私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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 この冬2度目の降雪となった。今日は水曜日でスイミングの日。車も危険だし歩いても転びそうで危ない。仕方なく、電話して土曜日に振り替えてもらう。
 今月は3度目の振り替えとなった。風邪、他の行事、降雪のため。
 降雪を嘆いたら、通勤、通学、入学試験の人はどうなるのか。贅沢な愚痴。
 みなさんに大過ないことを祈る。
 私もスイミングを休んだおかげで、ベニシアさんの“あさいち”出演で話を聞くことができた。
 “猫のしっぽ・カエルの手”は私の好きな番組である。京都大原の古民家に住み、自然や庭の花々、ハーブなど育て、生活に取り入れている自然体に惹かれる。
 イギリスの貴族階級の出ながら、苦難の人生経験をしていらっしゃる。
 しかし、前向き。人生の苦労は宝物、という。日本の言葉から学んだという。多分、艱難辛苦汝を玉にする、という箴言からだろう。

 昨日は、海老名・東宝シネマで「三丁目の夕日」を見てきた。これも2週間前に行くことになっていたが、私の風邪のため、とりやめにしていたのだった。
 コンサートの帰りに、Tさんが、あの映画まだやっている、と言われ、ロングランでまだ見られるというと、急遽、火曜日ならお互い都合がいいとわかり、Nさんにも電話して3人で行ってきた。
 「三丁目の夕日は」はオリンピック東京開催で沸き立つ、東京の下町が舞台。テレビがオリンピックを見るために売り上げが伸びた時代。 その前に、皇太子と美智子さまのご成婚でテレビが売れたがこのときは白黒。オリンピックではカラーテレビが伸びた。 下町の人達がガチャガチャとかかわり合って、テレビを見に集まっり、お節介を焼いたり、古き良き時代でもある。
 筋書きは略すが、下町人情が描かれて、ほのぼのした作品。
 オリンピックの日、新宿で結婚式をあげたが、友人は、空に描かれた五輪が忘れられないと言ってくれる。
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by ttfuji | 2012-02-29 12:00 | 映画・演劇・音楽 | Comments(5)

チャリティーコンサート

 昨日、2月26日(日)、伊勢原市民文化会館、大ホールで、4合唱団によるコンサートが行われ,Tさん、Nさんと3人で行ってきました。
 今年は、(東日本大震災復興支援)と銘打たれている。
 昨年も聞きに行ったが、今年もすばらしい歌声を聞かせて頂き、少しばかりの応援もでき、よかったです。
 2時開演で、市長の挨拶もありました。
 
 合唱団の名前は
 女性合唱団、伊勢原コール“エレガンツァ”
 伊勢原男声合唱団“マイスタージンガー”
 伊勢原市民混声合唱団“Piace Canntare”
 伊勢原少年少女合唱隊
 4合唱団による、チャリティーコンサートです。
 少年少女合唱隊の中で、3歳の女児が、幼稚園児の姉と参加、おかあさんも一緒で一生懸命歌っているのが微笑ましかった。

  指揮者は、10合唱団の育成指導していらっしゃる、木下朝滋先生。音大出で、日本合唱指揮者協会会員、日本声楽発声学会会員としてかかわる。
 指揮の合間の出演者入れ替え時に、合唱団の団長やユニークな団員にインタビューし、客を退屈させないサービスも忘れない、軽妙な司会ぶりも披露された。
 
 第1部から第4部まであり、2部と4部は、“会場の皆様とご一緒に歌いましょう”という構成で、合唱員たちが、会場に下りて、座席の通路で一緒に歌った。
 歌われた唄をあげると
 「浜辺の歌」「アザミの歌」「遠くへ行きたい」「荒城の月」「歌えバンバン」「星に願い を ピノキオより」「だれかが口笛吹いた」「夢の世界を」「冬が来る前に」「おお プリネリ」「七つの子」「ピクニック」「花」「浜辺の歌」「手紙」「ずいずいずっころばし」「しあわせ運べるように」「君をのせて」「ビリーブ」「気球に乗ってどこまでも」「遠くへ行きたい」「アムール河」「遠い日の歌」
女声合唱組曲「抒情三章」より“いしの上”、「ひとつの朝」より“ひとつ朝”、「落葉松」
「最上川舟歌」「会津磐梯山」「斉太郎節」「君をのせて」「あの素晴らしい愛をもう一度」
同じ歌が2度書いたが、合唱団が違ったり、会場のみなさんと歌ったりしたためです。

 私は どの歌も、なじみがあり、心が和みました。

 
 
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by ttfuji | 2012-02-27 15:29 | 映画・演劇・音楽 | Comments(2)

T家のふたり、その後

 昨日は、2か月ぶりにM子の通院付き添いに行った。
 友人達に、妹さんの具合はいかが?、と時々聞かれる。何年か前に比べれば、格段によくなっていると思うが、本人にいわせると、かなり辛い時もあるようだ。季節やその時々で痛みが激しかったり体調がすぐれなかったりするらしい。
 しかし、日常の家事や食事の用意はしている。それをしないと、生きていけないし、リハビリにもなっている。
 食材や生活用品すべて、二つの生協と大型スーパーで、ネット購入。台所には冷蔵庫や食品庫に入れきれない箱入りの物が溢れている。買いすぎ、と言うと、ないと不安で、と言う。私もそうだからよくわかる。Jさんは昔から全く台所のことはできないし、やる気もない。

 以前、T家のふたり、というブログを2009年9月に書いている。
 最近、exciteブログで、アクセスされ読まれているブログをチェック出来る機能が加わった。なぜか、このブログ「T家のふたり」が時々読まれている。それで私ももう一度読んでみた。結構詳しく書いている。いつものことだが長々しく・・。
 
 その時に較べてT家はどうか。書きにくいが、老老介護の実態を見る思いだ。
 あれから3年近く、Jさんが、あまり散歩や囲碁に行かなくなった。買い物や銀行の用事が頼めなくなった。妹は勿論、一人では10分も歩けないし出かけられない。Jさんの自慢の足もおぼつかなくなっている。
 ご本人は、自覚はなく、調剤薬局への往復は自分の役目としてやってくれるのでありがたいが待ち時間が長いので機嫌が悪くなる。
 私が代わりましょうか、と言うと、とんでもない、山男として鍛えた足だ。ぴんぴんしていますよ、と自分の足を叩く。

 日常的には気が短くなったという。テレビに悪態を付く。物に当たる。

 例えば、きのうのこと。確定申告で申告すれば税金が戻るという状態で、妹が細々した領収書や証明書を整理しようとすると、そんなことはしなくていいという。わが家に較べて源泉所得税がかなり引かれているのは、妹が配偶者になっていないからだ。
その書類を年金局に出してないからだ。ここ2年はそれに気づき妹が申告して確定申告で大分戻っている。私が、確定申告、やった方がいいですよ、と言うとそうか、と言うがまた、癇癪のように、やめろ、と言い出す。見ていてイライラするらしい。
 ちょっと他所の家庭のことを書きすぎたようだ。

 以前書いたブログ参考までに載せてみます。
         http://ttfuji.exblog.jp/8986796/

 24日、土曜日の今日は雨。水曜日の振替でスイミングに行ってきた。
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by ttfuji | 2012-02-25 16:35 | 家族・身内・私 | Comments(6)
 少し、春めいた日が2日ばかり続いたが、今日はまた、寒さが戻った雨の日になった。
 4日ぶりの日記である。このぐらい空くと、書いてないなぁ、という一種の焦りみたいなものを感じる。でも備忘録程度に書いておくことにする。

 2月19日(日) 
 Tが来ることになり、夕食の準備を張り切ろうと、買い物に行ったり、早めに台所に立とうとしたとき、メールで都合が悪くなったとの連絡。献立は魚料理に変更。予定した物は翌日にのばした。

 2月20日(月) 
 午前中、太極拳。帰る道すがら、Yさんに明日忙しくなかったら、Sさんのおそば屋さんに久しぶりに行ってみようと、いうことになった。Sさんは太極拳の仲間。
 5・6年前、ご主人の趣味が高じて、日本そばの店を開業した。当初、何度か行ったがいつしか足が遠のいた。こだわりだけあって、おいしいのだが、メニューが少ないこと、玄関で靴を脱ぐのが億劫なこと、ゆっくりおしゃべり出来ないなどもあったかも知れない。明日、12時頃出かけることになった。

 Tが来たのは夜7時半。時間不確定なので2人とも夕食は先に済ませた。
 メニューは、おでん、餃子、昨日煮ておいた牛すじ肉と大根の煮込み、同じく肉じゃが。すじ肉を2時間ぐらい煮て柔らかくしたもので、牛すじ肉は野菜と別々に甘辛煮。
 私たちは前夜食べ、孫のため少し残しておいたもの。大根もジャガイモも、すじ肉の味がしみておいしくかった。
 孫は、久しぶりのわが家の夕食で、旺盛に食べたが、残りは持ち帰ると言って持っていってくれた。

 2月21日(火) 
 Sさんの店に行くことになって、12時頃家を出る約束だったが、Yさんのご主人が、朝9時に歯医者さんへ行って、まだ帰らないので、少し遅らせてと電話がかかる。インプラントの手術であるという。 いいですよ、でも出かけて大丈夫?と聞くと勿論、とのこと。
 暫くして、手術は終わって、麻酔が切れるまで休んでいるとのこと。電話で様子を聞いたら、出かけてかまわないとも言われたらしい。

 Sさんのお店へ行ったら、定休日は毎週月曜日。他に第3火曜日も休業日と書いてあった。Yさん、そういえば前にも火曜日に来てお休みのことがあったと言う。私は忘れたが。
 Sさんご家族のことは、以前、アメリカデトロイトに滞在の折、宇宙飛行士の毛利さんの日本人子弟の学校の講演で、息子さんと母親のSさんが質問したことをビデオで見せてもらい、書いたことがある。
 Sさんのご主人は自動車会社のエンジニアで何年かアメリカにいた方だ。おそば屋は趣味で始め、本格的商売人ではないような気がする。

 間が悪いわね、どこへ行きましょう、と相談し、「レッドピーマン」に行った。イタリアンとメキシコ料理を合わせたような店で、評判のいい。私もTさんや旅仲間の人と何回か行っている。Yさんもなじみの店とのこと。
 オニオンスープとエビとチーズのドリア、サラダと飲み物セットにした。半熟卵とチーズ、極薄切りで小さなフランスパンも入り、オニオンの濃厚な味のスープの味は抜群だった。ドリアもカレーだかサフランだかパプリカだか分からなかったがライスが黄色で、ホワイトソースにチーズがたっぷり。どれもおいしかった。Yさんがご主人に電話するともう家に帰っていられた。

 ウオーキングも目的で出かけたが、取りやめにして、めいめい買い物するため駅前で別れた。私は、ドラッグストアで洗剤や雑貨を買い歩いて帰った。

 2月22日(水) 
 スイミングの日だが休み、郷土史研究会の「県立公文書館」企画の展示を見に行く。二俣川にある神奈川県立公文書館で「平成23年度 企画展示の『争論 ー裁許状に見る村の争いー』 村々に伝わる裁判関係の文書から江戸時代の暮らしを読み解きます、というもの。
 昨年10月の郷土史会で講義して頂いた小沢昭子先生が、企画展示を知らせて下さり、会として団体で申し込めば、案内、説明して下さるという。
 参加者は12名だったが、小沢先生と川島先生(小沢先生の上司で、郷土史会の講師を何度もお願いしている)が詳しく面白く説明して下さった。内容については別記するつもり。

 希望者のみの参加だが、折角のチャンス、Nさんと参加し楽しかった。
 12時廻って図書館で書架など閲覧。資料のリーフキャスティング工程なども説明して頂く。
 12時半頃、現地解散。行きは二俣川駅から、バスに乗ったが、帰りは歩く。20分ほどでそれ程長く感じなかった。駅ビルで昼食。帰宅は3時半頃。
   
 2月23日(木) 
 雨。午後になって止み陽も差してきた。春の気配も漂ってきた。日記を書いている。
 明日は、2か月ぶりで妹の通院付き添い。
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by ttfuji | 2012-02-23 14:57 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(6)
 「マイケル・サンデル究極の選択」というNHKの番組がある。
 昨日は、“お金で買えるもの・買えないもの”がテーマだった。今まで私が見たのは「地震・津波災害」「原発」に関してで今回3回目だった。多分、見逃したのもあると思うから今回で4回目だと思う。
 
 日本人ゲストに著名人5人が選ばれ、3つの大学、東京・上海・ボストンの学生グループが参加。インターネットで繋がって討論される。
 ゲストは、元プロ野球選手、古田さん、ネット通販の高田さん、女優の斉藤慶子さん、もう一人タレントの女性(名前は失念)、副都知事の猪瀬直樹さん。

 サンデル氏はハーバード大学の教授で司会進行のプロ、それぞれの考え方や意見を引き出し、それを要約して示し、さらに質問して議論を深めていくというもので、とても興味のある番組である。サンデル氏の究極の難問にどういう答えが引き出されるか。

  まず、ゲストに仮定の質問。
 ある店で、雪かきシャベルが10ドルで売られていたが、大雪になり需要が増え、店主は20ドルに値上げした。フェアーかアンフェアーか。日本のゲストは全員、アンフェアーと答えた。学生の中に需要が増えれば、市場原理で価値が上がる、ビジネスチャンスでもある、という意見も出た。道徳的に許されない、信用を失う、などの意見が多かったが、みなに考えさせる。では、自然災害で水が足りなくなった場合はどうか。水の値上げは許されるか。水は命にかかわるものだから、値上げは許されない、という意見。

 そして、アメリカのある州の消防隊の実際にあった話だが、消防を民間企業が行うことになった。企業と個人は年間契約を結ぶ。契約してないと、消防車は来ても、消火してもらえない。ただ現場へ行って、隣の契約している家が燃えないように、監視しているだけという。ウソのようなホントの話だ。日本人には信じられないとゲストは異口同音にいうが、契約社会では仕方がないことらしい。新入の消防士がなぜ消さないのか、叫んでも、消したらお前は会社の規則違反者として首になる、と言われる。

 次の質問は教育の問題。教育の現場に市場原理が当てはまるか。
 ある学校では、成績が上がった生徒にお金を払う。Aが幾つ増えたから百ドル。これをどう思う?、と質問。
 お金で釣るのは汚い、しかし勉強の励みになるしきっかけになればいい。親が勉強を頑張った子に褒美をあげるのは悪いことではない。成績でお金をもらうと、大人になっても、お金が一番大切と思ってしまう、など。

 次に、代理出産の場合。命をめぐる金銭のやりとりは許されるか。これは、国によって認められない国も多いが、インドでは、貧しい女性が、生きるため、将来の自立資金獲得のため、あるいは子どもが欲しい人に幸せを与えたいという考え方にたって代理母になることを認めているという。その施設があり、常時、10人ほどの代理母が出産をまっているという。
 このテーマには、賛否拮抗していた。ボストンの女子学生は、お腹を貸すことは売春婦と同じ、女性の地位を貶めるといって譲らなかった。代理母が出産後、子どもを引き渡すことを拒んで裁判になったこともある。

 最後に徴兵制があり、息子に徴兵命令が来て、どうしても応じられない親は、お金で別の人を身代わりにたてる。それは許されるか。日本には幸い徴兵制はないから考えられないが、多分許されないだろう、という意見。
 しかし、猪瀬さんは、日本にも同じような状況がある。今回原発の事故で、命をかけて現地で対応した人は大勢いる。勿論、お金の報酬ということもある。犠牲を強いられる場合もあるだろう。それに対して、命はお金に替えられないが、お金で対応するしかない、という考えもあると思った。みな結論は出ない問題だが、みなで議論し考えを深める機会になったと思う。
 学生達は、選ばれるだけあって、みなしっかりした意見を持っている。私も問題が提起される都度、一緒に考えて見た。  
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by ttfuji | 2012-02-19 21:10 | テレビ | Comments(6)

日記 一週間

 2月13日(月) 
 太極拳。一週間、風邪で隠っていたので、運動不足で身体が重い、と言ったら、先生にも友人達にも、無理をしないで、と労られた。いえいえ、運動不足なので、身体を動かさないと駄目、と痛感したので、頑張ります、と答えた。
 2月14日(火) 
 夫が体操行きの日。車がないので、こんな時こそ、歩こうと駅周辺まで歩いた。銀行に寄り、帰りに買い物。しかも小雨ながら雨も降ってきた。Yさんにお届け物があり、帰りにお寄りする。少々だが歩いた満足感が味わえた。
 2月15日(水) 
 スイミングはやはり車で。来週、水曜日に、新年会?のお誘いを頂いたが、郷土史会で出かけるので、残念ながら欠席と伝える。午前中の練習の後、昼食を兼ねていつも食事会を行うらしいが、大抵、都合が悪い。
 読書会だったり、通院日だったりする。たまにはお付き合いしたいと思うが致し方ない。来週はスイミングも休むことになり、土曜日に振替が2回になる。月謝が高いので、休むと勿体ない。
 2月16日(木) 
 夫が毎週木曜日午前は、スイミング行きのため、図書館行きは午後にする。Tさんにもそう伝えてある。
 本は4冊読了し返却、今回は家にあった本も読めた。新たに5冊比較的薄い本を借りてきた。
 2月17日(金) 
 午後から体操へ。会場は,S自治会館。終了後、中央公民館へ公民館まつりの展示物を見に行く。4階から順に見て、一階ずつ下がって見る。
 金曜日の今日が初日で、展示物のみ。土・日は実演や運動、歌、踊り、ダンス、体操など発表するものがおこなわれる。
 3階では、遺跡物、手芸、書、ミニ盆栽、幼稚園児の絵、など見る。2階は、料理や健康測定などあったようだが、片付け始めていた。1階の大展示室では、書や絵、俳句、短歌、編み物、盆栽、写真、甲冑の展示があり友人、知人の出品物もあった。
 毎年パソコン作品の展示のコーナーで、パソコン楽習会のY先生にお会い出来、1・2質問する。長くパソコンをやっていても、知らないことだらけ、また教えて頂きたいとお願いする。
 帰りは、いつもの通り、とうきゅうで買い物。遅くなったので、出来合いのおかずを買って帰る。ご飯はタイマーで炊けており、味噌汁は、昨日沢山作ったあら汁(石狩鍋風)があり、煮物(さつま揚げ・ちくわ・カボチャ)もある。キャベツを刻み、ブロッコリーを茹で、カニクリームコロッケとカボチャコロッケで手抜きさせてもらう。ししゃもも焼いた。
 少し前までは、私自身、出来合いへの抵抗もありこんな献立は滅多に出せなかった。 老化とともにそれに甘えた開き直りもある。

 
 明日(土)は、風邪でお休みした8日の分のスイミングの振替がある。
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by ttfuji | 2012-02-17 22:00 | 生活雑記 | Comments(4)
 この本には、「敵討」「最後の仇討」の二作が載っている。
 本の表紙カバーいっぱいに 敵討 と二文字だけ紙面いっぱいに大きく太字で縦書きされていて、いかにも重々しい。帯に「日本で最後の仇討ちは明治十三年にあった、歴史の流れに翻弄された二つの敵討を通して、幕末・明治の激動の時代を鮮やかに描き出す」としるされている。
 新政府になり武士はなくなり、仇討ちは殺人罪として処罰されるようになった。興味を持って読み始めた。吉村氏のものは、小説といえども、しっかり資料調べをし、その時代背景や活躍した人物、事件など取り入れられていて理解しやすい。

 仇討ちが許されるか。武士社会では当たり前のこと、仇討ちをしないのは卑怯であり、仇討ちは美風とされていた。
 私自身、読んでいて2つの仇討ちとも、よく理解でき、当然と思えるものであった。
 ここでは『最後の仇討』についてあらすじと感想を書く。

 秋月藩の中老、白井亘理は藩主黒田長徳の命で執政心得首座公用人として上京していた。世は生麦事件、慶喜の大政奉還、王政復古の号令が轟いている。攘夷論の愚かしさに気付き大きく変わりつつあった。
 幕府の存続を願っていた白井は、討幕派の薩摩や有力藩の藩士や勤皇家として知られる者たちに積極的に接触し、朝廷の指導的立場にある三条実美のもとにも出入りして信頼を得るに至った。彼は藩に対して朝廷の意に従って動くべきと進言した。

 このような彼の態度は、秋月にいた反白井派を激昂させた。在藩中は佐幕派だったのに上京してたちまち勤皇論者に変節したのは、時流に媚びた許し難い態度だと激しく非難した。それに同調する若い藩士は多く白井はかれらの憤りの的になった。

 藩主黒田長徳は21歳で朝命を受けて上京。出迎えた白井は京を中心とした情勢を説明し、藩としては朝廷に追従して誠意を示すのが絶対に必要だと説き、その布石は充分におこなってあると言った。
 長徳は何度も頷き、公用人としての京での白井の努力に慰労の言葉を口にした。
 白井は満足し藩邸を辞した。

 2日おいて長徳からの呼び出しで藩邸に赴いたが、家老達が白井に向ける目は一昨日と違っていた。
 家老の田代が入ってきて白井に
「その方のお勤めは終わった。急ぎ帰藩してご沙汰を待つように・・」と言った。

 今までの努力も認められず、これからの期待も持たれず、呆然としたが君命は従わなければならない。「明日帰藩します」と手をついて頭を下げ退出した。

 白井が帰藩することはたちまち親しい勤皇派の者たちに伝わり、帰藩の命令を撤回させるとの動きもあった。薩摩藩士の葛城彦一は、病臥していたが、書簡を白井に送り、白井が朝廷に仕えることを参与大久保利通に計り、大久保の内諾を得ているので会いたいと記していた。
 しかし帰藩が決定しているので会うことをしなかった。結局帰藩するまで1か月かかった。そのことが、反白井派の反感をつのらせた。白井は秋月に干城隊という組織が結成されていることを聞いた。
 隊の総督は家老の吉田悟助。主旨は、武士道を守り、国のため藩のため身命を賭して尽力する。隊員は45名、殆どが20歳未満の若い藩士で白井の考えに激しく対立していた。
 帰藩した白井は、家老吉田と箕浦に帰藩した旨の届を書き、謹んで沙汰を待つ旨を書き添え家僕に提出させた。
 その夜は、親戚のものや親しい藩士が集まり酒宴となった。
 客達が帰り、疲れた白井は、寝所に横になりすぐに熟睡した。妻の清と3歳の娘が同室で休んだ。

 朝方、七ツ(午前4時)過ぎ、両刀を帯びた20数名が塀を乗り越え、寝所を襲った。殆ど、寝首をかかれたという状態で、妻の清も殺害された。娘も傷を負った。白井の首は持ち去られていた。

 あまりに理不尽な殺され方と家族や身内が訴えても、家老の吉田は不機嫌に、殺されて当然、私利私欲に走り、公家や朝廷に近づき取り入り殿様や藩士達を唆した、藩主が帰藩するよう命じても、すぐに帰らずいろいろ画策し、藩の機密を他に洩らすなどした。殺害されたのは自業自得である、と決めつけた。
 
 同じ時刻に、もう一人の開明派で儒学者の中島衝平も暗殺された。中島に対しても吉田は「自業自得」と断罪した。干城隊に対してはお咎めなしだった。

 その後、藩主長徳がどのような判決をしたか、おおむね、家老の吉田が断じたと同じようなものであった。本来ならお家断絶も当然だが、古い家系であること、在任中の功労も認めてお家断絶だけはさしおく、というものだった。

 余りの非情さに白井の家族は憤りを感じた。事件の処理が理不尽であるとの声が高まり、同情者が増した。多くの同調者が結束して再審理を求めたが。吉田は強訴であるとはねつけ、兵を使って取り締まる、と脅した。暗殺は吉田が若い隊員達を煽動しておこなったもの、その後の冷酷な処分は、吉田の白井に対する個人的な怨みや妬みから発せられたと世論は騒ぎ立てた。両派の対立は激しく、福岡藩でも仲介を買って出たが、それでも両者譲らず、仲裁をあきらめた。外部に内紛が知れては、藩そのものが窮地に立たされる。吉田側のお咎めなし、白井側に厳しい裁決であった。白井家を継いだのは、他家に養子に出ていた、亘理の弟助太夫だった。亘理の長男六郎は、当時11歳であったが叔父の養子になった。、
 11歳だった六郎は、惨殺された父母の姿が片時も脳裏から離れることはなかった。

 六郎は、必ず、父母の仇をとると決意を固めていった。叔父からは、仇討ちは禁じられた。塾に通って勉強に励めと言われ励んだが、心はいつも仇討ちにあった。父母の敵は干城隊の、手を下した隊員であると決め、名前もつきとめた。市瀬という若者で、父を討ち取ったことを自慢にしていた。
 その後、10数年、市瀬の行方を追って東京、甲府、静岡、埼玉と探し求めた。裁判所の仕事で転勤があるらしいと、甲府、静岡、埼玉と追跡したが、姿を現すことはなかった。ついに、仇の市瀬が姿を現したのは、藩士長徳の旧藩邸だった。市瀬は、判事に出世していてそれなりの風格も出ていた。旧藩主は邸を秋月の藩士達に開放し集うのを喜んだ、市瀬の回りには取り巻きがいたが、郵便物を出してくると言って一人階下に降りていった。このときしかないと、六郎は厠に立つといって下りていった。

 ここで、仇討ちは成就した。その足で、警察に自首した。新聞にも大きく取り上げられた。有名な多くの人が同情的であった。
 終身刑が途中恩赦があり減刑された。出獄後、他家へ嫁いでいる妹にもあった。妹は号泣した。
 世話する人があって所帯を持ち、饅頭屋を営み、妻の才覚で繁昌し平穏に暮らしたという。

 果たして本当の敵は市瀬だったのか、私は吉田こそ本当の仇ではないかと思うのだが。愛国心を植え付けられ、戦争に駆り立てらた若い兵士のことを思い、私は本当の敵は?、と考えてしまう。
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by ttfuji | 2012-02-15 17:11 | 読書・読書会・図書館 | Comments(5)

本を頂く

 『敵討』、この本を読むきっかけは、昨年9月の郷土史研究会の総会の折、会長から、後方のテーブルに並べてあるのは、当会の発足から運営まで長年尽くされたYさんの遺品です。 数年前、病気で亡くなられ、会としても大きな痛手でしたが、本や資料が沢山あり、奥様から、どなたか興味ある人に読んで頂きたいと、託かったものです。休憩時間または、終了後でもご覧下さい、ご希望の本がありましたらお持ち下さい、と言われた。
 Yさんは、私の入会前に亡くなられ、人柄や業績など役員会の折など、よく伺っていた。
 郷土史関係のものは、市や関係機関に寄贈されたり専門家に渡ったものと思われる。殆どが書物であり、歴史小説に限らず、現代物、ミステリーもある。私は、真新しい一冊、吉村昭氏の『敵討』を手に取った。

 吉村氏の小説は、好きで結構読んでいる。資料を丹念に調べて書き上げる内容に、いつも感動している。
 しかし、私の悪い癖で、自分のものになってしまうと、いつでも読めると、安心し図書館や友人に借りた本を優先してしまう。
 漸く、時間ができ、読み始めた。 続く
 
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by ttfuji | 2012-02-14 20:29 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)
 2月10日(金) 
 風邪は治ったと安心していると、次の風邪に襲われるような寒さである。
 いつも一緒に体操に行く3人が全員今週初めから風邪をひいたと言っていた。偶然であろう。3人が同じような状態であった。マスクをしたり、再びぶり返さないよう気をつけている。医師にかかったのはFさん。私はあまりにも待たされることが嫌で、家にある薬で治した。Oさんも病院へは行かなかったらしい。少し前風邪だったご主人の薬があると言っていたから、もらったのかも知れない。
 一週間、運動らしいことをしてないと、ちょっとした運動でも身体が重く動きが鈍い。でもやらないよりは良い。
 帰りに東急で買い物。もくれん読書会のSさんに会い、本の注文できたことを告げると、絶版になってなかったのね、といわれた。
 昨年、取り上げようとした、芝木好子氏の『雪舞』は絶版だったので心配だったようだ。
 夕食は、朝から準備済みのおでん、焼き魚(鰺の干物)、大根の柚子の甘酢漬け、松茸昆布、だった。
 2月11日(土) 建国記念日
 土曜日と重なると祭日ということを忘れる。街宣車などこの頃あまり見なくなったのはありがたい。地方だからかどうか分からないが。
 毎月11日は震災の追悼日である。現地では地震が起きた時間には毎月黙祷を捧げているとのこと。来月は、震災一周年を迎える。どこまで復興出来たか心許ないが、頑張っている人達の様子も伝わる。しかし、長い年月がかかることは間違いないだろうと思う。
 昨夜というか今朝早朝、一冊の本をも見終えて、スタンドを消す前に時計を見ると2時22分であった。2並びではあるが日が22日ではない。しかし、2012,2,11,2:22で1と2が並んでいるな、と思った。どうと言うことのない話だが、なんとなく数字の並びには拘ってしまう。
 今日の献立は、カブと葉、玉ねぎ、ベーコンのクリームシチュー、半調理の宇都宮餃子、前夜のおでん(でよろしかったら)、昆布佃煮だった。
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by ttfuji | 2012-02-11 22:28 | つれづれ日記 | Comments(2)
 日曜日の風邪ダウン以来初めての外出は水曜日の昨日、読書会だった。人数が少ないので余程でない限り休めない。午前中のスイミングは休み、18日(土)に振替えをお願いした。
 
 読書会ではNさん推薦の『五十鈴川の鴨』竹西寛子著、を取り上げた。値段の高い本ということで、3人がNさんからお借りして読んだ。このことは以前にも書いている。しかし読むほどにそれだけの価値のある本という感想を持った。
 私を含めみなさんが、久しぶりに心を打つ良い本と言われた。気品のある上質な本。装幀も贅沢なこだわりのある本で、著者と出版社のこの本へのこだわりを感じた。価値のわかる人に読んでもらえばいいという感じ、と私は以前に書いたが、うがった見方だったかも知れない。

 この本は、短編8編からなり、中の一つが表題になっている。
  
 著者と『五十鈴川の鴨』に出てくる岸本という男性はともに原爆被爆者である。
 五十鈴川の川面に浮かぶ親子連れの鴨を見て、岸部はいいなあ、とつぶやく。しかしどこか、寂しげな雰囲気がある。著者は被爆者としての自分の哀しみを岸本に重ねたのではないか。時々襲う体調不振、人生も結婚も幸せな家庭もあきらめている。
 あらすじは、略すが、今回の原発事故の問題と重ねての話題は広がった。
 今回の事故で被爆された人達は同じ悩みで人生を送るのではないかと。

 他の短編も、「くじ」、「桜」、「椿堂」、「船底の旅」その他、どれも人生を感じられよかった。それぞれ無欲で控えめに生きているが魅力ある人達で、そこはかとない哀感がただよう。やはり、人生を長く生きた作者ならではの、滋味ある作品群だった。

 次回課題本は、候補が3册あった。
 『原っぱ』池波正太郎著、『君のいない食卓』川本三郎著、『共食い』今回の芥川賞受賞。
 『原っぱ』は私が推薦。内容を話し、高齢者には懐かしく思える作品でいい本と思う、というと賛成して下さった。もし、『原っぱ』が絶版になっていたら、『君のいない食卓』にしましょう、ということになった。川本三郎氏は『原っぱ』で解説を書いている。
 第3候補は私にはあまり興味を感じない本だ。

 家に帰り夜、絶版になっているかどうか、値段はいくらか、パソコンで検索したところ、なんと私のブログに書いた感想文が載っていてびっくり。ヤフーだったが、他のブロバイダーでも載っている。
 VINさんのレビューは、時々載っているのを拝見するが、私のような素人でも載ることはあるんだ、と変な面はゆさを感じた。
 今日、本屋さんに注文に行ってきた。420円という。私の持っているのは、昭和63年出版で360円。この頃、文庫本も高いのもあるがあまり上がってないので意外だった。
 どうやら、風邪も退散したようだ。
 明日は金曜日で体操がある。今週初めての運動になる。
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by ttfuji | 2012-02-09 20:26 | 読書・読書会・図書館 | Comments(6)