私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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 11月27日(木)
 美容院へ行きたいと思いながら、日曜日に電話したらお休みだった。完全予約制で予約がないと休んで出かけるところがあると店を休む。
 月・火と休業だから3連休でどこかへお出かけかと思い水曜日の夜、明日お願いしたいと電話し予約を取った。
 木曜日は図書館行きの日なので、そのあと行くと11時の予約にした。手帳を見ると何と歯科予約10時半と記されている。カレンダーに記入漏れだった。
 図書館行きをいつもより30分早くしたいと,Tさんに電話する。9時半にTさん宅前にでていてもらい、図書館の返却、本の選択、帯出を済ませ、Tさんを駅に送り、歯科医院へ。
 歯周病予防の手入れをして頂く。来週、上の歯をやって下さるそうで、必ず2週にわたって歯石除去は行われる。
 そのあと美容院へ。何とか間に合った。ヘヤダイとカットをお願いする。先日の日曜日がお休みだったことを聞くと、田舎の行事が東京で行われ、友人達から誘われて行ってきたという。丁度、予約もなかったし、と言われる。こんな気儘を許して下さるお客様だけを相手にしたいと言われ、私なども、気ままでいいから、やめないでやってほしいと頼んでいる。先生自身もたとえ一人でも来て下さるお客がいる限り続けたいと言われる。
 11月28日(金)
 夫の病院行き付き添いで9時に出る。検査の後診察がある。午後までかかるようなので、今日も体操は休む。11月は全休である。
 先週から幾つ検査が行われたことか。血液検査は毎回、心臓の検査、肺の検査もあった。手術前に手術ができる状態かどうかを調べる検査という。
 11時過ぎ、診察室に呼ばれる。こちらは、胆嚢摘出手術をお願いしているので、それについての手術の説明がなされるものと思っていた。ところが、映像を示しての説明は、大動脈瘤があるため胆嚢の摘出手術は出来ないというものだった。なるべく早く心血科の先生と相談してほしい、と言われた。
 夫は、手術しない場合は、3か月おきに胆嚢の袋の交換はやってもらえるのですね、と確認をとるばかりで大動脈瘤の手術はやりたくない、という。前に川崎の病院で検査した際、リスクのことを色々聞かされ、最悪の状態ばかり気にしているが、私の友人のご主人の場合、夫と同年齢だがそれほど大変な手術でなかった、医学の進歩で寝たきりになるなんてことはない、と言われたと、何度説得しても聞いてもらえず、先生も困惑されていた。回数を重ねれば胆石の袋取り換えの手術だって細心の注意をしていると言われた。あとで、先生だって悩んでいられる、と言ったら、一番悩んでいるのはオレだという。本人が悩むのは当然だし私だって疲れる。勇気を持って動脈瘤の手術を行い、落ち着いたら胆嚢手術をやってほしいと、私は願っている。そうしないと落着けない。

 昼を大分回っていたが、昼食はとってない、何か食べていこう、というのでなのが食べたいかと聞くと、思いつかない様子だったが、ハンバーグでもという。なるべく脂肪の多いものはとらないように言われたばかり、お寿司はと言うとよくないような気がするという。そんなことはないと思ったが、夫が食べたいものに従おうという気になった。ファミレスでお薦めメニューと言うビーフカレーのセットとオニオングラタンスープをとった。私の好物であり夫にも勧めた。
 かなりカロリーオーバーだが夕食で調節しようと思い、夜はけんちん汁の煮込みうどんにした。私は昼食のご飯は半分残しシチューも食べきれなかった。
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by ttfuji | 2014-11-29 22:37 | 医療・健康 | Comments(0)
 書くことを躊躇っていると、他のことも書けなくなる。記録なのだから率直に書いて置かないと、前後の経緯や経過など分からなくなる。・・で、繰り返しになるが長い日記を書くことにする。
 11月21日(金)
 9時頃、夫と病院へ行った。予約日ではなく、クリニックの先生からの手紙を届けるためと胆嚢の摘出手術を決断し、それをお願いするためだった。
 病院に着く前、夫は予約でないから後回しにされるかもしれない、この前以上に診察室の前で何時間も待たされるかもしれないから一旦帰ってもいいよ、順番が近づいてきたら電話するから、という。本を持って来ているから待つのは平気ですよ、と言ったが、雑用も色々たまっているし、九条の会の配布以来のビラも届けたい。そう思って、じゃ、一旦帰ります、と車を駐車場に入れる前に、夫を降しUターンで帰ってきた。
 ビラの入った封筒を3軒のお宅のポスターに入れて帰り、家にいると間もなく電話が鳴った。もう順番が近づいているのかと出ると、もう先生との話は終わったよ、あとは心電図の検査だけですべて終わりという。迎えに行くだけでいいらしい。もう一度電話すると言ったが、すぐに車で家をでた。内科の受付で聞くと、こちらは済みましたから検査室か会計でしょうという。会計にいなかったので検査室のある2階の受付で聞くと心電図室に入っているという。終わって出てきたので、どうでした、と聞くと来週の水曜日と金曜日に、手術ができるかどうかの検査があると言う。予約表にはその2日に行われる検査の記号が沢山書き記されている。ローマ字なのでわからない。
 水曜日は午後1時半から、金曜日は午前11時からの予約なので、水曜日のスイミングは出来るとしても金曜日の体操はまたも欠席しなければならず11月は全休となる。Fさんにも申し訳ない気がする。
 11月22日(土)
 3連休の初日。若い人にはうれしい休日だが毎日が日曜日の身には感慨もない。暖かく晴れ渡った日になってどこかへ出かけたいな、と思っていたら、夫は昼前、ちょっと出かけてくる、と身支度し自室から下りてきた。え、どちらへ?体力は大丈夫ですか、と聞くと、別に何処って決めてない、天気がいいし足腰鍛えるために歩いてくる、という。まあ、それほど無理はしないだろうと思って見送った。私は、そのあと、買い物に出、帰りにOさんの所に寄って認知症の資料を届けてきた。どうぞ、と上がるように言われたが、夕方で食事の用意があり、玄関先の立ち話になった。それでも、話し好きなOさんとは長話になることが多く10分ほどで切り上げるのはむずかしい。
 夫から電話で、秦野へきている、今「弘法の湯」に入って出たところ、今から帰ると言う。夕食は食べてないが、疲れたのであまり食欲もないし、軽いものでいいという。途端に作る気をなくし、予定していた牡蠣鍋は中止した。軽いものであれば、さんま、ポテトサラダ、練り物とナスの煮物でさんまは顔を見てから焼けばいいと思った。30分ほどで帰り、献立を見て、そんなものでいい、さんまは要らない、という。温泉に浸かったら疲れが出てしまったので、ひとまず休むという。なぜそんなに疲れるまで歩き回るのか、と思う。
 夫は一眠りし、あとで一人で並べてあるおかずと味噌汁を温めご飯を食べた。
 11月23日(日)
 夫は、朝遅く起きてきたが、昨日の疲れは取れた様子。今、紅葉がきれいだよ、と唆すように自慢する。行って来たら、というニュアンスをこめている。行きたいけどそれどころでないですよ、という言葉を飲み込む。それにお山にいく元気がない。
 昼過ぎ、平塚のニトリに部分的に敷くラグ類を買いに行くと言ったら、夫も一緒に行くと言う。敷く場所の寸法なども図ってくれる。クッションカバーや小物、夫の部屋のカーペットなども買ってきた。
 このところ、病院行きで私が夫に付き添ったり、救急車騒ぎで夫を迎えに行ったり、で面倒をかけていると思っているのか家のことで相談すると二つ返事で協力してくれるようになった。
 
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by ttfuji | 2014-11-24 23:37 | 家族・身内・私 | Comments(0)
 夫の体調のことばかり書き、気の滅入るブログになってしまったが、16日の日曜日には食道の違和感も消え食欲も出て、消化のいいものをいろいろ食べ、かなり元気になった。ベットから起きだして日常着に着替え、午前中に家具屋さんから届いた居間のじゅうたんの敷替えを一緒にやってくれた。 
 近くのスーパーにも出かけた。出かける時、食べたいものがあったら買ってきて、作ったものを食べてもらえないのは悲しいから、というと、そういわれてもと言いながらもシジミを買ってきた。蜆の味噌汁は好物である。ほかに何も買ってこない。食品売り場をざっと見てきたけど特に食べたいものもなかったという。
 自分用の雑貨や小物を買ってきた。夕食は主食はお粥、主菜をおでんにし、甘塩鮭とシジミ味噌汁にした。おでんの中の大根は柔らかく煮、一番おすすめだったのに、なぜか食べず練り物やジャガイモなど結構よく食べた。

 17日の月曜日は太極拳の日。夫は、起きだしてこないので、そのまま鍵をかけて出かけた。太極拳は、指導の先生が家のリフォームのため、12月は丸々一か月お休みになる。したがって今日が最終回。早目に終了して、反省会と役員の交代もある。順番だが、本来なら私が新年度からの当番に当たる。
 しかし、来年は滅茶苦茶忙しい。自治会の理事の役が回ってくるし体操の会の役員もまわってくる。体操は、先生との連絡や調整が多い。県大会のこともあり、1・2回、外部に出かけての打ち合わせや相談がある。読書会、郷土史会も多忙だし、九条の会もある。夫の体のこともある。そこで、太極拳の現役員のYさんに話して、役を1年遅らせてもらいたいとお願いした。再来年役員になる予定の二人が気持ちよく引き受けて下さった。
 帰宅すると、夫は不在でテーブルにSクリニックに行ってきます、とのメモがある。総合病院の先生からの手紙を届けに行ったのだった。帰って来て、担当医からの返書も頂いてきた。病院の先生に早く届けた方がいいと言うと、あの先生は木曜日か金曜日でないといないという。クリニックでもいろいろ検査したそうで、数値はそれほど悪くなかった、と一安心した様子。安心されては困るのだが。
  18日、火曜日には、夫が体操に行くと言い出したのでびっくり。もう少し体力が戻ってからにしたら、と言っても、すっかりナマッテしまった。軽くやってくるよ、と出かけた。
 午前中、車があるうちに、OKスーパーに買い物に行き、午後は肩のリハビリに歩いて行ってきた。肩の痛みは殆どいいのだが、まだ肩甲骨に問題があるらしい。もう少し矯正して下さると言われた。
 夫の食欲も戻ったし食事も常食で大丈夫そうなので、ブリ大根や厚揚げのオリーブオイル焼き、カボチャの煮物と明太子少量など並べたが、完食してくれた。主食はご飯にした。お粥の方がいい、というクレームもなく黙って食べた。

 19日、水曜日はスイミングに出かけた。スイミングは気持ちいい。
 午後1時半から3時半まで、自治会事業の一環である地域支え合いサポーターの『認知症』についての講座があった。 
 聞いて納得!わかって安心!認知症学習会! と銘打たれた回覧文書。
 南部地域包括支援センターの若い女性二人が、資料を映像で写して詳しい説明をして下さった。とても明瞭快活な説明でわかりやすくベテランだった。
 配られた資料には『認知症サポーター養成講座』とある。あなたも認知症高齢者のサポーターになりませんか、とある。現在、65歳以上の10人に1人が認知症と言われている。他人事ではない。
 超高齢化社会に向かう日本の現状の中、認知症発症者は年々増えて大きな社会問題となっており、新聞やテレビでも取り上げている。
 明日はわが身、と思うが、地域の支え合いも必要。出来る間は、できる範囲に協力したいとも思った。
 
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by ttfuji | 2014-11-19 22:30 | 家族・身内・私 | Comments(0)
 11月14日(金)
 体操のある日だが、多分、休みになると思うとFさんに伝えてあった。私の運転の車で行っているので、Fさんには歩いて行ってもらうことになる。暑くない季節なので歩けないことはないが25分くらいかかるし荷物も結構重い。当日、検査が午前中で終わったら、午後からでも行こうと思っていたが、ここ何日間か不調が続いたので、午後までかかるだろうと思い、Fさんにはその旨再度伝えておいた。私、歩くの大丈夫ですから、どうぞお大事に、と言われた。
 
 病院へは9時10分頃着いた。9時半までに受け付けるように、予約表に書いてあった。書類を出すと、血圧、血液と尿の検査があり、消化器科受付で、番号もらい,診察室「Cの3」の前の長椅子で待つ。大勢の人がすでに待っており、2時間以上待たされる。高齢者が多く待ちくたびれている様子。あなた、何番ですか、何時に来ましたか、など隣の人に聞いている。電光掲示される番号が近づき、あと二人目、と思っていたが、丁寧なのか、一人にかかる時間も長い。順番が来たのは11時過ぎだった。夫が飲み物を買ってくる、飲む?、と訊いたので、お願いしますと頼んだ。自販機で熱いお茶を買ってきた。二人とも熱くて飲めなかった。結局、一口飲んだところで呼ばれた。

 私も一緒に入り話を聞いた。
 先生の方では、先日の、胆石の内視鏡手術の余後のことを聞いたり検査した結果を伝えたりするつもりだったらしいが、夫が、その前にと断って、先日来の体の不調について話した。腹痛と食道の詰ったような感じで、食べたものが下におりていかない、戻してしまう、食欲もない、少しづつよくなっている感じはあるのですが、と訴えた。
 それを聞いて先生は、いくつか検査させてもらっていいですか、時間はありますか、と丁寧に言われた。今日は一日大丈夫です、と夫は応えた。書類をもらい再び、消化器科受付へ。看護師さんが、レントゲンと超音波検査を受けて下さい。場所は、2階の・・と教えて下さる。
 こちらも受診者が多く付き添いは、検査室の前で待つ。終わると再びC-3診察室の前で待つ。1時半近かったが、相変わらず受診者は数名いた。先生はさぞや、お疲れでお腹が空いていられるだろうと同情した。それとも受診者が、出た後、次の人が呼ばれるまで時間がかかることがあるが、ちょっとしたものを口に入れているのだろうか、と下世話な推測をする。(私が空腹なので妄想かも)
 呼ばれて入室。先生は、検査表を見て腎臓がかなり悪い、と言われた。ここ以外で、かかっている医療機関はありますか、と聞かれ、Sクリニックで2か月に一度、毎回血液検査を受けています、と答えた。その先生に手紙を書きますから、それを手渡し返事の手紙を受け取ってこちらに届けてください、という。担当している医師がいるのに、勝手にこちらで手術や処置は出来ないということか、と思われた。食道の違和感は何なのでしょうか、と聞くと、胆石のせいです、と言われた。胆嚢の摘出手術をお願いしたいと思っております、というと、腎臓の治療が先ですと言われた。手紙(紹介状)が書けるまで再び診察室の前で待つ。会計が済むと、2時半頃だった。お腹が空いたから、どこかで食べていこうと夫が言うので、何が食べられます?、と聞くとファミレスでも行ってメニューを見なければわからないという。お粥ばかり食べていた人が食べられるものなんてあるのだろうか、と思い、ここのミニレストランのサンドイッチやスープはどうですか、と言ってみるとここでもいいという。夫は、たらこスパゲティとホットミルクをを注文している。私はサンドイッチとコーヒーにした。夫はゆっくり半分ほど食べて、胸う押さえちょっと先に出る、と出ていった。結局、食べたものは体が受け付けず戻してしまったらしい。あんなに慎重に食べ物を選んでいたのになんで急にパスタなの、と言いたかった。家に帰って、落ち着いてからスープやカステラを食べた。クリニックの先生への手紙は、来週届けるという。夕食はやはりおかゆと佃煮と蜆の味噌汁と野菜スープ、あとはお腹が空いた時、食べられるように蒸し芋(さつまいも)などを一口サイズに切っておいて置く。バナナやリンゴのジュースも自分で作って飲んでいる。
 日曜日には、おでん、甘塩鮭の焼き魚、小松菜を刻んで入れたお粥にしたが、おでんは結構食べたが、肝心の大根は食べず。兎に角、何が食べたいか、聞くたびにわからない、特にないと言われ、困惑する。病人食は行き詰る。
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by ttfuji | 2014-11-17 20:32 | 家族・身内・私 | Comments(2)

夫の体調のこと

 いちいちこんなことを書くと、夫からクレームが来るので、非公開にして私の備忘録として書いて置く。
 夫は、今週の月曜日(11月10日)私が太極拳から帰ると、お腹が痛い、と寝ていた。食欲もないという。
スムージーや温めた牛乳はのんだようだが、食事はしていなかった。

 10月28日の胆石手術後、何か違和感があると言いながらも回復し、11月1日(土)には東京の講座にも出かけた。3日には、身体がなまっている、軽く体操をしてくる、と言って茅ヶ崎に出かけた。
 しかし、5日に、鼻の調子が悪い、と言って海老名の耳鼻クリニックへ行った。帰ってくると、また爆弾一つ増えちゃったよ、と言った。鼻の副鼻腔炎は持病で、4年前に手術している。これが最後の手術と決断したのだった。それがまた再発かと思ったが、今度はもっと大変らしい。頬印膿腫という症状で、放っておくと眼球が圧迫されて視力も悪くなると言われた由。落胆している様子。私も大変ね、と言いショックだったが、順番にひとつづつ手術をしていくしかないでしょう、と言ったら、やだよ、人のことだと思って簡単に言うな、と言われた。じゃどうするの、ほっておくの、というと、しばらく考えてみる、という。
 
 もうこの齢になって切ったハッタは嫌だ、と覚悟しているように言うが、本心は直したい気持ちが強いと思う。胆嚢摘出手術も拒否、大動脈瘤の手術も拒否しているが、正しい選択とは思えない。俺の体だ、自分で決めるというが家族の意見にももう少し耳を傾けてほしい。
 胆嚢については折にふれ3か月ごとに袋を取り替える手術をする大変さを言い、それで体力も衰えるし、胆石がいっぱい詰まっている胆嚢を残して置くメリットなどないと言うと、夫も別のクリニックで担当の女医先生に話したところ、摘出した方がいいと言われたとのこと、何言ってるの、私の言った通りじゃないの、という感じだ。
 処で、今週の月曜日、午後より、お腹が痛い、食欲がないといっていた夫に、それでも夕食に食べたいものを聞くと、わからないという。それで、少し上等なにぎり寿司を買ってきた。お寿司なら食欲がなくても食べられるのではないかと思ったのだが結局食べなかった。にぎり寿司は食べなかったが鯛の身でとった出汁でつくったおじやを少しだけ食べた。お寿司は結局、私が、夜と朝、続けて食べた。
 
 火曜日、おかゆもほんの少ししか食べない。食道につかえて入っていかないという。無理に食べると戻してしまうという。それでも何も食べないと体に良くないと、レトルトのお粥やクノールスープ、カステラやフレンチトーストを少しづつ食べた。朝、病院へ行った方がいい、というと昨日より落ち着いてきた、大丈夫というが食道が詰まっている感じはあるらしい。食べる量はわずかだ。
 水曜日、娘が来て見舞うと、寝たままだが気遣いを喜んだ。食べるものは殆どお粥、卵だったり海苔佃煮だったりするが、塩分も熱いものも食べられないという。毎日ポカリスエットは2リットル近く飲む。食卓に、買ってきたレトルトお粥や各種のポタージュスープなど置くと、時々下りてきて、温めて自分で食べている。空腹感も出てきたようだ。木曜日の今日は薄味のにゅう麺と野菜スープ、カステラ、お粥など少しづつ食す。
 明日は、術後初めての検診日。今回の体調のことを含めて診ていただく。夫は、私が付き添うのを喜ばない。先生と私から手術しろと責められてはたまったものではないという。
 しかし、少し、耳の遠くなった夫では、先生のいわれることがよく聞こえないこともあるし、忘れることも多い。
 木曜日、朝、具合を聞くと昨日よりはいい、と必ずいうが、野菜スープやにゅう麺なども食べた。

 この日記、非公開にすると書いたが、身内や友人に読んでいただいてから非公開とする。
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by ttfuji | 2014-11-13 23:21 | 家族・身内・私 | Comments(0)
 11月8日(土)
 今日の、郷土史会の講演は、幕末の京都御所「蛤御門の変」と小田原藩、というものだった。
 講師は、小田原古文書会の荒井章次先生で、以前に「享保十四年の象の旅」の話をして下さった先生でした。

 尊王攘夷派の長州藩と公武合体派の会津藩・薩摩藩の衝突。元治元年7月19日、朝、長州藩が突如、御所に向けて発砲。この衝突では、会津・薩摩等を中心とする連合軍が勝利。この兵火で京都市中の27000戸が焼失。禁裏御守衛総督であった一橋慶喜の命を受けた小田原藩兵は、日の御門前の守衛所へ出兵。(有浦兵馬の戦況報告より)
 参照 (有浦兵馬は父が佐賀県東松浦半島に勢を張った上松浦党出身。大久保家4代目の忠職が明石より唐津に転じた後に士官して、代々武の方面で仕えた。)
 小田原藩主の出陣
 この時の藩主は13代大久保忠礼(タダノリ)で12代忠なお(漢字がでない)が31歳で病没したため、高松藩主(松平頼恕)の7男だった忠礼が末子養子となり13代藩主となる。一橋慶喜とは従弟であった。
 慶喜の命を受け、大久保忠礼の一行は6月10日小田原出発、6月23日京都に着いた。従者は計1058名だった。
 京都に到着したその日に、呼び出され、10時頃流れ弾が飛び交う中、従者を連れて陣羽織、小袴のまま参内、万一天皇が退く際には供奉したき旨を伝えて、そのまま常御殿に待機した。7月21日ごろ兵火は漸く下火になる。盛相飯(握り飯)と風呂桶の沸かし残りの湯水やどぶ水を口にできるようになる。
 その後、8月4日、小田原より、京都守衛増人数250名が、家老に率いられ到着。9月28日、小田原藩は、10月からさらに3か月、御所警衛延長を命じられる。
 慶応元年〈1865〉京都出立1月23日→小田原城帰着 2月6日

 これらの記録は『有馬兵馬の戦況報告』に詳しいが、別に藩主大久保忠礼の京都守衛中の日記『干役雑録』がある。こちらはごく簡単に道中の2~3行日記という感じである。食べ物のことが最も多く書かれていて、食いしん坊なお殿様、という感じで微笑ましい。
例えば
 元治元年6月10日 少しく風雨
 10時頃、供揃いにて小田原出立。畑宿にて名物の団子食う。5時頃、箱根宿着。冷気強
       11日 曇天
 7時頃出立。途中原與衛門宅に立ち寄り植木を一見。柏原で名物の鰻食す。味悪し。夕6時、吉原に着く。
       12日 天気
 6時出立。岩淵にて栗の子餅 美味。倉沢の あわび これまた美味。夕5時頃江尻に着く。

  以下、小吉田の餅 美味。弥勒の安倍川 よろしからず。鰻も美味だったり味悪しだったり。饅頭よろし、飴よろし、などもある。
 帰路についてはレジメも略となっている。
 幕末の戦争は日本中を巻き込んだ大騒動だったことが分かる。

 先日、葉室麟氏の『春風伝』を読んだが、これは高杉晋作のことだった。魅力的な人物に書かれていたが、尊王攘夷派で幕府から見たら大敵だったと思う。立場替れば見方も違ってくる、と感じた。
 
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by ttfuji | 2014-11-11 14:51 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)

備忘録

 11月1日(土)
 夫は古代史に。退院から日もなくのお出かけに、大丈夫?と聞くと、ほかに用事もあるからと言う。今にも雨が降りそうなので、駅まで車で送り、帰りも早いと思うというので、迎えに行きますから電話して、と伝えていた。Oさんから誘いのあった文化会館へ行けることになったので電話し12時過ぎに車で出かけた。近所のKさんのハワイアンとフラダンスがあった。Kさんは学生時代から、バンドを組み定年後の現在まで、趣味で続けており、地域の催しに発表している。奥さんも自治会はじめボランティア活動に積極的で、長時間の司会をこなした。
 夫からいつ電話がかかるかわからなかったが、帰宅するまで電話もなく、6時頃駅に着いたと電話があった。
 11月2日(日)
 居間のカーペットを夏に処分したのに、夏用のままだった。もう少し良いものをと意見が一致していた。さすがに涼しくなり、そろそろ選びに行かなければ、と思っていたが、いろいろあって一緒に出掛けられなかった。何とかしなければと夏の敷物を見るたび二人とも思っていた。
 そして、今日、広告が入っていた厚木のアウトレットに下見に行ってきた。
 かなりの品揃いで、素晴らしいものも沢山あったが、外国製のシルクやウールはそれなりにかなり高い。気に入ったものもサイズが合わなかったり柄や色合いが今一つで、寸法をしっかり測ってこなかったことに気づき、候補をいくつかメモして出直すことにした。それ以来再訪してない。
 11月3日(月)
 文化の日。手帳もカレンダーも家計簿も空欄。この日の行動は何一つ思い出せない。あ、そうだ、Oさんが、頂いたが食べきれないと言って、カブ(大きな)と辛み大根を届けて下さった。その献立が夜のメニューに上ったのを思い出した・・。
 11月4日(火)
 午前中、高橋整形行き。いつも午後しか取れないリハビリを午前中の診察、骨粗鬆症検査と合わせて受診したいので2週間前、午前中に予約していた。もうそろそろ肩痛のリハビリを打ち切りたいと思っていたが、肩甲骨の可動域をもう少し広げる治療が必要とのことだった。痛みも残っているし、
骨密度の方は、D剤を4か月飲んでいるが、改善は認められなかった。悪くなっていなければいいということかもしれない。夫が体操に行くというので歩いてきたが、携帯の充電をしていると言って出かけていず午後になってから出かけた。再三なので私なら、夜のうちに充電するのに、と思った。
 11月5日(水)
 午前中、スイミング。午後から、読書会があった。代表のTさんが、ご主人の動脈瘤手術を終えて退院する日でお休みだった。一か月前、腹部動脈瘤手術を終えて無事退院、今回は胸部大動脈瘤で、いまは医学の進歩で、手術も進んで、何の心配もないということだった。年も夫より1歳少ないだけ、大動脈瘤の大きさも40ミリということで、ほぼ同じだった。
 
 読書会の課題本は、鎌田實氏の『ちょい太でも大丈夫』だった。軽い本かと思ったが、真面目な充分読みごたえのある良い本だった。『がんばらない』シリーズは新聞やテレビでも話題になり有名。地域の健康管理に使命感を持ち、単なる長生きでなく、健康で長生きでなくては意味がないと説く。そのための食生活や運動の大切さを説く。しかし、ダイエットにしろ運動にしろ、頑張りすぎると後が続かない。この本にそのノウハウを詰め込んだ。生活習慣病といわれる肥満、高脂血症、糖尿病、高血圧があっても、できるだけ薬に頼らず、日々の生活の中で自分の力で治していくのはどうしたらいいか、食事、運動、睡眠、サプリメント、心のコントロールの仕方、生活習慣の変え方など大切なことをいっぱい詰め込んだ。この本はメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の人に是非読んでほしい。長野県を健康寿命件に変えた鎌田先生、自信の書である。
 メタボの基準値は、腹囲、男性85センチ、女性90センチ
 BMI(ボデー・マス・インデックス)は、体重(㎏)÷身長÷身長 で
 26以上  大太り
 26~24は ちょい太り
 18、5 ~24は正常
 これ以下だと 痩せすぎとなる。痩せすぎは太り過ぎより死亡率が高い。
 理想は22だそうである。
 ちなみに鎌田先生は、24,9 私は24である。鎌田先生はチョイ太で調子がいい、といわれる。
 その他、血管のこと、脳のことなどいろいろといいことが書かれているが略す。みんな知識としては分かっているつもりだが、改めて再確認した。
 夫はこの日、耳鼻科へ出かけた。
 
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by ttfuji | 2014-11-06 12:21 | 家族・身内・私 | Comments(0)
 ずっと昔、村田喜代子さんの『鍋の中』という小説を読んだことがある。山村に住むおばあちゃんが、何人かの孫たちをひと夏預かって一緒に暮らすことになって繰り広げられる出来事や昔の思い出話が、おばあちゃんの頭の中で、ごっちゃになり、まるでごった煮の鍋の中のありさまだ。
 私は、この頃、頭の中が混乱し、鍋の中状態になることがあり、この小説を思い出す。

 やること、出かけること、届けなければならない書類のこと、家族のこと、身内のこと、めぐってくる役員のこと、友人に計画を任されていること。親しい友人と秋に会う約束だったが、4人の日程の調整が難しい。そんな折に、夫の入院が重なった。妹の付き添いも断ったが、あちらの状況を考えると心が痛む。非力を認めながらも何とかしてやりたかったと頭をかかえそうになる。
 頭の中を整理しなければ、パンクするかストレスになってしまう、と自分に言い聞かせているのだが。八方美人なのがいけない。
 こんな私に同情してか、好意の誘いもいくつかあったが、断る決断もしなければと事情を話しお断りした。勿論、自分の気持が、どうしても参加に傾いていれば、それを選択する。
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by ttfuji | 2014-11-03 15:55 | 家族・身内・私 | Comments(2)