私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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退院後のこと

 胆石の内視鏡手術は、一応済み翌日には退院となった。しかし、夫は、前回とは違う、なんとなく違和感があるとお腹をさすっている。退院して以後、おかゆを所望されている。なるべく脂肪の多いものは避けるように言われたという。今までだってそれはまもってきている。高脂血症、中性脂肪など基準値内を守っている。ただし、夫は外食好きなのでそこまでチェックはできない。かなり高カロリーのものを好むが、太らない体質だと自信満々だ。
 ところが老齢になって、お腹が出てきたと気にしだし、腹筋を鍛えてジムで61歳の体と測定されて自慢している。
 そんな夫が2k体重が減った、痩せただろ、というので、入院したらその位当然ですよ、良かったでしょう、というと、いや、体力が衰えて力が出ない、これじゃだめだ、という。
 もうこの齢になって、あれこれ食べたいものを我慢するのは嫌だ、とついこの前まで言っていた夫に、勝手なことばかり言って、と反発する気持ちがある。しかし、食事管理に腐心している自分もある。これは、主婦としての意地でありプライドでもあるのだろうか。
 
 それはともかく、夫は胆嚢の出口に袋を付けたことは、知らされていないらしく、昨日と今日、2度にわたって説明しても、聞いてないというばかり。今日も、前回とは違う、違和感がある、と言うのできっと袋のせいじゃないですか、と言い、それを付けなければ石が膵臓に行くと膵炎になるので、袋で食い止めるそうです。袋は3か月に一度取り替えるので今回のような手術を繰り返さないためにも、胆嚢摘出手術を勧められたのですよ。腹部大動脈瘤があるので、繰り返しの手術は危険なのかもしれませんよ、と言ったら黙って考え込んでいた。
 次回は11月14日の健診がある。その時は多分、決断するとおもうのだが。私の説得を聴きますように。
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by ttfuji | 2014-10-31 22:45 | 家族・身内・私 | Comments(2)

夫の入院・手術・退院

 10月26日(日)
 明日の夫の入院を控え、入院用品を用意し書類をチェックする。入院誓約書に保証人欄がある。二人のうち一人は同居でない市内在住者と条件が付いている。Oさんのご主人にお願いしていたが、ご主人が入院中のため、高校教師である息子さんが保証人になって下さった。Oさんのご主人が入院の時、わが家の夫が保証人になった。お互い助け合っている。 
 10月27日(月)
 晴。夫の胆石の内視鏡手術のため、10時に病院行き。
 1階の入退院の窓口で書類提出し入院手続き。書類の確認だけ終わると、別コーナーで待つように言われ、エレベーターで6階に案内される。夫は6階の個室を頼んだというが、一人部屋の空きがなく、緊急用に仮に使う部屋だという、空き次第交換するという。しかし、特別室のように広々とした設備のいい部屋だった。外の見晴らしもいい。看護師さんに聞くと、この部屋は緊急の場合使うので、急に出なければならない場合もあるという。従って料金はかからないそうだ。ラッキーねと私は言ったがその翌朝4人部屋に移された。結局、一人部屋は満室だったらしい。看護師さんが、担当医は今内視鏡手術中なので、午後、手術の説明があるという。こちらの質問に、昼は普通食、今夜は病人食、明日は絶食と告げられると、夫はウエっという声を出す。前回で承知しているはずなのに。点滴で必要な栄養は取っているはずだからとハッパをかける。でもお腹空きますよね、と若い看護師さんは夫に同情して下さる。

 本来なら今日27日は、太極拳のある日だったが、何時もの伊豆行きの小旅行のお誘いがあり、申し込んで楽しみにしていた。それがどちらも参加できなくなった。夫の病気であれば、当然でやむを得ないと納得しているが、それにしても私の行事と家族のことが重なることが多い。これからはますます頻度が増すだろう。
 10月28日(火)
 10時、同じ病院の眼科に私の健診がある。少し早く行って夫の病室を覗くと医師たちが緊急手当てをしている様子。びっくりして声をかけると、看護師さんに入らないでください、と制された。夫ではなかった。夫は4人部屋に移っていた。
 眼科が終わったら来ますから、R子も昼頃来るって言ってましたと伝える。眼科は11時頃終わる。眼科でも、会計でも、薬局でも近所のHさんのご主人と一緒だった。つい夫のことも話すことになる。R子から電話で駅に着いたという。シャトルバスがあることを告げたがなかなか来ない。バスが来ないので歩いてきたという。10分ほどの距離だが、昼は間隔があいているらしい。しばらく親子でおしゃべり。1時近く、二人で院内のカフェで昼食をとる。夫は車で食べに行って来たら、と勧めるが、面倒なのでサンドイッチとコーヒーで済ます。
 手術は夕方かもっと遅くなると聞いたので一旦家に帰ることにする。4時前に来ると伝え娘だけ残る。洗濯物の取り入れ等家事もある。
 駅周辺で時間をつぶしていた娘と合流し、病院へ。夫は手術室に入っていた。その間、病室の近くにあるラウンジで待つ。1時間ほどで戻る。麻酔のせいか朦朧とした様子。呼びかけると、目を開け「腹が痛い」という。前はそんなことなかったのに、という。しかし、激痛ではないようだ。
 先生が見えて、ご家族の方に説明しますので一緒に来てください、といわれ、娘と映像のある室に行った。胆嚢から胆管、膵臓などが映され、胆嚢にはまだたくさんの石がある。それがいつ流れ出ないとも言えない、一週間後かも知れないし何か月後かも知れない、と前回と同じ説明だった。前回は胆管に流れ出て膵炎を起こしかけていたという。そのため、今回は胆嚢の出口に小さな袋を付けた。
 ただし、袋には胆石がたまるので、3か月に一度取り替え手術をする必要がある、と言われた。
夫の場合、大きな大動脈瘤があるので、細心の注意が必要であり、本来なら胆嚢摘出が望ましいらしいが、前回、本人がそれを拒否しているので摘出は出来ない。ご家族ともよく相談して下さい、と言われた。3か月に一度、袋の取り換えも大変なことだし、胆嚢を摘出しても問題ないとのことなので、夫には次回検診の時勧めるつもりだ。内視鏡手術の人が多く、日程をとるのが大変とも聞いた。
 この日は点滴だけの治療。明日午前中の診察を受け、問題がなければ病院食の昼食を食べ退院となる。娘に家に泊まらないかというと、明日仕事がある、というので駅まで送る。
 10月20日(水)
 スイミングのある日なので、休むのはもったいないと思い出かけた。10分早く切り上げた。
 携帯を見ると、夫から9時半の着信歴。スイミングのことは話してあるのに、もうろうとして忘れたのかしら、と思いつつ、帰宅してからナースステーションに電話して、電話もらったが急用かと伝言を頼んだ。すぐに夫が出て、今日午後の退院になったから、という。12時半に行く予定でしたと言うと、わかった、今日水泳だったね、という。早目の軽い昼食をとり急いで身支度し出掛けると、まだ寝巻のまま点滴をつけ横になっていた。昼食は食べたという。まだ、今後の予定は何も聞いてないという。着替えやタオル類、洗面用具など大きなバッグに片づけていった。小物類は紙袋へ。大事なタブレットは自分のショルダーバッグに。先生の説明や書類が届く間に、入院請求書を持って会計へ行き精算を済ませる。点滴も外され着替えも済ませて次回からの来院の予定など書いたものも渡されたという。看護師さんに挨拶して帰ろうとしたが、ナースステーションには誰もいなかった。そのまま帰る。夫はしきりにお腹をさすり、胃のあたりが痛い、何か、前とは違う感じだ、という。きっと袋を付けたせいじゃないですか、と私は言った。
 夕食はおかゆがいいという。そのためのおかずをいろいろ考えた。
 


 
 
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by ttfuji | 2014-10-30 23:52 | 家族・身内・私 | Comments(2)
 10月25日(土)
 伊勢原市文化祭の先駆けとして、文化会館に於いて10余グループの発表会があり、友人に誘われて観に行ってきた。
 長年、研鑽を積んだグループの人達だけに、どれも素晴らしく見事なものだった。大正琴のグループには体操で一緒の4人の方が出演していた。どの会の方も美しい衣装とメイキャップ?で若々しく美しかった。
 10数年前、フラダンスをかじったことがあるが、ついて行けず、2年ほどでやめたが、その頃の私たちに比べればプロとアマ以上の差がある。皆さん笑顔を絶やさず心から楽しんでいられ、まるで映画のフラガールのように素敵だった。フォーク・レクダンス・民謡の踊りは地元のこまづくり唄やスカイツリー音頭があり楽しめた。
 また女性一人男性4人のラテン音楽の歌と演奏は、うっとり聞き惚れるほどよかった。一流のバンドを聴いたような気分にひたれた。9曲のうち何曲かはギター&ボーカルの佐相巽氏の作詞作曲によるものだそうです。
 残念ながら写真は失敗だった。大正琴とレクダンスの一枚だけがピンボケながら映っていた。遠景からとる写真の設定が分からなかったためらしい。

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by ttfuji | 2014-10-25 23:21 | 映画・演劇・音楽 | Comments(2)
 10月24日(金)
ここ数日雨模様の日が続いた。気温も低かった。そんな中でも気忙しい日が続いた。
昨日(23日)は、恒例の第24回神奈川県高齢者体育会・県大会が大和市スポーツセンターであり、県下150以上の団体が参加。わが「さつきの会」も7名が参加した。
 私が参加するのは3回目。いままでで最低の参加者である。先生も役員も、会員にもっと参加してほしいと呼びかけに必死だった。私も、最初は欠席にしていたが、参加者が減って困っていると言われ、ベテラン組(年数の多い人)だけの参加となった。昨年まとめて入った若手の人が、すべて不参加、という事態に割り切れない思いもしたが、理由は、休日でなく金曜日ということで、別の会があるからという。
 時期的に文化祭などの準備に追われている人も多く、それぞれ忙しいのは分かるが、参加者も万障繰り合わせての参加だった。

 私たちの出場は午後の部、しかし開会式やセレモニーも見学できた。
 昼休みには、いつものように県警音楽隊の演奏とカラーガイドの演技があった。
私たちは課題のフォークダンスとリズム体操で「青い山脈」と「心うきうき」を厚木支部の人達と踊った。緊張はしたが気分は悪くなかった。この年で日頃の努力を披露するのも悪くないと感じた。
 用事があって3人が途中で帰り、残りの4人も最後までいず、3時前に帰ってきた。

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by ttfuji | 2014-10-24 21:50 | 太極拳・スイミング・体操 | Comments(0)
 10月17日(金)
 夫は消化器科の検査の日で9時半にバイクで出かけて行った。私は、体操の会がありFさんと車で出かけた。カレンダーにお互いの予定が書きこまれたのを見た時、天候が悪かったら車は夫が使うだろうな、そしたら、中央公民館まで歩いて行くことになる、涼しくなったから歩いて行けないこともない、たまには歩くのもいいかもしれない、とFさんにも伝え10分ほど早く待ち合わせしてあった。所がこのところ好天で暖かい日が続いているので、前日、夫からバイクで行くから車使っていいよ、と言われた。Fさんにすぐ電話し、いつものように車で行くのでいつものように家の前で待ってもらうことにした。

 体操が終わって、買い物後、帰宅すると、テーブルの上に、入院関係の書類が置いてある。びっくりして、夫の部屋に行き、いつ何で入院ですか、と聞いた。
 検査で、また胆石が出かかっていると言われた。27日入院で28日手術、早ければ29日か30日には退院できるらしいという。内視鏡手術だから簡単という。
 前回1月末に入院手術している。その時、胆嚢にはまだ石がいっぱい入っていて、それがいつ出てくるかわからない、明日かも知れないし、数日後かも知れない何か月後かも知れないし1年後くらいかもしれない、と言われ胆嚢の摘出手術を勧められた。夫はそれを断っている。10か月で言われたことが起こったことになる。今度もまた胆嚢手術を勧められたら、応じたほうがいいと私は思っているのだが、本人がどう決めるか。中々頑固なひとだから。
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by ttfuji | 2014-10-19 22:23 | 医療・健康 | Comments(0)

一週間早い図書館行き

 10月16日(木)
 図書館行き。本来なら来週の23日が返却日だが、Tさんも私も別な予定ができ行けなくなった。
 それで、予定より一週間早い図書館行きとなった。二人とも木曜日以外は一緒に行ける日はない。
 Tさんは、息子夫婦と同居しているが、2人が旅行するので、その間(3日か4日?)、ショートステーに行ってほしいと、息子さんに言われた由。93歳の老親を一人にしておけないという息子たちの配慮だが、なんでも一人でやり、書道、絵の会、短歌、郷土史、図書館と熱心に通い、買い物も食事作りも洗濯も一人でこなしているTさんから見たら有難迷惑なのだが、若い者には抗えないようだ。その間、すべてのお稽古事も出られない。
 私の場合は、23日は、神奈川県高齢者体操の大会があり、人数の関係でどうしても出場してほしいと言われ断れなくなった。大会でフォークダンスをするのが苦手で気が重いのだ。
 一週間しかなかったので、借りた本の半分しか読めなかったが、1冊継続して別に2冊借りてきた。
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by ttfuji | 2014-10-19 21:43 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)

ブログ日記雑感

 こんな日記でも、あとになって記録を探すことがある。前回この人と会ったのはいつだったか?、あの人の法事は?、あの会で話し合われたことは?、あの旅行のコースや出来事は?、前回の入院は何の病気でいつだったか?、地域のことや出来事は?、等々・・。最近、友人と話したり、夫に聞かれたり自分で調べる必要があったことである。そんな時、カテゴリーの分類が役に立つ。
 ところが、毎日書いている時間がないと、一週間まとめて書くことも多い。その週に九条の会があったり、体操があったり、郷土史があったり、病院行があったりすると、どのカテゴリーに入れていいか迷い、生活雑記とか、つれづれ日記とかにまとめてしまう。カテゴリーに分けるのは、全く個人的な理由なので、読んで下さる人には関係ないのだが、これからは、もっといい方法を探りたいと思っている。

 ブログ日記を初めて今月末で9年になる。人生の急な下り坂にあるのを感じるが、もう少し頑張ろうと思っている。
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by ttfuji | 2014-10-18 15:54 | パソコン・スマホ | Comments(2)
 10月12日(日)
 台風9号が北上中。しかし、関東に直撃、または通過するのは明日以降のようで曇りで静かな日となった。暑からず寒からずで、まさに運動会にはおあつらえ向きの日となった。12地区合同の体育祭で、地区対抗の種目もいくつかある。応援する人が少ないのはさみしいので応援に、というより、できるだけ多くの種目に参加して、菓子や日用雑貨など参加賞をもらうのも楽しい。みな家族連れ子供連れが多くにぎやかだ。自治会のテントにはシートの上にゴザが敷かれ椅子の用意もある。高齢者は椅子に座らせてもらえるので有難い。高齢者出場種目は3種しかない。しかしプログラムに一般、と書かれているものの中で、出来そうなものには元気なお年寄りも出ている。私も4種目に出た。一緒に行ったNさんは私より多く参加していた。参加することが楽しくなるのだ。クイズ形式のファイナルアンサーは人気種目で、イエスかノー、2者択一で左右に分かれ、不正解者をふるい落としていく。ふるい落とすための問題だから、微妙な数字の違いで落とされる。例えば、小学生の人数は780より多いか少ないか、とか消防車の出場回数の問題とか、市に関する問題が多い。何百人も参加しているが、1回で敗退してもすべての人に参加賞は頂ける。用意する品数は大変な量で関係者の用意は大変だろう。綱引きや縄跳び、むかで競争、リレーなどわが地区は一回戦で敗退した。
 強い地区は、地区でも練習やリハーサルなど準備してくるとのこと。熱の入れようが違う。
 とにかく、お弁当も頂き、飲み物も色々頂いて、4時まで楽しませて頂いた。
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by ttfuji | 2014-10-17 21:13 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)

庭の秋明菊

 二つの台風をくぐって我が家の2株の秀明菊がやっと花を咲かせてくれました。日当たりの悪い場所を漸く確保して何年か前に植えたものの、白は絶えてしまい、ピンクだけ咲きました。蕾がついたのを発見してから、膨らんでくるのを毎日のようにのぞき、写真に撮ったりしましたが、台風の襲来で折れてしまわないか気をもみました。窪地のような場所が幸いしたのか、一週間ほど前に一輪咲きいくつかのつぼみが膨らんでいました。咲くたびに写真を撮りましたが、風で揺れていい写真が取れませんでした。カメラの不調もあり漸く今日ブログに載せることが出来ました。
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by ttfuji | 2014-10-16 15:42 | 自然・花・景色・庭 | Comments(0)
10 月11日(土)
 郷土史研究会。今日の講師は、この会で4度目となる、小沢昭子先生。神奈川県公文書館で資料の研究に携わっていられたが、昨年から横浜の公立高校の日本史を教えていらっしゃる。
 前回は『武家の家計簿』ー旗本間部氏の台所事情ーで、1回目は『相模の旗本』2回目は『伊勢原市域の争論と江戸時代の訴訟制度』3度目が前記した『武家の家計簿」で今回が第4回ということになる。毎回詳しく、解りやすく、歯切れよく説明して下さる。こちらの会のみなさんは熱心に耳を傾けて下さり反応もあって、話していても楽しいです、と言って下さる。
 高校生の授業風景が垣間見られる話もあり、いかに授業に集中させるか、苦心のほどが感じられる。レジュメや講義中の話にも時々クイズが出される。
 「参勤交代」については、歴史の授業や小説、時代劇などで、かなり知っているつもりでいたが、へえそうなのか、という話も多かった。
 講義内容をすっかり写すのは禁じられているので、ここでクイズです、という部分だけ載せてみます。
  1、大名行列(譜代大名や外様大名)が通行するときの掛け声は?
  2、大名行列の並び順はいつも同じ?
  3、大名行列を横切っても許された職業は?
  4、大名行列と普通の旅人、歩く速さが速かったのはどっち? 
 1、は下に~下に~と掛け声を掛けるのは将軍家と御三家(水戸・尾張・紀伊)だけ。あとは掛け  声なし。
 2、並び順はいつも同じ。はじめと最後は(出発時と到着時)きちんと並んだが、途中は不揃い。
 3、生麦事件のような、無礼者、と切られる事件はあったが、お産婆さんだけは許された。
 4、 大名行列の方が速かった。
 遅れると宿代や食べ物、諸経費がかかる。豊かでない藩が多く川の氾濫や橋が流がされたりしたら大変である。宿に着くのが遅れて、野宿することもあった。宿からは死活問題なので請求される。
 参勤交代は藩の財政をそぎ、幕府に歯向かえないようにするため、といわれていたが、時々幕府からは、質素にするように、人数も減らせ、という通達も出ている。しかし、目いっぱい派手にし、競い合うようにするのは、見栄だそうである。

 参勤交代の起源は鎌倉時代にあり、制度化していった。鎌倉期の御家人の義務として鎌倉番役、京都大番役、異国警備番役などの軍役負担があった。室町時代は、守護大名の京都集住、鎌倉集住があった。
 秀吉時代は、「惣無事」の「お礼」の服属、妻子の上洛、主自身も京都に詰める
 家康時代は、大名の服属儀礼となり、参勤しないと幕府への反逆とみなされた。参勤した大名には
江戸に邸地が与えられ、以後、恒常的に参勤を命じる。
 秀忠時代は、年頭参賀が行われた。
 吉宗時代になると、参勤交代は例えば(在江戸1年、国元1年)から(在江戸半年、国元1年半)というように緩和された。
 幕末になるとさらに緩和され、文久2年(1862)の改革では頻度を3年に1回(100日)となり人質の帰国も認められた。やがて大政奉還(1867)となる。
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by ttfuji | 2014-10-15 23:32 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)