私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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ミニ同窓会の計画

 いつもの3人のミニ同窓会、一泊でも良いからどこか計画して、と1月にいわれ頭の中ではいつもそのことがあった。
 上野のお山でも良い、Sさんのお宅でのんびりおしゃべりをするのもいい、故郷の温泉でもいい、といわれネットで検索もした。高崎に近い磯部温泉は、昔はひなびた田舎にあったが最近は大分格式も規模もグレードアップしたようで思ったより値段も高い。
 それに5月には短大時代の同窓会もあると聞き、5月は亡母の7回忌もある。そんなに高崎まで往復できない。
 同窓会は前回欠席したから、今年は参加しようと思っていた。役員の一人は、親しかったWさん。男性ながら、私たち3人とも、信頼し尊敬申し上げている方だ。合唱団の団長で外国公演にも何度も行っているし、ラジオ深夜便にも出ている。(ブログで紹介)。
 そのWさんに日中電話しても、不在が多い。奥さんも私の友人である。

 顔の広いWさんだから、お勧めの名所や割安で落ち着いた宿などのあったら紹介してほしいと昨日メールで頼んでみた。
 今朝、返信メールが届き、観音山の○○荘はいかが?、磯部温泉も一件教えて下さった。
 そのあとに、心臓の疾患があり、本日カテーテルの手術をする、3月には元気になっている予定。と書かれており、びっくり仰天した。前日に何年ぶりかのメールが入り、メールの返信どころではなかったはず。でも事情を話さなければ、何日も返信がないことに、いぶかるかも知れないと、(私の憶測だが)忙しいのにメールを下さったのだと思う。
 メールでお見舞いの言葉に感謝とお詫びの言葉を添えて送った。

 処で、2人の友にはそのことを伝え、結局、故郷行きは諦め、東京の上野公園でまた花見をすることに決めた。
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by ttfuji | 2013-02-27 21:34 | 友・師・人 | Comments(2)
 昨年の、クリスマス会の折、新年会も是非やってほしい、という声が多かった。参加費を多少多くしても良いから、との発言に、いくら位ならいいかと聞かれ、500円、800円、1000円と聞いていった。1000円が多かったが、500円もいた。そこで800円の参加費になったようだ。新年会なので、1月中に開催したかったが、諸事情で予定がとれなかったらしく、2月24日に決まった。

 3自治会合同であり会長は他地区の高齢男性A氏。とても熱意ある方で、わが自治会長さんや役員さん達と地域の高齢者のために、この会を立ち上げて下さった。会は高齢者予備軍(もっと若い人もいるが)のボランティアさんに支えられている。

 味では評判のお店のお弁当をはじめ、お菓子や漬け物(白菜漬けやキュウリの古漬け風は会長(男性)の自家製とのこと)、枝豆やお酒のつまみなど盛りだくさん並べられた。アルコールはビールのほか、日本酒や焼酎(二階堂や○○黒財宝という名の)の差し入れもあった。
 カラオケの器械も用意され、喉自慢の人達が次々歌われた。皆さん、日頃からカラオケで鍛えられているらしく上手だった。私は歌は苦手なので、あちこちの知り合いの皆さんと専らおしゃべりを楽しみ、好みのお酒二階堂を頂いた。良い気分で3時頃帰宅した。夫は、体操に行った。
 
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by ttfuji | 2013-02-25 21:34 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 2月23日(土)10時よりコミュニティセンターに於いて、自治会の会議がもたれた。
 4月から、班長の当番が回ってくる。この頃は圧倒的に女性の方が多い。

 この地に住み着いてから30数年、理事1回、班長3回廻ってきた。初めの頃は理事は男性が多かったが、この頃は、理事も班長も圧倒的に女性が多い。
 自治会長も女性である。何かの行事の時にはご主人も協力する、といった形だ。
 揃って老齢化で、役員をできない場合も多い。わが家も高齢だが、まだ班長くらいはできるので決められたことが頑張ると公言した。
 ゴミ問題も深刻だ。置き場所で悩む班も多い。住宅地内の道路の塀に沿って置き、カラス除けのネットを被せるところが多い。ところが歩道に出っ張ったりすると、子どもや歩行者が躓いたりで、抗議が来たりするらしい。人の家の前に置くのは平気でも自分の家の前は困るという人が多い、と会長さんもこぼしていた。
 不燃物置き場の中に、可燃物ゴミを置くことにした班もあり、囲まれているため、分別されてないゴミもあるとのこと。分別されていないゴミは収集車が残していく。
 個人情報がうるさい時代、問題があるかも知れないが、あまりに滅茶苦茶なのは、中味を開けさせてもらい、出した人が分かるので、丁重に手紙を書き、注意を促した、など話された。仕方がないことだと思う。

 定例会、会費の徴収、防災講習、各種説明会、防犯巡回見回りなどの参加もある。広報関係の回覧、入退会者の把握、届け出、体育祭の参加など班長の仕事は多い。何か困ったことがあれば、理事や自治会長に届けたり相談してほしいという。
 不燃物置き場のカギに開閉、収拾後の清掃なども全班長が当番表通りに行う。夕方6時に開け、9時にカギを閉める。翌日、朝6時にカギを開け、収拾後清掃、残されたゴミがあれば、持ち帰って分別し、次回それぞれ決められた場所に出す。これは、ちょっと大変な仕事だ。
 公園の不燃物置き場まで少し遠い。早朝や夜遅くカギの開け閉めに行くのは辛い。でも、1年間は頑張るよりない。

 また、この地区は、自治会長が毎年替わるので、他地区から不評とのこと。話にならないと言われているそうだ。任期は2年で会長のWさんは、2年間、獅子奮迅の活躍。本当に頑張って下さっている。新理事の自他推薦制度を作り、呼びかけ、たった1名だったが、名乗って下さった人がいた。それでも1名いただけで有り難かった、と言われた。
 自分から会長をやりましょうという人がいて適任者だったら好都合だが、会長までは荷が重いだろう。理事の中にやればできる、という人はいると思うが、私はWさんの積極性、行動力、地域への愛情、人柄にもう一期お願いしたいと発言した。賛成の拍手が多かった。名乗ってくれる人がいれば、喜んで譲ると思うが、いなければWさんも道半ばで退任は残念に思っているはず。やり残したことを是非やってほしい。
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by ttfuji | 2013-02-25 16:15 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 2か月おきの通院日。以前以上に私の役目も必要になったと感じている。前回、Jさんが行方不明になったことがあり、2人だけでは心配になった。
 Jさんも、デイサービスに今は嫌がらずに行くようになったという。話し相手もいるし、おいしい昼食も出るそうだ。

 私が病院に着くと、やあ、お世話になります、すまんですなと深々と頭を下げる。私がたいしてお役にもたっていませんが、というと冗談じゃないですよ、とさらに感謝される。茲まではいつものパターン。別に老化現象が急速に進んだとは思えない。
 私が薬局に薬を取りに行っても、自分の仕事だから、と言わなくなった。帰りのタクシーの運転手さん相手にこの辺りの昔の状況を地元の人のように善悪取り混ぜて披露し自慢し、妻に窘められるのも毎度のことだったが相手が替わると同じことを繰り返す。
 
 私が買っていったお弁当や甘いものなど、大袈裟なほど喜び、妹に食べ過ぎと叱られても男と女は量が違うと言い、妻の言うことを聞かない。
 午後のテレビのニュースやワイドショウを見ながら、持論を繰り広げ、大いに批判する。こんな時は鋭いと思う。しかし、人の言うことを聞かない。反論を許さないことに、やはり老齢故の頑固さを見る。以前は妻への労り、感謝など見せたが、この頃はあまり感じられない。反対に叱りとばす。妹が穏やかに言い含めると、そうか、という態度も示すこともある。
 もともとは穏やかな人だったのに、そういうと、自分はもともと、間違ったことには黙っていられない人間だ。誰に対しても(全くの他人にも)大声に叱ったという。当たり前じゃないか!と強い調子で言う。
 多くの人が、年をとると短気になったり頑迷になったりするというが(多分私も)老いが進むに従って精神に異常を来すのは仕方のないことなのだろう。
 そうなりたくない、と思えるのはまだ、痴呆になっていないからだろうか。老いることは哀しいが、受け入れるしかない。

 妹宅のお隣で、日常的にお世話になっているので、妹が私が持参したものを少しお届けに行った。ところが、なかなか帰ってこないので、寒いし、外で転んで起きあがれないことも、想像して玄関を開けたところで、杖をつきながら帰ってきた。
 聞くと、お隣のご主人も、くも膜下出血で入院し、退院したばかりという。妹がチャイムをおしたとき、寝ていて玄関に出るのが遅れたとのこと。え、1人で大丈夫なの、と言うと、軽かったのかも知れないという。奥さんを数年前癌で亡くされ、一人暮らしで大変だろうと思う。買っていった海苔巻きや手作りのポテトサラダを今晩の食事にします、と喜ばれたという。
 都内に住む息子さんが時々来てくれていると思われるが、どれも身近な出来事である。愛犬が支えになっているらしいと言うが、散歩もさせているとのことだった。
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by ttfuji | 2013-02-22 23:23 | 家族・身内・私 | Comments(4)
 このところ本当に寒い。それにお日様を拝む日も少ないような気がする。昨日から今朝にかけて、みぞれ混じりの雨になった。気温が低いので、車の屋根に付いた雨の水滴が凍って朝車に乗ろうとしたら屋根の上だけ氷が1センチ以上張りついていた。陽が差してきたしスイミングの駐車場は日当たりが良いので、そのまま乗っていった。

 今日は、午後から読書会があり、当番なのでお茶の用意もある。夫は検査の結果を聞きに病院へ行った。やはりお腹の方は万全ではないらしく、腸の調子を整える薬を処方された。流行性のウイルスはなかった由。今は特に消化の悪いものは避けるが、平常に近い食事をしている。

 読書会は4人だった。1人は施設に入り、1人はデイサービスに通っている。4人のうち1人は、ご主人の介護があり、通院の付き添いをしたり、食事を済ませてから来るので遅れる。これからは、お茶当番は止めて、めいめいお茶を持参することにする。大勢の時は、給湯室で大きなヤカン2つにお湯を沸かし、沸くまでその場を離れてはならないという規則のため交代で付いていなければならなかった。
 利用団体が多いため、湯のみ茶碗も揃わないこともあった。この頃はどのサークルでも飲み物持参は当たり前になっている。お茶菓子など家にあるものの持ち合わせでも済む。

 今日の、課題本は、三浦しをんさんの『神去(カムサリ)なあなあ日常』というちょっと風変わりな題の本だった。前々回、『舟を編む』で大好評だったので、同じ作者のものを取り上げた。お仕事小説か、と宣伝されていた。
 三重県と奈良県の県境の山奥にある「神去村」は林業の村、村人の言葉にはなあなあがよく使われる。お天気が良い、もなあなあ、ゆっくりやろう、もなあなあ、まあ落ち着け、もなあなあ。なんでもこの一言ですんでしまう。
 そこに高校を卒業したらフリーターでもして食べていこう、と思っていた18才の横浜育ちの「平野勇気」が卒業と同時に、担任と母親の策略で、山奥の村に送り込まれた。
 冗談じゃない、コンビニもないようなこんな処で暮らせるか、と反発し逃げだそうと試みるが、山奥故終点の駅までも出られないし、電車も都合よく来ない。仕方なく林業研修を受け、中村林業で働くことになる。新米ながら、若者が入ったことに歓迎される。周りの人々の温かさと、自然の魅力に目覚め、林業もいいかも知れないと思い成長していく姿を勇気の日記形式で描いている。
 いかれた浜ボーイの勇気君も芯は素直な少年である。面白く感動もある良い本だった。
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by ttfuji | 2013-02-20 22:48 | 読書・読書会・図書館 | Comments(4)
 今日は雨。このところよく降る。暦の上では「雨水」だそうだが氷雨である。今年の冬は寒い。あまり寒がらない私でも寒いと実感している。
 それでなくても、背中が丸くなってきているというのに、ますます姿勢が悪くなる。何か予定や用事がないと外へ出る気になれない。

 今日は、太極拳。午後は銀行や買い物に行ってきた。
 今日のNHK「クローズアップ現代」は、2月15日のロシアのいん石落下について、専門家の話を放送していた。
 予告なしの大災害である。大抵のいん石は地球に落ちる間に、摩擦などで燃え尽きるらしいが、時々巨大ないん石が燃え尽きないまま落下することがある。地球に平行に低い角度で入ってきた場合、燃え尽きないで衝突するらしい。
 太古、恐竜が滅亡する程の落下もあった。アメリカでは巨大なクレーターが残っている。
 宇宙には、小惑星群から毎日のように流星があり100年後に地球に向かうのもあるという。それを防ぎ、流星の方向を変えさせる、技術もあるというから驚く。
 宇宙の星はきれいでロマンに満ちているが、いん石という災害もある。
 自然の脅威は、地震、津波、落雷、台風、いん石、とまだまだあるようだ。

 一生のうち、どれにも遭遇しない人は運のいい人と言えるのではないだろうか。
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by ttfuji | 2013-02-18 21:42 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 2月14日(木) 
 図書館行きの日だが、夫が水泳教室に行く日でもあるので、午前になるか午後になるか分からない。体調を崩してから、体操も水泳も休んでいたが、そろそろ体を動かしたいらしい。9時までに起きてきたら、都合を聞こうと待っていたが、起きてこないので、もう午前中の外出はないと判断し、Tさんには午前10時に行くと電話した。出かける前に起きてきたので、出かけるというと、どうぞ、という。
 午後、体操を短時間だけして来るという。
 図書館では4册返却し、4册借りてきた。返却した本の読書メモはあとで簡単に記そうと思う。
 帰りに、農協へ寄り野菜をいくつか買う。ひと頃より値段も安定してきたと感じる。Tさんは別の買い物もあるというので、駅前まで送る。
 2月15日(金) 
 雨。午後、体操へは、Oさんと2人で行く。実は、いつも一緒に行くFさんが、先週卓球に行った折、床に転んで腰を痛め、帰りに整形外科にい送ったことは、すでに書いた。その夜の電話では、大したことはなかった、入浴もしていいと言われたとのことで安堵した。しかし、一昨日電話がかかり、その後、痛みがひどいので、同じ外科に行ったら、骨が潰れているとのこと、痛み止めを処方されたが、1か月以上はかかると言われたそうで、ショックを受けていた。来月いっぱい出席できないと思う、ということだった。
 以前、体操の会の会長が自宅で転んで、最初は大したことはないと言っていたのに、病院で診察したところ、かなりひどい骨折だったことが分かり、2か月以上入院し、結局、今でも出てこられない。Fさんは痩身で外見は若く美人だが、やはり70才になる高齢者である。
 卓球に誘ったものが、みな責任を感じている。たまたま不運だったと思うが、係わった人も仲間として避けられなかったかと気になるのである。高齢になっての転倒は恐い。

 帰りに東急で買い物して帰る。 
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by ttfuji | 2013-02-15 22:24 | 生活雑記 | Comments(0)
 2月11日(月) 
 建国記念の日。月曜日で太極拳の日だが、祭日なのでお休み。その代わり、3月分の会場予約があり、10時少し前に予約に行く。申し込み書を少し前に出し、10時と同時に承認の判を押した半片をもらう。かち合うことは殆どないが、何人かいると、もしや同じ部屋?と思うこともある。すぐに受け付けられ3分後には帰宅。
 少し前までは建国記念日というと、いろいろ街宣車がうるさかったが、この頃静かになった。
 2月12日(火) 
 珍しく、国会中継を聞く。予算委員会の代表質問。初めはテレビで、後半はラジオで聞いた。小泉孝太郎さんの質問や意見は分かりやすく、説得力があり耳を傾けたが、石原慎太郎氏の意見?はだらだらとまとまらず、自慢たらたらな知識や裏話の開陳、人を侮辱した言動、良識も礼儀もないお説教調の態度に呆れ果て不愉快だった。靖国神社参拝には、安倍総理には、してもしなくてもいい、といいながら、天皇には是非行って頂きたいという始末。暴走老人というより、少しおかしいのではないかと感じた。
 3月13日(水) 
 スイミング。先週は雪もよいで、歩いて行ったが、今日は穏やかな日で、歩いた方がいい日和だったが、こんな日は洗濯物も多く、時間が間に合わず車で行く。
 
 一人暮らしで、すでに長く、ケアホームに入所されていたお隣のKさんが1月7日に亡くなられたと妹さんから知らされたのは1週間ほど経ってからだった。妹さんといっても私より高齢。千葉から姉の面倒を見てこられた。
 空き家のまま数年過ぎ、市のシニア事業団の人や業者が定期的に庭木や庭、屋根や壁の塗り替えに見えていた。
 
 今日午後、みな高齢な兄妹家族4人(男性3人うち若い方1人)の方が後始末の下見にやってこられ、帰る直前、妹さんが挨拶に見えられた。いずれ、遺品整理の業者にお願いするしかないという。
 30数年前90才を越えて亡くなられた、お祖母様の遺影を持ち帰られた。タクシーを呼び、帰って行かれたのを見送った。
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by ttfuji | 2013-02-13 16:43 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 2月9日(土)
 今日は、郷土史研究会の日。
 今日の講演は、会員の櫻井勇さんによる「真土事件について」でした。
 櫻井さんは伊勢原の文化財協会会長、郷土史家でもあります。

 はじめに、この事件を知るきっかけについて話されました。

 隣市の平塚市真土の真土自治会館の庭に石碑が立っている。その碑には次のような碑文が刻まれている。数年前この碑を知り、興味を持ち、詳しく調べたということです。

 『怨親を越えた人々の碑』
 明治十一年十月二十六日、大住郡新土村に起きた事件は新生日本の、伸び行く過程に生じた大きな悲劇であった。この事件以来、すでに九十年に近い歳月が流れ去った。茲に有志相はかり、事件に関連をもつ諸霊のため供養を行い、恩怨双忘の碑を建て、久遠の平安を祈ったのである。
        昭和四十一年十月二十六日  戸川貞雄  選・書 (写真掲載)

 事件の概要
 被害にあったのは、もと庄屋であり質屋を営む大地主の松木長右衛門の一家。12棟が焼かれ、雇い人を含む6名が殺され、4名が重傷を負わされるという事件。犯人は、長右衛門に農地を質入れしていた農民多数である。

 松木家は元甲州武田家の家臣だったが真土に来て土着した。元来学問があり利殖にも長じていた。長右衛門の代には、豪壮な屋敷に住み大地主になっていた。

 事件の発端
 明治政府は歳入の安定化を図るため、土地の売買を自由化し、従来の年貢方式を改め、地価に応じて一定の比率の現金を地租として納入させることを考えた。そして明治5年2月、田畑の売買の自由を認め、その所有権を明確にするため地券を交付することを布告し、同年7月には、前所有地に対し地券の発行が発令された。真土村では、多くの田畑が長右衛門に質入れされていた。長右衛門はこれらの質地の地券を自己の名義にしたいと考えた。そして半ば強引に質地全部を松木名義で申請することを質入れ主たちに承知させてしまった。
 その後、何人かから地券の請け戻しについて要求されたが、長右衛門は言を左右にしてこれらに応じなかった。怒った何人かの質入れ主たちは、「松木宅へ押し寄せ、長右衛門を叩き殺せ」といきまいたが、証人達の「自分たちが生き証人になるから、お上の手を煩わせて円満に解決しよう」との説得でその場はおさまった。
 経過を書くと長くなるので、略すが、その後、小田原警察の手から県の警保課へ移管され村民の申状は正しく、長右衛門が間違っている」「年季内の分は質入れ主に請け戻すのが至当である」と判決したが、長右衛門は自分の主張を譲らなかった。次に、横浜裁判所民事課へ訴訟を起こしたが、双方相譲らず、長右衛門の言い分が通る形になった。長右衛門は訴訟費用や不払い小作料まで請求してきた。
 全く生活が成り立たなくなった農民たちは闇討ちや焼き討ちの相談が進む。
 そして冒頭に記したような悲劇が起こる。
 逮捕された容疑者は56名にのぼった。そして、県の警保課で取り調べが行われ、嫌疑のないものから順次返された。明治13年5月20日、横浜裁判所は入獄中のもの12名、釈放中のもの14名、計26名の判決を言い渡した。死刑4名、懲役10年、8名、懲役3年、14名。

 減刑、助命嘆願運動
 この事件に対し、近隣の諸村民をはじめ、一般の人々は犯人に同情的だった。判決が出る前から、減刑、助命の嘆願運動が始まった。そのような嘆願が効を奏したのか、判決が出る前に、主だったもの12名を除く全員が釈放された。
 なお、釈放されない12名についても、近隣の村々から引き続き釈放の嘆願が寄せられている。これらの嘆願書をうけた県令野村靖は、明治11年12月、この事件に至った状況を切々と説明した上、民事、刑事ともに内閣において特別な処置をとってほしいと、時の右大臣岩倉具視に上申書を出して訴えている。ついに内閣を動かし、最終的に明治天皇の裁断により死刑囚4名は、明治13年6月1日付で死一等を減じ、終身刑になった。
 松本家についてのその後、同情すべき事態もあった。刑に服した人もさらにその後の減刑があり、生活の支援もあったようである。

 この原稿は、講師櫻井勇さんのレジュメを一部省略しまとめたものです。

 それにしても、金持の強欲と非情に呆れもしたが、討ち入りを果たした小作人達への同情が忠臣蔵を思わせる。



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by ttfuji | 2013-02-11 15:03 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)
 2月8日(金)
 今日は、体操のない金曜日。先週、体操の仲間のSさんから、来週また3人で卓球しにこない?と、誘われた。Sさんの家の近くの自治会会館で卓球ができ、以前も誘われて練習したことがある。このことは昨年の7月15日のブログに書いている。
30年の間隔で3度目という感じだ。まさか2度とすることはないと思っていた。サーブも決まらず返球もできずダメだと思っていたら、少しずつラリーの応酬ができるようになった。相手が素直な珠を返してくれるからだが。
 昔やったことがあればそのうち勘は戻ってくるわよと励まされた。
 さて、一緒に行ったFさんが、私と交代で始めて少し経って、珠を追いかけているときに、転倒した。コツンという大きな音。みんな駆け寄り、手を触れようとすると、痛いと叫ぶ。体を起こすこともできない。腰を打ったらしい。Sさんが家に飛んで帰り、パテックスを持ってきた。貼るのは少々大変だったが,Sさんは手際が良い。Fさんもご迷惑をかけて、と申しわけありません、どうぞ練習して下さいと、私たちに卓球の続行を勧める。
 Fさんは腰に当てものをし、そのままの姿勢で我慢していた。なじみの整形外科は、午後は3時過ぎてないと開かない。暫くすると貼り薬が効いてきたのか、支えられて椅子に腰掛けられた。卓球は15分交替で3人でやった。調子に乗ってくると、体操よりこちらの方が楽しいと思った。
 1時から3時まで卓球をやり、持参のお菓子でお茶にするつもりでいたら、Sさんは家にお茶の用意ができている、寄って!、と誘ってくれる。前回も大歓待をうけ、いろいろご馳走になったので、迷惑をおかけしてはと会場で休憩するつもりだったのに、遠慮しないで、と強くいわれ、お邪魔することにした。
 Sさんは私たちの中で最も年齢も若く快活な人である。家事も料理も庭仕事も手芸も何でもマメで手際いい。玄関も室内も飾り物が賑やかだがセンスが良いのでごたごたした感じはしない。楽しい感じだ。
 お茶やお菓子、ケーキまで用意されていた。大きな焼き芋も石油ストーブの上で焼き上げられていた。手製の漬物数種。金柑やらっきょうまで漬けており賞味させて頂いた。私は、3人のかたに少しずつだが花豆の甘煮を持参。ポテトサラダも一緒に召し上がっていただくつもりで持参した。どちらも好評だった。
 漬物は3人分包まれて冷蔵庫に用意されていた。
 アボカド好き?と聞かれ3人とも好きよと答えると、用意されている食材で、アボカド丼(ご飯なし)を小鉢にあっという間に作ってくれた。具は、アボカド、ホタテ、サーモン。あればマグロ、イカなどを、瓶詰めのエノキダケで和えるだけだが、とてもおいしかった。  わが家はマグロとアボカドのわさび醤油和えの漬け丼はよく作るが、エノキのビン詰めは使わなかった。エノキの佃煮と生わかめの和え物はたまに作る。
 他所のお宅を訪問すると料理のヒントが頂ける。
 暫くおしゃべりをし、ケーキや焼き芋、お漬物は頂いて帰る。Fさんも腰の痛みはあるものの、楽しい時間を持てたようだ。Fさんに帰りに整形外科に送って頂いて良いですかと言われ、ご主人に電話で、保険証とお薬手帳を外科医院まで届けてほしいと頼んでいた。外科は駅前で帰る途中にある。Oさんが車の乗り降りを手伝ったがそのあとはそろそろ一人で歩いて玄関に入って行った。

 夜、電話があり、腰は打撲で骨折はしてない、入浴もOKといわれたそうで、丁寧なお礼を言われた。
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by ttfuji | 2013-02-09 19:30 | 太極拳・スイミング・体操 | Comments(0)