私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

<   2013年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

 6月25日(水)
 夫の誕生日。私も、お赤飯と煮しめ焼き魚などの心つもりはあったが口に出して言わなかった。昼前、体操に出かける時に、本人が、お寿司をとる、おごるよ、というので「そう、わるいですね」とあっさり答えた。体操に行き、帰りに冷えたビールも多めに買ってきた。それだけというわけにいかず、一応、お赤飯、茶碗蒸し、煮物、シシャモみりん干し、お吸い物を用意した。
 考えてみると、お赤飯は、特に夫の好物ではない。煮物など日常的なおかずも食卓の一品にはなるが、ありきたりで物足りないだろうと判断しお寿司に救われた感じだった。作ったものは一応並べた。
 お赤飯は、翌日の昼に食べ、残りは冷凍にした。
 Yさんが、スイミングの帰りにシソの葉を届けてくださった時、お赤飯のことを話すと、うちでも昨日炊いたわ、この頃、日常的に炊いている、という。今や、お赤飯はお祝い事で食べるだけでなくいつも簡単に作って食べているしスーパーやコンビニでも売っている。若い人でもいれば料理に張り切るのに、と思った。
 6月26日(木)
 脊柱間狭窄症の手術をされたOさんのご主人が退院なさったという。耐えられない痛みに苦しんで、決断した手術だった。経過は順調で2日後にはリハビリが始まった。痛みも嘘のように軽くなったという。ご主人の病状に、体調を崩すほどストレスを抱えていたOさんにとってもよかったと思う。体操も休みっぱなしだった。3週間の入院だった。退院と決まって、おめでとうと言ったら、病院にいてくれたほうが安心、家で転んだりしたらどうしようかと思うと不安になる、と言った。
 夕方、ご心配頂きお世話になりましたとマロングラッセの菓子折りを持って見えた。なんのお世話もしてないのに。ウチで入院や手術の時はこちらがお世話になるのだからお互いさまなのにと辞退したが気持ちだからといわれ頂いた。
 6月28日(金)
 妹の病院付き添い。今日からJさんの付き添いはない。デイサービスの日になった。Jさんは数日前、腰の痛みで立ち上がれなくなり、救急車で病院に運ばれたという。自宅に帰ったが、明日は、息子2人に付き添われて検査に行くという。 
 M子は、内科、整形外科、皮膚科にかかるから時間はかかるという。家からタクシーを呼んで、一人で病院へ来た。車椅子で、病院内を移動。私が病院へ着いたのは、整形外科が済んで内科に呼ばれる前。最後の皮膚科は結構待たされた。すべてが終わり、会計に呼ばれ支払いを済ませると処方箋をもって調剤薬局へ。以前はJさんが、自分の仕事としていたが、最近は私の仕事となった。片道5分ほどだが、真夏はつらい。 以前は、M子も一緒に薬局まで歩き、タクシーで自宅まで帰ってきたが今はそれは無理。
 昨日は薄曇りで気温もそれほど高くなく助かった。
 いつも一時間近く待つ薬局だが昨日は40分。病院へ帰ると、シャトルバスが目の前で出発した。この日は、間が悪く、行きに新百合ヶ丘駅前から発車するシャトルバスが電車が到着すると同時に出てしまい20分待った。いろいろあったが兎に角1時半ごろ帰宅し、買っていったお弁当を食べる。姉妹だから身内の話題が多い。みんな、老齢問題を抱えている。Jさんは5時頃デイサーブスから帰ってくると言われたが、その前にお暇した。
 帰りに伊勢原に着いた時も、1時間に一本しかわが家の近くを通らないバスが出た後だった。間が悪い時は続くもの。仕方なく久しぶりにヨーカドーで買い物。 リュックで来たので、重い買い物もできた。
 6月29日(土)
 今日は、国立の義兄の7回忌。私も出席するつもりでいたが、夫は、M子ちゃんのところへ行く翌日だろ。疲れているだろうから無理しなくてもいいよ、と言ってくれた。というより、一人のほうが気が楽ということだ。お墓のある谷中も坂が多いという。
 実は、数日前から、左膝に違和感がある。階段を上がるときびりっと来る。片足で庇って上がることがある。近くまた整形外科に通うことになるかも知れない。
 夫は10時頃出かけていったが、あまり体調がよくないと言っていた。飲食に気をつけてくれればと思う。法事のあとのお食事で、身内の気安さからつい飲み過ぎることがある。腸が弱いのだから自重してといいたいが、何も言わない。
 午後、ノジマへパソコンを持って出かけた。疑問点を幾つか書き出して。ところが、購入時に担当した女性販売員は少し当惑気味。電話サポーターに相談しましたか、と聞く。電話では、うまく説明できないというと、画面を見ながらの応答だから、心配いりません。私より詳しいですから、という。ご迷惑でしたか、来店でもいいと書かれていましたから、というと、いえ、迷惑と言うことは決してありません。でも分からない場合もあるので、という。簡単な、幾つかの事は、教えて頂いた。スムージーにこっている夫が、ミルミキサーガ毀れたというので買い、一回り大きい携帯ポットも買って、電話で相談しますと言って帰ってきた。
 夫も早めに帰り、疲れたと言って、自室に引き揚げた。夜の食べるもののことを聞くと、何もいらないと素っ気なかったが、2時間ほどして、おそばはいかがと聞くとそれでいい、という返事だった。お腹が空けば何か食べずにはいられない。カボチャや野菜の煮物など用意したものを食べてくれた。
 6月30日(日) 
 今日で半年が終わる。全く光陰矢の如しである。
 日曜日でもあり、どこにも出かけず。パソコンや読書、テレビのスポーツ観戦などで過ごす。
 
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by ttfuji | 2013-06-30 20:22 | 家族・身内・私 | Comments(1)

書かずにはいられない

 我慢も限度、ということもある。6月下旬のある日、夫専用になっているスムージー用のミル・ミキサーの容器部分にひびが入り使えなくなった。大分使った後だから寿命かもしれないと思ったが、物置に入っていたミキサー、捨てなければよかったのに、といったのが言い合いの口火となった。あんなもの使えるか、古いし重いし。というミキサーは、土台のどっしりした少し大ぶりな調理器だった。あなたは、なんでも捨てるのが好きだから。物置のものを捨てて、挙げ句の果てに、しっかりしたイナバの物置まで解体してしまった。夫は「あの物置に何が入っているのか知っているのか」という。知ってますよ、漬物のおけとか、重石とか鉄鍋とか調理器具や雑貨類、灯油の容器とかポンプなど、一時片付けのものも入れておいた。夫は時々開けては、苦々しく思っていたらしい。使わなくなった調理器や白菜漬けの桶などなぜ処分しないのかと詰め寄る。(手のついた樹脂性のもの、カーリングのストーンのような白菜漬けの重石だ。これから、漬物する気があるのか、いつ使う?、と続けざまにいう。 
 今更、漬物をつける気はない。本来、夫は漬物にあまり興味を示さない方だが、若い頃の私は自分や子どものために白菜漬けやぬか漬け、梅酒造りなど励んだ。
 しかし、老後になっては折角漬けても、持て余し、漬けることもなくなった。夫は、使いもしない容器や調理道具は、無用の長物、とばかりにさっさと捨てた。いずれそうなると分かっていても物置に入れといて何が悪い、というのが私の考えであり、ものを捨てきれない性分だ。
 ある日、夫は、物置があるから不要品が溜まる、と結論づけ、工具でしっかりした物置を叩きつぶしてしまった。一度は、止めにかかったが、押さえられない。何日か、かけて幾つかの束にし、環境美化センターに電話した。壊さないまま引き取ってもらえばよかったのに、というと、家の前まで持ち出せないという。
 園芸用の土や肥料、工具など入れておく、大分草臥れているスライド式の塩ビ製品の物置もある。どちらかといえばこちらの方を分解して欲しかった。
 夫の断舎利はさらに続き、木彫の収納型テレビ台も出してしまった。これは厚型のアナログテレビが収納されたもので下部にガラスの戸、片側に縦に3段の引き出し、上部に、ビデオデッキなどの周辺機器がおさまっていた。夫は、この中に薄型テレビは入らないし、いかにも廃物利用のようでみっともないという。私は、テレビはこの上に置き、テレビのあった場所に本立てや段を付けて収納にしたらいい、といったが、聞き入れられなかった。いいものだから、絶対、欲しいと言う人もいると思ったが、探している余裕もない。
 物置論争のあと、夫は、今度は冷蔵庫の中まで及んだ。アンタ、冷蔵庫の奥に、梅酒の梅がもう5年も入っているの知ってるか、4年です、と言い返したがそういう問題ではない。何かに使うのか、という。ジャムにするとか煮るとかするのか、と怒りの声で言う。たまに食べてますよ。とってもおいしいし傷むものではないから保存しておいてもいいでしょう。と言い返したが、何でもかんでも、とっておく、といい、何でもかんでも勝手に捨てる、と私は反論する。佃煮や煮物など、日をおかず火を通している。煮物の汁など、多すぎたと思えば、材料を入れる前に、小瓶や容器にとっておく。そんなものが、目につけば捨てられる。
 夫は、俺は料理がすることは嫌いでない。むしろ好きだというが、すべてネットからのレシピだ。料理好きは結構だし、私も出かけられるので助かるが、それだけに、冷蔵庫の隅々までチェックされる。これが嫌で堪らない。まるで、しゅうとのようだ。
 男は、もう少しおおらかでいて欲しい、と言ったら、女はもう少し素直で従順でいて欲しいと言われた。一生続く悩みである。
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by ttfuji | 2013-06-29 23:50 | 非公開ブログ | Comments(2)

母のアルバムから

 5月26日に母の7回忌法要をした。終了後、帰りに兄の家(実家)に寄った。
 兄が、母が折に触れ眺めていたであろうアルバムを出してきて、みんなの写真があるから、欲しい写真があったら抜いていっていいと言った。
 裏には、期日や場所、だれが写っているか書き込まれている。それぞれ息子や娘たちが、子や孫の写真を送ったものや、この家を訪ねたときに撮した写真もある。
 わが家へ来たときの写真は、喜寿の時だった。わが家でお祝いをしようとの夫の提案で、在京の家族も呼んだ。
 田中家は夫婦と息子二人、次弟、雄二は夫婦と娘二人。その頃横浜に住んでいた三弟、健一も夫婦と三人の息子。わが家の長女もまだ学生だった。賑やかなあの頃が懐かしい。



 
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 上2枚の写真は、平成元年(1989年)3月12日のもの。
 雅子(4人)雄二(4人)健一(5人)当家(3人)母。計17名、母、喜寿の祝いに我が家に集う、と手帳に記されている。4時~10時祝宴

 下の写真は私と礼子と従弟たち。部屋をつなげて真ん中から写したもの。

 母の米寿の折は、私たち三姉妹が伊香保温泉に招待した。「さつき亭」に、旧友がお茶の先生をしており、その縁で泊まった。翌日、陽子が、星野富弘美術館に連れて行ってくれた。その時の写真もあった。
(2000年6月27日~28日) 2000年7月13日、母88歳になる。

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                    陽子宅で 伊香保に向かう前      
    雅子・母・陽子             母と敏子

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       富弘美術館前         母・雅子・敏子


 父の写真もあった。スキャンして載せたいと思う。この頃は身内がたまに覗いてくれるので、懐かしいと感じてくれると思う。
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by ttfuji | 2013-06-27 19:06 | 家族・身内・私 | Comments(0)

今年もシソ味噌作る

 一昨日、Yさんから大量の青紫蘇を頂いた。庭で育ったのを根元から切り取ったのが一抱えもある。届けて下さり、玄関先で、要る?と聞かれ、わ、すごい量。もちろん、欲しいわと答えた。
 毎年、シソ味噌はどんどん作っても、友人、知人、親戚、姉妹など皆さんに喜こんでいただけるので、すぐなくなる。Yさんからの供給がなくなると、近くのスーパーで買う。
 Yさんにも、(お礼に)作ってお届けするわ、というと家でも作るし、去年作ったのもあるから、と言われた。

 その日午後から、早速作業にかかった。一枚一枚を枝から摘みとり、ざるに入れる。新鮮でやわらかくシソの香りが立つ。虫などいないが、一応洗い桶と流し水でよく洗い、ざるに入れて水気をきる。10枚ずつくらいを揃え縦に2センチほどに切り横にも1センチ位に刻む。細かいほうが箸に絡まらなくていい。
 厚手の鍋を熱し、ごま油大匙1ほど入れ、火を弱めて刻んだシソを入れ押し付けるようにしてから上下を返し、炒めていく。そこに、三温糖400グラムほど、お味噌600グラム程を入れて混ぜると砂糖が溶けてドロドロになる。弱火で時々混ぜながら煮詰めていく。かなり甘い。好みによるが、もう少しお味噌を入れてもいいかもしてない。完全に煮詰めないうちに火を止める。鰹節、ゴマなど混ぜ込むこともある。
 さし上げるとき、味は好みで直して、と伝える。そのまま、ご飯のおかずにもなるし、焼きナス、豆腐、魚、肉にも合う。

 今日、スイミングでYさんに会い、シソ味噌作ったことを伝えた。Yさんが、スイミングの帰りに寄り、スイミングの友達から、シソを頂いた、使い切れないので、よかったら使って、と言われた。大きな袋にいっぱいある。半分いただいた。待って、と昨日作ったのを差し上げようとしたら、あるからいい、と断られた。まだ作っていないようなので他家のものも、少しだけ上げようとしたのだが、不要だったようだ。
 Yさんもシソを下さった友達にシソ味噌を作って届け、喜ばれているとのことだった。昨年、その話を聞いている。
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by ttfuji | 2013-06-26 15:51 | 青シソ・ゴーヤ | Comments(0)

スムージー

 夫が毎日自分で作って飲んでいるスムージー。果物や野菜7~8種類をミルサーで作る。もう何か月かになる。大動脈瘤があり、それを気にして始めたようだ。
 リンゴ、バナナ、キウイが果物の定番。野菜は小松菜、キュウリ、トマト、玉ねぎなど。ニンジンはなぜかあまり使わない。小松菜がない時はほうれん草も使う。腎臓結石によくないと思われる、蓚酸が含まれるというと、しばらく使用しなかったが、時々新鮮なものがあると使う。この頃は、モロヘーヤやオクラなども使っている。
 ネットで検索し良いと書かれているものは何でも試しているのだ。なぜかキャベツや白菜は使わない。ネットでキャベツはよくないと書いてあったという。腑に落ちない。
 はちみつとレモン(ポッカレモンでも可)も買っておくようにいわれる。リンゴやバナナ、キウイの糖分で充分ではないのという私の意見は面白くない。青物も使うので飲みやすくするためはちみつやレモンが必要という。
 はっきり言って、この材料を毎日欠かさないよう整えるのも大変だ。ないものは、白板に書いている。今日はもう買い物に行かないというと自分で行くこともあるが、あまりにネットとスムージー信仰が強いので疲れる。

 去年、私が作ったゴーヤのジュース(蜂蜜とレモン、氷入り)をのみ、意外とおいしいでしょ、と聞くと、体によさそうな味だね、と言ってた頃がなつかしい。 
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by ttfuji | 2013-06-25 10:43 | 家族・身内・私 | Comments(0)

日記 梅雨模様

 6月19日(水)
 梅雨空だが午前中は降らず。午前中スイミング。帰りに近くのスーパーで買い物。
 九州や広島は台風の影響で大雨というが、当地は昼頃から予報通りに降り出す。
 改めて昨日までの伊豆旅行が好天に恵まれた幸運を思う。
 6月20日(木)
 図書館行きの日。雨はぱらついたが傘をさすほどではない。3冊返し4冊借りてくる。帰りに農協直売所で野菜やジャム用の小粒で安いイチゴを買って帰り夕食後ジャムを作る。
 6月21日(金)
 時々小雨。梅雨入り以来、空梅雨だったが今になって梅雨入りした感じ。今日の体操は、30分遅れの午後2時から。先生の午前の体操教室で、納涼食事会があるので、遅らせてほしいと先週言われた。
 今日は蒸し暑い日で大分汗をかいた。絶えず水分補給を呼びかけられた。帰りは、とうきゅうで買い物し、ついでに近くの伊勢原書店に読書会の課題本『永遠の0』を受け取りに行く。
 6月22日(土)
 久しぶりに晴れた。室内干しになっていた洗濯物を外に干し大きいものを洗う。
今日は、一日新聞のまとめ読みや読書。夫は、冷蔵庫の下や、台所の拭き掃除、ワックスがけなど精を出していたが手伝わず。前日、一悶着あり、その気になれず。
 6月23日(日)
 昨日に続き晴。ただし晴天とはいかず薄雲あり。今日もぐうたらに過ごす。おかげで読書はできた。
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by ttfuji | 2013-06-23 21:27 | 家族・身内・私 | Comments(2)

伊豆小旅行

 伊豆旅行、今年も誘って頂きました。今回は、Sさんご夫婦とTさんと私。ベンツでの送迎、という贅沢でゆったりした小旅行でした。
 決して贅沢なご夫婦ではなく至って堅実、定年後、趣味のゴルフを続けたいと、ゴルフ場で週何日か働き、合間に広い畑で野菜作り、一度はベンツに乗ってみたいというご主人の長年の願いを、妻が理解したのだそうです。Sさんの親友ご夫妻も現地で合流でした。

 そもそもは、SさんとTさんが、コーラスとテニスでの仲間。偶然、Tさんの息子さんとSさんのご主人が休日のテニスの仲間で、殆ど年齢も近いということでした。今は、4人ともテニスはやめていますが、20年以上の付き合いだそうです。
 Tさんと私も30年ほどの付き合いになります。教員を退職後、同じく教員だった夫の死後、新潟、長岡から、こちらに住む息子さんと同居するため、家を建て替え、息子家族に頼らない自立の生活をはじめました。まだ、60才前だったそうです。
 公民館の講座や歴史同好会、古典の会(万葉集や古事記)の受講。などで親しくなって国内外の旅行も一緒に行く旅仲間にもなりました。
 今年卒寿のTさん、喜寿の私、歳は一回りも上ですが、好奇心も向学心も旺盛。絵画も書道もサークルで習い、各種の展覧会に出展されています。何年か前からは、図書館や郷土史会などへは、私の車で行くので喜ばれています。この経緯は何度も書いていますが。

 Sさん夫婦は温泉好きで、暇ができると伊豆の温泉に行かれ、Tさんは、何年も前からもう一人別な友人を誘ってご一緒していました。その人が行かなくなり、Tさんの友人ということで私とNさんが誘われることになったのです。前回は、私が夫の体調不良で参加せず、今回は,Nさんが休めないお稽古があり私の参加となりました。車も宿も4人の方が好都合のようです。

 宿は、昭和を代表する某大俳優の別荘だったものを、何人かの人の手を経て、今は某企業の保養所兼研修所になっています。勿論、社員でなければ利用できません。完全予約制、2組しかとらないそうですが予約待ちだそうです。

 料理人は、腕は勿論ですが夫婦で住み込みということで厳選されるそうです。料理は、料理人が素材を吟味して取り寄せ、または現地調達するそうです。
 宿は広々と、清潔で落ち着いて別荘の佇まいを残し、温泉も一晩中入れます。
 宿泊料も安く、そのままの金額でいいというのを、私たち二人は、交通費分上乗せして丁度の金額を払っています。

 現地合流のご夫婦とは、旧知のように親しくなり話も合い、楽しいひとときを過ごすことができました。TさんとNさん、私以外は、それぞれリタイア後の自由のきく仕事を持っています。
 夕食中と夕食後、外国へ行ったときの話で盛り上がりました。私が、トルコ旅行で、
本当かしらと疑問に思っている話(年頃の娘のいる家は屋根にビンを立てると、仲人のように世話する人がきて相手の婿さんの話を持ってくる、しかし、女性が気に入らなければ、紅茶に砂糖を入れないという話)をしたところ、本当のようですよ、私も話を聞いたし、実際屋根の上に立っているビンを見ました、と確証をして下さいました。

 10時頃、部屋に引き取りました。温泉は食前に入ったので明朝に入ることにし、テレビを見ながら早めに床につきました。

 翌日、早朝の入浴後、8時から朝食。10時に宿をでました。以前も行ったことがあるという、城ヶ崎の「伊豆四季の花公園」へあじさいを見に連れて行って下さいました。
 ここの「あじさい苑」は原種230以上で日本一だそうです。1時間近い散策でした。苑内から城ヶ崎の海が一望されました。伊豆七島もはるかに見えるはずでしたが、梅雨季のため見えませんでした。それにしても、天気は上々で、さすが晴女のSさんです。一度も雨に会ったことはありません。ご主人は、あじさい苑にはいらず、店の前に並んだ椅子で待っていました。みんなで苺のソフトクリームを頂きました。とてもおいしかった。
 帰路、回転寿司のおいしいところに寄る予定でしたが、火曜日が休日らしく閉まっていました。お腹もそれ程空いてなく、遅い昼食は熱海の『多賀』というおそば屋さんでとりました。
 命の洗濯のできた伊豆旅行でした。Sさんご夫妻,Tさんに感謝です。

    宿の玄関とブーゲンベリアが咲き誇る庭

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  朝食風景

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 四季の花公園内にある「あじさい苑」と一望できる城ヶ崎の海  
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   あじさいの原種 2種 
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by ttfuji | 2013-06-20 15:03 | | Comments(2)
 6月14日(金)
 午後から体操。今日は千津自治会館。会員が増えて28人になり中央公民館に比べると狭いのでやりにくい。先生は、クラスを2つに分けたらどうかと言われるが、そうなると役員も場所取りも曜日の選定も誰が引き受けるか、何もかも大変である。無制限に会員を増やすのも問題との声もあるが、難しい問題である。時々やめてもいい、と思ってしまう。
 6月15日(土)
 昨日電話予約しておいた美容院へヘアダイをしていただきに行く。出かけることが続くので、髪が伸びてべったりし、白髪が目立ってきたのでさっぱり整えて出かけたい。
 午後は、先日行った郷土史のバス旅行の原稿を「いせばら」編集の担当者,Tさんに催促されたので、ブログの記録をもとに、加筆訂正し、メール添付で送った。会報の原稿は会長より記事を書くように言われており、引き受けていた。
 今月中でいいと思っていたが、担当者は、できた人から早めに出してほしいとのことだった。ぎりぎりになって集中して集まると編集が間に合わないと言われる。私は、いつも早目である。
 6月16日(日)
 午前中、パソコンのメールを開くと、メッセージが表示されていない、だけでなく、新着メッセージをチェックしています。メッセージをダウンロード中の警告があり、数字のカウントが始まった。1000の桁から始まり、あっという間に万、10万の桁に増えていく。いくつまで行くか分からず怖くなり、中止した。閉じようとすると、2つの機能が競合して(邪魔しあっている?)という意味合いの警告もでる。XPと8を臨機応変に使っているため、不具合が生じたと思われる。写真加工がXPでないとできず、ブログに写真を載せるときはXPで書いている。どちらで書いても同じに表記されるので、好都合に思っていた。がそうではなかったらしい。
 
 送付した原稿がついているか気になったが、メールで問い合わせず、電話した所、まだ開いてないが、と言いメールを開き、届いているのを確認して下さった。ほっとした。

 午後は、ミニサロンがあった。骨粗鬆症の検査があったが、数値は思ったより悪かった。

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 明日、明後日はお誘いを受けて伊豆に行く。パソコンのことを解決していきたいが、このまま、出かけることにする。
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by ttfuji | 2013-06-16 21:22 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 台風のおかげか、漸くお湿り程度の雨に恵まれた。庭のアジサイも精気を取り戻して、色鮮やかだ。このあと雨が続く予報もある。昨日は、午前中、スイミング。午後は読書会があった。
 今日の課題本は、岸恵子さんの『わりなき恋』。前回、本の選定のとき、Sさんの希望でこの本に決まった。みな著者と同年代、またはそれに近い年代なので、読んでみようということになった。
 昨日は、私の当番、お茶はめいめい持参でお茶菓子だけを買っていった。たった4人なので、家にあるお菓子何種類かを一つずつ持っていっても用は足りる。しかし、この日は生憎適当なものがなく、スイミングの帰りにスーパーで買っていった。Tさんから、クルミゆべしの差し入れがあった。
 <物語の概略>
 伊奈笙子と九鬼兼太は、パリ行きの、飛行機のファーストクラスの席で隣り合った。彼女は、国際的舞台で活躍するドキュメンタリー作家である。マルチィタレントなどと呼ばれることを忌み嫌うある種の矜持を持っている。一方、九鬼兼太も国際的に仕事に奔走する大会社副社長。笙子69才、兼太57才。二人の出会いから親交を深める迄を赤裸々に描く。  タイトルは、古今和歌集で詠まれた一節にもあるように「理屈や分別を超えて、どうしようもない恋」を意味する。

 Sさん 
 自分が関心を持っていることとは違う本を推薦した気がする。「いきいき」という雑誌にインタービュー記事が載っている。記者は懸命にモデル探しをしたという。
 岸さんは、登場人物は、作者が作った人物。九鬼兼太は私の創造した人物。国際的に活躍する冷静沈着で行動的、じっくり人生設計立てて前進するタイプ。笙子は、熟慮しないで行動するタイプ。
 作者は、人生の終焉にむかうこの時期に華やぎがあっていい、最後の華やぎは男女の間であってもいい、と考えた。果たして作者と笙子、どの程度重なるか、笙子が老齢の身に起きたことで病院へ行く。これは同じ悩みを持つ人への読者サービスではないかと思う。
 岸さんの小説の中の笙子も、華やかな生活を送りながら、さびしい人、家族に恵まれない。夫も岸自身も一人っ子、しかも一人娘の結婚相手も外国人で交流も深くない。九鬼は5人のこどもを持ち、妻に任せっぱなし。孫もいる。笙子は、九鬼のように大勢の家族がいる人が羨ましく憧れている。
 しかし、この人の世の中に対する目はきちっとしている。はじめ、九鬼の奥さんを普通の主婦として書きたかったが、幻冬舎の見城さんに反対され削られた。
 Nさん 
 私の考えている高齢者の性とは違う。文章の中では、飛行機事故で夫はなくなるが、岸さんは、離婚。娘がいるのに考えられない。題名の付け方、納得できる。最後の方で、東北大震災にあった姉妹や身内のところへ行ったままの妻を、自分で帰ってくるべきだと、なじる場面があるが、違和感がある。救援物資に化粧品を送ることなど、女優であり、女性の気持ちを考えられる点、素晴らしい。
 Tさん
 同年齢なので、岸さんのことはよく知っている。「君の名は」や真知子巻き、イブ・シャンピ監督との結婚で渡仏。人によって嫌う人もいる。結婚も悪くいわれた。しかし、向こうへ行って苦労しているし、勉強もし、成長したと思う。何冊も本を書いているというが、この本は恋愛小説として読んだ。離婚して自由になった。笙子と九鬼とは不倫。私がその立場だったら・・と考えた。
 笙子は最後には九鬼を奥さんに返そうと、別れを決意し、よかったと思う。外国の地名や単語、わかりにくく2度読んだ。
 Fさん 
 岸さんに毛嫌いもない。きれいだし人気もある。モデルに似ているとどうしても重ねてしまう。80%位は自分の気持を書いていると思う。
 しかし、どんな個性の人でも書ける才能もあると思う。状況を表現、心理描写もうまい。主張し、相手をなじる場面などついていけない。
 仕事、思想、信念、世界のことをよく把握している。どこで戦争が起こっているか、何が原因か。 
 私の友人にも、心に華やかさのある人がいる。この友人は、この本を読み、いい本だ、もう一度読みたいといった。
 よくぞ、老齢者の恋をここまで書いたと思う。九鬼はよく作りすぎている。ウソっぽい。複数の女性関係のある(あった)九鬼に嫉妬しすぎる。 
 Sさん 
 嫉妬は、年齢に関係ないと思う。男女の年齢差も逆でもあり得る。何かのきっかけ、ある時、ドラマチックに運命的に変わることもあるだろう。別れた夫も、レジスタンスの闘士だったかも知れない。

 話題は、それから、作者と主人公とが同一人物になったような方向に進み、多岐に亘った。
 Sさんが、今一番、関心のある問題は、憲法問題、DVの問題、慰安婦問題、ヘイトスピーチという憎悪の問題(新大久保の韓国人街、で毎週繰り返されるデモ。出て行け 死ねの合唱)という。あれは許せない。日本人としてはずかしい。

 読みたい本の話になった。
 上がったのは、
 海賊とよばれた男  百田尚樹
 永遠のO          〃
 格闘するものにO   三浦しをん
 仏果を得ず         〃
 阪急電車    有川浩
 助けてとはいえない(ホームレスの青年にインタビューしたもの) 作者?
 かのこ繚乱  ?
 
 当市で起こったストーカー事件についても話題になった。

 人数は少ないが、話し合いやお喋りは大事なこと。一人暮らしの人は、声が出なくなると聞く。元気をふりしぼって出てきましょうと声を掛け合う。
   
 

 ついでに5月から6月初旬までに読んだ本の題名だけ記録します。
 利休にたずねよ  山本兼一  PHP
 海馬(トド)  吉村昭  新潮文庫
 見えない橋  吉村昭  文芸春秋
 レイクサイド  東野圭吾  文春文庫
 海賊とよばれた男 上下 百田尚樹
 わりなき恋  岸恵子  幻冬舎  
 
 上記のうち、何冊かの書評・感想は折を見て書きたいと思います。
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by ttfuji | 2013-06-13 15:56 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)
 6月8日(土)、会場は中央公民館がとれず、シティープラザで行われた。

 講師は、高校の教師を退職のあと、小田原古文書の会で指導されている、荒井章次先生。

 古文書のコピーを15枚ほど。全く読めないが、読み下し文の箇所もあり先生の解説もあって理解できた。

 史料1 象の旅 旅程表 参照 石坂昌三著 「長崎から江戸へ」
 史料2 享保14年「稲生下野守より道中宿々へ御触」 他
 史料3 「御用象御賄諸入用小帳」
 史料4 「象洞売弘願之儀申上候書付」 

 将軍、徳川吉宗の「象が見たい」のひと言から始まった。長崎の役人に外国から象を連れてくるように手配させる。
 
 享保13年(1728年) 6月13日 牡牝2頭 長崎着、しかし9月11日 牝象死。
 享保14年 長崎発 象は非常に神経質な動物で環境の激変や船旅などに弱く、健康を取り戻すのに9か月かかった。道中の整備にも万全の準備も必要だった。道中、牛馬、犬猫も姿を見せないように注意。草食なので道道に草を用意、草のほか、筍、餡なしのお饅頭(7・80個)などもあたえたらしい。
 京都では、天皇に拝謁するため、象に官位を与え「広南従四位白象」と名づけられた。広南はベトナムとのこと。滑稽と思えるが本当の話。
 5月17日、箱根峠でダウン。お付きの者も象に万一のことがあったら、切腹ものという。箱根関所には詳しい記録がある。
 21日、象歩き出し、小田原泊り。
 5月25日、江戸浜御殿着。約354里(1400Km)(74日)の旅であった。

 実際に、将軍吉宗が見たのは、そう度々ではなかったらしい。財政逼迫で改革をおこなった将軍としては、大きな浪費ではなかったか。飼料も半端ではない。やがて民間に払い下げられ、フンは丸薬として利用されたという。信じがたい話だが、何かに利用されたのだろう。
 象は寛保2年(1742年)21才で死去する。かわいそうな一生だった気がする。
 
 しかし、面白い内容の話だった。

 
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by ttfuji | 2013-06-09 21:54 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)