私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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久しぶりの体操

 今週は、月曜日の太極拳が会場の都合で休みだったし、水曜のスイミングは風邪で休んだし車で買い物に行くものの、殆ど歩かず運動不足が身体に応えた。2階への階段の上り下りがきつく感じられる。足の衰えはひどいものだと痛感したので、今日の体操の会へは出席した。先週、体操は休みだった。
 時々咳が出るので、病原菌をまき散らしてはいけないとマスクをしていった。ところがメガネをかけているので曇り鬱陶しく時々外した。咳は身体を動かしているときは殆どでなかった。
 休憩時間に、忘年会のことが相談された。12月21日の最終日と言われ、その日はお休みしますというとそれでは困るので別の日にしましょうと言われた。怪我で欠席中の会長さんが、その日なら出られると行っていたそうで、私の欠席のまま実施して下さいと言ったのだが、会計をやっている私が出ないと困るのか、結局、忘年会ではなく新年会をやりましょうと言うことになった。

 夜、Oさんから、税務事務所のM先生のお宅訪問について都合を聞かれ、12月11日を約束した。先生が亡くなられて、いま奥様が一人で住んでいらっしゃる。私たちは先生より奥様に親しんだ。所員はみな奥様を慕っていた。Oさんは2度ほど訪ねたが、大変喜ばれたそうで私とSさんも伺いたいと言っていたと伝えると会いたいと言って下さったという。
 先生の存命中はいつも同じ所長室で先生を支えられていた。今は、息子さん達が跡を継ぎ、奥様は自宅で一人暮らしという。
 今日で11月も終わる。
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by ttfuji | 2012-11-30 23:18 | 太極拳・スイミング・体操 | Comments(2)

体調と友の忠告

 まだ風邪はすっきりとは治っていないが大分楽にはなった。きのうは、スイミングをお休みし半日布団で過ごした。折角良くなりかけたのに、ぶり返すのが怖い。風邪が2・3日で退散するはずはない。今までだって風邪を引くと2か月は咳が止まらなかった。だから、風邪には充分注意を払っていたつもりなのに、体力が落ちていたのか風邪につけ込まれた。

 我が友、Sさんからハガキをちょくちょく頂き、何枚か溜まった頃電話をする。呆け防止のため、思いつくことを勝手に書いているのだから、それにあなたや前橋のIさんが読んで下さるから、と言われる。書いたことに意見を言って下さるし。・・ところで、わたしのハガキヘンじゃない?、この頃、ボケ老人になって、何を書いたかすぐ忘れるし、少しでもおかしかったら、そういってね、と言われる。同じことを繰り返し書いているかも知れないし、これはちょっとおかしいぞ、と思ったら教えてね、と言う。
 おかしいどころか、いつも毅然として政治のことや社会のことをバッタバッタと厳しく批判して素晴らしいわ、と答える。
 え、私そんなにえらそうにしている?、まあ~と自分にあきれたように言う。

 そんなとき、私の山行きでの疲れや歯の痛みや風邪のことを話すと、お叱りを受ける。あなたは人に気を使いすぎです、歯が痛いとき、痛み止めをのみながら、東京の美術館行きに付き合うなんて駄目、もっと自分の身体を労らなければ、と言われる。
 確かにそうなのだが、自分でも行きたかったし、と言い訳する。大体、私自身が悪いことが分かっているのだから、そうね、我慢してまで付き合うことはやめます、と言うしかない。
 彼女は本当に親身になって言って下さるのは分かるが、私の性分も治らない気がする。あまり心配して頂くようなことは、話さないようにするしかないと思う。
 11月も明日で終わり。心急く12月がやってくる。
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by ttfuji | 2012-11-29 21:57 | 友・師・人 | Comments(0)

今度は風邪

 咳がなかなか止まらず、特に夜中辛いので、風邪の薬を頂きにA医院へ。
 とにかく混んでいる医院なので、出直し覚悟で受け付けてもらうために10時頃行った。案の定、待合室が溢れ返る程の患者数。
 12時をまわると思います、と言われ、では12時頃参りますと買い物に回る。ドラッグストアと食品スーパーで買い物し、一旦帰宅。
 昼食はせず12時に家を出る。雨だったが、近いので歩いていく。
 ところが、まだまだ大勢いて順番がきたのは1時近くだった。
 週末で前に頂いた薬をのんでいました、というと喉も大分腫れているし、熱もある、以前の薬よりもう少しよく効く薬にしましょう、と5種類の薬を処方された。咳や痰が切れる薬、熱を下げる薬、抗生薬、胃腸薬、痛み止めなども入っている。
 薬局で、普段のんでいる薬など入れるとかなりな種類になるので、これを一度にのんで大丈夫でしょうかと尋ねると、薬手帳を目を通しているし先生も把握しているので問題ありません、と言われる。
 処方されれば一応、必要と思われるものはのむが、痛み止めや抗生薬は不要に思うので、のまないことにする。高齢者の医療費は1割負担で安いが、国や地方に負担をかけているなと痛感する。
 先々週の、大山史跡探索以来、疲労から来るらしい歯の痛み、歯の治療、眼科視野検査、脱力感と今度は風邪、弱り目に祟り目、とはこのことか、とさすがの私も年齢を痛感した11月でした。
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by ttfuji | 2012-11-26 16:40 | 医療・健康 | Comments(4)

読書メモ

 暫く読書録を書いてない。体調も悪かったし気力もなかった。今日も風邪で咳が止まらず、今回こそ題名だけにしようと思いつつ、書き始めるとそうはいかなくなる。
   
 下町ロケット 池井戸潤 小学館
 昨年の直木賞受賞作。ずっと図書館で待っていたが漸く借りられた。その前にこの作家の本はVINさんのレビューで関心があり何冊も読んだ。『鉄の骨』、『空飛ぶタイヤ』、『かばん屋の相続』、『民王』、『オレ達バブル入行組』、『オレ達花のバブル組』、『銀行総務特命』、『MIST』、『仇敵』、と10册を数える。
 そのどれもが面白く、幾つかは感動した。中小企業と大企業、中小企業と銀行の理不尽な関係と闘いながら、経営者は従業員と力を合わせ、最後には、危機を救う神が現れて安堵した。手作業の技術がコンピュータの技術を凌ぐと言う場面もあった。
 
 花野 村田喜代子  講談社
 主人公は暁子という54才女性。身体の変調に時期を迎えている。6編の短編の形だが、それぞれに暁子が別の視点から描かれる。新興住宅地へ越してきた暁子、毎日花を植えたり園芸に熱心だ。道路を隔てた向こう側には少し若い主婦がいる。挨拶を交わすようになり、ドライブに誘われる。港や水族館など連れて行ってもらい楽しむ。暁子はパートで働きたいと思う。地味で外観を繕わず、しっかりした女性。パートも目立たない仕事を希望する。パート斡旋所を経営する女性は、一見身体の弱そうで体力的にむずかしいと感じられた仕事も頑張ってやり遂げる暁子を見直す。それぞれが暁子と係わった人の目から描かれて面白い。

 おんなのことば  茨木のり子  童話社
 喝をいれてもらおうと借りてきた。どれも共感し背筋を伸ばされるが詩だが「倚りかからず」「友人」「自分の感受性くらい」など好きな詩である。
    
     自分の感受性くらい    
    ぱさぱさに乾いてゆく心を
    ひとのせいにはするな
    みずから水やりを怠っておいて

    気難しくなってきたのを
    友人のせいにはするな
    しなやかさを失ったのはどちらなのか

    苛立つのを
    近親のせいにはするな
    なにもかも下手だったのはわたくし

    初心消えかかるのを
    暮らしのせいにはするな
    そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

    駄目なことの一切を
    時代のせいにはするな
    わずかに光る尊厳の放棄

    自分の感受性くらい
    自分で守れ
    ばかものよ
 
 プラチナタウン 楡 周平 詳伝社
 四井総合商社の部長で、将来は役員と自他共に思っていた山崎鉄郎は、上司のコネで四次面接まで来ていた学生を、それとは知らずに落としてしまい、上司の恨みを買って、日東フーズという業績が低迷している子会社へ社長として転出するようにと言われる。実質左遷である。
 定年まで5年、役員にもなれず四井に戻ることも望めず、やけになって酒を飲んだ次の日、会社に行くと熊沢健二(クマケン)という小学校時代からの幼馴染から電話が入る。是非会って話を聞いてほしいという。借金の申し込みかと思ったら、なんと、故郷の緑原町の町長を引き受けてくれとの話だった。一度断ったはずの故郷の町の町長選挙出馬を鉄郎が引き受けたという。どうも酔っぱらった弾みで承知したらしいのだ。
 故郷緑原町は人口は減る一方で、借金が150億もあるというとんでもない町で、このままでは財政再建団体に陥ること必須。誰も町長の引き受け手はいない。
 今まで、鎌田武造(カマタケ)という町長が、箱物や公共施設、プールや病院、道路をどんどん造った上の財政赤字が積もりに積もった結果なのだが責任も感じてないのか町会議員となって権力を振り回わしている。近隣との合併を進めている市町村も緑原町とは合併したがらない。
 天下の四井商事で業績を上げている山崎をおいて町長選挙に出る人はいないという状況で、四井での出世を期待できなくなった鉄郎は引き受ける決意をする。
 町長になった鉄郎だが、思っていた以上に町は危機的な状況で、しかも前町長や町会議員もうるさい。彼が目をつけたのは、3万坪の整地された土地だった。企業誘致で造成したが名乗り出る企業はなかった。
 人口減、税収不足の町をいかに人口を増やし町を活気づけるか。四井商事を巻き込んでの再建案が出来上がる。
 シルバー(老人)タウンではなく、ゴールド、それ以上のプラチナタウンを作り上げようとの計画である。3年後、町は昔の面影がないほど生まれ変わった。

 輝く日の宮  丸谷才一  講談社
 題名と著者に惹かれて読み始めたものの、あまりに古典文学について薀蓄が多く、一家が学者の集まりで、その会話だから当然と興味を持つがじっくり読まないとついていけない。一旦は放棄しようと思ったが継続してきてしまった。「輝く日の君」とは源氏物語で失われた章という。もう少し読んでみよう。
 
 分身  東野圭吾
 未読のまま返却。

 他に、読書会の本「舟を編む」と「炭坑に生きる」は簡単に記録したので略す。
 次回課題本の『神去なあなあ日常』 三浦しをん著、も買って手元にある。
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by ttfuji | 2012-11-23 18:45 | 読書・読書会・図書館 | Comments(2)

日記 歯科と図書館行き

 11月22日(木) 
 晴。午前中、車はなかったが予約の歯科医院へは歩いていく。片道25分、2727歩ある。歯の腫れと痛みが治まって、患部の治療が始まることになっていたが、一応薬を塗って今まで通りの歯間ブラシを使った手入れと歯茎のマッサージを丁寧に続けるよう言われる。問題がないわけではなく、やるとしたらインプラントか入れ歯と言われ、そのどちらにも拒否反応があり、なんとか持たせましょう、頑張りましょうと言われる。取り敢えずは治療終了。12月に4か月毎の歯周病点検がある。
 午後は、図書館へ行く日。車でTさんと行く。Tさんが、知人のKさんから本を処分したいので、読んでくれる人に差し上げたい、と言われ、20册ほど題名を書き出して電話してくれた。真っ新な本ばかりという。ブックオフで引き取ってくれると教えたが、面倒に思うらしい。私は、興味のある本4冊を頂いた。
 そんなわけで、図書館では4冊返却、2冊だけ借りてきた。自分のものとなると後回しにする癖があるので、少なくした。
 11月23日(金) 
 雨。勤労感謝の日。きのうから風邪気味で、咳が出たり喉がいがらっぽい。布団にはいると一晩中咳が出た。弱り目に祟り目。次から次と不調が続く。寝込む程ではないが今日は温かくして外出とり止めにする。しかしプラスチックゴミの日で、一応身なりを整えて外に出る。
 
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by ttfuji | 2012-11-23 17:38 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)
 庭には菊が爛漫である。わが窓辺にも季節はずれの花が咲いている。真夏に出窓を飾った源平かずらが今、ひと枝だけ花を咲かせている。ベランダでは、赤いゼラニュームも日だまりで花を咲かす。絶えたと思っていた眉ばけ万年青が軸の短い花を咲かせている。
 どの花もよくぞ咲いてくれたといとおしい。

          源平かずら
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          ゼラニューム
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          眉ばけ万年青
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by ttfuji | 2012-11-21 14:04 | 自然・花・景色・庭 | Comments(1)

天気晴朗なれど

 今日は小春日和。
 漸く、歯の痛みも腫れもおさまり、医師に言われたとおり抗生薬だけ服んでいる。
 きのうは、振替でスイミングに行ってきた。矢張り、身体を動かすことは気分がいい。
 ただ、目の廻りの赤みは時々ぶり返し、スイミングの友人からも指摘された。目の廻りが赤いけどどうしたの、とスイミングの浴槽で一緒の人にも聞かれた。「眼瞼炎といわれ皮膚科にかかっているけれど、時々ぶり返すの」と話す。
 赤みも腫れもかゆみもないとき、一旦は完治したと安心しアレルギーの薬を止める。しかし忘れた頃、再び症候が現れる。医師は、薬で抑えている状況ですかね、といわれ同じ薬を処方される。やはり、年齢による免疫力の低下ではないかと思う。

 きのうは、午前中から雨。一日冷たい雨だった。仕方ないので一日中読書やテレビで過ごした。
 14日、野田首相は突然16日解散を発表したが、野党に追いつめられてウソをつかないための決断だったように思う。自民党の安倍さん始め野党勢力が野田さんに、解散して民意を問えと追求するばかりで、法案の成立と交換条件での解散だったとようだ。
 ところが、民主党の内紛はどうだろう。解散に反対の議員は離党していく。二大政党の力はないだろう。いろんな党が乱立し、混乱するばかり、選択の余地もない。自民党も嫌だし、票を入れたい党がない。
 一党支配も困るが離合集散で落ち着かない状態が続きそうだ。国の安定はまだまだ望めそうにない。
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by ttfuji | 2012-11-18 12:56 | 生活雑記 | Comments(2)
 11月13日(火) 
 歯の痛みは薬で抑え、かねてから、約束していた、渋谷文化村(東急本店)ザ・ミュージアムへ「巨匠たちのの英国水彩画展」を見に行ってきた。TさんとNさんが一緒だった。絵の展覧会は、Tさんが最も関心が強く、いつも誘われて行くのだが、おかげで美への開眼ができるので喜んでいる。
 マンチェスター大学ウイットワース美術館所蔵の作品157点が展示されている。どちらかと言えば、淡い地味な絵が初めは多かったが、だんだんと色彩豊かなものも見られた。イギリスの画家と言えばターナーぐらいしか知らなかったが、さすがTさんは詳しくいろいろ説明して下さった。技法、素材の中にグワッシュという絵の具の使い方(濁らせる方法)があるというのも初めて知った。 
 11月14日(水) 
 スイミングのある日だが、歯の痛みがおさまらず、スイミングに振替の電話をして歯科医に行く。腫れがピークで化膿止めの抗生薬と痛み止めを5日分処方される。消毒の薬を塗られたとき、飛び上がるほど痛かった。腫れがおさまってから治療するという。
 カステラと牛乳を昼食代わりに摂り薬を呑むと、30分ほどで痛みは軽くなり、午後の読書会に出かける。人数が少なく皆さんにお渡しするプリントもあるので休むわけにもいかない。

 読書会の本は山本作兵衛著の画文集『炭坑(ヤマ)に生きる』<地の底の人生記録>だった。
 この記録は、『世界記憶遺産』に登録され世界中に注目を浴びた。『アンネの日記』や『ベートーヴェンの第九草稿』ほか世界的歴史資料が登録されている。
 明治から昭和まで筑豊炭坑で生きるために坑夫として働いた壮絶な記録が力強い筆致の絵と文で綴られている。
 この絵を残した山本氏は、60才を過ぎてから、何としても自分の体験した時代や仕事のことを孫達に伝えたいという切なる願いがあったからという。
 炭坑の生活がどういうものであったか、貧困と飢えから逃れるために、死の恐怖や搾取と闘いながら、一家を上げて地の底にもぐる。著者は8才の時から60才過ぎまで働いた。とにかく感動と怒り(時代と体制に)を感じた本だった。
 11月15日(木) 
 薬のおかげでどうにか痛みは押さえられている。午前中、美容院へ行ってヘアダイをしてきた。こんな時は自重した方がいいかと思ったが、余りの見苦しさも気になって、行けるときに行っておかないと、と思い立った。
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by ttfuji | 2012-11-15 16:34 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)

疲れが原因か今度は歯痛

 大山に行って疲れ切って、翌日はどこにも出かけずのんびり過ごしました。と言うより、歯が痛み右頬が腫れてしまいました。触ると右頬だけ熱い。日曜日だし歯医者さんは休診。我慢できないほどではないが動く気にもなれませんでした。
 山歩きで足腰の痛みも残っていました。
 今日は、太極拳があり会費の支払いもあるので、練習には行きました。何人かの人に頬、腫れていない?、と聞かれ、山歩きで疲れたせいか歯が痛み出して、というと歯は身体が弱っているとき痛むのよね、といわれました。
 早く、歯医者さんへ行った方がいいとも言われましたが、痛いとき治療は受けたくない、せいぜい痛み止めをもらうだけかも知れない。痛み止めなら前にもらったのが残っているし抗生薬もあるというとそれはやめた方がいい、と言われる。
 私も勿論抗生薬まで呑もうとは思っていませんが。
 昼食後、痛み止めの薬を呑みました。午後の受付は3時からなので、それまで痛みがひどかったら、それから歯医者さんに行くつもりでした。ところが1時間もしないうちに痛みは軽くなり熱も下がった感じです。薬が効いたからとも思いましたが、歯医者さんに行く気はなくなりました。夜になって身体の疲れがとれたせいか、歯の痛みも多少残っているもののぶり返しませんでした。
 明日もお出かけがあり安心して出かけられそうです。
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by ttfuji | 2012-11-12 23:46 | 医療・健康 | Comments(0)

大山行き 疲れました

 郷土史の野外研究。『明治以前の大山諸堂跡を歩く』という史跡めぐり。
 渡された資料によると、明治以前の大山の状況がどうであったか、これは神仏混淆で大山の支配、つまり仏教が山内を支配していた時代の跡がどこまで残っているかを探ることであり、神仏分離の激しい時代にどこまで痕跡が残っているか調べてみようというもの。これは文化庁芸術振興事業でもある。市役所の担当員も説明して下さった。
 郷土史研究会、前会長のTさんが、かなり綿密に研究していたこともあり、その痕跡を隈無く?歩いた。

 大山ケーブル駅駐車場午前9時半集合のため8時に家を出て、駅北口バス乗り場より待ち合わせたNさんとバスに乗る。行楽シーズン、土曜日とあって大山行きに乗る人は次々列に加わる。駅から終点まで直通バスが5分おきに出る。大山寺のもみじはあと2週間くらいという。ライトアップされ紅葉見物のため毎年大勢の人が訪れる。私は見たいと思いながら未だ訪れていない。
 最終目的地は大山寺であるが、その前にケーブルの終点駅にある阿夫利神社や周辺の史跡を訪ねる。詳しく書くとレジュメを丸写ししなければならないので(またそれは禁じられているので)歩いた概略だけ記す。
 大山へは3・40年前には何度か行った。妹の家族小学生の甥達と頂上から蓑毛まで歩いたこともある。その時も石段や坂道に音を上げたのは私だけだった。ボランティアで清掃に参加しゆるい女坂を上ったときも息が切れて胸が苦しくて辛かった。バスの終点からケーブル乗り場までも結構きつい上り坂や石段がある。私より年上の人も何人かいるが、私ほどへたばっていない。遅れがちを励まされ、どうにかケーブルに乗った。
 阿夫利神社周辺の史跡跡を巡るときも手を引かれたり、手すりに掴まったりとだらしなかった。それでも急がなくてもいいと言われ、皆さんに迷惑かけているかも知れないと申し訳なかった。数カ所見て説明を聞いてどうやら無事、阿夫利神社前の広場に着き昼食を摂る。
 もみじがきれいだった。最盛期には早いがかろうじてもみじ狩りができた。
 昼食後に阿夫利神社参拝。それから帰りのケーブルに乗って、途中、「大山寺駅」(以前は追分駅)で降りる。そこまで歩くのがまた難儀であった。坂と石段が続く。私は登りは苦しいが下りは楽というと、多くの人は下りの方が膝にきて辛いという。
 大山寺は見事な寺だった。内陣に「前不動」が安置されている。その後ろに本尊の不動が鎮座している。今日特別に見せて頂いた。つまり後ろの不動さまは収納庫に収められているということだそうだ。
 しかし大事に飾られている。裏は山肌で、以前、山が崩れて屋根を押しつぶしそうになったという。大事には至らなかったが、収納庫は建て替えられたという。
 廃仏棄釈で「不動堂」がかなり下の方に移された。その後他の坊が次々に不動堂の近くに移された。来迎院に付いている扁額と柱に書かれている記名が矛盾しているとTさんは気付いたという。
 帰りは、ケーブルに乗らず坂道を下ってきた。膝がガクガクしたわけではないが、危なっかしく見えたのか、男性役員(かって一緒に役員をやった)のSさんが手を繋いで下さった。恥ずかしかったが有り難かった。やがてこのように介護を受けるのだろうか。
 バス乗り場はまたも長蛇の列。次から次とバスは発着するが、座れないのを承知で前のバスに乗った。伊勢原駅からも歩き、5時頃帰宅、夕食の準備ができず、予め出かけるときに準備していたもので作って頂いた。

 日頃、車にばかり乗って平地しか歩かない罰が当たったのかも知れない。でももみじはきれいだった。
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    山頂の神社より相模湾、房総半島が見える
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by ttfuji | 2012-11-10 21:45 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(5)