私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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日記 5月最終週 

 5月26日(月) 
 多少の疲れはあるが、太極拳へ行く。鎮痛薬は昨日からのんでいない。肩や歯の痛みも随分軽くなった。日曜日の朝、もう1度だけ、鎮痛薬をのんでおこうとあるはずのバッグを探したが、薬の小袋は見当たらず、そんなはずはといくつかの袋を再度探したが見つからなかった。
 帰宅して荷物の整理をした時、ぽろっと落ちたのが、5センチほどのビニールケースに入った薬だった。なんで?、という感じだった。何度も見たのに、神隠しにあったとしか思えない。
 路線図や時刻表をプリントした3枚ほどの用紙を折りたたんだ間に紛れ込んでいたのだ。バカみたいで恥ずかしい。いまは、怪我の功名で、薬がのめなかったことがよかったと思っている。
 5月27日(火)
 11時歯科予約日。4か月に一度の定期診察だが先週急に痛んだ歯があり、抗生薬と痛み止め薬で押さえてあった。その歯の治療もあるはず。
 火曜日は夫が寒川体育館行きで11時半頃から車を使うので、それまでに戻れるか、微妙な時間だったが、40分頃でもいいと言ってくれたので、買い物も先に済まそうと10時過ぎに出かけた。歩くのには片道20分ほどかかり、暑いし買い物もあるし、体調も万全ではないし、歩きでは無理である。
 買い物をすませ、生鮮品や乳製品は、保冷用バッグにドライアイスと氷を入れてトランクに入れた。11時15分前に着き、場合によっては早く呼ばれるかもと思っていると、すぐ呼ばれた。よかったと思ったが、椅子に座ってからが長かった。先生が掛け持ちで治療に当たっており、私の治療が始まったのは殆ど定刻だった。腫れは引いてますね、うん、大丈夫ですね、一応(消毒の)薬をつけておきましょう、今日は下の歯のお掃除をします、次回、上の歯の掃除をしましょう。で20分で終わる。家には11時半に着く。
夫はスムージーを作り、それを持参して出かける。
 午後2時半から肩のリハビリに出かける。こちらの療法士さんには、歯の痛み止めで薬をのんでいたせいか、肩の痛みも殆どなかったと話す。日曜日から薬も飲んでいませんが、痛みも軽いとも伝える。しかし、腕の上げ下げや動きによってはかなり痛みもある。肩甲骨の位置の矯正をやっていきましょう、といわれる。どのくらい治っているのでしょう、3分の2くらいですか、と聞くとそうですね。その位よくなっていると思いますよ、と言われた。こちらの外科には歩いて片道10分ほどだから車がなくても苦にならない。
 5月28日(水) 
 スイミングに行く。先週、歯が痛みはじめているのに、スイミングに行き、直後に激痛に襲われ、歯科に駆け込んだが、先生に、歯が痛い時、水泳は駄目です。体調が悪い時や疲れがあるときは、歯の痛みが起こりがちです、と言われたが、もう大丈夫と判断し出かけた。あんまり頑張り過ぎないようにと思い、スイミングの友人にも言われたが、目いっぱい頑張ってしまった。でも大丈夫だった。
 午後は、写真のプリントなどした。カラーインクのいくつかと写真用紙が少なくなっている。
 5月29日(木) 
 各地で夏日を記録している。30度を超えるところも多いが、当地はまだそこまでいってない。今日は、特に出かける予定もない日で、ゆっくりするつもりだったが、いろいろと用事が出てくる。
 近くのクリーニング取次店に、先日未払いになっていた代金を支払いに行ったが、まだ伝票が出来ていなかった。クリーニングに出す衣類の素材がはっきりしない部分があり、本店でないと金額が特定できないとのことだった。夫が買ってくる衣服にはそういうものが多い。コートの一部に皮革が使われていたり、表示がなかったり(タグを取ってしまったり)外国で買ったものなど、そんなに高くはなかったが、気に入って買ったというものが多い。夫はこれをクリーニングに出しておいて、とまとめて置く。クリーニング店にいったついでに義妹に宅配便も出す。
 私もよくここでおしゃべりするが、近所の奥さん方のたまり場にもなっている。衣類のほつれや丈直しを頼まれたりし、針を持ちながら長居の客にも相槌を打ち聞いている。一人暮らしで相手が欲しい人だからとやさしい。
 5月30日(金)
 今日は体操がない。夫は、木曜日の体操を今日に変更した。午前中に銀行とコジマ電機、ヨーカドーに行ってきた。コジマがてっきり10時開店と思っていたところ、10時半開店で、車の中で20分待つ。駐車場のカードを受けてしまったので、急がなければと思っていたら、入り口で待っている人が、買い物すれば90分タダですよ、と教えてくれた。インキと写真用紙を買い、ヨーカドーに向かう。こちらは地下駐車場に入れる。色々みたいが、夫が昼から車を使うので、食料品売り場だけで帰る。夫は、結局バイクで出かけた。
 この所、午前中晴れても、午後から急変し、雷が鳴ったりする。しかし、今日は大丈夫そうだとバイクで行った。
 昨日、はじめて気が付いたのだが、舌の色が黄白くなっており驚く。ネットで調べると、舌の色は病気の危険信号とある。糖尿病とかいろいろ書かれている。今朝、夫に舌の色見せて、と言い、私の舌変な色と言うと舌をだし、あ、オレも似たようなものだという。確かに夫も似たようなものだった。きっと、薬のせいじゃないか、と言ったが、私も、常用薬以外、歯の痛みで5日間薬をのんだせいかもしれないと思っていた。暫く様子を見ることにする。夫も、かなりの種類の薬を服用している。
 5月31日(土) 
  晴。今日も夏日。暑いが、いつもの年より、汗が少ない。体質が変わったのか。余り心配しても仕方がないが。今日で5月も終わる。暑い日の多い5月だった。明日から6月。梅雨、そして本格的な夏がやってくる。
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by ttfuji | 2014-05-31 15:30 | 医療・健康 | Comments(0)
 翌日の5月25日(日)、妹Y子宅にて起床。6時に目覚めたが、7時まで読書する。日曜日なので、Y君は、思い切り寝坊する由。洗濯や台所で忙しく働いている妹に、手伝うことないかと聞くと、ゆっくり休んでいて、テレビでも見てて、お茶がいい?コーヒーがいい?と聞きながら、両方を用意してくれる。つまむものもいろいろ。本当に次々もてなしをしてくれるので、妹ながら恐縮する。
 倉賀野駅近くに住む長男が、用事があって立ち寄り、私に挨拶し、少しおしゃべりをし、朝食を食べて、荷物を積んで出かけて行った。
 この家も朝食はめいめいらしい。私にパンがいいか、ご飯がいいか聞き、カレーが出来ているのでカレーを頂く。このカレーは、長男がどこのレストランのカレーよりおいしい、というもので、私も味わいたかった。軽くよそってもらったが、本当においしいカレーだった。続けて3回頂いても飽きない味だった。特に秘伝はない、クミンと何とかを加えるだけとのことだった。
 食後にのむ薬の小さな袋がどうしても見つからない。3つのバッグや袋をポケットまで調べても出てこなかった。従って痛み止め薬が飲めない。昨夜は食後に飲み忘れ(ホテルだったので)妹宅で慌ててバナナを食べて飲んだのだった。その時はあったのに、と部屋やソファーの周りも探したのだった。

 兄の処は、在宅を確かめるために妹が電話したところ、出なかったという。午前中、通院などで夫婦で出かけることが多いが、今日は日曜である。すぐ近くの義妹の家があるが、こちらには今日赤ちゃんの顔を見に行くと連絡してあるという。だけど、あくまで、兄達の家を先に訪問しなければと妹は言う。なかなか、面倒なルールだ。兄達には私が行くと連絡してない。病身の二人に気を使わせたくない。同窓会で来たので、会いに来たという形にしたい。すぐお暇するつもりだ。
 義妹宅では私の訪問は何日か前から妹が伝えてある。午前中連絡した時は、お昼用にお赤飯の用意をしているという。

 12時半頃、Y君も一緒に家を出た。途中で大型スーパーに寄る。リポビタンDを買って兄たちに届けているという。すべてに気遣う妹である。
 兄も嫂もいた。電話したけどいなかった、と妹が言うと、義姉はスーパーに買い物に行ってきたという。兄は歩行が少し不自由だが車の運転はできる。妻の通院や買い物に一緒に行く。義姉も、この頃、心療内科の治療が効いて体調がよくなり、食事の用意もその他の家事もできるようになった、嫌でなくなったという。喜ばしいことだと感じた。兄は声に力がないが、よく来たね、と笑顔で言ってくれた。とても優しい兄で、怒ったり文句を言ったことがない。2・30分話をして、寧子ちゃんの赤ちゃんの顔を見に行くと言ってお暇した。
 こちらは、55歳でなくなった三弟の家。義妹と娘夫婦が住んでいる。2年前に娘寧子さんに孫娘が生まれ、今年2月、2人目の孫娘が生まれた。義妹にとっても、娘が同居してくれて、孫の世話もできて喜んでいる。2歳児と3か月の赤ちゃん二人だから忙しい。美里ちゃんとしおりちゃんと言った。あちこちに姪や甥がいて名前もなかなか覚えられないし覚えたと思っても、すぐ忘れてしまう。ここに書いておけば忘れることはない。しおりちゃんはおとなしく、殆ど泣かなかった。喃語らしきものを時折話す。美里ちゃんは、お客が好きらしく、本など渡して読んで欲しいとゼスチャーと単語で訴える。自分の持ち物も次々見せてくれる。
 お赤飯と煮物(五目煮)おいしいお漬物もなどを、ご馳走してくれ、珍しいお菓子も頂いた。
 帰る時、去年同様、美里ちゃんが帰られたくなくて、おばあちゃんの胸で顔をうずめて泣いた。どこの赤ちゃんでもそうだが、なんとなくこちらも切ない気持ちになる。お赤飯と菓子折りを持たせてくれた。荷物が重いが欲と二人連れということか。頂いて帰る。

 帰りの電車の時間も調べておいたので、高崎より直通で新宿駅を通る、湘南新宿ラインに乗れるよう、妹に送ってもらった。帰宅したのは8時頃だった。荷物は行きと同じくらい重く網棚への上げ下ろしは、前に立った学生さんにお願いした。気持ちよく引き受けて下さった。重いですよ、というと軽いです、と言われた。
 肩の痛みもありタクシーで帰った。行ってよかった、楽しかったと思う今回のお出かけだった。
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by ttfuji | 2014-05-26 22:35 | 家族・身内・私 | Comments(0)
 同窓会生と親類縁者に会いに行ってきた。抗生剤と鎮痛剤、その他の常用薬を携帯してのお出掛けであった。
 歯の痛みと肩の痛みは、薬で押さえているせいか、我慢できる程度になっていた。
 いくら、身軽にと荷物を制限してもそれなりの重量にはなる。お土産も新宿の小田急Dで買い、軽く昼食も済ませてから、湘南新宿ラインに乗る。すべてパソコンの路線情報でチェックしていた通り。結構満員で、グリーン車に乗ればよかったと思ったが、赤羽あたりで座れた。
 東京~高崎間はジパング倶楽部の最短特典距離だが、最近は年一回平均も行っていないので、年会費の元も取れない。!0数年前から入っているので、3割引きであるが、もっと旅行すればいいと思いながら、ツアーや団体旅行なのでジパングは使えない。つい、余計なことを書いた。
 高崎駅近くの高島屋で前橋のIさんと待ち合わせしたが、荷物を先に会場である駅のホテルに預けたい。携帯で電話すると、駅改札口に来てくれた。6階のメトロポリタンホテルのクロークに手荷物を預け、3時半の受け付けまで1時間以上あるので喫茶所をさがす。冷たいドリンクを飲みおしゃべりで過ごす。Sさんがリューマチで出られないのは残念。その代り、上野辺りで4人で会いましょうということになっている。

 今回の同窓会は、高崎短期大学時代のもの。この短大は、5期で終了し、高崎経済大学となって生まれ変わった。発展的解消だったが、当時は別の感慨があった。短大事務も教授陣や職員も4年制に引き継がれ移行した。今は、前身が短大だったとは、知る学生はほとんどいないという。
 同窓会には市長や選挙がらみの来賓が見えることもあった。
 出席者は23名(28名出席予定)だった。男子学生の方が圧倒的に多かったはずだが、出席者の7割が女性だった。女性の方が健康高齢者が多いということだ、と、どなたかが言っていた。昨年は30人以上の出席だったという。
 写真撮影・役員たちの挨拶のあと、乾杯。テーブルは期毎に分かれていて、私たちは4期、短大だから、在学中、交流のあったのは3期と5期の人達だ。1期の女性が同席になった。お一人は、10歳くらい年上だった。あの短大が出来た時は、昼夜通し授業だったから、勤めながら学びたいという学生が多かった。経済的に余裕がなく、自宅を離れての進学はできない人が殆どだった。私もそうだった。小中学校の教師が多く、正式な免許を取るため入ったと聞いている。従って年齢のずっと上の人もいた。出席した同期生で親しかった人は5名ほどだった。
 宴や歓談も終わり、Wさん、Iさんと3人で駅近くのコーヒー店に入った。 
 Wさんは、長く、高崎合唱団の団長として合唱団を率い、市の文化使節となり外国公演を何度もされたが、2年ほど前、病気で入院、ステント手術され、すべての役を退任された。2年前にはラジオ深夜便で3日に亘って「ラジオ深夜便ないとエッセー」というタイトルで放送された。
 楽しく懐かしい時間が過ぎ、私は妹に迎えを頼む電話した。ホテルに戻り、荷物を受け取り、Iさんを改札まで送り、Wさんは、私の重い荷物を一つ持って下さって、東口まで行ってくれ、妹の車が見えるまで、付き合って下さった。本当にありがたかった。Wさんの家はここから近い。妹が電話したが、気づかずおしゃべりしていた。車を降りて、そばまで来てWさんと挨拶した。
 妹の家に着き、甥のY君と挨拶。靴下屋の靴下をプレゼントする。二人は夕食はまだだった。
 私は済んでいるので、お風呂に入れさせてもらった。

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1期生の塚越さんと4期生の萩原さん  
4期生の6人

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 翌日、午前中、妹が好む山荘風の庭を散策、というほど広くはないが、 色々な木や花の名前を教えてもらった。自分で写した写真や専門書、写真集なども出してきたので見せてもらった。姉妹でも趣味はいろいろあるものだと思った。

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 山芍薬の花が咲いていた
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by ttfuji | 2014-05-26 16:27 | 友・師・人 | Comments(0)

三重苦

 昨日のこと。早朝の4時頃、右足ふくらはぎの前横部に硬直と痛みが走った。攣れた、と感じた。こうなったら、下手に動かすと、痛みが他所に広がる。じっと耐えて15分くらいすると、徐々に収まることもあるし、もう一方の足にまで飛び火することがある。朝方、足が冷えたのかもしれない。治まった後、脛をこすったり足裏の指圧をしたりしたが、痛い最中は逆効果である。
 以前も頻繁に起こり恐怖心も感じたこともあったが、ここ3か月くらい発症してなかった。
 昨日から、歯も痛い。肩の痛みも再発している。まるで三重苦だと夫に話したら、困ったような顔をされた。夫は下肢の攣れや痛みは感じたことはないそうだ。

 今日、スイミングの日なので、迷いながらも、行ってきた。終わって、帰ってくる途中、猛烈に歯が痛みだした。来週火曜日の予約日までとても我慢できない。土・日は高崎に行く。木・金も予定がいっぱい。どれも放り出せない。
 スイミングから帰宅して、歯科医院に電話して診療をお願いした。12時に来られますか、と言われた。行けます、行きますと返事、すぐ車で駆けつけた。10分ほど前であったが、すぐ呼ばれた。
 いつもの先生が、診て下さり、腫れがひどい、いつからかと聞かれ、昨日からですと答える。歯間ブラシで掃除している時、奥の方に当たり痛みを感じた。今日、スイミングがあって、終わった後、痛みがひどくなった、と話すと、体力が落ちている時は、余計に痛む、スイミングは休むように言われた。歯間ブラシも無理ですね、と。とりあえず、消毒と薬をぬり、抗生物質と痛み止め薬で腫れが消えてから治療に入ることになった。
 処方箋を持って薬局へ行くと、この抗生薬はこちらにはない、取り寄せるのに時間がかかると言われ、前にかかっていた薬局に行った。
 抗生薬は、ジスロマックS成人用ドライシロップ21といって紙の筒状のものに入った粉剤で、目盛りの所まで水を入れ、良く撹拌して一気に飲む薬であった。5日間くらい効くということだった。 痛み止めはロキソニン、毎食後にのむ。昼食を食べてないので、空腹だが抗生薬をのむ。その後2時間は食事はとれない。ロキソニンは食後にのむ薬なので、3時までは食事も薬も服めない。尤も痛みで食欲も失せていた。5時頃になって、薬の効き目か痛みも薄れてきた。
 
 三重苦とは大袈裟だが、スイミングのコーチに、血圧を測るとき、今日は、肩と歯痛と足の攣れで痛みの三重苦です、と冗談を言ったら、コーチも私も三重苦、という。何ですか、と聞くと、肩と腰が痛いという、あと一つは、と聞くと「顔」だという。きれいなお嬢さんで顔に何かできているわけでもなさそうだし、そんな美人なんだから痛みの一つ二つ帳消しですよ、と変なこじつけを言った。
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by ttfuji | 2014-05-21 20:33 | 医療・健康 | Comments(2)
 夜の睡眠障害があるのは、いまだに変わらないが、この頃、猛烈に眠い時間帯がある。
 昼間、本や新聞、テレビを見ている時に、猛烈な睡魔に襲われる。前にこっくり、後ろにぐらっと。2・3回繰り返すと、頸がいたくなるのでソファーや座布団に横になる。
 しかし、いくら目を瞑っても眠いのに眠れない。うたたねほども寝ていないから、頭がすっきりというわけにはいかない。そのうちに家事やすることが出来て、眠気は去る。
 もう一つは夕食の片付けも終わってのんびりテレビを見ている時。この時もふっと睡魔が襲う。いっそ、きちんと寝具の上に横たわろうか、と思い入浴を早めていつでも眠くなったら横になるように就寝体制を整えるが、矢張り早い時間には眠れない。うつ伏せで何時間読書しても眠気は来ない。 漸く、2時頃消灯し眠りについても、6時前にはすっきりと目が覚める。4時間は眠ったようだ、と満足する。日によって3時間の時もある。まあ、熟睡すれば3時間でも4時間でも大丈夫、といわれるから、気にしないことにしているが。
 しかし、先日、脳に関する番組で、睡眠不足は、脳細胞に隙間ができる、脳細胞が減る可能性があると言っていたので、唯一心配だ。認知症に掛かるのではないか、集中力が亡くなったのもそのせいではないか、と気にかかる。
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by ttfuji | 2014-05-19 16:59 | 医療・健康 | Comments(5)
平塚市にある「神奈川県立花菜ガーデン」へ行ってきた。2,010年に花と緑のふれあいセンターとして開園。 私は初めてだったが、友人たちの多くは行ってきたと言っていた。 夫が、1か月ほど前、スマホのカーナビを試そうと行ってきて、近いし広くて花も沢山咲いている、友達を誘って行って来たら、と言ってパンフレットを渡してくれた。 昨日の体操の折,Oさんにその話をすると、2回行っているけど、季節で花が違うしまた行きたい、今はバラが咲いていると思うけど、そろそろ終わりかも、と言われ、急遽今日行ってきた。
 平塚と言っても、むしろ伊勢原に近い。車で15分ほどの距離だ。近づくにしたがって渋滞してきたが、今日は土曜日で来園者が多く、子供連れの家族が多かった。園内はフラワーゾーン、アグリゾーン、めぐみ研究ゾーンと別れ、農業や園芸、植物の勉強もできる施設もある。今は、バラが多いが、クレマチスも多く、別の丘にはポピーと矢車草などもあり楽しめた。

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by ttfuji | 2014-05-17 21:41 | 自然・花・景色・庭 | Comments(0)
 題名だけ、といつも思いながら、矢張り少しでも記録して置きたいので、簡単な筋書きか感想を書きます。
 百年文庫79 「隣」 小林多喜二・十和田操・宮本百合子
 百年文庫は、いろいろのテーマで100冊以上並んでいた。平塚信用金庫が、平信文庫としてまとめて寄贈したもの。ご自由にお持ちくださいと書いているが、揃っているので勝手に持ち出すことはできない。カウンターで手続きして借りてきた。内外の文豪の書いたものも多い。私も興味のあるテーマの本をおいおい読みたいと思っている。
「隣」をテーマにした小説の中から3人の作品を選んで載せている。
 
 小林多喜二が書いたのは『駄菓子屋』。昔は繁盛したお饅頭屋だったが、だんだんと寂れ、道の向かい側に同じような店ができると、客を取られ、店番のおばあさんは気になってならない。今では、まんじゅうを作る粉もない有様。飴や子供相手の商品も少ない。生活はどうなるのか。
 十和田操の『判任官の子』は、十和田操が、岐阜で過ごした少年期をモチーフに綴った代表作。軍人の子や医者の子が洋服で学校に通うのに、父親は髭ばかり立派だがいくら頼んでも買ってくれない。当時の子ども社会や家族、世間の様子が書かれている。
 宮本百合子の『四月の第三日曜』は、地方から上京して働く姉弟の話。先に集団就職して、一応生活が落ち着いている姉が、上野に集団就職の弟を迎える。日本橋の衣料品関係の店に就職するが、続けられるのか不安でならない。自分も最初の処は、続かなかった。
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by ttfuji | 2014-05-13 13:11 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)

 5月8日(木)
 午前中、Tさんと一緒に図書館へ。本の返却、帯出を済ませ、買い物があるというTさんを駅前まで送る。借りた本が重いので、ポストに入れておくと言って預かった。整形外科に行く日だが、Tさんの家と医院とは近い。一時間近く待ってやっと順番が来て呼ばれた。
 今日は、どうしますか、と聞かれる。医師が患者に訊くのはおかしいと思いながら、私は注射や投薬を断ることが多いから、仕方がないか、と思う。今日は、1か月ぶりなので、ヒアルロン酸注射をお願いします、前回は4月10日です、というと、4月24日にしているでしょうと言われる。24日は、痛み止めの注射です、と手帳を見ながらいうと、先生もカルテを見て納得。手帳のカレンダーを示しながら、と赤色で書き込んでいます、というと、じゃ、今日はヒですね、といわれ、じゃ、ヒを注射しますから、と肩を出させ注射した。今日はお風呂に入らないように、といつもの注意。看護師さんも笑いながら、絆創膏を貼ってくれる。それからはヒ、ヒというので笑ってしまった。4週間後にヒの注射に来てください。薬はいいですか。結構です、といいお礼を言って部屋を出る。
 痛みも軽くなっているし、そろそろ㋪もしなくてもいいか、とも思う。リハビリは腕が痛まなく上がるようになるまで続けることにする。待合室でOさんにお会いし、その話をしたら、大笑いされた。

 明日は、妹たちの通院付き添いがあるので、夕食後、筍の下準備をする。生のままでは水っぽく思うので、塩分薄目のだし汁で火を通す。煮物も火を通す。冷めてから、冷蔵庫へ。
 5月9日(金)
 持参の筍類に保冷剤を入れ、リックに詰める。いつも買って行くお弁当類は重いので肩痛のため買わずに行く。8時前に家を出る。新百合ヶ丘からバスで。新百合ヶ丘総合病院へは9時頃着くがすでに3人は来ている。M子9時から脳神経外科、Jさん10時から泌尿器科、M子11時、皮膚科。息子のY君が今日は予約なしで耳鼻科受診。左耳が聞こえにくいという。突発性難聴?と聞くと、そうかもしれない、ストレスが原因かも、という。確かに、両親の介護を一人荷なっているH君のストレスは大変なものだと思う。愚痴も嫌味も言わず淡々とこなしている様子を見てつくづく感心する。会社も責任ある仕事をやりくりし、親に付き添い、連休は離れて暮らす妻子のもとに帰る。これから超高齢化社会に入ると、多くの人が経験することだと思うが、親の介護はつくづく大変なことだと実感する。それは我が家も同じ。
 結局すべて終わったのは2時頃。会計も機械化し処方箋ももらうのもその薬を取りに行くのもすべてY君の仕事。私は同情するだけ。病院の売店で買ったサンドイッチやお弁当を買って帰る。Jさんは、しきりに外食をしたがったが、歩くのも不自由で、腰に袋を付けている状態では無理である。夜、筍ご飯を作りますからと、説得してコンビニ弁当で納得してもらった。
 3時近くの昼食に、まず私が買って行った、お団子を皆で食べ、そのあと、調理パンやお弁当などそれぞれ食べるとお腹いっぱいになり、夕方、ご飯やM子が手料理も作ってくれたが、食べずに帰った。筍ご飯がおいしく炊き上がったのを確かめ、持って行ったタッパーに軽くよそって持ち帰った。
 5月10日(土)
 今日は、郷土史研究会の日。講師は大野一郎先生(厚木市郷土資料館)
 演題は、『日向修験の石造碑伝(ひで)」~何をつたえているのか~
映像とレシピで詳しい説明があったが、内容は省きます。
 そのあと、Iさん、Nさんと3人でファミレスで昼食。Tさんは、来客があるとのことで、昼食をせずに帰られた。1か月に一度の食事やおしゃべりは、かっての旅仲間にとってささやかだが楽しい語らいのひと時である。
 昨夜、孫が、用事があって午前中に来るという。朝飯、食べさせて、と言ったそうだが、ばあちゃんいないよ、じいちゃんが何か作る、と言っておいたという。
 任せようかと思ったが、やはり作ってあげようと思い、夜、ご飯をタイマーで仕掛けた。牛肉を解凍室へ。葱やキノコ類、野菜など確かめて、すき焼きの用意をする。朝、すき焼き鍋を出し、野菜を切り白菜なども入れて、白滝の下煮する。すき焼きを作り、たけのこの煮物、たけのこご飯も温めて並べたが、ご飯とすき焼きはきれいに食べたが、竹の子には興味を示さなかったという。
 R子がTが好きだからと2度ほどたっぷり持って帰ったのに、と言ったが、やはり飽きたのかもしてない。どんな好物でもたび重なれば、ありがたみはなくなるということか。




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by ttfuji | 2014-05-10 22:43 | 家族・身内・私 | Comments(2)
 5月6日(火)
 振替休日。本来なら肩のリハビリのある日だが、休日のためなし。しかし、痛みも大分軽くなったような気がするのでよしとする。
 先週の金曜日も通院せず様子を見た。ヒアルロン酸注射は1か月間隔にした。先生もそれでいいと言われた。痛みの症状がひどい時は、痛みと炎症を軽くする注射をしていただくことにする。
 昨日、小沢さんからいただいてきた筍7本のうち3本を友人にあげ、4本を夜、茹でる。金曜日まで保存しなければならないので神経を使う。
 夕方、山田さんが、手押し車で、鉢植え5本寄せ植えの百合の苗とミニひまわりの苗、数本を鉢で届けて下さった。ともに、庭で増えたものという。百合は一か月もすれば、一面に真っ白な花を咲かせるという。なるべく直植えにしてほしいという。
 先日、雨の日、整形外科からタクシーを呼んで帰るというので、私の車でお送りしたのだったが、そのお礼といわれる。私が強引にお誘いしたこと、そんな心遣い要りませんのに、と言ったが、有難く頂いた。山田さんは私より6歳高齢。長く民生委員もなさった方できりっとして若々しい。転んで足を痛め整形に通っていらっしゃる。
 庭は夫の管理下なので、Yさんから頂いたと話し、植え替えてほしいと依頼した。
 5月7日(水)
 スイミングスクールは、メンテナンスのため休み。
 午後から、厨房で料理作りに入る。わが家でもこれが最後だから、もう一度、筍ご飯を作ろうと、夫に聞いたところ、堪能しました、という返事。3日に一度の頻度では飽きたらしい。
 それでも炊き込み用に細かく刻んでしまったので、保存してもいいし、どなたかにあげてもいいかと、昼間のうちに3合分炊き、大きな容器3つに入れ替えた。そして改めて白飯2合も炊いた。筍と蒟蒻の土佐煮(おかか煮)、ひめかわの酢味噌、あっさり味の蕗の煮物、きゃらぶき、蕗の葉の佃煮、さやえんどうのバター炒めなど、勢いでつくる。
 しかしこうしたものは主菜にはならないので、肉や魚料理も作る。蕗は小沢さんから、さやえんどうはYさんからの頂き物。
 
    昨日、花の苗を頂いた山田さんに、夕方、筍ご飯と、筍・こん      にゃくの煮物、蕗の煮物と佃煮などお届けする。
 一人暮らしなので、玄関内でおしゃべり、年上だが、若い頃には技術系の仕事をしていたこと、仕事が忙しく晩婚だったという。共通点が多く話が盛り上がった。貰い手がいない娘と来手がいない男性が、世話する人があって一緒になったというので、私もそうですよ、と話した。若い頃のことを書いている、というと私も「私の生い立ち」を書いて製本にしてある、といわれる。
a0055866_11102297.jpg その本をお借りしてきた。満鉄勤務の父親の家族として満州生まれの満州育ち。子ども時代の家族のこと、学校のこと、友達のこと、住んでいた町のことなどがいきいきと驚くほど詳しく書かれている。素晴らしい記録だと思った。

 日記一週間分を書くつもりでいたが、長くなるので、2回に分けて書くことにする。





                                           
 

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by ttfuji | 2014-05-10 20:40 | 友・師・人 | Comments(0)

 ゴールデンウイーク真っ最中。そろそろ終盤だが、どこへ行く当てもなく、家でのんびりしている。テレビでは高速道路の渋滞が報じられている。
 娘が子供の頃や孫が幼い頃は、それでもたまには遠出した。この頃は、人込みや渋滞は疲れるので敬遠する。やはり、齢には勝てず寂しいことだ。
 ゴールデンウイーク中の、新聞の『チャレクロ』も3年前まで挑戦していたが、もうすっかり気力がなくなった。
 5月4日には、かねてから約束していた近所のYさんと本厚木に出かけた。気分転換やショッピングを楽しみたいときは、町田や新宿まで足を延ばすが、特に目的がないウインドショッピングの時は近場で間に合わす。
 同窓会や親戚行きのことを話すと、何を着ていくのと聞かれ、あまり着てないものがいろいろあるから、それから選ぶつもり、というと、こんな時でないと買わないでしょう、見てみましょうと勧める。彼女は、私の服装の指南役、これは似合うとか、地味すぎるとか言ってくれる。もう歳だから、とかおばあさんだからというと、叱られる。自分からそんなことを言っては駄目、老け込まないで、といわれる。
 勿論こちらの懐具合が分かっているから、高価なものを勧めるわけではないし、私自身気に入って手ごろ感がないと買わないが。
 それにしても、試着しお腹周りの肥満にぎょっとした。すらっとしていたらもっとおしゃれが楽しめるのに。
 それでもセパレーツ1着買ってきた。もう少し運動し、甘いものも控えよう、とこういうときだけ思うのだが、のど元過ぎればである。
 靴下屋、雑貨、生活良品なども見て回り、「アフタヌーン」でお茶して、地下食品街で買い物。伊勢原とうきゅうでも買い物して帰ってきた。
 5月5日
 3時にOさん宅に筍を頂きに行くことになっているが、朝から曇り、午後から雨になるという予報。11時前、午前中の伺えないかと電話してみた。もう掘ってあるとのこと。
 わが家から車で約20分、バス終点近くで、門に入り、Uターンできる奥まで入って行く。まだ2度目だが、勝手知ったる他人の家である。Oさんは、そこで農作業していた。息子さん、娘さんはそれぞれ独立。
 竹藪は、と聞けば、前の通りを下った離れたところという。掘りに行くだけでも大変らしい。今年は、よく採れたけど、いつもはイノシシに食べられてしまってあまり取れなかったという。農協で電線を張り巡らしてくれたおかげという。昨日、厚木で買ってきた、手土産と手づくりママレード、近所の人から託されたお砂糖を届けた。沢山の筍と蕗も頂き、帰ってから早速調理に入る。筍はYさんに2本差し上げ、庭でとれたグリンピースと新しい衣類を頂いた。断捨離するつもりというが、素敵な上着だった。
 筍を茹で、蕗は太い所を煮物、細い所はきゃらぶき風、葉っぱは湯がいた後水にさらし刻んでだし醤油で煎り付ける。箸休めやお茶漬け、混ぜご飯にも合う。今日は、筍は豚肉と炊いた。メインはぶりの照り焼き。Nさんから、うずら豆の煮物をこちらからお届けした時の容器に沢山入れて下さった。甘味控えめでやわらかくとてもおいしい。今度から我が家もこれくらいの甘さにしよう。どうも私の味は濃いようだ。
 5月6日の今日は振替休日。長いと思っていたゴールデンウイークも今日で終わる。

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by ttfuji | 2014-05-06 14:02 | 生活雑記 | Comments(2)