私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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 全く、月日の経つのは早い。あとふた月で今年も終わる。ふた月などあっという間だろう。
 今年を振り返るにはまだ早いが、本当にいろいろのことがあった。
 天災は、国内外あちこちで多発した。いまだタイの大洪水は治まらず、日本企業も部品が供給されないため大打撃を受けている。タイ国民はもっと大変だろう。
 沖縄の基地問題も解決にはほど遠い。
 沖縄生まれの友人が、内地の人は、みな他人事と思っている、とつぶやく。なんと言われても返す言葉がない。解決にはならないだろうが、基地は要らない、という確固とした主張ができるか。自分の住んでいるところが基地になったら嫌という人は、沖縄の人達のことをもっと考えるべきだと思う。原発にしても然り。賛成の人はそのそばに住めるかと聞きたい。
 円高も日本経済の苦境に拍車をかけるし、TPP問題もアメリカに押し切られるだけでいいのか、と半可通ながら考える。


 身近な所では、わが次弟が肺繊ガンで苦しんでいる。末妹が昨日見舞いに行って様子を知らせてくれた。私も迷ったが、住まいが替わって駅からの道順も分からず、苦しんでいるのに、騒がせてはと考え止めた。薄情と実行力のなさに自責した。

 一週間ほど前、弟に電話した。今は、放射線と抗ガン剤すべての治療を終え、自宅で寝ている。散歩する力もなく、寝たきり状態、食欲もなく、食べたいものもなく、近所の開業医が往診してくれて点滴を受けている、という。電話つらい?、と聞くとそうだね、と言った。言葉がなかった。
 その話を末妹にしたところ、いたたまれず、昨日のお見舞いとなった。

 2月の姪の結婚式には、体調がいいからと、式には参列しないが、みなの顔を見たいと車に義妹(弟の奥さん)を乗せてきた。髪がすっかり抜けやつれた顔で式に参列はできないと、妻が代わりに出席した。

 その後、お盆の時、電車でお墓まいりしたいと高崎まできて、妹に電話した。辛そうだったがまだそれだけの体力はあったのだった。妹が駅に出迎え、家で一泊の後、お墓まいりに連れて行き、もう一泊して、妹が次兄(私にとっては次弟)を長兄の家に連れて行き、小休止のあと、東京杉並の家に送ったのだった。この末妹の優しさ、行動力には、いつも頭が下がる。

 夜、妹に電話して、様子を聞いたが、可哀想で昨夜は眠れなかった。弟の妻から、お見舞い金のお礼の電話が昨夕あった。結婚してバスで1時間かかる距離に住んでいる姪も、昨日は日曜なのできていて身体をさすっていたという。叔母の見舞いを涙を流して喜んでいたという。
 私もブログなど書ける心境ではないのだが、気を紛らす術でもあるので書いている。
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by ttfuji | 2011-10-31 16:33 | 家族・身内・私 | Comments(8)

映画「一命」を観る

 27日、評判の映画なので、Tさんと観てきた。
 以前、『切腹』という映画があり、それを別の監督が違った視点から映画化したとのこと。ある紹介には徳川の初期、戦乱のない泰平の世に代わったものの、豊臣方についた大名は、お家断絶、多くの武士が路頭に迷った、とあった。別の、紹介では徳川の末期、とある。いずれの時代も、武士の世に安泰はなかったのかも知れない。

 映画を観て余りの暗さに心が萎えた。思い出すと白黒映画だったかと錯覚した。
 主家を失い録を失った、浪人が生きていけず、切腹するので大名の庭先を貸して欲しい、と訪れることが流行った。こんな所で切腹などされたら迷惑なので切腹はさせず、運のいいものは召し抱えられたり金銭を与えられたりした。
 彦根の井伊家に、若い身なりの貧しい浪人千々岩求女(ちぢいわもとめ)が、切腹をさせてほしいと訪れた。井伊家の家臣、斉藤勘解由(さいとうかげゆ)は、狂言切腹など許さない、武士に二言はないと切腹させることを決めていた。
 浪人が、相応の応対(茶菓)を受け菓子を懐にしまう。この時点では、切腹は許されず、困窮を分かってもらえ、いくらかの金銭を恵まれると思っていた。しかし、事態は甘くなかった。切腹を望むなら切腹せよ、と命が下った。
 身体が震え、一日の猶予を!、最後の願いを聞いてほしい!、病気の妻子を医者に診せたいので三文を恵んでほしいと訴える。しかし、願い適わず、切腹を迫られる。
 なんと、刀は竹光だった。何度刺してもうまくいかず、割けた竹先で狂ったように刺す。介錯の役目のものも冷酷に見守り介錯しない。残酷な場面だ。見かねて勘解由自らが介錯する。
 千々岩の家では妻と赤子がいたが食べるものもなく、風の吹きさらす、雪の舞うあばら屋で震えていた。夫は帰らず、妻子とも命が終わる。
 売れるものはすべて替えていた。武士の魂の刀も。
 義父、津雲半四郎が時々見舞うが同じ境遇で助けられない。井伊家から遺体が届けられた。届け人を追い、真相を聞き出す。
 津雲も切腹を願い出る。勘解由は、津雲に会い、以前あった切腹の話しをする。
 津雲は、なぜ切腹を許したのか抗議する。問答の末、自分の切腹には介錯人二人を希望する。それは、千々岩の介錯をせず残酷に見下ろしていた2人だ。その日、2人は登城していなかった。津雲は事情を知っていると判断し、勘解由が問いつめると、懐から髷を出した。ちょんまげは武士の魂と言われており切り落とされるのは最大の恥だった。
 そのあとは、井伊家の侍達と津雲の竹光での大立ち回り。津雲がかなりの武芸者であることが分かる。1人で闘う場面が執拗に続く。
 勘解由に役所広司、津雲に海老蔵、千々岩に瑛太が演じていた。それぞれ好演だった。
 侍の世とは何か。武士の魂とは。ある時は刀が武士の魂と言われ、髷を魂という。武士の生き様に疑問が起きる。
 切腹の場面、乱闘の場面ばかりの、兎に角、限りなく暗い悲しい映画で感動には遠かった。
 
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by ttfuji | 2011-10-29 12:42 | 映画・演劇・音楽 | Comments(4)
 このところ、暑かったり寒かったり、気温の上下が激しい。うっかりしていると風邪をひきそうになる。
 しかし、今日は穏やかだ。10度も下がると聞いていたがそれ程でもないし、日中は晴れて穏やかだが日蔭は風が冷たい。本格的な秋だ。
 日蔭で何とか生き延びていたシュウメイ菊がたった一輪だが花をつけた。淡いピンクだが何ともいとおしい。
 これを何とか植え替えてもっと日当たりのいいところで生き延びさせてやりたい。Tさんから頂いた若木は鉢の中で根付いたようだ。

 Yさん宅のメダカも餌をやると底の方から出てきてついばむ。こちらもいとおしい。
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by ttfuji | 2011-10-27 11:52 | 自然・花・景色・庭 | Comments(2)
 金曜日、朝、顔を洗ったとき頬に棘が刺さったような痛みを感じた。すぐに鏡で見ると赤くなっていて少し皮膚が盛り上がっている。押さえると痛みがある。虫さされの覚えはない。
 何かつけた方がいいかと思ったが、傷薬は水絆創膏しかない。それも固まりかけている。第一、そんなものをつけていいかどうかもわからない。万能薬といわれるアロエの茎を切ってぬるぬるをつけておいた。
 午後から体操があるので、身支度をし、化粧も保湿美容液だけにし、眉墨と口紅だけで出かけた。会員のHさんから、どうなさったのですか、と聞かれた。自分では見えないのですっかり忘れている。朝からのことを話すと、きれいな肌なのにね、と言われた。自分で言うのも図々しいが、みなさんそういって下さる。たるみや皺は悩みの種だが。
 だんだん薄くなればいいのだけれど、細菌性のものだったり、何かの病気だったら嫌だな、と少し気になってきた。かなり目立つようだったがみなさん気遣ってか何も言われない。家に帰って夜、洗顔するまでまた忘れていた。色は赤ではなく茶色がかってきている。アロエを塗る。茶色は傷のかさぶたかもと思う。
 土曜、午前中は雨、午後と日曜は皮膚科も休みかも知れないし、治らなかったら月曜日に皮膚科に行ってみようと考えていた。

 傷みも腫れのないが、焦げ茶色のかさぶたが張りついている。
 今日、午前中に所用を兼ねて、皮膚科クリニックへ行った。先生に原因が分からないのですと言うと、心配はないと思うが、軟膏を出しましょう、と処方箋を頂いた。
 アポコート軟膏(ステロイドホルモン剤)とゲンタシン軟膏(細菌による感染症予防)をミックスした調剤軟膏を頂いた。一日2~3回、洗顔後、化粧水をつけたあと塗ればいいそうだ。当分の間、ホクロかあざができたと思うことにする。

 所で、皮膚科に行くとき、福祉作業所に寄って、不要衣類をお持ちしてもいいですか、Wさんに聞いた旨、話すと、今は木綿のものしか受け取れないと言われた。ウエスとして使えるものだけしか駄目だそうだ。バザーでは古着は扱わないらしい。ミニカーやオモチャも駄目。引き受け所があったと喜んだがぬか喜びであった。

 コジマでL版写真用紙購入。運動会や歌舞伎行きの折、親しくなった人に写真を撮って差し上げた。送る約束をしたが、用紙が足りなかった。銀行により、ヨーカドーで買い物して帰る。太極拳が休みなので、運動不足解消に歩いた。
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by ttfuji | 2011-10-24 20:42 | 医療・健康 | Comments(0)
 一週間ほど前、自治会長であり民生委員でもあるWさんが地域福祉のアンケートに答えてほしいと、用紙を持って見えられた。アンケートの最後に、その他、気付いたこと、ご意見や提案など何でも書いて下さいと1ページの空白があった。今月末までに市の福祉協議会に届けるとのこと、その前にWさん宅のポストに入れておくと返事した。
 期日もあるしやはり、何か書いた方がいいと思い、机の引き出しに入れておき、うっかり忘れるところだった。
 昨日、思い出して書き込み、封筒に入れてWさんのポストに入れに行った。
 ついでなので、わが家のリサイクル業者との出来事を、ワードで書き直し、プリントして同封。実害はなかったものの、同じ体験をした人もいるかも知れないし自治会役員会でも話題になっているかもしれない、念のため伝えたほうがいいかと思ったのだ。
 ポストに入れる前に、インターホンを押してみた。Wさんは在宅で、アンケート協力のお礼を言われ、これをそのまま、市に届けます、というので、アンケート以外にWさんに読んで頂きたいものがあるので、それを抜いて下さいと伝えた。リサイクルのことで電話があった、と話すとうちにもその電話はあった、内容は全く同じで、片端から電話しているらしい。
 Wさんは、すぐ断ったそうだが、私が2日後に来てもらったというと、驚かれた。なにか、取られました?、と聞かれたので、何でもいいと言いながら、古着や流行遅れのものは駄目といわれた、ミニカーの一部とアクセサリーは引き取ると言われたが、要らないものなので、あげた、と伝えた。資源ゴミの日に出すわ、というと、コミュニティセンターの隣の福祉作業所に持っていって下さい、バザーも時々あり、きちんとしたものであれば、型が古くても売れていますよ、と言われた。玩具類も受け取ってくれるという。明日、月曜日なので早速持っていくと伝えた。
 やはりWさんに話してよかったと思った。
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by ttfuji | 2011-10-23 21:05 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 10月19日(水) 
 午前中、スイミング。午後は、リサイクルを立ち上げたという会社の人が来る。

 実は、月曜日に午後に電話があった。不要になった衣類、電化製品、玩具、アクセサリー、携帯電話、壊れた時計などありませんか、何でも引き取るという。衣類など処分しなければならないものは沢山あるが、流行遅れだし売り物にならないと思う、プリンターやパソコン、ワープロもあるが、古いものだし駄目でしょう、と言ったが、そういうものを必要とする人もいる、見せてほしい、という。断捨離を実行する好機かも知れないと、一応まとめておくと伝え、ダメもとで来てもらうことにした。一時半の約束で来たのは電話とは別の人で若い男性だった。買い取り査定員という。指に金の指輪を幾つもつけている。すごい指輪をしているのね、買い取ったもの?と聞くとアクセサリーをつけるのは趣味だという。
 ホストのような感じがしないでもない。大袋2つに入った衣類をざっと見て、大分前のものですね、ちょっとこれは、という。コートなど殆ど手を通してないが、兎に角流行遅れなもので今は売れないという。こちらは売るつもりはなく、物好きでもらってくれる人がいればありがたいという気持ちだと電話と同じことを言ったが、いいですよ、こちらで処分します、と引っ込めた。電化製品も携帯電話も古くて駄目だという。時計は、手巻きのものはないですかね、とか万年筆はないかとか聞く。孫のミニカーやプラモデルの袋を開き、じっと見ていたが、ミニカーを6・7個拾い出し、これは売れると思う、これは落書きしてあるから駄目、とか分類。アクセサリーはいいものは出さなかったが、私も好きでネックレス、ペンダント、ブローチと昔から沢山持っていたので半分ほど出した。あこれは若い子に売れますね、こういうのは喜ばれるんですよ、という。切れたチェーンのネックレスとかないですかね、というので私は高級品は持っていません、安物買いでしたから、と相手の思うつぼには乗らなかった。贈答品とかタオルやシーツなど未開封のモノはありませんかと聞く。震災地に送るというので出しました、と答えた。それは本当のことだ。相手は、ちょっと考えて、これ引き取らせてもらいます、引き取り品の値踏みしているようなので、お金はいりませんよ、どうぞお持ち下さい、というと本当ですか、いいですかと念を押す。ミニカーの中に値打ちモノでもあったのかと一瞬思ったが、早く引き取ってもらいたかったので、名刺をもらっておいた。何かありましたら連絡下さいと言って帰って行った。悪い人ではなさそうだったが、電話とかなり違った内容だった。
 これで、資源ゴミに出す決意ができた。クローゼットやタンス、押し入れから不要品と仕分けし、片づけの一部になったと納得した。電化製品は、お金を出して処分するしかない。断捨離は今日出した物をすべて処分しても1%くらいしかすすまないが、きっかけにはなった。
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by ttfuji | 2011-10-21 20:35 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(2)

歌舞伎鑑賞で

10月18日(火) 
 ある会の催しの観劇会「芸術祭十月花形歌舞伎」を申し込んだ。
申し込むとき、どなたかお友達をお誘いしていいですよ、と言われたが一人で結構ですとお伝えした。勿論個人負担はあるが、一人で行ったら倍以上かかるだろうし、電車、地下鉄乗り換え、食事の手配と煩わしい。バスで往復、昼食、お土産つきで世話なく楽しめる。
 この場所からはバス2台、2号車に乗るよう指示された。すでに半分ぐらい席が埋まっている。平塚からの参加者を乗せてきている。
 一人で座っている方がいたので、こちらよろしいですか、と聞くとどうぞ、といわれた。和服姿の上品な感じの方だった。その方もお一人参加とのこと。この会の催しで旅行なども組まれているが、私は案内があっても参加したことはない。その方は、以前、由紀さおり,安田祥子姉妹のコンサートにご主人と参加したことがあるという。初め乗り気でなかったご主人が、とても喜んだそうだ。
 車中、話が合いすぐ親しくなり素敵な道連れができた。

 演舞場に着く前に、時間調整か皇居外苑にバスを止めた。楠公銅像近くでしばしの休憩。私は、デジカメで写真と撮って差し上げた。楠公銅像前でない写真は、松の多い公園で、夫は皇居前とわかったが、銅像前の方が象徴的で記念になったかも知れない、とあとで思った。
 公園で、体操の会で一緒のFさんと出会った。娘さんと一緒だった。バスは1号車とのこと。同じ自治会内のKさんも見かけたが別のバスだった。

 歌舞伎座は建て替えのため、公演は新橋演舞場だった。予め渡された座席は、R子さんとは離れていた。
 
 演し物は
 源平布引滝 義賢最期 一幕   
   (説明によれば義賢(よしかた)は敗死した源義朝の弟、木曾義賢。平家に味方したが、胸中は源氏再興の志を持っていた。平清盛の使者が詮議にあらわれ、潔白ならば義朝のどくろを踏め、と迫る。敵の大軍との大立ち回りがあり、深傷を負うが、白旗を妻に託し逃げるように説得し最期を迎える)  
 銘作左小刀 京人形   
   (舞踏劇、左甚五郎が郭で見初めた太夫に似せて彫った京人形が、甚五郎が酒を呑み始めると動き出し、お酒の相手をするが甚五郎の魂が入っているので男のような動き。人形の懐に「おなごの魂」といわれる鏡を入れると途端に生きた太夫のように女らしくなる。甚五郎を右近、人形の精を笑也が演じる)
 江戸っ子繁盛記 御存知 一心太助 三幕 
   (獅童が家光と一心太助の二役を演じ、太助の女房お仲を亀治郎が演じた。)
 久しぶり(20年ぶり?)の歌舞伎、華やかで雅な世界を堪能できた。
 
 帰りも同じ座席。写真をお送りしますのでと、住所氏名を書いて頂いた。お名前は、私の親しい友人や娘と同じR子さん、字は友人と同じ、私も略式名刺をお渡しした。
良い方とご一緒できて楽しかった、と言って頂いた。私も同じ気持だった。
私より10才近く若い方だが介護マネージャーをなさっているとのことでしっかりした方だった。
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by ttfuji | 2011-10-21 18:30 | 映画・演劇・音楽 | Comments(2)
 10月17日(月) 
 太極拳。先週は祭日で練習がなかった。いつもながら基礎の足の運び、体重移動の歩行の繰り返しに疲れるが、先生のこれをしっかりやることにより、老後の転びやすい足は鍛えられるという言葉に頷く。四十二式をいまだにきちんとマスターするのは難しい。
 今日から暫く家人は旅行で食事の支度が手抜きできるのでうれしいが、途端に残り物の始末で済ませ食生活が乱れるのを実感。
 10月18日(火)
 歌舞伎鑑賞。別記  
 10月19日(水) 
 リサイクル業者  別記
  10月20日(木) 
 Tさんと図書館行き。帰りに農協で野菜を買う。車中でシュウメイ菊の話をしたら、庭のあちこちに、新芽が出ているので持っていっていいと言われる。お寄りし、小さなシャベルで掘るが根が固くて横に伸びているので切り取るのが難しい。すぐに新芽の所で切れてしまう。それで根を切り取ってきたが、いろいろの根が絡み合っていて、シュウメイ菊の根かどうか分からないが太い根、細い根をまとめて頂いてきた。地面に植えると、なくなりそうなのでベランダの鉢に植えた。根付いたら春、陽の当たる場所を確保し地植えしようと思う。
 夜、夫から、明朝帰ると電話が入る。
 Yさん夫婦も火曜日からエジプト旅行に出かけた。留守中にメダカの餌やりを引き受けた。3日に一度でいいという。2つの大きな鉢にメダカが沢山いる。容器の餌を2振りすると水草の陰や底にいたメダカがいっせいに上がってきて餌を食べる。かわいい。
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by ttfuji | 2011-10-20 22:30 | 生活雑記 | Comments(2)

読書メモ

 読んだ本は忘れないうちに、メモしておこうと思い、前回から実行しているが、思い出しながら書く方法は変わらない。でも1ヵ月まとめるより楽である。こんな本を読んだ、と記録するだけのものだが・・・。
 猫鳴り  沼田まほかる  双葉文庫
 Yさんよりお借りする。 とても感動したとのこと。書名も著者も知らないというと驚かれた。幾つかの本を書いているという。テレビの書評番組でも取り上げられていたという。著者名も変わっていて、漫画家?と聞いたら違うもう何冊も書いている作家といわれた。私も、人より知っていることもあれば、人より知らないことも多い。借りた前日の新聞の全面広告にこの本が紹介されていた。
 
 40歳にして漸く授かった子どもを流産し、哀しみと共に暮らす中年夫婦のもとに一匹の仔猫が現れた。庭で鳴いている仔猫に嫌悪し、わが家から離れたところへ捨てに行く。しかし、翌朝仔猫は戻ってくる。掌に乗るほどのかわいいとは言えない顔の猫。妻の心は複雑だ。子どもを失った哀しみを仔猫で埋め合わせなんてできない、夫も妻に話を聞くが、気持ちがわかるので飼ってやれ、とは言えない。夫の将棋相手の後輩が家に来たときで、捨ててきてとは頼めない。今度は森に捨ててくる。翌朝、女の子が猫のことを聞きに来る。捨て猫を、飼ってくれそうな家に置いたのは少女だった。猫を手分けして探し、結局飼うことになった。
 第2章は、心に闇を持った少年が出てくる。不登校で公園のベンチで過ごすが、母親に連れられた幼児に、憎しみと殺意を持つ。幼児の愛くるしい仕草や表情も計算された媚びに見え、親の隙を見て殺そう、と思って虎視眈々と狙っている。中学生の事件など思い出し、読み進む気が失せそうになった。しかし、感動したというYさんの言葉を思い出し、読み続けた。少年は、19歳しか違わない若い父親と2人暮らし。毎日、800円だけ置いて勤めに行く。ある時、思い切って父親にペンギンがほしい、というと猫を買ってきた。結局「ペンギン」という名を付けて飼うことになる。えさ代とトイレ用の砂を買ったり、父親は必要なお金は渡してくれる。公園で話を交わした少女から「モン」の話を聞く。少女は、本で読んだ宇宙のブラックホールについて話す。父親に、自分の中にブラックホールがある、と話すと、父親は、大人はそれを絶望というのだ、という。
 少年は、公園で幼児が母親が話をしている隙に、滑り台の方に歩いていくのを見つけ、今だ、と幼児の所へ行き、懐からナイフを取り出そうとした。その時幼児が泣き出し、母親達が駆けつける。しかし、子どもが泣いたのは足を滑らせて落ちたせいと思い、少年が助けたと思って礼を言った。飼った猫の面倒を見ることによって、生き物の命についても気付く。
 第3章は、妻を数年前に亡くした老年に入った夫と19歳になった「モン」との生活が淡々と書かれる。モンは賢い猫で、自分の寿命がわかるのか、獣医に連れて行かれるのを嫌がり、最後は餌を断って命を終わる。飼い主の夫も、生の終わりを飼い猫から学ぶ。
 まとまりのないあらすじを書いてしまったが、3章まで繋がっている構成で、「モン」を通して人間が書かれていると思った。

 きことわ 朝吹真理子  新潮社
 貴子と永遠子の名前から付けた題名だった。貴子は、葉山の別荘に毎年東京から母親の春子と来ていた娘で、永遠子は、その別荘の管理をしている母親淑子の娘だった。淑子の夫は若いとき病死していた。
 別荘は春子の母が残したもので、春子の年子の弟和雄は仲が良く一緒に来ることが多かった。
 永遠子の方が貴子より7歳年上だったが姉妹のように仲良しだった。永遠子が7歳の時、春子に女の子(貴子)が生まれた。
 春子は淑子に、永遠子も別荘に連れてくるように言い、春子から、仲良くしてねと頼まれ、逗子から葉山の別荘にバスで20分かけて通った。貴子が 8才の時、突然母、春子は心臓病で亡くなり、それ以来葉山の別荘には来ることはなかった。貴子の父親は医師で多忙のため別荘に来ることはなかった。

 歳月が流れ、和雄から別荘を処分するので手伝ってほしいと手紙が淑子に届く。
 永遠子は、足を骨折した淑子に代わって、別荘に出向く。
 永遠子は結婚して女の子に恵まれたが、33才の貴子は結婚もしていなかった。2人は25年ぶりの再会だった。しかし会った途端に長い年月はたちまち消え仲のいい姉妹のように通い合うものがあった。子ども時代の別荘での思い出や町の様子など語り合った。永遠子は古代に興味が深く、化石や地球の地層、生物などにもくわしかったのでよくそんな話もした。
 芥川賞受賞の作品で、『流跡』を読んだときの読みにくさは感じなかったが、ちょっと古風な言葉や言い回しに、教養の深さを感じた。温かい作品だった。

 湯布院殺人事件  内田康夫 
 久しぶりに内田作品を読んだ。20册くらいは読んでいると思う。しかし、ミステリーは殆どそうだが、次々に殺人事件が起こり、辟易していた。この本は、未読だったし、泊まったことのある、湯布院の玉の湯が懐かしく手に取った。面白かったが筋は略す。
 
 茜色の空 辻井喬 
 大平元総理のことを書いた本。話の途中であ・うーがはいるので有名だったが、池田勇人の側近として活躍し、多くの政財界の大物がでて来るので、興味深かった。誠実で政治力もある人間像が浮かび上がる。

 
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by ttfuji | 2011-10-16 23:46 | 読書・読書会・図書館 | Comments(2)

秋明菊?秀明菊?

 この花の名前、どちらも使われているような気がする。正式には秋明菊が正しいそうだが、文章の中では秀明菊も多い。花の雰囲気からは秋を明るくするので秋明の方が合っていると思って今までは札にも秋明菊と書いていた。


 今、シュウメイ菊があちこちの庭で咲き乱れている。先日、Yさんのお宅に本を返しに伺ったところ、玄関の下駄箱の上の大きな壺に秀明菊の花が生けられていて見とれた。
 大きな壺に根元から長く切って投げ入れのように活けてあるのはまことにきれいでした。
 秋明菊は楚々とした感じが大好きで、以前から欲しかったので、下の妹に話したら、いくらでも増えて庭いっぱいにある。今度、持っていってあげる、といい、2年程前に鉢で持ってきてくれた。百合やシダ類の寄せ植えももらった、
 しかし、日当たりの悪い場所のせいかいまだに花が咲かないし増えるどころではない。
 Yさんにその話をすると、秋明菊は咲くまで何年もかかるという。日当たりもある程度必要のようだ。庭のあちこちに咲いている花の数本を鋏で切ってくださった。

 わが家の庭は夫の管理下にあり、勝手に植えたらいつ抜かれるかわからない。花が咲かないと雑草と見なされる。頂いた人や事情と花の名前を伝え、頼み込んで、小さい場所を頂く。そして、花の名前を書いた札を立てておく。
 その代わり、きちんと草取りをし水をやれ、と厳命される。秀明菊、都わすれが私の植えたものだが、陽が当たらないのでじり貧状態だ。

 玄関に飾った秋明菊。白と赤紫がある。
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by ttfuji | 2011-10-15 14:55 | 自然・花・景色・庭 | Comments(4)