私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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3月去る 桜咲く

 目覚めて雨戸を開けると、ぱっと明るい光が広がった。久しぶりの晴天だ。それに暖かい。
行きつ戻りつの季節の移ろいだったが、これで本当の春になった。
 
 桜もいっぺんに花開くだろう。昨日の日曜日でお花見を計画していた人も多かっただろうが昨日は生憎の雨だった。まだ5分咲き位ということだから、本格的お花見はこれからだろう。
 この年になっても、さくらは心を浮き立たせる。年年歳歳花相似たり、だが今年も桜行脚に出かけよう。ちょっと外へ出れば、家の近くでも花はいくらでも楽しめる。
 肩の痛重さはあるが、花見で気晴らししたい。
 写真も沢山撮って載せたい。

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by ttfuji | 2014-03-31 22:33 | 自然・花・景色・庭 | Comments(0)
 3月27日(木)
 小雨。午前中、図書館と整形外科行きが予定されていた。昼から夫が車を使う。時間があったら、警察署に免許証を受け取りに行こうと思っていた。
 図書館では、3冊返却してから4冊を選んでカウンターに持っていき、カードを出すと、こんちゅーたに差し込み、リクエスト本が2冊届いているというので、2冊は借りるのを取りやめた。この頃は、2週間に4冊が限度となっている。
 買い物があると言うTさんを駅前に送り、警察署に向かった。駐車場が少なく暫く空くのを待ってから車を入れた。なるべく車で来ないようにと注意書きにあったが、バスや徒歩では不便なところにある。
 整形外科でも、駐車場が満杯だった。入り口と出口が違うので2回りして待ったが入ってくる車の方が多く、外の道路で10分ほど待った。先に脇道に車を止めて、受付を済ませておいたので、順番が来るまでが短縮できた。それでも小1時間は待たされた。家に整形医院が混んでいるので、帰宅が12時を回るかもしてないと電話しておいた。
 先生に、先週頂いた痛み止め飲み薬は4日飲んだが薬服用中は気分が悪かったし鎮痛の効果も感じられず、服用をやめたと伝えた。これからは、リハビリと隔週のヒアルロン酸注射になった。
 3月28日(金)
 天気も良く温かい日になった。午後から体操。会場は千津会館。今日はOさんは休み。
 前半のストレッチやリズム、いきいき体操の後、フォークダンスも練習した。肩の痛みがひどい時は、腕に負担のかかる運動は出来なかったが、この頃は、左腕がだいぶ上がったり動くようになったので痛みはあるが、かばってばかりいては固まったり動かなくなるといわれる。常に動かすように心がけているのでフォークダンスも参加している。
 3月29日(土)
 自治会、新旧班長・理事事務引継ぎ。預かり物品、防災ヘルメット、回覧板や事務用品、ファイルやケース、過去の回覧文書、会費徴収ノート、班長ノート、ほか。伝言や申し送り事項をパソコンで打って渡す。この班は、高齢者が多く、回覧順が石段や階段が多い家へ回すのは辛いと、要望が出ていたため、その点も伝える。庭木の切ったのを可燃ゴミとして出すときは、生ごみや一般ごみから、少し離して置き、ネットはかぶせない。など注意事項の回覧も次期班長に依頼する。これで、すべて役目は終わった。たかが班長、されど班長、いろいろのことがあったので、ほっとしている。
 3月30日(日)
 雨。今日はある団体のお花見が予定されていたが中止になった。一応お誘いを受けたが、御弁当持参、敷物も持参、駅北口10時集合ということだったが、荷物が多いし肩の痛みを理由に多分不参加と返事していた。お花見には興味があったが、雨だったのであきらめもついた。主催者側や楽しみにしていた人にはお気の毒だったが。


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by ttfuji | 2014-03-30 16:52 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 今日は雨。昨日に比べ気温もぐっと下がった。
 自治会総会が終了し、3月いっぱい役は残っているものの、ほっと肩の荷が下りかかったところ、班の新理事Oさんが色々と言ってきた。
 総会が終わってから、欠席者の分の総会資料を預かって帰り、途中でポストに入れてきた。Oさんが見えて、総会の袋、持って帰ったでしょう。と言うので、もう全戸に配布してきた、というと、あれ間違っているところがあって、配らないものが含まれている、という。ポストに入れたものを勝手に引き出すわけにはいかない。聞いてみると、不燃物置き場のカギの開閉時間と回数のことだという。そのことでしたら、昨年から、開閉が前日9時に一旦閉めるのと当日6時の開けるのが略されたのですよ、回覧もまわりましたよ、と言うと知らなかったという。文面の間違いではないことがわかりひっこめた。
 
 これを皮切りに、理事の選出について、日に2回、毎日のように押しかけられた。今日も朝8時と夕方6時に見えた。夕食や準備の時間だ。今日は出かけるのでその準備があると言うと、私だって出かける。でも気になって昨夜は眠れなかったという。一応、あとでと言うことになったが。いちいち、ここに書くことはないのだが、自分のためにも記録する必要がある。
 かって、転入直後にもかかわらず、理事を押し付けられて苦労されたYさんが、理事の選出について、転入者は1年以上経たなければ理事に選出されない、という原則を作り、回覧でも廻し、順番表をノートに張って引継ぎ書類として残した。
 しかし、その原則が守られず、次々に転入、転出があって新らしい転入者でも家の並び順で役を押し付けられた。でも、それなりに殆どの人が役割を淡々とこなしていたように私には思えた。誰も役を放棄した人もいなかった。
 しかし、折角作った道筋を守らないことにYさんは内心面白くなかったようだ、とOさんは言う。そのことを、Yさんが新理事に『理事ノート』2014年4月~と表紙に記され、理事順番表と説明文が書かれている。多分、今後の参考にしてほしいと渡されたのだと思う。
 
 新理事Oさんはその「ノート」の内容を気にし、私の所に持って来て、過去、この通りにしなかった古くからの人が何人かで次々に理事を決めていったという。私に、NさんやKさんに見せて意見を聞いてほしいと言う。そんな事は知らないし、Oさん宛てのノートなのだから、私がそんなことはできないと言うと、あなたは3月いっぱいは班長でしょう、という。
 いまさら、過去のことを蒸し返して騒ぎを起こす気にはなれない。ノートを返そうとしても受け取らず、急に今回の役員の選び方について聞いてきた。老齢や身体不自由で、役は無理と誰もが認めている人を免除したところ、OさんとYさんにお願いしたのだったが、免除した本人に一応打診して、当人が出来ませんからお願いします、との返事をもらったのかとか、それを回覧で周知すべきではないかと言ってきたりする。班のことは臨機応変でいいのではないか、単純明快で、と言うと、加減過ぎるといわれる。
 新理事も新班長も、理事不在の班なので、私が選出を本部から依頼され、二人を選び、承諾を得ていたのに総会が終わってからこんなことで蒸し返しにされるとは夢にも思わなかった。
 世の中には、突然気になりだしたらどうにもならなくなる人がいるものだ。
 会長からは、放っておいていい、理事不在ならそれでもいい何とかしますからと言われたが、わが班は2期続けて不在になってしまい、それでは本部の皆さんに迷惑をかける。班としても不名誉で恥ずかしい。
 新理事もやる気にはなっているのだが、いちいち細かいことを気にしすぎる。困ったものだ。ほかにもいろいろ言われた。こちらは余り気にしていないが、いい加減にしてと言いたい。
 朝ドラのテーマ曲ではないが、雨のち晴れるや、と願いたい。

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by ttfuji | 2014-03-27 23:15 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)

春の庭

いつに間にか庭には春が来ていた。寒い寒いと言っていたが、暖かい日が2・3日続くと待ち構えたようにクロッカスや水仙、ボケ、雪柳、沈丁花などが一斉に咲きだした。
わが家の狭い庭にも春が来た。
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by ttfuji | 2014-03-25 15:36 | 自然・花・景色・庭 | Comments(0)
 3月17日(月)
 午前中、太極拳。帰ると夫は散髪に行くとのメモ。午後2時頃、腹痛を訴え、ベッドに横になる。また石が出てきたのかも知れないという。1月に胆石手術をした時、胆嚢に石が詰まっているから、いつまた石が出るかも知れないからと胆嚢摘出手術を勧められたのだったが、それを断って退院していた。再びの胆石手術は覚悟していたが、前回も一度は嘘のように激痛が消えたので、暫く様子を見たらと言うと、本人もそう思ったようだった。前回より痛みも軽かったらしく1時間ほどで治ったと言った。
 3月18日(火)
 風雨。夫が体操に行く日だが、昨日の腹痛のこともあり、休むと思っていたら、行くという。大丈夫?、無理しないようにというと、気分転換になるから行ってくるという。
 体操は、昼前に出かけるので、その前に買いものを済ます。雨も降っているし車でなければ重い買物はできない。火曜日の午後は私の肩のリハビリもある。こちらは3時50分の予約だ。もっと早い時間を希望したが、この時間しか取れなかった。
 午後、雨は小止みになったが風が強く、傘をさせないかも知れない、整形外科キャンセルしようかと大分迷ったが、3時頃になると雨はやんだ。風は相変わらず強かったが、覚悟を決めてでかけた。やはりリハビリを受けると、肩の痛みも軽くなるし、左手も上がるようになる。
 ヒアルロン酸注射とリハビリの両方を受けていてどちらが効いているのかわからないが、痛みで眠れなかったり目が覚めるということはなくなった。全体的には良い方に向かっていると思う。喜んでいるとまた痛みの強い日があったりするので、一進一退に一喜一憂しても仕方がないとも思うのだが。
 3月19日(水)
 朝、スイミング。午後、わが家の裏の更地になっている土地の境界線のことで土地調査会社の人が確認の書類に押印が必要とのこと。また西側の道路の一部が国有地になっており、その関係の書類も財務局と取り交わす必要があり、印鑑証明、実印を必要とするとの電話を数日前に受けていた。下の道路が国有地だとしても、なんで我が家と関係があるのかと聞くと、隣接しているため、土地が売りに出せないため、いつまでも更地のままだったという。
 前の持ち主が亡くなり、妹さんが家の取り壊しや処分で時々千葉から見え、挨拶されていたので、協力しなければ事が進めないので一応印鑑証明など用意して待った。
 約束通り1時には見えたが、妹さんは体調を壊しているとのことで、記名捺印の書類を調査会社の人が預かってきた。一応、書類手続きは済んだ。空き地に家が建つことになり、安心もあるが、どんな人が隣人になるか気にかかるところだ。
 3月20日(木)
 雨。午前中整形外科行き。診察の人が多く、椅子がないほど。受けつけをし、先に買い物を済ます。今度は駐車場がいっぱいで、薬局の前に置かせてもらう。
 ヒアルロン酸注射は、隔週になったので、痛み止めの注射かと思ったら、薬の服用を勧められた。色々薬をのんでいるので痛みは我慢します、と言うと、痛みばかりでなく、炎症も抑えるので痛い時が服用した方がいいといわれ胃薬も同時に処方された。
 3月21日(金)
 晴。春分の日。夫はお墓参りに行ってくるという。4日前の腹痛があったのに翌日体操にも行ったし、気にしていない様子。気にしてもしょうがないと思っているのだろう。
 外出の時は、食事をしてくることが多いが、今日は何も言わなかったし、聞きもしなかったが、一応、おそばを茹で、とろろ汁を作った。用意が終わったところで電話が入る。弟と甥と一緒になり、食事は済ませてくるとのこと。すでにお酒も入っているらしく、楽しそうな声。わかりました。みなさんによろしく、と言う間もなく電話は切れる。家では、節酒しているので、身内や気の合った仲間との飲食は楽しみなのだ。私もそうだからよくわかる。  11時過ぎても帰らないので、泊まる気かしらと、少々心配になり電話した。電話に出なかったが、少しして電話があった。泊まらずに帰るという。終電にはまだ時間がある。12時には大分回ったが帰ってきた。爆弾を抱える身体でも、楽しみを奪ってはかわいそうだから、好きなようにしてもらっている。
 3月22日(土)
 二日酔いの気配もなく朝起きる。やはり昔のような飲み方はしないようだ。一日中スマホのおもちゃで遊んでいるが、思うように使いこなせないらしく、年中業者に電話している。
 私も使ってみたいと言うと無理、無理という。友達、何人も使っていますよ、というと、あんたも勝気だね、という。否定はしない。
 3月23日(日)
 自治会総会。班長として係ってきたので、出席する。本部の理事さんは役目も多く、本当にご苦労様と感謝したい。自治会長のwさんは、今年度限りと言っていたが、新役員に押し切られて、受けざるを得なかったようだ。4期目となる。いくつもの役をテキパキと処理していくお手並みは見事。身近にこれ以上の人はいないように感じる。ご主人の内助の功も立派と言う声もある。勿論そうだろうと思う。
 


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by ttfuji | 2014-03-23 16:27 | 生活雑記 | Comments(0)
2008年の暮れ、朝日新聞の「歌壇」欄に、彗星のごとく現れ、読者の注目を集めながら約九か月間で消息を絶った「ホームレス歌人」がいた。

歌壇欄や投稿欄には共感や応援の投稿が相次いで載り、記事や「天声人語」、さらにはテレビでも報じられたことから、広く知られた「ホームレス歌人・公田耕一」とはいったいどんな人物だったのか・・・。

その正体と、突然消えた後の消息を求めて、横浜寿町のドヤ街に入りこんだ著者の、地を這うような探索が始まる。

リーマンショックで、都心の公園に年越しテント村が作られた「あの冬」の、象徴的存在だった投稿歌人をめぐる感動の追跡物語・・・・
                                                                               (
表紙の紹介文より)

 

 短歌は作れないが、新聞の歌壇・俳壇には時々目を通していた。私もホームレス歌人、公田耕一氏には心を寄せた一人だった。公田氏のその後のことも知りたかった。

 この本を紹介して下さったVINさんがレビューを書いていらっしゃるので紹介します。
          http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/873
 公田氏の投稿短歌(選外も)、応援短歌、ドヤ街で住んでいる別な人の歌なども拾い出してみた。

 また、別な意味で異色なアメリカ在住の獄中歌人、郷隼人氏の短歌も載せた。郷氏は現在も投稿し入選を続けていられる。著者は郷氏にも公田氏のことについていくつかの質問し、感想や意見、しっかりした回答を得ている。

 

公田耕一氏の短歌

(柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ


鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ捨てたのか


日産のリストラになり流れ来たるブラジル人と隣りて眠る


親不孝通りと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす


哀しきは寿町と言う地名長者町さへ隣りにはあり


百均の『赤いきつね』と迷いつつ月曜だけ買ふ朝日新聞


美しき星空の下眠りゆくグレコの唄を聴くは幻


ホームレス歌人の記事を他人事のやうに読めども涙零しぬ


胸を病み医療保護受けドヤ街の柩のやうな一室に居る


後ろから呼び掛けられた嬉しさに先週来の風邪も和らぐ


名も知らぬブラジル人のその後を想いて今朝の寒さに耐へる


体調を崩しこのまま寝込みたき日でも六時に起きねばならぬ


我が上は語らぬ汝の上訊かぬ梅の香に充つ夜の公園


温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る


瓢箪の鉢植えを売る店先に軽風立てば瓢箪揺れる


一週に二首の投稿心掛け雨恋うて咲くあぢさゐ三珠


リサイクル文庫にひっそり黄ばみたる「清唱千首」恋の部を読む


辞書持たぬ歌作りゆゑあやふやな語句は有隣堂で調べる


半年余り無為に過ごして二十首と数首の単価を実りと思う


一日を歩きて暮らすわが身には雨はしたたか無援にも降る


野毛山を下れば汗の吹き出してドン・キホーテへ涼みに入る


雨降れば水槽の底にゐる如く図書館の地下でミステリー読む


説教と引き換えに配るパンならば生きるためには説教を聞く


水槽に物語などあるならばわれの最期は水葬で良し

見上げれば花冷えの空貧困のビジネスありて「貧」と「貪」の差
 (三十六首あるというが、書き出せたのは上記だけ。あとで追加する)

 

 良知滿夫氏の作品

寝つかれぬ夜をふるさと思いつつ浜辺の音のなつかしからむ


視野せまき病床に伏して歌記す想いははせり去りし日々へと


虫とても一人暮らしの我家には家族みたきに思うことあり


吾が罪を背負いて逝きし母なれど悔ゆる心が魂鎮めむ

 

 

 公田耕一氏への応援投稿短歌

生きていれば読めるペンあれば書けることを教えてくれるホームレス公田氏

                          飯塚市 甲斐みどり

寒くないかい淋しくないかい歌壇でしか会えぬあなたのしばしの不在  

 井村浩司

炊き出しに並ぶ歌あり住所欄(ホームレス)とありて寒い日 豊中市 武富純一


ホームレス築きし弱き紙の家屋根となりたるパソコンの箱      武富純一


カップ麺買わずに朝刊買ひしとふ歌にて我の投稿始まる 加古川市 湯田摩耶


メール履歴消せずに残す母からの毎週送られし公田氏の歌 日野市 泉佑記子


浮浪児と呼ばれし日ありそれゆえに公田氏の歌探す月曜  吉川市 上条早苗


公田氏の歌をしばしば見し頃は兄は存命世相語りき   茅ヶ崎市 秋山嘉恵


伊達直人公田耕一そのひとを知りたくもあり知りたくもなし 和歌山 上門義和


ホームレスの肩書きつければ載るだろうか毎回ボツの私の歌は  土門久美子

点訳の朝日歌壇の今届きなぞりてさがす公田耕一    都留市 長田美智子

 

  米国 郷隼人氏の短歌

囚人の己が<(ホームレス)公田>想いつつ食むHOTMEALを 


真夜独り歌詠む時間(とき)に人間(ひと)としての尊厳(ディグニティ)戻る独房


死刑囚の緻密に描きし絵の中に太く「生きる」と掛け軸のあり


老い母が独力で書きし封筒の歪んだ英字に感極まりぬ


貴重
(プレシャス)な終身刑の残り日を素直に生きんひと日ひと日を


一瞬に人を殺めし罪の手とうた詠むペンを持つ手は同じ


学びたい聞きたい読みたい知りたいと囚人われの朽ちぬ欲望


獄窓に聴く夜汽車が次第に遠のけば望郷の念沸々と沸く

 


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by ttfuji | 2014-03-20 23:45 | 読書・読書会・図書館 | Comments(2)
 高齢者のお楽しみ会、言い換えれば地域高齢者の交流の会「スマイルクラブ」が3月16日(日)、近くのコミュニティセンターでに開催された。
 隣接の3自治会が合同で、自治会役員有志、ボランティアさんの努力で立ち上げられ運営されている。
 70歳以上が対象だが、誘っても決して参加しない人も多い。私は気軽に参加する方だ。他地区で活発な活動をしているが、当自治会には長く『老人会』はなかった。他地区の楽しそうな行事の話を聞くと、わが地区にもそんなサロンが欲しいと思っていた。元気な高齢者は多いが、いずれ、二人または一人暮らしになる。趣味の会やサークル活動にも出かけられなくなる。その時近くに支え合う絆があればと思う。
 そこまでいかなくとも、気軽におしゃべりできる隣人がいればいいと思う。家に閉じこもれば、孤独になる。遠くの親戚より近くの他人、相談する人がいれば電話詐欺を防げるかもしれない。
 理窟はともかく、今日の催しは楽しかった。主催者側は毎回、楽しいイベントを考えて下さるが、今回は『落語』だった。その前に座ったままで出来るストレッチを行った。首や肩の凝りをほぐす運動を世話役の男性が指導してくれた。身体をほぐした後は、落語で脳を活性化してくださいといわれた。
 落語は、当市にある東海大学の落語研究会の学生に頼むことになっていたが、都合がつかず、急遽、趣味でやっている方にお願いしたとのこと。和服姿は堂々として本物の落語家の雰囲気を持っていた。昨年、勤めをリタイアしてから、声がかかればどこでも披露させてもらっているとのこと。一応『禁煙亭もく好き』という名前と披露した。桜台小学校の隣に住んでいます、野球は自分ではやらないが少年野球のコーチや監督はしていたと話し、会場の前方の席に座っていたIさんに突然あなたIさんでしょう、子どもさんが少年野球をやっていた・・と声をかけた。その節はお世話になりました、と懐かしそうに言う。
 外観同様、堂々とし、笑わせた。演題は忘れたが、ご隠居さんと八つあんくまさんの類の話で教養あるご隠居がいろいろ挨拶の仕方から、お茶のいただき方、俳句や和歌、ことわざまで教えようとするが、なかなかうまくいかない。重ね言葉の掛け合いが面白く爆笑した。
 玄人はだしだ。きっとここまでなるには修行も長かったのではないかと思われた。
 茶菓を頂きながら、寄席の気分も味あわせていただき楽しいひと時だった。
 
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 上は、落語家の「禁煙亭もく好き」さん      
下は 谷川さんの『首と肩のストレッチ』
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by ttfuji | 2014-03-18 22:18 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)

T家の通院付き添い

 昨14日は,T家の二人が病院に行く日だった。妹M子とその夫Jさん、二人に対して付き添いは2人要る。
 妹は、脳神経外科と皮膚科の受診があり杖を使って歩けるが、病院内は車椅子を使わなければならず、私はそのために付き添う。Jさんは、泌尿器科と脳神経内科を受診しており、次男Y君が会社を休んで付き添う。
 受診は、Jさんの8時30分からが最も早いが、待ち時間も長い。私は8時過ぎ家を出て、伊勢原より新百合ヶ丘総合病院に直行するが、駅からのバスの関係で着くのは9時20分になる。M子の受診は9時からで間に合わず一人で受けた。尤もM子は頭はしっかりしているので、先生には質問も答えも相談も一人でするので、私はいつも何も言わないで済む。
 Jさんの方は、息子がサポートしている。M子の皮膚科は予定より大分遅れた。顔に湿疹ができてそのための治療であったが、先生は血液検査をするように言われ、採血を受けたのち、その結果を待ってもう一度説明を聞くことになる。
 すべてが終わったのは1時過ぎ、二人分複数科の精算は自動精算器でY君が行う。そのあと処方箋を受付で受け取る。
 お弁当は、いつもは私が買って行くが、重い荷物は肩の痛みで持てないので、昼食は病院2階にあるレストランでとろうということになっていた。
 しかし、一階の売店を見ると、食べるものはコンビニ並みに豊富で、ここで色々買って、家で食べようと提案し、妹も買うのが楽しいと賛成した。お弁当、鉄火巻き、お赤飯おにぎりと普通のおにぎり、サンドイッチ数種。車で運ぶから重さを気にすることもない。
 1時半頃帰宅。M子の作った山菜おこわもあり、買って行った甘辛団子もあり、なかなか賑やかな食卓になりJさんもYさんも喜んでくれた。
 Y君は、3時半に病院で受け取るものもあり、処方箋の薬の受け取り、銀行の振込みなども頼まれてもう一度出かけて行った。親の介護は大変だが、甲斐甲斐しくこなしてくれ、妹たちもどんなにか助かっているかと言っている。

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by ttfuji | 2014-03-15 22:22 | 家族・身内・私 | Comments(6)
 昨日は、整形外科はリハビリの日で、予約時間は3時50分からだった。
 それまで時間があったので、写真の取り込みや編集など試した。XPの時は、アドビーが使えたので縮小が自在にできた。ところがWindows8になってから、画像処理のソフトがなく、ピクチャーの編集から2分の1まで縮小できるがそれ以下に小さくはならない、と思っていた。
 しかし、そんなはずはない、きっとやり方によっては出来る筈とも思っていた。電話サポートで聞いてみると、ペイントでできるという。やり方は訊かず、自分で試してみようと思った。色々やっているうちに、突然、インターネットにつながりません、という警告が出た。何しろパソコン用語も説明用語も解らないパソコン弱者だ。
 そのまま閉じて、リハビリに出かけた。10分ほど歩くのに、とても足が重く感じた。しかし、理学療法士さんに姿勢や動きのチェックと丁寧にマッサージしていただいき肩の痛みや身体の重さが軽くなったような気がした。

 夕食後、再びパソコンと向き合った。インターネット繋がらなくてはブログも書けないし、友人のブログも読めない。メールも読めない。7時過ぎだったが、サポートセンターに電話した。いつもただいま混みあっていますしばらくお待ち下さい、というメッセージで電話口で待つことが多いが、2・3分で担当者がでられた。こちらはルーターとかモデムに問題がないらしいといわれ、一旦本体のコネクタからアダブタを抜きコンセントからコードも抜くように。15分ほどたってから繋いでみて下さい。とのことだった。サポートは午後8時までなので、繋がらない場合は、あす電話して下さい、と言われた。アダプタを繋ぎ、充電されるのを待って開くと、繋がった。こんな簡単のことが分からないで情けない。

 今日、今度はワイヤレスマウスが動かない。仕方なくマニュアルを見ていろいろ試したがわからない。夫に話すと、検索でいろいろ教えているよ、といわれ多くの人が同じ問題を経験していることが分かる。操作はタップでしたが、ポインターの位置を決めクリックするだけでも時間がかかる。コントロールパネルやマウスについての説明を試したが、動かない。夫が、タブレットを買ったが、そのことでノジマに行くと言うので、マウスのことを聞いてもらえないかと頼んでみたが、パソコンを持っていかなければ駄目だと断られた。
 夫の出かけた後、サポート電話をかけた。機内モードがオフになっているかと聞かれ、どうしたらいいかと聞くと、デスクトップを出してください、右下にアンテナの記号(階段状の線5本)をクリックして下さい。ネットワークが右側にでる。機内モードがオンになっている。それをオフにして下さい。オフにしました。NXパットを指で撫でてポインターを動かすので思うように動かず焦る。
 あ、マウスが動きました。ありがとうございました、でこちらも解決。お恥ずかしい顛末。基本的に勉強していないから、使う資格もないかもしれない、と落ち込む。
 ちなみに、サポートセンターは1電話1件。3点ぐらい一度に相談できたらいいのにと思うが、長い説明には私の方がついていけない。買ったとき2年の契約をしたが、まだ数回しか相談していない。メールに不具合が発生することについては、うまく説明もできずそのままだ。
 皆、感じよく親切だが、現物を見せない相談はむずかしい。

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by ttfuji | 2014-03-12 22:47 | パソコン・スマホ | Comments(0)
 昨日のA新聞の広告に『86歳ブロガーの毎日がハッピー・毎日が宝物』という本が紹介されていた。ブログ「気がつけば82歳」を書かれている美海こと、繁野美和さんの著書である。82歳で始めたブログは、好奇心あふれる、瑞々しい文章でどんどん話題に!と絶賛。
 歳をとっても楽しみはあるよ。パソコンの面白さ、アートの素晴らしさ、どれも生きているから知ることが出来た。どうせ死ぬから無意味なんてことは絶対にない。(本文より)

 82歳から初めて現在86歳。何という意欲と若さ、脱帽などと言ったら失礼になる。きっと、脳も考え方も柔軟で生き方も良い意味で自信と信念に満ち、今までも前向きだったのだろう。そして多分楽天的。

 私もブログを書いており、書き始めたのは70歳前だった。その時、80歳まで続けられれば、と思ったことを思い出す。
 その頃は、記録したいという気持が強く、毎日のように更新した。過去にワードで書いた旅行記などもコピーして載せたり、読書会の記録や新聞に投稿してボツになったものまで、自分史の一部として記載した。
 時々、なんでこんなに自己顕示したいのだろう、と気恥ずかしくなったり、こんなブログ、だれも読んでくれないだろうと、自己嫌悪に陥ったりしたが、やめるにやめられない、きっとやめたら後悔する、という感情にも支配された。兎に角、ボケ防止にもなるだろうし80歳までは続けようと決めた。
 私のブログは、クドイ。言い訳や説明が多いのは、人様のを読んでもうんざりするし欠点なのもわかっているのだ。
 どんなに簡潔に、と心がけてもいつの間にか、長々しくなっている。A型だし斟酌する性格でもある。書きたいように書くしかないと開き直って書いている。
 社会や政治への主張や怒りも時には書かずにはいられない。きれいごとばかりでは意味がない。しかし、加齢とともに、気力や体力の減退は免れず、2年ほど前から毎日の更新はやめた。
 今日、ブログ「気がつけば82歳」を読ませていただいて、私の心に「喝」を入れられた思いがする。
 かといって対抗心が燃やしたわけではないが、区切りをつけず、私なりに頑張ってみようと思う。好奇心だけはまだ旺盛だから、楽しみも多い.。

  注目の広告は、獄中歌人の郷隼人氏の広告だったのですが、となりに86歳のブロガーの広告にも惹きつけられたのでした。
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by ttfuji | 2014-03-10 21:26 | 友・師・人 | Comments(2)