私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

<   2011年 09月 ( 15 )   > この月の画像一覧

デジアナ

 今日で9月も終わる。全く早いもので、今年もあと3ヵ月となった。

 7月末をもって、地レジに完全移行。その前に、地レジ対応のテレビの買い換えを!、とテレビの画面でも、あと何日、と鬱陶しいほどに表示がでていた。まだの人は、画面下の表示の所へご相談を、とも。

 わが家の居間のテレビはアナログのまま、夫と私の個室にあるテレビは、早々と地レジにしBSアンテナをつけた。

 居間のテレビも階下にいる時や食事の時など見ることがあるが、急いで買い換えることもない、それぞれ好きな番組は自室で見ればいい、と思っていた。一通り、移行が済めば、テレビも安くなるかも知れない、という目論見もあった。

 期限が迫るに従って、カウントダウンで切れる瞬間を見ようと、夜中の12時前から画面を見入っていた。
 しかし、午前12時丁度、切れない。砂あらし状態になると思っていたのに、画面は映っている。民放も回してみたが、どこもちゃんと映っていた。
 しかし今まで見られたBS1,BS2,は映らなくなった。NHK総合テレビ(1チャンネル)はアナログで見ていた時のように画面がざらついている。でも民放はみなきれいに映っている。
 それにしてもなぜ消えないのだろう、と不思議だった。地震被災地は、期日が延びると聞いていたが、そのせいだろうか。
 BSアンテナから光通信にし、アンテナは要らなくなったが何か関係があるのか。

 いずれにしても、BSは見られなくてもアナログ時代のテレビは見られるのだから、買い換えは急ぐ必要はない、とトクした気分だった。画面、右上に「デジアナ」の表示がでるようになった。

 ずっと以前、電波障害が起きたとき、近くに建った高層マンションに、テレビアンテナがつけられたことがあった。
 その後、それぞれUHFとか戸別のアンテナをつけて解決済みと思っていたら、この度、マンションのアンテナの役目が終わったので、電線を使って各家に繋げてあるアンテナを取り外す工事をします、という通知が来た。順番にやっていくので期間は1ヵ月以上と書かれていた。夫は、テレビが映るのは、このアンテナのせいだろう、と言った。ところが、工事が終わってもまだテレビは映っている。

 あさ、プラゴミを出しに行くと、近所の奥さん2人と、中高年のスーツの男性が何か話ながらある方向を見ている。なにがあるんですか、と聞くと、アンテナ取り外しの作業を高い電柱に上がってやっているとのこと。先日、済んだのでは、というと、近くの集合アパートでアンテナのトラブルがあって取り外せなかった、という説明を聞いているところだった。
 私は、デジアナ表示と、テレビが見られることを話してみた。その、男性は、全部が取り外せば、消えると思うと言われた。その後、まだそのまま映っている。高僧マンションのアナテナの撤去がまだ済まないのか。わが家の線は切れているはずなので不思議でならない。映るうちは買い換えないし、ありがたいことだと思う。今、チューナーをつけるといいですよ、量販店では安くなって1万円位で買え素人でもつけられる、と工事会社の人は言っていた。いよいよ切れたら新しいのを買い換えないで、チューナーで試してみようと思う。

 追記
 インターネットで「デジアナ」を検索しましたところ、テレビが切れなかったことで戸惑っている人が多く、なぜNHKや関係機関から前もってそのような予告がされなかったか疑問だ、との意見もありました。また、2015年3月末まで、デジアナで見られるという記事も載っています。真偽の程は全くわかりませんが。謎です。
 







 
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by ttfuji | 2011-09-30 20:41 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 8月15日付、広報「いせはら」に、『わが家の節電自慢』を募集していた。7~9月までの電気使用量、昨年比15%削減を目指しましょう。12月に開催するストップ温暖化展に優秀者を発表、とある。東電から節電を呼びかけられて以来、わが家でも随分、節電に気を配ってきたつもりなので、5月分から計算してみると、15%は軽くクリアしている。締め切りは9月30日とある。
 友人のいっこさんも8月中頃、ブログに「節電してますか」というタイトルで書かれており、コメントにわが家の実績を書いたところ、広報に載っていたけど応募したら、といわれた。
 応募してみようかと思いながら、そのままにしていた。昨夜、急に思い立ち、あと2日しかない、とけさ急いでパソコンで表を作り、提出してきた。

 参考までに節電実績を記載します。

  わが家の節電自慢 (使用量と前年対比)

      平成23年     平成22年    前年差    減少率
  5月  246 KWH   371 KWH   -125  33,69%

  6月  188  〃    234  〃     - 46  19,65%

     ˆ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  7月  217  〃    284  〃    - 67   23,59%

  8月  216  〃    284  〃    - 68   23,94%

  9月  273  〃    333  〃    - 60   18,01%


  計画停電も節電もやむを得ないと考え、節電に取り組んできました。
 わが家は、小家族にもかかわらず、電気の使用量が多いことも反省しました。
 節電に心掛けたことは
 ※ 点けっぱなしテレビや電灯をなくすこと。こまめにスイッチを切る。
 ※ 玄関外の電灯をなるべく消す。(防犯上多少の抵抗はありますが)
 ※ 自動湯わかしのコンセントを日中や夜間は抜く。
 ※ 炊飯器の保温は夜間は切る。パソコン2台も使わないとき以外、
   こまめに電源をきる。
 ※ エアコンは、我慢できる限り、点けませんでした。温度設定も高め。
   29度~30度。
 ※ 洗濯もこまめにせず、ある程度まとめました。老人2人世帯なので。
 
  絶えず節電意識があり、もっと減らせたと思いますが、思いつくまま記してみました。
 契約アンペアも減らしたかったのですが、まだしておりません。

 実績は上げても全体的に、家族構成、年齢などで使用量が高かったら、優秀者とは  認められないかも知れませんね。
 
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by ttfuji | 2011-09-29 13:39 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(4)
 このところ(台風以来)、すっかり秋めいてきた。
 9月22日(木) 図書館行き。
 9月23日(金) 小田原市民会館行き。
ここまでは、記録済み。
 9月24日(土) 
 朝,Yさんより電話で、紫蘇の葉要る?、と聞かれる。庭の整理に抜くという。最後のシソなので頂く。洗ってザルにあげておく。夜、シソ味噌を作るつもりだ。随分作ったが、手みやげや、返礼に差し上げ、家には余りない。 

 午前中、美容院行き。久しぶりにパーマをかける。ヘアダイしているので、パーマは避けてきたが、髪の毛の減少でべったり髪では肌が透けて見える。そこで、ごく弱く頭頂部が立ち上がるように短くカットして整えて頂いた。ところが髪のやせ細りはいかんともしがたく、チリチリにかかってしまう。先生もパーマは余り勧めたくない口ぶりだったのにお願いしたのだった。カットを繰り返すうちに、先のチリチリもとれ、落ち着いてくると思っている。格好が付くのは本の一時期、間にヘアダイを繰り返しまたパーマをかけたくなる。おしゃれ心が残っているうちは、まだいいと自分に納得させている。

 午後、いっこさんよりTel。自家菜園の野菜が食べきれないので、下さるとのこと。喜んだ頂きたいと答える。お米の精米にでるので、と言われ、コミュセンで待ち合わせ。ご主人の運転で、ご主人の作られた色とりどりの見事なピーマンと丸ナスを頂く。夜早速、献立に加えた。丸ナスは厚めの輪切りにし、素揚げしシソ味噌を添えた。ピーマンはオリーブオイルで炒め甘酢に漬けた。どちらもおいしかった。
 9月25日(日) 
 午後、ミニサロン・スマイルクラブがあった。3ヵ月に一度、70歳以上の人が招待される。この会を自治会役員とともに、中心になって立ち上げたWさんは、現自治会長でもある。青少年指導員、民生委員など長期にわたって歴任されたパワフルな女性で、司会もベテラン。それにボランティアの方々も大勢支えて下さる。参加費は200円だが、差し入れのお菓子やご芳志もあり何とか収支が持っているとのこと。コーヒーゼリーも並び、これはWさんが前日から作って冷やしておいたという。90個作り、冷蔵庫は他の役員さんも協力していただいたと聞いて、ボランティア精神旺盛とはいえ真似できないと感じた。
 何か、敬老会に招待されたようで申し訳ないような、落ち着かない気分もある。
 尤も、招待されている人には80~90の方も多い。そう考える私はここではまだ若手なのかも知れない。
 敬老会とまではいきませんが、お祝いの気持を表したいと用意しました、というのは箱入りの熨斗のついた紅白饅頭。
 毎回催し物も趣向を凝らし、この日は市内のマジッククラブの手品だった。アマだがなかなかのもの、市の催し物や老人会、病院や幼稚園などで活動しているとのこと。文化会館で公演もしている。会長は84歳と聞いて驚く。
 今回は、子どもさんにも楽しんでもらおうと子ども会に呼びかけたそうだが、参加したのは、6~7人だけ。少子化時代のせいか、今年は小学校入学は一人もいなかったそうだ。それでも、最前列で、手品を真剣に見て、いちいち、反応の声を上げるので、やっている人は喜んだようだ。思わぬ演出効果となった。
 隣席になったyamadaさんとも久しぶりにお会いし、おしゃべりタイムを楽しんだ。
 夜、孫のTが久しぶりに夕食を食べに来た。久しぶりと言っても10日に1度ぐらいの頻度で来てはいるが。夕食だけでなく、昼頃バイクを借りに来て、お腹空いてない、と聞くと朝飯、遅かったから、大丈夫、と変ないい方し、何々があるよ、というと頂こうかな、という。そして、もりもりと食べる。私の作ったものがおいしい、証拠と私も満足する。
 この日の夕食は、おでん風煮物。主材料は里芋。モヤシとキャベツ、ピーマンのあっさり炒めに焼き肉。OGビーフ。トマト焼きナスもつける。シソ味噌でご飯もお代わりし、たまにはご飯食べにおいで、と言うと、うん、でもあんなにおかず要らないよ、運動しなくなって胃が小さくなった、という。笑ってしまう。
 あまりよく食べるから、家ではろくなものを食べていないのではないかと、すべて大盛りにしているのに、3文安のばあちゃんの甘やかしらしい。
 9月26日(月) 
 太極拳があったが、涼しいので気持ち良くできた。
 今日は、新しい医院に行くつもりだったが、午前中に受け付けてもらえれば、午後早く診てもらえるかと思い、5分ほど早めに練習を切り上げ、A医院に走った。コミュセンから医院まで私の足でも4・5分で行ける。午前の受付は12時まで、受け付けた人は午前の診察が受けられる。ざった見渡して10人ほど待っている人がいらっしゃる。午後出直すつもりだったので、財布も前のクリニックの検査結果や薬手帳を持ってない。保険証だけは持っていた。そのことを話すと、すぐに戻れるなら、といわれ往復10分以内に戻ります、といって家にとんぼ返りした。終わってから寄り道があったので車で出かけた。
 先生に、これから健康診断お願いしたい旨話し、お医者さんを替えたい理由を遠方なので車で行っていたが、いつ運転できなくなるかわからないので、と話した。10年ほど前にお世話になっていた、と話すと、カルテを見て8年前ですね、といわれた。この先生は、友人、知人が多くかかっており、いろいろ評判が伝わってくる。薬をすぐ出すと、いわれ検査器具が整っているので、すぐ検査を勧められる、とも言われている。しかし、それは拒否できるし、どうしてもした方がいいときは応じればいい、と言っていた。やたらと叱ることもなく、どちらかといえば患者の意をくむ先生だ。ただ、混んでいて受付順なので、朝、7時半頃一旦順番取りにくる人も多いとのこと。予約は、余程のことでない限りしないらしい。
 9月27日(火) 
 涼しいので、夫は車で寒川体育館へ。私も涼しいので、歩いて買い物に行く。今日のことは恥ずかしいので別記する。老化現象なのか、錯覚や勘違いが多い失敗をした。
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by ttfuji | 2011-09-27 18:45 | 食・献立・料理 | Comments(2)
 秋分の日のきのう、小田原市民会館へ「北条氏五代シンポジュウム~北条百年の足跡~」というシンポジュウムを聞きに行ってきた。郷土史・役員会の折、この催しのことを聞き、Nさんが、ハガキで申し込んで下さった。1枚のハガキで2名参加できる。

 開場は2時半だったが、いつもその前に長い行列ができると聞き2時前に並んだがすでに行列ができていた。幟旗を持った鎧の武者が何人も広場におり、お祭りの一環かと思われた。
 早めに開場され、比較的前の席に座れた。
 オープニングには、小田原北条太鼓の演奏があった。大中小の太鼓12基の勇壮な演奏だった。

 加藤市長挨拶。今日のシンポジュウム内容、小田原を拠点とした北条氏の歴史、北条氏に所縁のある8市2村からの参加。壇上に並び一人一人紹介された。
 初代、北条早雲誕生の岡山県井原市からも関係者が来て下さった。
 静岡、伊豆、関八州を収めた地からの参加であった。寄居城のあった寄居町からバスを仕立てての参加もあった。

 第1部は北条氏研究の第一人者、静岡大学名誉教授、小和田哲男氏の基調講演『北条氏100年の繁栄』があった。
 小和田氏は、NHKの歴史ドラマの時代考証も数多く担当し、教育テレビや総合テレビで歴史解説をし、わかりやすい解説で定評がある。
 北条早雲が伝えられているような出自のわからない成り上がりではなく、備中の伊勢氏の出で室町幕府の足利義視に仕えた管領だったが妹か(姉?)の嫁ぎ先、今川家の家督争いをおさめたという記録もあり、その後、次々に城を攻め東に勢力をのばしていった。しかし、非情なやり口で国盗りを繰り返したわけではなく、理想郷を作りたいと領民のことを考え、目安箱を置き、(吉宗より早く)、税率も四公六民と安くした。藩によっては六公四民、八公二民とひどい苛斂誅求もあっとという。
 小田原城を攻略したのは明応4年(1495)、早雲64歳の時。
 2代氏綱は目立たない損な役回りだが、善政をしたことが「北条氏綱遺言状』に窺える。伊勢氏から北条氏に改姓したのは2代の時。
 3代目は氏康。検地など先進的施策をおこなった。勢力も河越(川越)葛西まで広がる。領民も北条氏の支配下に入ることを望んだという。
4代目は氏政。上州から房総まで支配は広がる。弟たちと支城ネットワークをつくる。氏政と5代氏直の時に秀吉の小田原攻めによって滅ぶ。しかし、この時代、5代100年続いたことは今までないことという。

 第2部はパネルディスカッション。『北条氏の目指した理想国家について』。
 コーディネーターは元NHKキャスターの松平定知氏。
 パネリストは小和田哲男氏と作家の火坂雅志氏。 
 火坂氏はNHK大河ドラマ『天地人』の原作者。沢山の歴史小説を書いているが、現在、「小説トリッパー」に『北条五代』連載中。大河ドラマ化の話もあるようだ。火坂氏の話も歯切れが良くわかりやすく良かった。予定された5時まで、時間が足りないような内容の濃い話だったが、松平氏のまとめや進行はさすがで定刻ぎりぎりにおわった。

 今日は、夫は東京へ行ったため、夕飯は不要とのこと。私も焦ることなく安心して出かけたが、帰ってから一応おそばを茹でておいた。
 10時頃、飲み過ぎたので帰れない。新宿のホテルに泊まって行く、との電話。兄弟と甥で飲み、痛飲したらしい。私も、その方が安心だし、どうぞ、と機嫌良く答えた。
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by ttfuji | 2011-09-24 20:59 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)
 日本中を吹き荒れた台風15号は、こちらでも、強い風雨で怖いようでしたが、幸い大きな被害はありませんでした。各地で土砂崩れや濁流に命を落とした方も多く、心が痛みます。天災国日本は、これからも、あらゆる天災にどのように対処したらいいのか大問題だと思います。

 今日は、台風一過で真っ青な空と強い太陽が照りつけました。昼頃には気温も急上昇。再び夏日になりました。ところが夕方から突如雲が広がりにわか雨になりました。おかげで涼風が吹き一息継げました。

 今日は図書館へ行く日だったが、台風の余波が残り、天候も悪いかも知れないと、昨日のうちにTさんに、日にち変更の相談をし、土曜日に行くことにした。
 けさ、青空が広がり、夫の水泳講習はバイクで行くというので、Tさんに車が使えるので今日でもいいと電話すると、今日、いつもの時間に行くことになった。
 図書館で返却手続きの時、リクエストの本、一冊届いてますと言われ、どの本かと思ったら津村節子さんの「紅梅」だった。リクエストしたのを忘れていた。
 読書会の課題本で、全員注文し、昨日、書店から本が入荷したとの連絡が入り、今日取りに行くつもりだった。そのことを話し当然ながら本は借りずに来た。ミニギャラリーで写真展を見ていた,Tさんにその話をすると、それなら、私が借りたい、と言っていたが、順番待ちの人がいるはずで、割り込みはできない。私が借りて回す、という手もあるが、多分禁じられているだろう。
以前、Tさんが借りた本をすぐ読んでしまい、とても良かったので、2週間の期限内ならそのまま置いておくのももったいないからと言われ、借りて読んだことがある。こういう場合は有効利用といえないだろうか。

 帰りに農協で野菜を買う。Tさんは小ぶりの冬瓜を買い、他にもいろいろ買って重い荷物になったので、車まで持ちましょう、というと、あんたも荷物あるからいいよ、年寄りでも、たまには重い物を持ったり、歩いたりしなければ、体力が衰える、といわれ脱帽した。
 確か90歳になっているはず。郷土史も一緒、旅行も一緒、図書館通いも一緒。他に絵も書もやっている。冬瓜は、煮含めて葛をかけ、明日のお習字の会へ持っていくという。みなさん、お茶の時間に色々持ち寄るという。
 車に乗せてもらうので、こうしてどこへも行けるし、重い買い物もできる。本当に感謝している、といつも言って下さる。
 私は、Tさんのためだけでなく、私も同じ目的で出かけるし、ついでですから、というが、時々新潟の「おかき」やゼンマイなど下さる。お茶菓子もゼンマイもお習字の会に差し入れのため、取り寄せているので、と言われる。
 心遣い、遠慮せずありがたく頂いている。
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by ttfuji | 2011-09-22 23:42 | 読書・読書会・図書館 | Comments(4)

難しい病院選び

 昨日、眼科検診があり10時半の予約だったが早めに行った。すぐに呼ばれ、眼圧と検診で、どちらも異常なく、とんとん拍子ですべてがいつもより短い時間に終わった。
 時間が間に合ったら、内科検診の病院替えを考えている、S医院に行ってみようと、昨夜から予定を立てて、血液検査の結果表、お薬手帳など用意しておいた。
 総合病院の眼科から、S医院まで5分ほど、駅に向かって歩く途中にあった。11時半頃だったが、午前中の受付時間に充分間に合った。待合室も2人ばかり。受付で用件を伝え、保険証を出し名前を書いた。
 少しして呼ばれ、診察室に入る。先生に、これから、定期検診をお願いしたい旨話し、今までのクリニックは成人病専門であるため数値に厳しく、薬をすぐ勧められるのでと、なるべく薬を減らしたいと伝えた。
 あそこは腎臓病専門でしょうと言われたので、糖尿病の入院患者や透析患者が多いと話した。持っていった過去1年間の検査結果を見て、薬を勧められると言うが、嫌なら飲まなければいいのですよ、いわれた。患者がのまないものを強制はできない。えっと思い、そうなんですか、と曖昧に頷いた。
 もし、ここで検診を受けるのであれば、一ヶ月間、今までの薬、すべてをやめて朝食を取らずに来るように、血圧も朝起きてからすぐ、朝食の支度や朝食の前に、毎日なるべく同じ時間に計って、血圧帳に記入して持ってくるように、すべてはそれから判断します、と言われた。
 そうなのか、薬は飲んではいけないのか。わかりました、ありがとうございました、と先生に礼を言い、受付で保険証を頂き、会計をするつもりでいると、今日は、支払いはありませんと、言われ、よろしいのですか、とお礼を言って帰ってきた。

 家に帰ってから、聞き漏らしたことを気付いた。薬、4種類のうち2種類は便秘の薬である。20代の頃から便秘体質がどうしても直らず、ずっと市販の薬を飲んできた。飲まないと完全にストップし、悶絶する。今はプラゼニドとカマ(酸化マグネシューム)の粉末を処方して頂き、正常を保っている。それでも何かの拍子に、効かないこともあり翌日倍量を飲む。私の持病で、食事療法も運動も殆ど効果がない。昨日、このことを伝えるのを忘れた。すべての薬と言われたが、下剤だけは飲まずにはいられない。
 薬は残り10日分しかないので、20日間は市販の薬で間に合わせるしかない。このことを、相談しなければ、ならなかった。今日、台風で出かけることができず、まだ患者でもないのに電話でない方がいいと思い、あした行こうと思ったら、木曜日は休業と、この医院にかかっている友人に教えられ来週、早めに行くことにした。友人の話によると、S先生は、あまり薬を勧めないという。体重やカロリー管理、運動により、血液検査で健康管理を勧めるという。それを聞いて、私に合っている、と感じたのだが、自己管理は意志の強さが必要だし、検査結果が悪ければ、やはり薬は飲むことになるだろう。それより、いま飲んでいる降圧剤、コレステロールの薬を飲まずに1ヵ月過ごすのもちょっと不安がある。私の持論と矛盾しているようだがなぜか不安だ。
 兎も角、お通じの薬は何としても処方して頂かなくては、生きていけないし、誘眠導入剤もお願いできるのだろうか、と不安になる。そんなものはのまない方がいい、とお叱りを受けるかも知れない。便秘薬の処方が駄目だったら、医師をまた替えるかも知れない。悩ましいことである。
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by ttfuji | 2011-09-21 22:30 | 食・献立・料理 | Comments(2)

雑感 読書録

これからは、ひと月毎、まとめないで折々に記録することにします。
 『孤舟』 渡辺淳一  集英社 
 図書館でリクエストし借りた本。
 以前に切り抜いてあった新聞の文化欄に「定年後 男の孤独に焦点」という見出しでこの本のことが載っていた。
 男は悲しい、会社中心に暮らした結果、定年退職後の居場所はどこにもなく、家庭でも居心地が悪い。会社時代のプライドが邪魔をして群がることもできず、有り余る時間に押しつぶされるように孤立を深めていく。
 物語は、大手広告会社の役員を務めている男性が、定年を前に提示された出向先に不満を持ち、潔く辞める。こうしたケースは私の周りでもよくあり、多くの場合、プライドが邪魔したことにあとで後悔しているのを見ている。
 しかし、定年後の家庭では、妻が「主人在宅ストレス症候群」になり娘とともに家を出てしまう。
 わが家の場合は、先見性のある夫は、早くから精神的、経済的、家事の面でも自立し、むしろ私の方が、邪魔にされ「女房元気で留守がいい」とばかりに私の趣味や外出には理解がある、というよりせいせいすると言って喜ぶ。だから、お互い干渉しないことにしている。
 この本の主人公も、最後には開き直って、デートクラブ(人格や経歴など資格条件が厳しい)で食事を一緒にしてくれたり旅行などもしてくれる相手を求めたりする。結局妻が帰り、結果は少しも好転しないのだが。

『次郎と正子』 娘が語る白洲家の素顔 牧山桂子  新潮社 
 またもや、白洲家の話。しかし、この本は娘が語る白洲家の内情なので、面白く読んだ。
 個性の強い、両親を持ち、てんでんばらばらに行動する両親に、よその家とは違った感じを子どもの頃から持っていたという。家事能力のない母親は、子どもの着るものに心を配ることもなく、娘もそれに不満ももたなかったらしい。兄2人のあとの女の子で、正子も、絶対女の子がほしいと願い望み通り恵まれた。だから、ある程度成長すると、家事(特に食事作り)を頼られるようになる。車の免許も母に勧められて早く取った。行きたいところに娘の運転で行くのが一番の目的だった。
 だからといって、父母のいいなりになっていたわけでもない。父母とも娘を深く愛していたから、娘の言い分もよく聞いてくれた。娘が結婚相手を決めたときには、両親とも不満だったらしく、特に父は決まらないことを願ったようだ。相手は外車のセールスマン。父母に対等に話し合える話術を持っていたのだろうと思う。勿論、人柄もまあまあ。外国に仕事で出かけたりしている。2人の兄のことは殆ど触れておらず、野次馬としては関心があったが、次男の結婚相手は、小林秀雄の娘と書かれている部分があった。

『遠謀』 密命・血の絆 佐伯泰英  詳伝社文庫
 密命シリーズの14という。初めから読んでいれば主人公の現在の立場も分かるはずだが、理解するまで少し時間がかかった。金杉惣之助は剣豪であり幕府の要職にあったが、訳あって、火事場始末の仕事を手伝っている。息子、清之助も、剣の修行中。城中の大会では首席を取る。ある日、娘の結衣が失踪。金杉家に遺恨を持つものの、策謀と思われ、柳生の里で修行中の清之助を呼び寄せ、名古屋で大活劇が繰り広げられる。徳川吉宗時代。後継者争いに関する物語でもあるようだ。読んでいるうちはハラハラドキドキだが、絶対、敗れることがないから、安心して読んでいる。

『桃幻記』 辻井喬 集英社 
 辻井喬氏の本、図書館で見つけ、またも手に取った。若い頃、一時期勤めた会社の社長さんでもあったから親しみを感じる。
 内容は、中国の文化大革命が、学者や研究者、教師などが厳しく行動やちょっとした発言に糾弾され反省させられ心に傷や陰を残している。
 表題作を含め短編8編を収録されている。雑誌「すばる」に載せたもの。

 「李陵の墓」は前漢の時代、武帝の命で李陵はたった5千の歩兵で北方辺境の「匈奴」の制圧のため赴いた。李陵は武将として並はずれた力量持っていたが、匈奴は十倍以上の騎兵隊で襲いかかり、重症を負い意識を失う。李陵は虜囚としてでなく客人として遇され、王、単干(ぜんう)の娘を妻にし子にも恵まれている。
 武帝は、李陵が囚われの身になっていると知ると、李陵の家族を殺し、さらに白皙な青年歴史家の司馬遷が李陵を庇うと、怒り心頭に達し、司馬遷を腐刑(宮刑)で宦官のような身体にされた上、牢にいれた。家族も殺された。
 皇帝がなくなり子息が新しい皇帝になったとき、大赦礼があり、李陵に迎えがくるが李陵は「今更帰るつもりはない」と断る。司馬遷もそれより前、出獄を許されるが、その後はただ黙々と史書を書き続けるだけだった。武帝より先に亡くなった。

 私はこのことを中島敦の「山月記」で読み、大変なショックを受けたことを覚えている。
 辻井喬氏の『桃幻記』の目次の短編の中に、『李陵の墓』があり、真っ先に読んでみようと思った。

 アメリカの留学から帰った研究者の徐は留学で歴史や哲学や言語学を学んだ。文革でアメリカに逃れフランスに亡命した先輩の歴史学者が北京で国際的な学会があるため、30年ぶりに中国を訪れた。この教授とはボストンで何度か会い、多くの刺激を受けていた。李陵を知らないのかとあきれられたり、ヘロドトスやマイネッケが中国にはいないと言ったりした。歴史について色々語ってくれ、目を開かれる。その時、李陵の墓に行ってきたといい、李陵について考えを闘わす。迎えを断ったのは、『何を今更』という気持があったからか、あるいは妻子に充分な愛情があったからか、しかし、いずれも否定する教授に、徐はもしかしたら教授は李陵が亡命者の道を選んだのではないか、と考えている、とふと感じる。文革は4人組の逮捕で収束したかに見えるが、まだまだ思想統一は厳しく、党の機関に2人の行動や会話は追跡される。

 私は李陵のことを中島敦の『山月記』で読み、大変なショックを受けた、ことを覚えている。それは、司馬遷の悲劇を知ったからであった。
 「発見者」は、土木作業中、古代の遺跡を発見。北魏時代の兵馬傭坑と思われたが、始皇帝以後のものは価値なしという党本部の意向があり発表が伏せられた。うっかり発表したら、別の嫌疑がかけられる。市長までもが発見者はあくまであなただから、と責任逃れの態度。しかし、文革が終わると、大発見と評価が180度変わり、観光の目玉にしようと整備される。発見者の李は本に署名し、見学者と一緒に写真を撮る、という役目を与えられる。単調だしうんざりする仕事が延々と続く。
 「桃幻記」は幻想的な小説。子どもの頃、樵の父親に連れられて森林の奥に入り森のことや植物のことを教えられた。中学生の時、一人で森に入り、奇妙な体験をする。彼はそこで、猿とも仙人ともつかぬ異様な生物に遭遇する。3匹(3人)が連れ立ち「キ・キ・キキキキ」と声を発する。最後に先輩格の真っ白い毛の猿仙人が現れた。
 家に帰り父に話すと、このことを誰にも言ってはいけないときつく言われた。
 大学の農学部に入った黄は、ある日「白毛女」の演劇をみる。そして、森で出会ったのは白毛女だったのではないかと思う。これを友人に話すと、すごい発見だ、発表すべきだ、という。黄は届けなかったが、友人が話したらしく、当局に呼ばれた。結局、下方される。そこで、不思議な体験をする。
 その他、どれも興味深かったが略す。
 文革やその後について考えさせられた。
 
 『こころのふち』 安野光雅 文集3 筑摩書房
 著者は、画家、絵本作家であるとともに名文家でもあります。
ざっと読みましたが、読書や本に関することが殆どで、じっくり読んで、感想を書きたいと思います。

 次の本は未読です。もし読んだら紹介は次回に回します。
 『北の動物園』  倉本聡 
 『白と紫』 佐多稲子 学芸書林 
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by ttfuji | 2011-09-19 13:30 | 読書・読書会・図書館 | Comments(4)

朝顔の色々

 少し季節はずれですが、暑さが続いているせいか、いろいろの色の朝顔が咲きましたので、遅ればせながらアップします。

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 ついでに中秋の名月と出窓のハイビスカスの写真もです。
 十五夜の翌日の午前2時に網戸のまま腹這いで本を読んでいましたら、上空にぽっかり名月が。前夜は雲が多く月が見えませんでした。熱帯夜と宵っ張りのおかげでお月見ができました。
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by ttfuji | 2011-09-17 16:23 | 自然・花・景色・庭 | Comments(6)
 連日の猛暑で、相変わらず熱中症で倒れる人が多く、病院に運ばれている。この時期、小・中学校では運動会も多く、こどもたちが炎天下、発症するケースも多い。
 昔なら、残暑はあったが、お彼岸近くこんなに暑い日は少なかったような気がする。  それに、暑気にあたった、という対応で、学校や家庭で休ませることで、ニュースにはしなかったのかも知れない。
 これからも地球温暖化は益々進み、絶えられない暑さに苦しめられることにならないとは言えない。節電もどこまでできるか、頑張り、祈るしかない。

 水曜日の読書会では、『三陸海岸大津波』(吉村昭著)が取り上げられた。著者の足で何度も取材し、資料を綿密に調べる姿勢は、どの本にも言えることで会員の感動を呼んだが、東北では、江戸時代以後、今まで、3度にわたって、今回と同じような大規模な地震津波に襲われたことは、あまり教訓にはならなかったのは残念だ、という意見もあった。
 しかし、のど元過ぎれば暑さを忘れ、は生活していく上で仕方がないのかも知れない。一旦、高いところに家を建てても、漁業関係者が、海の近くに移り住むのもやむを得ないと思う。
 まさか、吉村氏もこれ以上の津波も、ましてや原発事故も、想定してなかったらしく、高い防波堤に、ここまでする必要があるのかと驚いた様子が書かれている。
 この本は、地震後、警告書として多くの人に読まれ、妻の津村節子さんにより印税はすべて被災地に送られるという。
 読書会では、次の課題本は、津村節子さんの『紅梅』にきまった。昨日、書店に予約に行ってきた。

 私の友人、i&i(いっこ)さんの、友人の娘さんが書かれた『ミニー・ストーリー・ダンス!!』(「こころの力」を育むあるダンス教室の挑戦)教育資料出版会、という本もみなさんに紹介したが、残念ながら、読書会では選ばれなかった。高齢者ばかりで向かなかったかも知れない。
 子ども達にバレーやミュージカルを教え「ミニー・・」を作り公演するまで大きく育てた杉本みな子さんの奮闘記でもある。子どもの情操教育や躾にも力を入れ、都心の広尾にスタジオを持つ。
 ミュージシャンで作曲家でもあり妻を支え応援した夫、小針克之助さんは10年以上前に、癌で亡くなられたが、今までのことを、記録するようにと言い残したという。
 この夫婦の、お仲人は、夫の友人宇崎竜童・阿木燿子夫妻。当初スタジオを貸してくれたのは、石坂浩二さん。
 実は、みな子さん自身も、子どもの頃からバレーやピアノを習い、途中で原宿でスカウトされて、タレントや女優としてテレビに出たり、ミスユニバースに選ばれたり、という大変な経歴を持つ。父はNHKの放送記者でお堅い仕事。親に内緒で、俳優の真似をしていたが、与えられた仕事に満足できず、青春時代は悩み迷いの多い時期だった。
 結婚して男女2人の子どもに恵まれたが、子どもにバレーを教えたいという、願望が強く夫も応援した。
 写真の多い本で、一見、華やかで恵まれた人の本、という印象を受けるが、読んでみると、苦労も多い奮闘記でよくぞここまでやったという感動もある。芯の強い女性であると感じた。
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by ttfuji | 2011-09-16 10:58 | 読書・読書会・図書館 | Comments(2)
 前回、6月の読書会は当番で、私は、本の感想や意見のまとめをやらなければならなかった。
 一応、みなさんの、感想を聞き、ノートに簡単にメモしてきた。長く発言した人も、簡単に一言話した人も、しっかりノートに書きとめて確かめながら述べた人もありで、おしゃべりのような会なので、発言が会話のように交錯したり頷いたり、共感したり。合間に自分の意見を挟んだりで、思い出しながらまとめればいい、と思っていた。いつものように。
 ところが、家に帰ってすぐに書き込みに補足を入れればいいのだが、ついそのままにしてしまい、夏休みもあって、時間があるからと忘れていた。酷暑で、すべてにやる気が失せ、思い出したくない、という気分でもあった。
 一昨日、当番の人から、読書会が通常通り9月14日にありますから、と連絡をいただいた。頭の隅に、常に気になっていることで、まとめを書かなければ、と少々あわてた。
 ノートには、会員の方の感想のごく一部しか書いてない。略したところは、思い出しながら書けばいいというつもりが、なかなか上手く繋がらない。
 最初の人の感想が長く、比較的きちんと書き取っているが、他の人のは、本当に短い。他に何を言ったか一生懸命思い出そうとしたり、短い単語や途切れた小節を文章に直したり、私はいつも何とかなると考えていたが、何度同じ後悔を続けるのかと自分が情けなくなった。何とかなるのは若いうちで今は記憶も悪く年貢の納め時で、そんな能力はとうに失われているのに・・。それでも昨夜から今日にかけて何とか書き上げプリントした。
 ご自分が言ったこととちょっと違っている、と思われるかも知れない。
 他の人がまとめたとき、私の言ったことと違っている、と思うこともあるから、お互い様と許し合っているのである。
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by ttfuji | 2011-09-13 23:16 | 読書・読書会・図書館 | Comments(2)