私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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 6月28日(土)、今年度初めてのスマイルクラブがあった。この集まりは、70歳以上の高齢者を対象とした老人会である。
 3地区合同で、予備軍の主婦たちが、ボランティアとして準備して下さる。今まで、自治会長のWさんが中心になって立ち上げ、クラブ会長は、Aさんという別の地区の男性だった。
 約一か月前、Wさんと当班担当のお世話下さっているHさんが、今回の案内と参加申し込みの用紙を持って見え、いつもお世話下さっているお礼を述べると、実は、今回ボランティアの方が、大分辞められて、お手伝い下さる方を求めているので、もしご都合がついたら、お願いできないでしょうか、という。そうなんですか、いいですよ、と気軽に引き受けたが、足手まといになるかもしれませんが、と言った。
 以前から、私にできることがあったら仰ってください、と言ったことがある。その頃は5・60代の方が大勢いて、かえってお邪魔虫だったようで、テーブルの片付けや食器洗いを少し手伝っただけで帰ってきた。
 会は1時半から始まるが、お手伝いは12時までに来て下さいと言われた。
 軽く昼食を済ませ出かけた。すでに食器類やお菓子類、飲み物なども準備室に運び込まれており、手順などWさんはじめ慣れた人が差配していた。
 今回初めてなので、という新人も7・8名いた。大体の準備が終わると、Wさんはお願いします、と帰って行った。Wさんも替られたのですか、と聞くと、役員さんもボランティアさんも大分替ったとのこと。Wさんは会長ではないが、実質的に運営も当日の進行も仕切っている。何があったのだろうかと不審に思ったが、自治会長も現役で長くその他、多忙を極めている方だから、ご本人から願い出て替り、その際、ボランティアの方も辞めたいという人もいたのだろうと思っていた。
 代わりに会長を受けられたのは、Kさんという自治会理事の男性だった。Kさんも意欲的に引き受けたという感じだった。
 今まで他地区のAさんが会長で高齢者の生き方や会の意義など熱心に語りかけていた方もやめられたという。そういえば、Aさんの地区の方は誰も参加していなかった。
 運営を巡って何があったのだろうか。
 新会長のKさんは、準備室で皆さんよろしくご協力お願いしますと頭を下げられた。お菓子の購入や自治会集会所からの物品の運び出しなど車でやって下さるので、助かるとのことだった。
 参加者は40数名。一つのテーブルに6名づつ。大皿のお菓子と個別のお盆にセットされたケーキとお茶。別に紅茶も用意されている。
 今日のイベントは、骨粗鬆症の検査と話。昨年に続いて2度目である。私も数値は良くなかったが、皆さんも去年よかったのに、今年は良くないという人が多い。
 3時半まで同じテーブルの人とおしゃべり。片付けも大勢いるから、どんどん片付く。私は、食器を洗う係、それをゆすぐ人、拭く人、箱やケースにしまう人、大皿は、コミュニティセンターから借りたもので、2階の調理室の戸棚まで運ぶ。重いものを運ぶ仕事はできないが、食器を洗うくらいはお手の物。それでも、これでもかというくらい沢山ある。テーブルクロースや布製茶托など会の備品になっているので汚れたものは、代表ボランティアさんが持ちかえって洗ってくる。ふきんや台ふきん、雑巾なども沢山ある。洗剤やスポンジたわしも会のもの。大きなゴミ袋も2つ持ち帰る。Kさんから労われ、残ったお茶とお菓子で反省会?。Kさんの車で物品、用具を自治会収納庫へ運ぶ。中心になってやって下さる人は、外部との交渉やイベントの内容の検討もあり大変だと思う。私のような単純作業でも、お役に立ったとねぎらわれた。
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by ttfuji | 2014-06-29 23:43 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)

郷土史会報の原稿

 郷土史研究会、会報担当の役員さんから、原稿依頼のメールが届いたのは1か月ほど前だった。
 役員をやっていた関係で、毎回、講義録のまとめや感想だったり、史跡巡りの紀行文、その他、エッセー風なものなど書いてきた。
 今回も心づもりはあるがまだまとまっていない。
 内容は、郷土史から離れた趣味のことでも何でもいい、みなさん書いてくださいと定例会の終了後毎回言っている。文学作品歓迎とも。

 いつも一緒に、旅行や図書館や郷土史会に行っている92歳のTさんに、短歌を出しませんか、と先日お誘いしたら、とんでもない、といわれた。絵も書も上手。長く短歌の会に入っていて、いつも私を誘っているのに、今度は私が誘う番だ。作ったものの中からでもいいんですよ、記念になりますよ、と伝えた。ダメダメ、そんなに誘わないでよ、と、私はあんたみたいに発表することに慣れていないし、恥ずかしいよ、案外気後れする質なのよ、といわれる。
 私も、気後れする人間だが、慣れて図々しくなったのか、新聞でも何でも投稿する。ほとんどがボツだが何度かは採用されたことがある。PTA広報、同窓会誌などにも書いてきたから恥ずかしいこととは思わない。
 余り強制しても迷惑かも知れないと、わかりましたと引っ込んだが、先週、図書館へ行った折、短歌の会や自由に作ったものを、あんたに乗せられて探して持ってきた、と用紙に書いたものを沢山見せてくれた。東北大震災の年からここ3~4年の作品である。
 私自身、短歌も俳句も作れないが、Tさんの短歌は、年齢を感じさせない好奇心旺盛な、作品が多い。勿論、老いの嘆きもある。別に2年前に亡くなった老愛犬を詠んだものも多い。この中から選歌は私に任せるという。
 今日、パソコンで打ち直したものを、全部と、選んだものを丸を付けて了解を受けに行ってきた。
何でもいい、任せる、といいながら、恥ずかしいを繰り返す。
 まだ、編集の役員さんに話していないが、何か自分のことのように楽しい。
 私自身の原稿も手を付けなければ。
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by ttfuji | 2014-06-23 21:58 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(2)
 6月20日(金) 
 体操の会は千津自治会館で。いつも同行のFさんは一週間のお休み。体操の7月、8月の実施日が頻繁に変わるので戸惑うし、会員からも不満が出る。はじめ7月は4日にあって11日が休み、といわれ、妹の付き添いが11日なので、良かったと思っていた。ところが妹から電話があり、病院の方は4日になったという。よかった体操がない日になったのでというと、妹もほっとしていた。ところが、今日行くと、やはり4日にあって11日はないという。結局私の場合7月に体操できるのは25日だけである。

 6月21日(土) 
 スイミングは水曜日の振替で今日行く。土曜日は1時間遅れの時間帯。朝ゆっくりなのは、楽だが終了がお昼近くになる。午後から、九条の会関係の話し合いがあるので、10分早く終了させて下さいとコーチに届けた。11時30分に上ることになる。水中歩行の時、コーチが午後は何があるのですか、いろいろなさって忙しそうですね、と聞かれたので、九条の会があるのです。今テレビでも国会の議論が問題になっているでしょう、自民党の思うようになったら大変ですよ、と練習中のも関わらず、熱弁?をふるった。アクアウオークが終わったとき、何人かの人たちが待っていた。そこに、私のブログを見て下さっているIさんが、ブログにスイミングがあっただの、読んだ本のことなどもいろいろ書いているのですよ、といわれた。パソコンやっている人はほとんどなく、あるが布がかぶさっている、という人もいた。すごいですね、といわれ、検索や路線調べなど便利ですよ、などと話し、あっと気が付き、練習の邪魔をしてしまいました、ごめんなさい、と謝った。やさしい人たちだったからよかったが、怒られたり抗議されたりする場合だってある。早終いする私に今日のこと書くんでしょう、とIさんにからかわれたので、反省の弁を書いておきます、と答えた。

 午後は、九条の会関連の集会で、読書会のTさんと出席した。参加者は7人ほどだったが、憲法問題のほか、消費税問題、年金の減額と諸負担金の増額問題、各政党のこと諸々のことが熱心に話し合われた。知らないことも教えられた。
 先日来る予定だった孫のTが7時頃来るというので、夕食の準備があり余りゆっくりできない。Tさんもご主人がデイサービスから戻る前に帰らなければならない。4時まわったところで終会した。

 久しぶりに手巻き寿司風の献立、この頃アボカドが人気でTの好物でもある。私たちはマグロに合わせる。手巻きにせずに鉄火丼風。しかし、孫はいまだにマグロは苦手、特上のシーチキン(頂き物)のマヨネーズ和え、アボカド、玉子2個分のだし巻き卵をどんぶりの酢飯にノリと小葱を散らせた上に載せては食べていた。他にいなりずし3個、ポテトサラダもたっぷりと食べ、満腹といってデザートも食べなかった。高校生の頃ほどの量ではないが、きれいにおいしそうに食べてくれるので気持ちがいい。
 食後は、じいちゃんと将棋をしていた。夫がこの頃、タブレットで詰将棋をやっており、いい勝負だったらしい。久しぶりに楽しんだ様子。娘にいなりずし、ポテトサラダ、頂き物の菓子など持たせる。
 先日小田急線の事故で、帰れなくなった時、小田急では車中の客に、タクシーで帰るように手配してくれたそうだ。Tも証明書をもらい、タクシーの領収書を届け翌日精算してもらったという。会社も大損害だったと思われる。しかし、人身事故でなかったのがせめてよかった。
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by ttfuji | 2014-06-21 23:15 | 家族・身内・私 | Comments(2)
 6月15日(日)
 先週は連日忙しく、多分のんびりだか、ぐったりだかで過ごしたらしく、手帳にも家計簿にも何の記入もなく、思い出せない。一つでも書いていれば、それから芋蔓式にあったことや、思ったことなど思い出せるのに・・・
 6月16日(月) 太極拳に若い人(多分50代?)が入会した。2か月前に入会した人の友達だそうだ。辞める人もいるので、新規に募集しないと会場の確保が難しくなる。以前、多い時は、2つの仕切りを開いて3室分使っていたが、20人を切り2室の制限された。15人を切ると1室になるという。今はまだそこまでいってないが、入会者は歓迎である。20人以上になったときは、もうこれ以上は無理といっていたのだが。先週の今日、Kさんの逝去の報を受けたのだった。Kさんは、3年前退会されたのだった。
 6月17日(火)
 9時頃、A内科へ定期検診へ。ここは予約制ではないので、7時ごろから順番取りの人が並び、8時の受け付けをしてそのまま待つ人や、一旦帰る人などで半日仕事と言われている。私は9時に行き、11時頃といわれ、銀行や買い物を済ませ、一旦買ったものの収納をしてから、今度は歩いて5分ほどのA医院へ。11時頃といわれたが、呼ばれたのは11時40分だった。前回の検査結果は、貧血を覗いて問題なし、とのこと。貧血は体質的なものらしく、ヘモグロビンが問題ないので大丈夫でしょう、食生活で鉄分の多いものは採るよう心がけています、牛乳も鉄分入りをのんでいますと伝える。
 調剤薬局で、いつもの薬を処方していただく。薬剤師さんに、歯痛で抗生薬と痛み止め薬を4日間のんだせいか、舌が黄色く変色し、とても驚いたが、薬をやめて5日後に症状が消えた、ロキソニンは強い薬と訊いていますが、というと、それはロキソニンのせいではありませんよ、原因は抗生薬のの方です、といわれ調剤室に戻り、薬に関する資料を持ってこられ、抗生薬、「ジスロマックS成人用ドライシロップ21」の箇所を示した。そこには、副作用として舌の変色、と書かれていた。謎が解けたと思い、薬手帳を必ず提出するので過去にのんだ薬に目を通し即答できるのだと安心した。
 午後は、整形のリハビリがあった。こちらは、隔週の火曜日。肘を曲げないで腕を上下するように繰り返し練習させられたが、痛みが走るのでどうしても曲げてしまう。その練習をするよう宿題を出された。しかし家に帰れば宿題を忘れてしまう。
 6月18日(水)
 スイミングの日だが、休んで和田堀廟所へ。本殿と墓前でお経をあげて頂き納骨までの一切が済む。身内のことは書かないことにしているので詳しくは書かない。京王プラザホテルで潔斎の宴あり。荒天が気づかれたが、小降りになりそれも止んだ。伊勢原から乗る前に、きゃらぶきやふきのとうの佃煮の手土産をいくつか買うと、私の服装を見てご法事ですか、と聞く。ハイと答えると、私も先週会葬がありました、といい、私もというとKさんのお知り合いであることがわかった。
 6月19日(木)
 図書館へ。以前、図書館前で「お年を聞いてもいいですか」と尋ねられ、戦争体験の話をして下さいませんか、と聞いてきたMさんが、今度は、お借りした憲法の本をお返ししたいので、今度図書館へ行く日はいつですか、とメールで聞いてきた。今日行くと返信し、10時に図書館前で会い、九条の会のビラをお友達に配ってほしいと、数枚をお願いした。
 図書館ではリクエスト本が届いており、合わせて4冊借りてきた。そういえば、5月から読書録を書いていない。気になるが題名だけにしようかどうしようと迷っている。
 孫のTが夜、来ることになっており、夕食も頂くと言っていたので、張り切って用意をしていた。 エビ天や野菜天、かき揚げ、いなりずし、煮物など途中までのものもあったが、テレビで小田急線の脱線事故を報じ、11時頃復旧の見込みとのことで、今日は来られないと話していると、案の条、本人から電話があった。事故のことをテレビで知ったというと、もう知っていたのと反対に驚いていた。日を改めまた来るとのことだった。
 
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by ttfuji | 2014-06-19 23:17 | 医療・健康 | Comments(0)

郷土史研究会と市展と

 6月14日(土)
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 郷土史会は毎月第2土曜日午前中にある。今日の講義は、郷土史家、宮崎武雄先生の
『大山に伝わる史話を検証する』というもの。
 古文書や史料、相模国風土記、浮世絵、碑などを参考に伝えられていることが本当か嘘かを検証することに、意欲を燃やしているという。 


 例えば、
 ●徳川家康が慶長の改革の時、「大山に来た」という話があるが本当か
 ●春日局は本当に大山に来たか
 ●片参りの言い伝えは明治以降に作られた
 ●大山門前町にある四つの滝のうち、禊の滝はいくつあったか?
 ●女坂にある無明橋での「言葉を慎む」の話は江戸時代は頂上にあった。
 その他寺に関する疑問など8項目にわたって詳しく話された。
 質疑応答では、私もいつも愚問をすることにしている。

 終了後、1階の展示ホールで「第19回いせはら市展」が開催されていたので、鑑賞した。市長賞などいくつもの賞が設けられていた。
 この頃、美術館へ行くことも少なくなったので身近な美術展を見るようにしている。
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by ttfuji | 2014-06-15 20:50 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(2)
 6月11日(水)は大変忙しい日であった。
 雨は小降りだったり、時々本降りになったりだったが、午前中はスイミングがあり、午後から読書会があった。お茶菓子の係りも引き受けていたので、帰りにスイミング近くのスーパーに寄って、ゼリー菓子と家の買い物もついでに済ませる。
 Tさんが、ご主人の病院付き添いで、帰宅が遅れる場合、読書会は少し遅れるかも知れないが、必ず行くというので、家を出られる時、電話下さい、車で迎えに行きますからと伝える。歩いてきたら30分近くかかる距離、車だったら7・8分で往復できる。すみませんね、と言われ、会が始まる前に、今日は早く終わったと電話があった。
 
 読書会は今や、5名の会員で、前回、前々回と欠席者もあり、司会、記録、お茶菓子当番が判然としなくなっている。 
 隔月で2月と4月に『大地の子』を取り上げたが、主要メンバーのSさんがが2回とも不在で、雑談のような何とも締らない会であった。2月は、Sさんが会場を間違えて(というよりSさんが正しいのだが)別会場に入った4人と、公民館に来ているのに会えなかった。私たちは、囲碁をやっている人たちと同じ会場を使うことになったと、早や合点し、いつもの大きなテーブルについた。ところがSさんは、いつもの部屋に入ろうとしたら、男性たちが囲碁をやっている。
 おかしいと思って掲示板を見ると、第一学習室になっている。係に訊くと、空き室があったので変更してくれた由。Sさんはここで1時間以上待ったが誰も来ないので、公民館に断って帰ってきたという。私たちは掲示板を見なかったのは落ち度だが、今まで確認して入ったことはない。それに入室の時、挨拶したのに何も言われなかったし、どう考えても、公民館の不親切と思える事態だった。
 公民館の係が新入りで慣れなくて気働きできないのだろうと、なにも言わなかったが。
 Sさんの4月の欠席はインフルエンザで仕方がないが。
 それでも、2回分の意見や感想をまとめたものをプリントして持って行った。
 4月の時、6月に取り上げる本の候補として、『漂砂にうたう』と『櫛挽地守』が上がったが私の推した『漂砂にうたう』に決まった。Nさんは『櫛挽地守』を推薦したが。
 私はどちらも読んでいるしブログに感想を書いているので、今回も楽が出来た。 本も図書館にあったので買うことなく2度目も借りてきた。
 おおむね評判は良かったが、いつも厳しい意見を言うSさんは、女性を売り買いする遊郭の話は好きではない、Fさんがなぜこの本を紹介したのかな、と疑問に思った、と言われた。
 時代は明治維新から10年たった頃で、武家の次男坊の定九郎は、遊郭の立ち番、客引きの仕事をしている。武家社会の崩壊で、多くの武士は私語ともなく、定九郎自身、落ちたと感じているが、ここから抜け出すことは容易ではなく、表面上は、ただ流されてそれを受け入れているような頼りない男のようにふるまっている。
 花魁や女郎の身の上のことなども書かれているが、だれもが川底に漂う砂粒のような存在で、時代そのものがそうであると思う、と私の意見を述べた。
 大勢の登場人物もそれぞれ特徴があって、役割を果たしており話も盛り上がった。
 3時半頃、終了。今夜お通夜があると話すと、皆さん、話を打ち切ることに協力して下さった。

 夕食の用意をし、雨の夜の運転は避けていたが、まだ明るかったので、Yさんと5時半頃車で出かけた。駐車場も広く、そこから斎場までマイクロバスがピストン輸送してくれていた。すごい参列者だった。
 その場、その場で気持の切り替えが必要で疲れた一日だった。

 13日、金曜日は、体操の会があり出席したが、その前に、15分ほど早く家を出て、九条の会のパンフレットとビラを、2人の賛同者にお届けした。というよりポストに入れてきた。配布依頼である。この所、安倍政権の憲法に対する発言や急速な動きに危機感を持ってのPR活動である。
 そのあと,体操に同行する二人を乗せて公民館へ向かった。
 久しぶりに身体を動かしたという気分になれた。
 14日、土曜日は、郷土史研究会がある。この会が私にとって、最も楽しみな会である。
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by ttfuji | 2014-06-13 23:06 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)

友の訃報

 月曜日の夕方、IさんよりKさんの悲しい知らせがあった。ともに親しかったKさんが、今朝3時頃、病院でなくなられたという。3年ほどの闘病であったが、4月13日の夜、白と紫のライラックの花が咲いたのよ、Yさんと見に来て、という電話を受け、14日の午後、YさんとKさんと3人で伺ったのだった。お会いできなくても、伺ったことだけ知らせてほしいとチャイムを押すと、ご主人が出られて、私たちを引き留め、Kさんに訊きに行って下さった。
 上がってくださいと言ってますから、と言われ恐縮しながらベッドのそばに行った。ほんの5分ほどしかいなかったが、ありがとう、あえてよかったと言って下さった。その後入院したことをお聞きしたばかりだった。
 甲状腺や肺の病気で酸素吸入をしていた。美しく優しくライラックの花を思わせる人だった。
 通夜は昨日11日、告別式は今日12日だったが,Yさんと通夜に参列した。
 私より年少なのに、惜しまれてならない。ご冥福をお祈りします。
 
 4月14日のブログ、「この一週間」にライラックの花が咲いている写真が載せてあります。
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by ttfuji | 2014-06-12 16:14 | 友・師・人 | Comments(0)

庭の管理と攻防

 6月9日(月)
 太極拳があり、帰りにIさんからナスの苗を頂いた。夫の管理下にある庭だが、ナス2本分位の余地はあるだろうと思っていたが、思わぬ反応だった。その苗どうしたの、と聞かれIさんに頂いたの、8本あったけど、皆さん分けて持ち帰ったというと、どこへ植えるつもりだ、場所なんてないよ、という。確かに、狭い庭に所狭しと、いろいろ植えてある。ミニトマト3本、レタス4本、小玉スイカ1本、ナス1本、周りは茗荷や菊が茂っている。西側にはゴーヤも何本か育っている。
 しかし、探せば植えられる場所はある。しかし、口を挟ませない。くれると言っても断ればいいじゃないかという。
 先日、Yさんが、手押し車に乗せ持って来て下さった、ミニひまわりと百合の鉢、ひまわりはフェンス間際に植えてくれたが、百合は大きな鉢に寄せ植えのまま。下さる時、地に植え替えてね、と言われたのだった。夫に折角下さったのに、このままでは申し訳ない、通りががったとき、百合どこに植えたのかしらと思われる、というと場所がないのだからしょうがないだろうと。
 道路側に耕したところがあるけれど、その一部、隅の方に植えてほしいのだけれど、と言おうとして、やめた。
 植えるものは決まっている、何もしない癖に、あれこれ言うな、と怒り出すのが目に見えている。水仙やチューリップやアヤメやカキツバタなど花が終わるとさっさと抜いて耕し、次の花を植えるのだ。あなたは、私が植えたものはみんな抜いてしまう。私が余程嫌いなのね、だから私のモノに当たって捨ててしまう。
 あんたは、自分の土地が欲しいと言って確保したところ、何の世話もしないで草ぼうぼうじゃないか、オレは約束通り手も触れてないが、あのざまだ。という。
 草取りはしてますよ、でもドクダミや野草が咲いている庭は好きですよ、というと呆れた顔をする。都わすれやシュウメイギクが好きでどうしても植えたいと、1メートル四方ほど確保した土地だが、つつじの大木とアジサイが左右から覆いかぶさって、日照が極めて悪い。何年目かで昨年何輪か咲いたが、増えていかない。
 翌日、夫が体操に行った折、4輪の蕾の大きくなった百合を道路側の隣家との境に鉢から出して3本植え替えた。クレームはつけられるかハラハラしたが、先に植え替えましたよ、と言ったら、何も言わずに見に行った。その代り以後一切口を出さないと約束させられた。花の苗をもらってくるなとも言われた。欲しいと言ったのではなく、下さったのだが。庭のことでは必ず口論になる。
 
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by ttfuji | 2014-06-12 15:43 | 自然・花・景色・庭 | Comments(2)

Yさんのピアノを聴きに

 6月7日(土)の今日、市の文化会館に大先輩であり友人のYさんのピアノ発表会を聴きに行きました。
 ロビーにいられた、同じ住宅地に住む5人の方とご一緒する。みなさんは午前中から来て子どもさんたちの発表も聞かれた由。
 伊勢原ミュージックアカデミー 第10回 夏のコンサート と銘打った発表会である。
 午前中は、小中学生の発表会で、大人(シニアが多い)の部は午後2時半からであった。
 発表の内容は、ピアノ、バイオリン、ギター、マリンバ、ソプラノ、テノールと多彩。

 ミュージックアカデミーに習いに来ている人たちは、定年後の男性や、リハビリを兼ねてといった人もいられる。習い始めて何年か、今、古稀を迎えたという女性もいる。昔やっていた音楽をもう一度練習したいという方もいる。中に湘南ベルマーレの応援歌を自作自演でうたった、シンガーソングライターのような素晴らしいテノールの歌声を聞かせてくれた中年男性もいられた。ソプラノで「理想の女」をうたった若い女性、アザミの歌を歌った別の女性も。
 Yさんは80代半ばだが、40年くらい趣味で弾いていたと聞く。ピアノソナタ「悲愴」第2楽章を力強く情感豊かに演奏された。先日『わたしの生い立ち』という文集を読ませて頂いたが、子ども時代にピアノに親しんだことが書かれていた。成人してからも折にふれて弾いていたと言われるだけあってピアノでは最後の演奏だった。そのあとにテノールの男性。トリを務めたマリンバの女性の演奏も素晴らしかった。
 勿論、こうした発表会は、上手下手ではなく、一生懸命さを見てほしい、それは美しいです、と、最初に主催者の先生の挨拶があったがその通りと思い共感しました。
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by ttfuji | 2014-06-07 23:10 | 友・師・人 | Comments(4)
 6月7日(土)は夫が東京へ某講座を受けに行く日である。梅雨に入り雨が小止みなく降っている。こんな日は、予定を中止するかも知れないと思ったが行くという。
 10時頃、駅まで送る。そのあと買い物に向かうが、午後から文化会館へピアノ発表会を聴きに行くと話す。夫が、雨で東京行きを取りやめれば、誘ってみようかと思っていたコンサートである。というのは、10年近く前、夫もこの教室にピアノを習いに、3年ほど通っていたからである。
 ところが近隣のピアノ騒音が問題になり、サイレントピアノに改造した途端、ヘッドホンで聞くピアノの音が気に入らず、弾く気を失ったのだった。最近はタブレットでピアノを弾いており、また習いたいと言うことがある。
 結局、講座を休むつもりはないと新宿へ行った。

 コンサートは午後2時からと聞いていたが、開演は2時半からと聞き、30分待つ間、隣の図書館のミニギャラリーへ行ってきた。2日前の木曜日、図書館行きの折、次回展示の『紙芝居の原画展』を予告していたので、丁度良かった。
 『牛のなみだ』は、福島原発で、置き去りにされ、飼い主が必死になって世話をしようとしたが、移動も世話をしに行くことも許されず、餓死していく牛の話である。そのほか、「カニの商売」「ガチョウの誕生日」の原画が展示されていた。
 『カニの商売』は、ハサミを持っているかには、ハサミを使う商売をしようと、床屋を始めた。客としてきたタコに毛はないかと聞き、タコは逃げ出す。海の客で毛のある客はいない。

この展示は、タウン誌でも紹介され、各地に回るらしい。

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by ttfuji | 2014-06-07 19:11 | 美術鑑賞 | Comments(1)