる。水分補給し、五行歩(ウシンプー)で五臓のための歩行をする。
 続いて、十三勢功。あまり場所を大きく移動をしないが、太極拳の24式、42式を簡素化した動きのある運動だ。これはなんとかできる。42式は、24式の要素をすべて取り入れ、さらに激しい動きが加わった太極拳だ。24式から42式に、練習が移行したとき、私たちは、大いに戸惑い、抵抗した。こんなむずかしい動きはできない、せめて24式を月1回でも続けて欲しい、と要望を出し、暫くその通りに続けたが、太極拳の主流は42式に移っていること、もっともっと多種多様な太極拳があること、続けていれば必ず覚えられる、と上部の方から指導方針が出されているといわれ、今は24式など全くやらない。
 そういえば、私がはじめた10年以上前は、中国人女性の指導で、24式、気功、八段筋などがあった。新しいことに躊躇するのは、高齢による覚えの悪さ、身体の動きの鈍さからくるものかも知れない。
 家に帰ると太極拳のことなど、思い出しもしないという有様だ。熱心な人は家で復讐したり、練習したりするらしいから差が付く一方である。

 午後は、整形外科でヒアルロン酸注射を受けた。整形の先生に開口一番、運動やってますか、と聞かれた。ハイ、今日は、太極拳がありました。他にスイミングも週2・3回してます、と言うと、水泳はいいですから続けて下さいと言われた。もう一つ高齢者体操を始めました、とは言なかった。帰りにスーパーで買い物して帰る。

 今日、夫は、杉並の姉の見舞いに行ってきた。高齢による体力の衰えという。要介護3とのことで、こちらも心配だ。日本の現実があちこちにある。当然わが家も遅かれ早かれ直面する問題だろう。

 12月15日(火)
 曇りのち薄日。気温低い。朝、スイミング。近所の人に、お勤め?と聞かれた。こんな時間にスイミングとは思わなかったようだ。スイミングに一緒に行くYさんは、明日からカンボジアのアンコールワットへ旅行だ。前泊で今夜は成田に泊まるという。暫く、スイミングはお休みので、私まで休みたくなる。一人で歩いていくのは、気重である。旅は道連れ、牛に引かれて善光寺、のような他力本願のところが私にはある。怠け心がむくむくとわいてくる。そんな己の心にハッパをかけて、スイミングも頑張ろう。
 午後は、銀行、買い物、眼鏡店へ行ってきた。
 歩数計は、午前、午後トータルで6962歩。目標歩数、8000歩まで1038歩、あと少しです!!、と携帯に活を入れられた。
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by ttfuji | 2009-12-15 19:11 | 太極拳・スイミング・体操 | Comments(2)