私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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 昨日、一日ぱっと晴れ渡ったが、今日はまた薄曇りにもどった。桜はあちこちで咲き始めたようだが、相変わらず花冷えである。
 3月は私の誕生月でもある。月の初めに齢を重ねた。老いの坂まっしぐらで、おめでたくもなんでもないから、ひっそりと気付かれないように過ごした。

 ここ何年かお花見をかねて、旧友と上野で会っていたが、今年も暖かくなったら会いましょうと、話しただけで、具体的に話は進まなかった。

 桜の開花が話題になり始めた3月半ば、急に思い立って故郷高崎の観音山の花見はどうだろうかと、考えた。
 朝霞のsumikoさんに、電話すると賛成してくれ段取りを任された。観音山は、桜の名所でもあり、子どもの頃は、遠足に行く場所でもあった。成人してからも、花見ではないがドライブで連れて行ってもらったこともある。それ以来50年近く行っていない。高崎に行くときの電車から観音様が見えると、高崎に近づいたと知らされる。
 前橋のkyoukoさんに電話すると、花の時期や天候が判断できないし、いっそ温泉ではどう?と言われた。本来の目的は、花見でなく会ってのんびり過ごすことなので、その方がいいわね、と答えた。伊香保温泉に割安の宿があり、時々新聞広告に入るという。
 詳しいことはまた電話してくれるというので、その旨、sumikoさんに電話し、よろしくと依頼された。
 高崎市で第九ほか幾つかの合唱団長をやっているwatanabeさんにも、会いたいわね、と言うことになり連絡係を頼まれた。
 Wさんは、2年前に、NHK深夜便に3日連続ででて、音楽と自身の人生について語った。そのあと、第九合唱の公演にk子さんと聴きに行った。
 (ブログ「深夜便ないとエッセー」(2008.11,4)「第九の合唱と演奏と」(2008.12.22)に掲載)

 その後、k子さんから4月11日~12日はどうかと連絡があり、その日に決まった。先日、wさんに電話したところ不在で、奥さんと話した。奥さんのhirokoさんとは、中学時代の同級生である。お二人はコーラスの仲間として知り合い結婚した。2人の結婚式には私たちも招かれた。夜も練習で出かけるというので、翌朝、出かける前の時間に電話することになった。いろいろお忙しくいらっしゃる。

 私たちの予定では、伊香保に行く前、駅周辺で昼食か、お茶でも飲みながら、旧交を温めたいというものだったが、翌朝電話すると、11日は、地元の薬師さまのお祭りで、役員をやっているため時間がとれないという。その代わり、12日は空いているので、宿をチェックアウトしたあとの時間に、車で迎えに来て下さるという。そこまでして頂いたら申し訳ないので、高崎まで行くというと遠慮なく、と言って下さった。細かいことは後日にと電話をきった。
 おそらくもうそんなに会えることはないだろう。ミニ同窓会を楽しみにしている。
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by ttfuji | 2010-03-31 12:32 | 友・師・人 | Comments(2)
 3月27日(土)
 薄日。午後から、スマイルクラブ(ミニサロン)のお誘いに参加。昨年11月に立ち上がった高齢者の会だったが、第2回目の催しとなった。
 いつも体操に一緒のOさんは、第1回同様、今日も卓球のため出席できず。土曜日は、中央公民館で卓球をやっており、役員でもあるため、休めないという。読書会で一緒のMさんは、腰痛で整形外科通い。ボランティアさんが迎えに来るという。近所の人もそれぞれ都合が付かずで私一人で出かけた。
 会場には多くの懐かしい人達がいた。自治会役員や班長さんのボランティアさんも多く、楽しいイベントが組まれていた。
 いつも司会進行を引き受けて下さる元気はつらつののWさん、長期民生委員も受けて下さっている。
お茶とお菓子、コーヒーや紅茶などのもてなしもあった。
 今回のお楽しみは、少女達のフラメンコとマジックだった。フラメンコは7才から14才の美少女たち7人の本格的なものだった。衣装と化粧もばっちりの見事なものだった。
一人で踊るもの、二人で踊るもの、全員で踊るものなど、10曲以上。
 わが家の近くのKさんの娘さんが指導している女の子達だった。10才のお孫さんは、フラメンコを踊る人の名前や曲を紹介したりしていた。こんな多芸な人が近くにいらっしゃるとは知らなかった。
 マジックもいろいろ趣向を凝らし楽しかった。厚木文化会館や伊勢原文化会館でも公演するので、無料ですから見に来て下さいと言っていた。中小企業は一人で何でもしなければならない、とカセットを廻したり、道具を運び入れたり、笑いをとっていた。舞台裏まで見せていたからセミプロなのかも知れない。幾つかネタばらしをやっていたが、素人では真似できない。1時半から3時半近くまで、楽しい時間を過ごせた。
 3月28日(日)
 相変わらず冬日。いつになったら暖かくなるのか。待ち遠しい。こんな気候のせいか、膝の調子が悪い。スイミングも春休みとなり体操もないので、運動不足だ。体重は減らない。膝の負担を軽くするには、減量が必要なのだが、本当にむずかしい。おまけに目の調子もかんばしくない。愚痴ばかりの日記ではどうしようもない。いずれも加齢現象だと半分諦めているが。
 3月29日(月)
 午前中、太極拳。午後、整形でヒアルロン酸注射。調子が悪いと言ったら、水泳やってますか。と言われたので、スイミングクラブの事情を話した。これからは週1回だけの水泳です、と。カルテを見て暫く休んでいますね、また毎週来ますか、といわれた。2週間おきに、とこちらから申し出た。初めは覚悟していたせいか注射がそれ程痛くは感じなかった。しかし、この頃かなり痛くコワイ。貼り薬は矧がすときに痛い。膝サポーターをドラッグストアで買おうと思う。計って自分用のサポーターを作れると言われたが、見送った。整形外科ではMさんがボランティアの男性の運転で来ていた。なんとこの男性、首の骨が変形し、自分の腰の骨の一部を切り取って補正したという。携帯電話でMRIの写真を見せてくれた。66才というがなんと逞しい人だろうと驚いた。小雨が降っていたので車で来ていたので帰りに大型スーパーで買い物して帰る。
 
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by ttfuji | 2010-03-30 11:57 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(2)

読書録 2月後半~3月

 このところ、視力の衰えを感じている。本を読んでいても、霞がかかったように字がはっきりしないことがある。パソコンに向かう時間も少なく意欲も減退しているような気がする。3年前に、白内障の手術をしたが、丁度手術前のような目の疲れを感じる。白内障のレンズは寿命があると聞いたが、早や寿命なのだろうか、とふと思う。今は、蒲団に入っての読書も捗らないし、諦めて目を瞑るが、だからといって寝付けるものではない。ラジオの深夜便をタイマーオフにして何となく聞いているうちに寝入っているし、それでも駄目なときは誘眠剤のお世話になる。4時間ほどの睡眠がとれたあとは、視力が回復している。朝の2~3時間が最もすっきりした読書タイムである。
 従って、2月半ばから読書録を書いていないが、ごく簡単に(あるいは題名だけでも)記録しておきたいと思う。

 邂逅の森 熊谷達也 文藝春秋
 VINさんの紹介で、この著者を知り、何冊か読んだが、マタギの世界を書いたシリーズものは初めてだった。なじみのない世界だが、興味深く読んだ。マタギである主人公、富吉の人間小説でもある。厳しい自然界とそこに生きる動物たち、それを狩猟するマタギ達の闘い、山の神への畏怖と崇敬、絶対的な掟。禁断の恋をしたために、山を追われる富吉の苦難の人生など最後まで引き込まれて読んだ。詳しくは,VINさんの書評をお読み下さい。
 http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/181

 新参教師 熊谷達也 徳間書店
 こちらは上記とはがらっと違った、現代の教育現場を書いた小説。
 今、教育の現場では、大学の新卒だけでなく、社会人として充分な経験と実績を積んだ人を採用し、教育に生かそうという場合もあるという。
 この新参教師も、損保会社に20年近く勤め、転勤も繰り返して実績をあげ、役職も付き部下もいる人生経験豊かな男性である。会社が合併という期待の持てない事情もあるが、教育委員会の期待の元に採用された。すでに教員の友人から「非常識が常識の世界」と教師の世界を教えられた。かなり自信を持って乗り込んできた現場だったが果たして、戸惑うことや窮地に陥りそうなこともいろいろあった。

 あの作家に会いたい 人と作品をめぐる25の対話   児玉清 PHP
 児玉清氏は読書家であり博識の俳優である。著書が、読んだ本の著者と対談して書いたもの。

 水死  大江健三郎 講談社
 大江健三郎氏の本はすらっと読めない。人によっては悪文と酷評する人もいる。でも私は、独特の文体に魅力を感じてきた。数えてみたら10冊以上読んでいる。従って生い立ちや、家族のこと、出身地の森や谷のこと、父母や祖母のこと、友人や尊敬して止まない世界中の知識人や恩師のこと。大江氏自身に批判的な人達なども、多くの著書に共通して登場するので、大体の事情や繋がりはわかる。文章の中で引用される、外国の著名人の原文や訳文は、理解できないときは飛ばして読んだりするが、伝えたいことは分かるつもりでいる。
 前置きが長くなったが、『水死』について。父親の死について、いつか書きたいと思っていた。それを書くことに、母親や身内は反対していた。その事情について、「赤革のトランク」の中に、当時の真相が分かるヒントになる手紙や書類が残されているはずであったが、母親は鞄を見せてくれなかった。母親が亡くなり、妹のセツが、トランクを開けてもいい、という母の言葉を伝えた。著者は、最後の懸案の仕事が出来ると、森の家に行く。しかし、中にあるのは手紙類の封筒だけで処分されたのか焼かれたのか、何もなかった。落胆して、成城の家に戻る。

 父は、終戦の間際、増水した谷川に短艇を浮かべ船に乗り込む。急流の川を下り水死した。それを小学生の長江古義人(著者の小説上の名前)の分身が見ていた、という記憶がある。赤革のトランクはその短艇に持ち込まれていた。
 しかし、流れて拾われ、役所に届けられたが戻ってきた。父の遺体は川底から発見された。どう考えても自殺であった。
 父は三椏から紙幣の紙を作る仕事をしていたが、将校達が広い家を利用しており、超国家主義者として、まつりあげられていた。『取り替え子』や他の本には父の死を、木車に乗って信用金庫を襲う(自爆)末期膀胱ガンの男、として登場する。『みずから我が涙をぬぐいたまう日』にも戦前の時代と父のことが書かれている。誰もが愛国者、軍国主義者の時代だ。

 成城の自宅は混乱していた。妻の体調が悪く、長男の病院行きの付き添いも出来ず、郵便局の用事も、大江氏がしなければならなかった。障害のある長男の発作もあったり、病院で待つ間、あることに対して父親が息子に怒りを露わにし「お前はバカだ」と、決して言ってはならないこと言ってしまう。この言葉に、息子は激しく反応し、父親に心を閉ざす。
 妻の入院が決まる。妹のセツは、看護師をやっていた経験から、病人の付き添いを買って出る。そして兄と甥のアカリ(光)に森の家で過ごし、2人の関係を修復するよう勧める。
 森の家では、セツが世話をしている、大江作品の演劇化しようとして練習している劇団の人達との打ち合わせなどもある。アカリも世話をしてくれる人と信頼関係が出来、次第に表情も落ち着く。
 妻のガンの手術も成功したという報せ。このように、大江さんの日常もなかなか大変である。娘の真木が、成城の家と愛媛の家との連絡や細かい事務的なことに協力してくれる。資料はなくなったが、小説の内容は、真相ではなく想像で書いている。

 静かな木 藤沢周平 新潮社
 これも、VINさんの紹介で読んだ。藤沢周平らしい余韻の残る小説。3編の短編からなり比較的晩年の作品である。

 明るい方へ 父太宰治と母太田静子 太田治子  朝日新聞社
Nさんより借りて読む。自殺願望にとりつかれた太宰治、明るく、ただひたすら太宰を愛し、子どもが欲しいと願望した母。子どもが生まれて、父も喜び、娘に父の一字を与え治子となづけた。しかし時を経ずして別の女性と心中する。太宰は過去にも心中事件を起こし、女性だけ死んでいる。本妻には4人のまだ幼い子どもがいた。なんと無責任な父親だろうと思う。太宰は、静子に日記を書くように勧め、書いた日記を持ち去り、『斜陽』にそのまま載せているという。母は、渡さなければよかった、と言っていたという。まさに「人間失格」と断罪したい。

 白州次郎・正子の夕餉 牧山桂子 新潮社
 娘の牧山桂子氏が料理を再現しエッセイを書いている。器は父母の愛用のもの。何気ない料理だが、盛りつけや器が素晴らしい。
 
 鏡を見てはいけません  田辺聖子
 著者と夫が結婚した新婚の頃がモデルと思われる。ただし、夫は会社員。妻は雑誌や絵本のデザイナー。夫は先妻とは離婚。子どもは男の子一人、という設定。例によって『カモカのおっちゃん』風に面白おかしく書いて楽しい作品。 
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by ttfuji | 2010-03-28 23:34 | 読書・読書会・図書館 | Comments(2)

寒いお花見

 体操の会「さつき会」でお花見をした。こんな寒いお花見は初めてだった。

 先週の金曜日、体操の折、来週、第4週で体操はありませんので、代わりにお花見をします。お弁当とおだんごは、会で用意しますから、みなさん是非参加して下さい、と言われた。
 体操が終わって、年長の先生とのお別れがあり、もう一人の先生の帰られたあと、打ち合わせがあった。この会は毎年大山の途中にあり、今は桜の名所となっているS会のお花見をしているとのこと。
 三寒四温ながら暖かい日も続き、来週は花見が出来るでしょう、と言っていた。ところが、その後寒さに震える日が続いた。
 雨だったり寒かったら、別の会館を借りることになり、その場合は、花より団子で食事をしながらおしゃべりを楽しむことになるという。

 昨日まで冬並みの気温だったが、今日は、気温もぐっと上がるという天気予報だった。といっても、5℃が12℃になる程の上がり方で、まだまだ寒い。
 朝まで雨だったが、出かける頃にはあがり、日も差してきた。車に分乗したり、S会のマイクロバスを利用したりで、11時前には現地に着く。
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 桜はまだ蕾、3分咲にもなっていない。何本か咲いている木もあったが、とてもお花見という雰囲気にはなれない。それに地面が濡れているし、敷物も敷けない。何より寒い。ホカロンを付けている人も多いようだ。
 S会で働いている人と友達という人がいて会館の一間を使わせて頂けることになった。
 11時頃からテーブルに、お花見弁当、おだんご、、みかん、差し入れのお饅頭やお菓子類、手作りの漬け物、数種類が賑やかに並んだ。
 初めは、おつまみやお漬け物を頂きながらお茶を飲んでいたが、いつの間にか、お弁当を頂き始めていた。料理の話や旅行、忘年会、お出かけの話に盛り上がった。会の発足当時の経緯なども聞いた。
 どうやらこの会は、体操以外に遊ぶことや食べに行くことを楽しみにしている人達の会らしい。高齢者が多いから、それを楽しみにしているのも分かる。しかし、私のように、いろいろ忙しいものにはどこまで付き合えるか分からない。旅仲間の旅行はあるし、親しい友人との約束もある。サークルも幾つか所属しており、その役もある。図書館へ行ったり、本を読んだりも大事な時間だし、主婦としての仕事も手抜きながらやらなければならない。八方美人でいては身体が持たない。こんなことを考えながら、食事やおしゃべりも楽しんでいる矛盾。
 しかし、駄目なときには、無理に付き合う必要はない、と心にきめた。

 食事後は、外で、テープを聴きながら幾つかのリズム体操をした。去年も花の下の広い場所で、音楽に合わせて体操をしたら、周りの人達も参加して楽しかったそうだ。今年は、他の花見客は誰もいない。
 2時頃解散。何台かの車に分乗して帰ったが、Oさんと私、Sさんの3人は、歩いてバスの通りまで下り、バスで帰った。
 このところ、またアレルギー性の眼瞼炎の症状がでてきたので、皮膚科に寄る。
 午後は3時からの診療なので、Oさんに付き合ってもらいドトールのコーヒーで時間をつぶす。何年前に罹ったというと、カルテを見て3年前ですね、といわれた。2年間発症しなかったのになぜだろうか。前回は、のみぐすり、2種類と軟膏を処方して頂いたが、今回服用薬は1種類だった。前回は画期的に効いた薬だった。
 3時半帰宅。それ程歩かないのに(6000歩ほど)足が少し痛い。
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by ttfuji | 2010-03-26 22:28 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)
 3月22日(月) 春分の日の振替休日
 太極拳の会場予約のため、10時15分前にコミュニティセンターへ行く。10時から受付だが、申し込み順なので遅れてはならない。
 コミセンは、1団体月3回まで使える。3回までは1ヵ月前の申し込みであるが、4回使いたいときには、1週間前の受付となる。
 3月29日(月)は、4回目なので、22日の申し込みとなった。私の後に1ヵ月後の申し込みに来ている人はいたが、1週間後の競争相手はなく予約できた。会場に近いということで引き受けたので一安心だ。会場から、役員さんへ、会場がとれたことを報告。

 悪天候が続き、今日は、月曜日だが休日で太極拳もない。運動不足で足の衰えを感じたので、Yさんに電話。歩きましょう、ということになる。Yさんも電話しようかと思っていたところという。Yさんは東京や近隣の市のデパートによく行かれるが、私はとんとご無沙汰だ。久しぶりに町田あたりのデパートで目の保養もしたい。各階を隈無く廻れば結構な運動量になるだろうし、楽しい。世の動きも分かるというもの。
 やはりデパートは、魅力的なものがいろいろあるし高齢者でも欲しいものがいろいろある。しかし、高い。スーパーや町のブティックなどでバーゲンしか買わない私にはとても手が届かない。客層が違う、と自ら卑下する。Yさんは安物は嫌いな人だから、値段はダテでない、着たときの気分が違うという。確かにその通りかも知れないが、この歳で、とつい思ってしまい「駄目!歳なんていっては。」と、お叱りを受ける。
 かって勤めていたときには、あまりお金のことを考えず買った時代もあったが年金生活の今は、財布との相談となる。結局、ブラウス1枚とスイミング用品、物産展で柿の葉寿司や菓子類を買い、レストラン街で食事、物産展のコーナーのコーヒーショップ(荻窪の店、TBS、はなまるマーケットで有名とか)で、おいし~いコーヒーを頂いて帰ってくる。駅前で買い物、重い荷物で少々足が痛む。歩数8000歩余り。
 夫は、火曜日が休みのため今日体操に行った。

 娘から電話で、今日出かけていた?、風邪を引いてしまい買い物に出られないので、Tの夕食頼んで良いかという。柿の葉ずし、買ってきてあと少し何か作って済ませるつもりだったけれど、ご飯が沢山残っているから。チャーハンでも作る、と言うと、私は昨日の鍋の残りでおじやでも食べるから心配しなくていいとのこと。
 チャーハン、野菜炒め(豚肉、ハム、キャベツ、人参、グリーンアスパラ、シメジ、椎茸)、フカヒレスープ(クノール、シメジ・エノキを入れる)、サラダ(レタス・キュウリ・トマト)など。ウインナーソーセージを飾り切りし、茹でたグリーンアスパラと炒め合わせてお弁当用に持たせる。母親が甘いものを欲しいと言っていたらしいので、頂いた人形焼きや仏壇から下げたおはぎを持たせる。孫が、いろいろありがとう、と言ったのでびっくり。いつもはおいしい、ごちそうさま、と言ってくれるだけで大満足なのに・・・。

 3月23日(火)
 スイミング。午後から買い物に行く。店より娘に電話。風邪の様子を聞き、もう1日家で過ごす、というので、必要なものや欲しいものがあったら買って届けるからというと、野菜や冷凍食品など幾つか言ったが適当に見繕って買い届ける。道路に車は置けないので、着いたからと電話し下りて来てもらう。おかず類を持っていったタッパーがレジ袋二つ分、いつも持ってきて、と催促しても孫は学校帰りに寄ることが多いので、一方通行のまま。今回は棚に収まらないほど溜まっていた。

 3月24日(水)
 ふたたび時雨模様。寒い。彼岸頃の天気や風の種類が千種類もあると天声人語に載っていた。勿論日本ばかりの現象ではない。成る程と思い天気の変わり方も興味深く見守る気持になった。読書録が書いてないのが気になっている。結構読んでいるが、返したものもあり筋が思い出せないものが多い。
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by ttfuji | 2010-03-24 13:24 | 生活雑記 | Comments(2)
 私が、甥の結婚式のことをブログに書きましたところ、お祝いのコメントを頂きました。その返礼のコメントが妹から寄せられましたが、コメント欄は再度見ることは殆どなく、見逃されやすいので、ブログに転載致しました。なかなかすてきな結婚式だったようで私も嬉しく思い妹の了解を得て載せました。以下、マチューさんの挨拶です。
    

       ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

 VINさま、tamatamaさま、そして読んで下さったみなさま
 息子の結婚のご祝詞有難うございます。やっと1人前になれたという思いで親としてホッと一息という思いです。
 テラスウエディングという外での挙式を予定していたのですが、昨日の強風で教会の室内に変更しました。

 披露宴がなかなかユニークでほぼ全員のスピーチがあり、息子を慕っている花嫁の7歳の姪が「Tさんが結婚してしまったから私は、○○君(中学生の従兄弟)と結婚します」そしてその子と4歳の妹、2歳の男の子がレイをかけてフラダンスを踊ったのです。次に息子が引っ張り出されて一緒に・・・不器用な息子がいつ覚えたのか、腰をふりふり一曲踊り終えました。いつ覚えたのか聞いたら「イメージトレーニングさ」といっていましたが、不思議です。
 秋田の義妹(妹の次男の妻)が「お兄さんは一生結婚しないのかと思っていました。私達が老後の面倒を見ようと覚悟していたところです」なんていって笑わせていました。やはり大阪人。トランペットを吹く義兄や話術の上手い2番目の義兄、みんな順番に楽しいスピーチでした。
 
 ホテルでは迷路のような廊下や階段が多いのは知っていたので前もって車椅子をメールで予約しておきました。
ルームバスもリハビリ用の椅子をご用意しておきます。とご丁寧に返信メールを頂き、さすが教育が行き届いていると感心しました。重要文化財で改造できない由。美智子皇后様が結婚前ご両親と泊ったホテルです。その他著名人多数の写真が額の治まっていました。(つづく)
 
 3連休でホテルは不況など何処吹く風と思うほど込んでいました。世の中の様子が外へ出たことが殆どない私には新鮮な刺激でした。結婚式の様子は簡単に書き込みましたが、独唱や一緒に歌う賛美歌は何処でも同じですが、バイオリン、ピアノの演奏もあり感激でした。
 幼稚園年中組の孫がカメラを離さず、バージンロードを歩く花嫁の父と花嫁を撮ったり、指輪交換、ヴェールを上げてキスをするシーンなどシャッターチャンスバッチリで驚きました。披露宴でも活躍してました。今のデジカメはこんな小さい子にも簡単に操作出来ることに技術革新の進歩を感じました。
 翌日も、風は止まず、黄砂に見舞われ寒くて芦ノ湖の「海賊船」も欠航?か見えませんでした。十国峠から富士山を見たかったのですが、箱根神社の下で引き返しました。小田原で昼食をとろうとお店に入り、ひなさんがケータイをかけてご両親や姉妹たちが何処にいるのか確認していましたら・・・すぐ近くに居られる様子。
 部屋を予約してご一緒にと、迎えに行きました。偶然に11人もぞろぞろと、再会。可愛い姪御さんもいました。
 息子がビールを呑んでしまったので、帰りはひなさんの運転で渋滞もなく、無事に帰宅できました。

           ☆   ☆  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

    (私の補足記事をみて妹が再度コメントを寄せてくれました。
   これで列席しなかった私にも当日の様子がよく分かりました。)

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by ttfuji | 2010-03-22 21:20 | 家族・身内・私 | Comments(6)

春の嵐

 3連休の初日、日本中荒れに荒れたようでニュースが伝えていた。わが家でも全く無関係ではなかった。土曜日の夜から朝にかけて、台風並みの風雨で時々メリメリッという音も混じり、恐ろしい程の風が舞っていた。翌朝、雨は止んだが、風がまだ治まっていなかった。2階の鉢類は無事だろうかとベランダに出た。蒲団ばさみが床に落ちていたが鉢類は吹き飛んでも倒れてもいなかった。ふと下を見ると、庭に大きなトタンのようなものが歪んだ形で落ちている。階下に降りて、ダイニングの厚いカーテンを開けると、硝子戸にもトタン板が窓を塞ぐように寄りかかっている。しまった、雨戸を閉めわすれていたのだ。ガラスは割れていなかったが網戸が緩衝役を果たしたからだろう。それにしてもどこから飛んできたのか?。内側からトタン板を押してもびくともしない。
 夫はまだ起きてこない。玄関を出て庭に廻るとよくもガラスが割れなかったものだとホッとした。道路に出ると、向かいのお宅の奥さんが、ベランダの波形スレートの1枚が、風で吹き飛ばされたという。どこかで家や車を傷つけていないかと心配していた。庭への落下物のことを話すと、うちのかしらと道路から覗いて、黒いのでウチのはトタンでないからという。探さなければと近所を一巡した。そして、屋根は前の家の南側の一部とわかった。一段下の道路から、屋根がとれて明るくなった天井が見えた。
わが家の前で道路で隣家の息子,Sさんと会った。母が旅行中で・・、今朝早く旅行先に電話して、昼過ぎには帰って来るのですが、と家の異常に途方に暮れていた。迷惑かけてすみません、といい硝子戸に寄りかかっているトタン屋根を取り除き、庭にあるトタンの上に横たえた。
 幸い、物損も人損もなかったのが不幸中の幸いと慰めた。庭の植木も何もない所、屋根やさんが片付けてくれるまでこのままで良いですよ、と伝えた。

 自治会総会があり、出席したかったので、夫を起こし、庭の落下物のことを話した。
 10時から12時近くまでの自治会総会を終えて帰ると、トタン屋根は小さく折りたたんだように片づいていた。夫がSさんに断って片付けたという。夫も同情して助けたのだろう。
 午後、奥さんが旅行先から急遽戻ってわが家に挨拶に見えた。姫路城を見て広島、平和公園や安芸の宮島など見て、もう一泊する予定だった由。
 お彼岸で、屋根やさんが休みという。部屋は沢山あるが、取り敢えず修理で持たせても、建て替えの時期に来ており、立て替えを何度も決断しかけては、体調を壊し、延び延びになっていたという。
 家の建て替えや引っ越しは元気なときでないとその気になれない。大変だなぁと思うばかりである。
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by ttfuji | 2010-03-22 19:11 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)

箱根で甥の祝典 

 3連休、お天気が荒れるという。土曜日の今日はどうやら持った。妹の息子、甥の祝典が箱根のホテルで行われた。今回は両家の顔合わせということで、両親、兄弟姉妹の家族だけで式をやり、箱根に一泊する。おじ、おば、いとこは参列しない。両家の家族の親睦が目的なのだろう。親戚や友人の披露宴は改めてということのようだ。
 10月に入籍、一緒に暮らしているのだから、私などは、2人が幸せならばそれでいい、という考えで別に何とも思わないが、花嫁さんにとってもご両親にとっても結婚式はおろそかに出来ない晴れの日に違いない。
 妹夫婦は、なんで2度に分けてするのかと、気にしているが、当人達の考えなのであまりいえないらしい。
 闘病中の妹にとっては、温泉旅行など縁のないものと考えていたが、思わぬ旅行ができた。もしかしたらこれも息子達からの親孝行かもしれない。そう思って、明日一日のんびり過ごしてきて欲しい。疲れないよう願っている。帰る頃には天気も落ち着くだろう。
 とにかくおめでとう。
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by ttfuji | 2010-03-20 16:39 | 家族・身内・私 | Comments(6)

金曜日は

 金曜日は割と忙しい。午前中、スイミングがあったり、郷土史の役員会や妹の付き添いも月1回だが金曜日にある。高齢者体操も金曜日午後から月3回行われる。
 
 来月からは、朝のスイミングがなくなるので、運動不足は体操と往復のウオーキングでカバーすることになる。
 昨日は午前中の役員会には車を使った。午後からは夫が体育館行きに使う。12時20分頃に帰宅し急いで昼食を済ませ、夕食のご飯を仕掛けて、Oさんと待ち合わせる。Oさんから、携帯メールで打ち合わせるとき、いま帰ったところ、急いで食事して時間通り行きます、と返信するとすぐ電話がかかり、間に合う?、車出しましょうか、と言って下さった。10分あるから大丈夫、と待ち合わせ場所まで5分程で行く。中央公民館まで25分余。
 今日は、指導者の一人の先生が辞められるので、早めに切り上げて簡単なお別れ会があるという。
 先週のブログにも書いたが、高齢であること、隣の市から電車に乗っての来所は、身体的にきついし、指導している場所は他にもあることなどの理由で慰留に努めたが適わなかった。でも、先生自身も、折角みなさんと親しくやってきたのに、お別れはさびしい、もう一人の先生がご都合がつかないときは、ピンチヒッターとして駆けつけて下さるとのことだった。なんと、先生がお饅頭とおかきを用意して下さったのだった。お世話になった私たちが、用意しなければならないのにと申し訳ない気持だった。

 来週は、体操がないので、市内の桜の名所でお花見をするという。せめて先生を招待したいと思ったがこれは私自身の心にとどめた。先生は、今までも会員達の食事会などに参加されないと聞いていたからだ。
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by ttfuji | 2010-03-20 11:39 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)

内科検診の結果は

 昨日、血液検査の結果を聞きに行ってきた。前回血糖値が高いことと、体重が少しずつだが増え気味であることを指摘され、薬の服用を断っていたので、結果が出ていなければ薬も受け入れなければならないと覚悟していた。体重は忘れない限り計る努力をした。53キロ~54キロの間を行ったり来たりしていたが、うっかりすると54キロを超えることがあった。減らさなければと心掛けているのに減量できない難しさを感じた。歩いたり泳いだりしたあとは、どうしても甘いものやおやつが食べたくなる。外食の回数も増え出来るだけカロリーの少ないものを選んだりするが長くは続かない。いまさら減量なんてしなくても、と思っても、担当医は自分の患者が成人病になると自分の責任とばかりにお叱りを受ける。
 さて、今回はどうか。
 よろしくお願い致します」と挨拶し、血圧記録表と体重を記した用紙を渡す。変わりありませんか、といわれたので、はい至って元気です、と答える。
 先生は、検査結果報告書をみながら、血糖値、下がりましたね、まだ若干オーバーしているが、血圧も安定しているし総コレステロールも中性脂肪も基準値内だからいいでしょう、このまま、数値が上がらないように見守りましょう。と一応、今まで通りの薬となった。血圧、120台、たまに140を超すこともあるが翌日には戻るので気にしない。
今回、血糖値、113(前回189),両方に*がついている。中性脂肪139,総コレステロール196,どちらも基準内。1日の薬は、降圧剤1錠、コレステロール薬1錠、通じ薬2種類で、私が最も必要としているのは、プルゼニドと酸化マグネシュームである。
 担当医が数値に厳しいのは、専門が糖尿病とのこと。このクリニックも糖尿病の入院患者や腎臓病、腎臓透析の患者が多い。薬が増えなくて良かった。
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by ttfuji | 2010-03-18 16:54 | 医療・健康 | Comments(7)