私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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日記 年末の数日

 とうとう今年も余すところ2日となった。年末の日記を簡単に記しておきたい。
 いろいろあったが約一週間、日記が書けずじまいだった。その分、家事が捗ったわけでも、お正月の準備ができたわけでもない。いつもは、夫に煽られて加速した片付けや掃除だったが、今年は急かされることもなく、休み休みマイペースの作業で気楽であった。
 
 あと2日でおせち作りと残りの買い物をすればいい。押し入れや物入れの整理だって、別に年を越して、暇なときやればいいとずぼらな考えでいる。
 23日、年賀状をパソコンで作成、一言書きそえて24日の投函した。
 先日、なじみの美容院へ電話で、年末年始の休業日を聞いたところ、12月30日より1月7日まで休みと言われた。1月はいろいろあって行けそうもないので、29日を予約した。
 24日は、夫の入院用のパジャマ、小物などを買いに行き、ついでにクリスマスイヴなので、老夫婦ながら、それなりの献立で食卓を飾った。本来なら、娘の誕生日が近いので一緒に25日に祝ったのだが、近年はそれらしいことは、なにもしなくなった。
 それが、ふとした思い付きで、ローストチキンを買ってきて、大皿に野菜(レタスと水菜)を刻んでリース状に置き、その中にポテト・マカロニ・ゆで卵・キュウリ・人参のサラダを盛り大きなハーブローストチキンを置いた。リースのところどころにミニトマトをおいた。それだけで、クリスマスムードは演出される。ほかにミネストローネとケーキ代わりにチョコレートゼリーでアルコール抜きの宴とした。
 昔は人参を星形に切ってツリーに見立てたポテトサラダのてっぺんや側面に飾ったりほかに献立も賑やかだったが。
 25日は図書館行きの日。終了後,Tさんの希望でドラッグストアへ。丁度、私も買いたいものがいろいろあったので好都合だった。家まで送り感謝された。93歳で保健用品や歯などの衛生用品、ウエットティッシュなど買い自立しているTさんに尊敬しているので、お役に立つことが嬉しい。
 26日は東海大学病院から、1月5日の検査入院についての具体的な連絡がある日。時間は午後と思うが遅くなる場合もあると言われているので、出かけられない。午後2時頃電話があった。5日は10時30分、7階○室に来るように、といわれた。印鑑持参。ほかに先日渡された入院用品と書類を忘れないようにといわれた。
 27日、夫は茅ヶ崎の体育館に体操に行った。私は歩いて近くのスーパーへリュックで買い物に行ってくる。保存のきく野菜類をおもに買う。
 旧友、同級生のWさんと同じく同窓生のIさんと長電話する。
 28日、板の間の雑巾がけと窓ガラスを拭く。思ったより汚れていない。台風の後、ガラス磨きをしたので簡単にできた。
 29日(月)、予約の美容院へ行ってきた。ヘアダイ。そのあと銀行や買い物に回ったが、どこも駐車場は満車だった。3日続けてスーパーに行き、ぎりぎりになっての買い物を避けようと思ったが、生鮮類や花などこれからである。(野菜は大体買い終えた)
 ゴミ置き場の掃除当番。今日は最終収集日で早く収集に来ていた。掃除し、カラス除けのネットをフェンスに巻き付けて、手帳と掃除道具を次の人に回す。  

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by ttfuji | 2014-12-28 23:43 | 生活雑記 | Comments(0)
 大分前から、居酒屋で飲みたいと言っていた。晩年の老女で飲みに行きたいと言う人はあまりいないかもしれない。何年か前までは、勤め先での忘年会、サークルでの食事会などもたまにあった。この頃は旅行もなくなった。高齢で足元もおぼつかなくなったし、ましてや夜のお出かけは危険だ。
 女性お一人様歓迎、と書いた看板の店があり、一度入ってみようかな、と思って前を通ったことはあるが、実行は出来ないうちにその店はなくなった。⒑数年前、勤務先で一緒だった友人が、ご主人と居酒屋を始め、是非いらしてと言われた店に、10年以上前に一度訪ねたが、店が平塚なので、バスとタクシーで帰ってきたときは、楽しかったがちょっと遠いな、疲れたなと言う感じだった。
 その時の話をYさんやFさんにしたら、今度一緒に付き合ってあげる、といってくれた。
 夫はいつも出かけた折には大抵飲んでくる。飲み過ぎでない限り私も寛大だ。私もたまには飲みに行きたいと言ったら、どうぞどうぞ、とこちらも寛大に言ってくれる。それぐらいの自由はある。ご主人と一緒に行けば、といわれるが悲しいかな、わが家にはその選択肢はない。お互い相手から束縛されず開放感を得たいのだ。すこしアルコールが入ると思っていることがスムースに言える。訥弁で滑舌が悪い私でも会話が楽しくなるのだ。
 一人で行ってもカウンターの向こうのマスターや女将ともたのしい会話ができるのだ。 
 でも、それもタイムリミットに近づいていることを感じる。何より、以前ほど飲みに行きたいと言う気持ちが薄らいてきているのに気付く。
 実は我が家ではそれどころではない、という事態にもなっているのである。
 
 そんな話をYさんにしたら、2人だけの忘年会をやりましょう、と言ってくれた。
 近くでは適当なところも思いつかない。食事の用意して夕方から出かける、というのも面倒に感じる。「グラッツェ」でワインでも飲みながら夕宴を、と決めていたが、最近夜になると急に気温が下がり冬到来で風邪でも引いたら大変と言うことになった。

 結局、昨日(22日)月曜日の昼に町田の小田急デパートで食事をし、ショッピングでもしましょうと、最初の予定は萎んでしまった。遅めの昼食に中華のセット料理と生ビールを飲んだ。食欲も年とともに減退してきている。運動がてら、各階の店内をゆっくり見てまわり、コーヒーを飲む。
 気に入ったコートを買ってきた。Yさんも素敵なニットを買う。
 Yさんは、おしゃれ心を失ったらおしまい、齢だからと言うのも禁句。若く元気でいられなくなる、といつも言ってくれるありがたい友である。
 伊勢原駅に着き、それぞれの買い物がありYさんと分れる。夕飯は心配しなくていい、何か作るか、食べに行く、と言っていた夫に、買い物はないかと家に電話すると、今までパソコントラブルで食事作る時間がなかったので食べに行こうか、何か買いに出ようと思っていたところ、という。お寿司でも買って帰りましょうかというと、上等なのをね、と念を押された。荷物も多いので迎えに来てもらった。


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by ttfuji | 2014-12-24 23:53 | 友・師・人 | Comments(0)
 先週の12月11日(木)、協同病院心血科へ、腹部動脈瘤の手術について相談に行った。その時、手術はこの病院ではなく、東海大病院で行うので、来週18日の木曜日に紹介状を持って行くようにと言われた。電話で時間を確かめ、9時から11時までの間といわれ9時に家を出たが、呼ばれたのは1時過ぎだった。以前からの予約でないので後回しにされるのは致し方ないとがまん強く待った。本は持って来ているが、隣に夫がいると時々声がかかり、集中して本が読めない。こういうと、友人には呆れられたが。
 東海大の心血科の担当の先生は、協同病院の心血科の先生の上司だったらしい。協同病院で紹介状を渡されたとき、こちらの先生のことを先輩と言っていられた。でも二人ともお若い。
 手紙やCDの映像を見て、こちらでも検査入院してもらうことになる。4~5日かかるが、その結果手術の方法や内容について決めます。1月5日(月)に入院して下さい。詳しいことは看護師さんの手順に従って下さいと言われ、書類をはじめの2階受付にだし、チェック後、別な書類も増え、一階の入退院カウンターへ。さらに書類の書き込みなどもあり、椅子で待つように言われる。その間、細かいアンケートに答える用紙もある。入院患者一件ごとに囲われたブースがあり、そこで担当の看護師さんがついてカウンセラーのように細かいことを聞かれる。家族の病歴のこと、自分の性格のこと、神経質か、そうでないか、生活習慣、食事の好み、睡眠時間、その他、ベテランらしく巧みに聞き出す。
 入院当日の説明は、26日の午後電話でお知らせします。とのことで、終わって会計を済ますと3時過ぎだった。病院内の食堂で昼食をとる。
 手術の目安はついたといえるのだろうか。一応ほっとしたが待つだけでも疲れた。
 

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by ttfuji | 2014-12-20 15:22 | 医療・健康 | Comments(2)
 12月13日(土)
 今月の郷土史会は、文化庁の事業の一環で、郷土史会主催の一般市民も参加できる公開講座となった。会場も中央公民館・一階の展示ホールで行われた。会員35名、一般40名の参加があった。
 演題は川島敏郎先生の『大山さんに魅せられて~大山信仰研究の回顧と展望』と言うものだった。
 川島先生は、郷土史会ではおなじみの先生で、すでに数回講義して下さっている。大山に関する文献はことごとく目を通し、全国から集めた資料は何千にも及ぶと言う。著書も多い。
 見かけは若いが、68歳とのことだった。高校教師や県の歴史資料館などを経て現在伊勢原市の文化財保護審議委員である。
 ほかに、伊勢原市内の古文書を読む会、大山道標調査、伊勢原市史編纂、公民館での講座、等々大山のことなら、誰にも負けないという気概が感じられる。
 レジュメはA3の用紙で14枚。目次を書くのは割愛するが、私が興味を持ったのは以下のものであった。郷土史でも聞いた話であったことによる。
 1 大山の歴史と信仰―古代から近代までの略年表
 2 大山寺縁起
 3 大山不動霊験記 

 定刻過ぎて終了。質問者の質疑応答で更に長引いた。
 実は、とても寒い日で、この会場にはエアコンの設備がない。展示室であるためを思われる。私たち(Nさんと私)が受付を頼まれてドアの近くのテーブルで聞いたが、寒くて震えていた。多くの人がコートを着ての聴講だった。興味ある話でも寒さには勝てない。美術品展示室でもエアコン設備は必要と思う。
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by ttfuji | 2014-12-16 16:21 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)
 12月11日(木)
 図書館行きの日。今日は午後から、夫が私や娘の声を聞いて?かどうかわからないが、動脈瘤を何とかしなければ、胆嚢の摘出もできないと医師から言われたことを、考え続けてのことか、心血科に行って、手術のことを詳しく聞いてくる、と言い出したのだった。その前に、Tさんから聞いた、動脈瘤が破裂して死亡した、知人の話をしたことも影響したかもしれない。
 兎に角、破裂したらおしまい、助からない、と聞き、普通の痛みではない、七転八倒の苦しみということも、本人は承知でその場合、緩和治療をしてもらいたい、と言っていた。やたら延命されて寝たきりになるのが何より嫌だ、歩行に不自由になるのも、日常のことが出来なくなるのも嫌だ、と言い続けてきた。
 Tさんの知人の話とは、お腹に異常な痛みを感じ、救急車で病院へ行く途中、動脈瘤が破裂した。その様は、目と言わず鼻と言わず耳からも口からも血液が溢れ出し、すさまじい様相でそのままこと切れたという。それは、想像するだに恐ろしいさまだ。私は夫に、そんな死に方だけはしないで、と必死に訴えた。夫は病院に電話して、担当の先生のいる日を聞き、木曜日の午後2時半と言う予約をとったのだった。
 2時半の予約だったが実際に呼ばれたのは5時過ぎだった。先生は、手術の方法としてステントと開腹があるが、開腹は臓器同士の癒着ができ、できないでしょう、多分、足の付け根からのステント挿入で行うと思うが、手術は東海大病院で行う。紹介状を書くので、来週の木曜日(18日)、○○先生の所へ行くようにと言われた。それから、一時間近く待つ。予約患者がまだ何人もいた。資料とCDと紹介状を渡され6時半頃病院を後にした。今日も外食になった。どういう方法になるかは12月18日以後になるが、私としては一安心である。夫は、開腹だったら断るからね、と今になっても先生にすべてをゆだねると言う気にはなっていない。
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by ttfuji | 2014-12-15 22:51 | 医療・健康 | Comments(1)

富士山と大山

 数日、雲の多い日が続き、富士山は姿を見せなかった。しかし今日は朝から晴れ渡り、真っ白な富士山がくっきりと大きく美しい姿を現した。
 わが家がこの地に移り住んで40数年、富士山と当地のシンボル大山が、窓から見えることを知りつくづく幸せを感じた。わが家から見える富士は、決して大きくはない。右手のすそ野が大山に連なる丹沢の連山にさえぎられている。
 その代り大山は全容が見える。江戸時代から、大山詣で知られる霊山として大雨や大雪、台風など激しい災害から地元を守ってくれる。
 私は、ブログを始めた9年前から、富士山と大山の写真は折にふれて載せてきたが、ここ数年は載せてない。
 今日、久しぶりに晴れ渡った空にくっきり浮かぶ真白き富士を見、わが家より100メートル離れ一段高いYさんの家の近くに写真を撮りに行った。わずかな距離なのに、富士山の大きさが全く違う。また富士山と大山の位置もかなり離れている。わが家からは二つの山が並んで見えるのに、いつも不思議に思っている。わが家の窓から写すとどうしても電線が写ってしまう。 
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by ttfuji | 2014-12-15 21:42 | 自然・花・景色・庭 | Comments(0)
 12月8日(月)
 午後から伊勢原協同病院へ眼科の診察を受けに行った。2か月前、次回は視野検査を受けるように言われた。年に1・2回視野検査があるが目が疲れ苦手である。異常はなくよく見えているとのことだった。
 会計に行き、会計書類ファイルに保険証、診察券を入れ受付のケースに入れすぐチェックされ保険証と診察券は返された。会計の番号も渡された。電光掲示板にその番号が表示されれば自動支払機で支払いができる。その時、会計番号の紙か診察券のカードが必要となる。保険証は返されたとき、二つ折りのケースにしまった。このケースには、保険証、お薬手帳、医院やクリニックの診察券、予約票が入っている。そのケースは、ショルダーバックか手提げの袋にしまったはずだった。
 この病院の診察券は、駐車場の精算の時も使うので手に持っていた。そのあと、すぐ近くの処方箋薬局に目薬を頂きに行った。処方箋を受付機に入れると順番の数字が書かれた紙が出てくる。
 その時、お薬手帳を要求される。当然、バックか手提げ袋にあるはずの、ケースがない。2度3度と探したが、どちらにもない。もしかしたら、病院の精算機の前か通路に落としたかもしれない、会計の窓口に届いているかも知れないと引き返したが、どこにも届いていなかった。歩いて2分の所を2回往復したが見つからない。ケースは一見財布にも見えるかもしれない、現金は全く入っていない。悪く考えれば拾った人は、中を確かめてからゴミ箱でも捨てたかもしれない。病院の人は、届いたら電話を下さると言ったが、保険証なので警察遺失物窓口に行った方がいいと言われた。薬は頂き、伊勢原警察署へと直行した。もし私の方で出てきたら、電話して下さいと言われた。
 帰宅して、夫に話し、電話がなかったか聞くとどこからもなかったという。
 12月9日火)
 今日はA内科で脳の検査と一般の診察がある日。前日、保険証と診察券、予約票紛失のことを電話し、自費で受けることにした。脳検査と2か月分の薬代もありかなりの金額だったが、保険証持参で9割が戻るので保険証の再発行に行かなければと考えていた。
 12月10日(水)
 午前中スイミング。午後から市役所に行った。再発行はすぐにしてくれた。今度こそ、紛失しないよう肝に銘じた。しかし、この日領収書を持って出なかったのと、夕方になっていたので精算は見送った。
 12月11日(木)
 午前は図書館に行く日。午後、夫の病院行き付き添いでまだ精算に行く時間がない。来週と言うことになりそうだ。この日のことは別記する。
 12月12日(金)
 今日は午前中はこの日記を書き、午後は久しぶりの体操に出席、10月は一日だけ参加で11月は全休だった。このところ悪天候が続いているが、気温は高め。暖房も効いており体を動かすと汗ばむほどだ。今日の会場は、千津会館、日中は気温があがったが、暖房が利いて体操が始まらないのに、暑く感じた。熱くないですか、と来ている人に聞くと、みな暑いと言う。設定は早く温めるように27℃になっているという。一旦消して寒くなったらまた入れたらどうでしょうと言ったが、折角温まっているのだから消さないで温度を下げた方がいい、と先生の意見だった。しかし、別室でも午後から集まりがあり、部屋を暖めていたら、エアコンが動かなくなり自治会の男性役員が呼ばれ、ブレーカーが落ちたためと分った。電気の使い過ぎと言われ、非難の目をむけられた。私は非難されても仕方がないと思ったが、猛烈に反発している人も何人かいた。
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by ttfuji | 2014-12-12 11:43 | 家族・身内・私 | Comments(2)

みかん余話

 沢山のみかんを取らせていただき、何人かの友人にお届けした。小粒だが甘く味の濃いミカンに皆さん喜んでくださった。
 ところが、わが夫は、翌日、袋や箱の入っているみかんを見て、あのみかんどうするつもり?、腐らないうちに埋めようかと思ったところだ、という。一瞬唖然とした。
 小さいけれど甘くておいしいミカンですよ、誰にあげても喜ばれますよ、埋めるなんてなんてことを、と私の怒りの声に、それならいいけれど、と言う。あんな小さなみかんを食べさせられるのはごめんだ、ということらしい。
 Fさんのご主人は、酸っぱいミカンは食べないが、あのみかんはおいしいと一度に5つも食べたという。それならもっと差し上げればよかった。
 少し皮の剥けかかったのやキズのあるのは洗って皮をむき、良い所だけを大きなタッパーに入れて冷蔵庫に保存した。友人の言葉を伝え、スムージーにどうぞ、と言うと、それからは剥いたものはスムージーにしたり、キズのないものは小さくても剥いて食べていた。50個以上のキズみかんは、すべてむき、冷蔵保存や冷凍保存した。私も剥いたものを時々口に入れているが、おいしいので大満足だ。世の中には、貧乏くさいと見かけや見栄で食べ物を判断する人もいるが困ったものと感じる。
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by ttfuji | 2014-12-12 10:55 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)

近所でミカン狩り

 道路を挟んだはす向かいのKさんのお宅のみかんが鈴なりになっている。いつもはKさんが庭仕事をせっせとやっていられるが、半年ほど前から足や膝に痛みが出て、外に出られないようになった。
 奥さんを数年前に亡くし、自立した息子さんが二人いるが今は長男が同居し、買い物やゴミ出しなどしているらしい。2年ほど前にそのみかんを頂いたことがある。あまくて酸味もあるおいしいミカンだった。
 そのみかんが収穫されることなく、道の落ちて車につぶされ道路を汚している。このままでは大変なことになるし、もったいない、と思いKさんの隣のYさんに相談してみた。今年班長さんでもある。
 kさんは電話にもでないらしい。夜、息子さんが帰ってからでないと話ができないという。
 電話は私が請け負った。2日前、8時頃電話したが誰も出られなかった。昨日、今度が9時前に電話した。長くならしたら、ご主人が出られた。息子さんが帰ってから、と思って電話したのですが、辛いところ申し訳ありませんと、まずお詫びとお見舞いを言い、みかんが道に落ちて車につぶされている状況を話し、よろしかったら、息子さんと一緒に近所の方も手伝うと言ってます。おみかんを少しいただければ私たちも嬉しい、と言った。Kさんは、私は動けないし、息子も仕事があるので、できないと思う。どうぞどんどんとって食べて下さい、と言われた。
 と言うことで、お隣のOさんやNさんにも声をかけた。しかし、はしごが必要だし、高齢なおばあちゃんには無理である。高枝バサミでもうまくいかない。丁度通りかかった,Tさんが、はしごもあるし父がいますから呼んできます、といわれた。Tさんは、私より少し若いが高齢者だ。しかし、さすが男性、はしごで上まで上り、道路に突き出たみかんを次々に切って、シーツを広げて受けているところに落としていく。娘さんは、高枝挟みで一生懸命切り落としてくれた。大きな箱を用意して枝を切り落としてみかんだけにしたが、枝ごとほしい,Kさんのも枝付きをというと木を大事にする人だから、枝を付けない方がいいといわれた。なるほど、と思った。剪定をしなかったためか、枝が密集して小粒なものも多かった。道に落ちたものは割れて汁が出て別な容器にいれ、わが家でスムージー用に頂くことにした。大きな袋6枚に100個くらいづつ入れた。更にKさん用になるべく大粒できれいなものを二袋つくった。ご近所で付き合いのあるお宅にも中くらいの袋に20個ほど入れ、6軒に配った。まるで、自分のもののような錯覚で気分がよかった。こんなに採ってしまっていいのかと気にもなったが、まだまだ中の方には沢山なっているし、小鳥も食べきれないだろう。kさんの家は2か所に門塀があり入れないが、上から平たい段ボール箱を落とし、その上に二つの袋をそっと置いた。あとで、手紙を書き箱の上に置いた。息子さんが帰って来て、裏口から入ったら、気が付かない場合もあると思い、一応、8時頃電話したが、長く呼んで電話口に出られたのは、ご主人だった。簡単な要件とお礼のみ伝えた。


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by ttfuji | 2014-12-07 00:13 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(5)
 読書のペースは落ちているものの、2週間に一度の図書館行きは変わっておらず、10月から11月にかけて読んだ10数冊のうち何冊かは記録して置きたいと思う本も読んでいる。
 是非書評を書きたいと思いながら、諸事繁多で機会を逃し、そのうちに内容もおぼろげになっているという有様である。今回もいくつか簡単な感想を書いて置く。

 春風伝  葉室麟  新潮社
 葉室麟氏の小説は6冊目。返却棚にあったのでなんとなく選んでしまう。どの本もそうだが、かなり厚い本。時間がかかりそうだなと感じたが、思ったよりすらっと読めた。 
 春風(はるかぜ)とは高杉晋作の本名。その名の通り春風のように疾走の人生だった。野心、行動力、智と才で幕末を駆け抜けた高杉晋作の物語だが27年の余りにも短い人生が惜しまれる。吉田松陰を師とし弟子の四天王に入る。海外留学を実行、上海で列強に蹂躙された上海を見て攘夷派となり幕府と闘う。 奇兵隊を作るなど奇策を用いての策略など随所にあり、病死(労咳)だが生きていたら明治政府で活躍できただろうに残念だ。

 ウーマンズ アイランド  林真理子  マガジンハウス
多分、お台場であろう。そこにある一流会社やテレビ局、出版社などで第一線で働くキャリアウーマンたちの仕事や恋愛などが描かれる。

 白洲次郎の嘘  鬼塚英昭  
感想は略。高い評価の本を何冊か読んだが、これは正反対の本である。

 超私小説の冒険  赤瀬川源平  岩波書店
  先ごろ亡くなられ、多才な人と言われ何冊か手に取ってみたが、私には読みにくい本だった。
 感想略す。
 円生と志ん生  井上ひさし
 井上ひさしが舞台用に書いた本。落語家、円生と志ん生が終戦間近の満州へ慰問の途中で終戦を迎え、頼りの関東軍は敗走。大連も留め られたときの話。
 
ちょい太でもだいじょうぶ  鎌田實  集英社文庫
 読書会で読んだ本。たまには変わった本も、と言うことで決まったが、読んでみるととてもよかった。長野県民の健康管理に使命感を持って取り組んで生活指導し実績をあげている。
 鎌田先生の熱意が伝わる説得力のある本だった。

 孤愁 サウターデ  新田次郎・藤原正彦  文芸春秋
 父、新田次郎の心筋梗塞による突然の死で、未完で毎日新聞連載中の『孤愁』が残された。父が渾身を込めて資料を集め取り組んでいたことを知っている次男の藤原正彦は、それが悔しくて堪らず、必ず自分が完成させると宣言してしまう。しかし、思うようにはいかなかった。中々書き始められず結局32年かかって書き終えた。父の集めた文献をすべて読み、訪ねた場所や国をくまなく訪れた。そして父の亡くなった年になって書き始めた。1年半かけて書き上げた、とあとがきで書いている。
 この本もかなり厚い本である。読むのにも時間がかかった。
 明治の初め、マカオから日本に向かった貨客船にポルトガル人で海軍少佐のモラエスがいた。彼は使命をもって日本にやってきたが、すぐに日本の魅力に取りつかれてしまう。自然も風景も神社も日本人も、特に女性の美しさに惹かれた。彼は軍人であると同時に詩人であり、文筆家であった。語学も英語、フランス語、ドイツ語、中国語と出来、日本語も学ぼうとしていた。本国や軍の命令で幾度か、行き来しているうちに、外交官としての役割も持つようになる。
 日本女性、およねと出会ってからは、どうしても忘れられず、探し当てて妻にする。絶えず、ポルトガルへの望郷の気持(サウターデ)はあるが、日本で生涯を終えてもいいと思うようになる。彼は日本のことを、「日本通信」として絶えず母国に発信した。その記録は今も各地にある。最後は、およねの実家のある徳島で生涯を終えた。
 663ページに及ぶ長編であるが、読みごたえがあり楽しかった。

 姥うかれ  田辺聖子  新潮社
 楽しく読めるので、「姥もの」は幾つか読んでいる。悩み多い時も読めるのがいい。
 
 皇后 美智子さまのうた 安野光雄 朝日新聞出版
 友人からお借りして読んだ。皇室崇拝者ではないが、美智子さまは、心から尊敬しているので、慈愛に満ちた短歌を詠むと心打たれる。安野光雄氏の皇居の庭に咲く花々の絵もよいし、歌の紹介の文章がいい。

 
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by ttfuji | 2014-12-03 21:39 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)