私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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 1月30日(金)
 南関東は雪の予報だったが、わが伊勢原は降らなかった。その代り雨模様の寒々しい日になった。プラごみの収集日なので、完全武装で出しに行った。朝食と洗面を済ませたがもう一度布団にもぐりこんだ。夫は、起きたいときに起きるので一度真似したいものだと思っていた。暖房費節約にもなるし眠れれば、睡眠不足の補充になる。
 起きてこないことで、どうしたのかと思われないように、一応もう一度横になると断った。
 眠気は来なかったので読書した。角田光代の『庭の桜・隣の犬』を読了。平凡だが一風変った30代の何のビジョンもない夫婦の物語。
 電話が鳴り、夫が階下でとった。朝、ゴミ出しの時、外に出た途端、電話が鳴ったので、急いで戻ったが、取ったと同時に切れた。もしかして2度目の電話かと、下りていって聞くと、横浜の北村さん。横になっていると言ったら、またあとで掛けると言っていた、という。小学校4年の時疎開してきて、家も近く親しくなったが、中学に入る春休みに引っ越して行った。その後、高校を卒業する頃まで文通は続いたが、やがて音信が途絶えた。
 その後、50代の頃、急に旧交が復活した。Kさん姉妹は子供の頃のことが懐かしく、旅行で伊香保温泉へ行き、帰りにお姉さんと二人で高崎に寄り私の実家を訪ねて下さった。母が覚えていて、私の電話番号と住所を教えた。電話を頂き、同じ神奈川県にいることが分かり、横浜に会いに行った。幼なじみはあっという間に昔に戻れる。みこちゃん、トシコちゃんと言っていた。
 元町の家に伺ったこともあり、高島屋で「与勇輝人形展」を見たこともある。横浜港煉瓦倉庫で「星野富弘氏詩画展」もご一緒した。
 どれも詳しくブログに書いているし、ブログのコピーを送り読んで頂いている。直後に電話で感想や近況報告をしてくださる。電話が北村さんと聞きすぐ電話した。
 
 弟さんが暮れに亡くなられ、気落ちしていられる。心筋梗塞だったという。弟さんは何年か前、奥さんに先立たれ一人暮らしだったという。息子さんが二人いて一人は近くに住んでいて家族で時々訪ねてきたが、その時は一人で、出かけるために靴を履こうとしたときだったという。弟さんの名前の字を言うと、あなたよく覚えているわね、と驚かれた。ついでにお姉さんの名前を言うと、記憶力スゴイわね、と言われたので、子供の頃のことはね、今はすっかり駄目だけど、と言った。体調のことや孤独死のことなどにも話が及んだが、もう少し頑張りましょうと言い合った。あなたは元気だし大丈夫よ、とよく言われるが外見は元気そうでもあちこちガタがきている。
 この日は、Yさんと、末妹からも電話があった。皆、夫のことを心配して下さっている。妹はまた、高崎の兄のことを知らせてくれた。いまだ入院中である。別の病気も出ているらしい。嫂さんも体力のない身体でよく通って下さっているとのこと。それぞれ大変だなと感じる。
 1月31日(土)
 漸く晴れた。このところ家に籠っていたので、運動不足。買い物がいろいろあったが、リュックで歩いて行ってきた。リュックと両手の袋で結構疲れた。

 後藤さんのことが心配で気が晴れない。何とか無事でいてほしい。isuramukokuに怒りを覚える。怖ろしい世界になったものだ。

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by ttfuji | 2015-01-31 23:46 | 友・師・人 | Comments(0)
1月29日(木)
 9時予約の東海大病院行き。腹部動脈瘤の手術の前の検査入院で、心臓の梗塞と頸動脈の梗塞が見つかり、心臓と頸動脈の手術をしないと動脈瘤の手術ができず、心臓の手術ができるかどうかの検査を受けるかどうかの決定を報告する日である。ずいぶん回りくどい言い方だがそうとしか言いようがない。夫は何度も手術は拒否してきたが、胆嚢の摘出手術もできない、胆嚢の袋の定期的付け替えも難しくなる、と言われて、最後まで迷っていたが、結局、心臓の検査を受けることにした。ついでに今まで協同病院で受けていた胆嚢の手術もこちらで受けられないかと聞き、それも受け入れられた。そのため消化器科で改めて診察を受けた。検査入院は今度は3日間で、2月3日から5日までと決められた。
 入退院相談室でいろいろ問診と書類手続きがあり12時ごろまでかかったので、5階のレストランで昼食を食べた。夫の食欲と外食好きには驚く。今更、食事管理なんてしたくないようである。

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by ttfuji | 2015-01-30 23:19 | 医療・健康 | Comments(0)
 1月26日(月)
 太極拳の日だが先生のぎっくり腰で休みになった。昨夜、8時に連絡網が回った。次の人Tさんに電話したが繋がらず、10分置いてまたかけたが、やはり居ず、仕方がないので次の人Sさんに連絡した。Sさんが列の最後だったので、規定通り最初の人(役員)に連絡が回ったことを報告してほしいと依頼する。
 Tさんは遠方なので、その日のうちに連絡をつけなければ、と思ったが、一人暮らしであまり遅い時間の電話は迷惑と思い、3度目の電話は9時にしたが、今度は留守電の設定に繋がり、要件を入れることができた。
 留守電を聞いてくださったか不安なので、今朝7時過ぎに電話を入れた。留守電に入れてくださったの?、申し訳なかったですね。昨夜は出かけていたが、9時頃は入浴していて電話に気付かなかった、とのこと。しきりに詫びて下さったが、よかった、今ポットに飲み物を用意していたところ、と電話いただかなかったら出かけるところだった、と言われた。ぎっくり腰では仕方がないが、連絡網は間に合わないこともあると感じた。

 夕方、4時半から集会所で14班の次期班長のことで話し合いがあった。少し前から、もたついていることだったが、収拾がつかず、自治会長の出る幕となった。私は次期理事が回ってくるが、班長はきちんと役目をはたしてくれる人でなくては、理事の負担が多くなるので困る、という意見を言った。
 現在の班長Yさんが隣のHさんに来期は班長なのでよろしく、と伝えたところ、いろいろ事情を並べ立て、絶対できないので次の人にお願いしますといい、次のTさんが引受けたと聞き、私はよかったと思っていた。
 ところが、この自治会ができた当初からいる2・3人の人は、Hさんは40年間一度も役員をやってない、そんなことが許されるのか、と強硬に異を唱えた。我が家も最初からいるが、同じ意見ではない。どうしてもだめだという人を強制的に押し付けても、自治会本部に迷惑がかかるし班全体がぎくしゃくすると思うからだ。
 強硬にやらせるべきだという意見に、会長がHさんに、話しに行ったところ、聞く耳を持たず、勤めているし夫もデイサービスに通っているので無理です、受けられません、無理無理と言い、今回は無理でも次回はどうですか、と言ってもダメの一点張りだったそうだ。40年一度もやってないという意見もあるというと、理事も班長もやっていますよ、といったという。そして、そんなに言うなら自治会から脱会する、と言われた由。その報告のために、4人が召集されたのだった。Tさんが受けてくださりほっとしている。確かに仕事しながら、家族の介護しながらやっている人も多い。わが住宅地も高齢化が進み老老介護の家も多い。でも、その中で何とかやれる人がやればいいと思う。そんなことを言っていたら誰もができないと言い出す、と非難された。もう少し寛大になれないものかと思う。
 

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by ttfuji | 2015-01-29 23:28 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 いつの間にか2か月間読書録を書いていなかった。読んでいる時に印象に残った本は何冊かあった。
 それなのに、図書館や友人達から借りたり、買ったりした本を、書き留めている読書手帳から題名を書き出してみても、本の内容が思い出せないことが多い。老化による記憶力の減退と自認しても情けなくなる。
 このまま、諦めたらますますボケに拍車がかかると思い必死に思い出してみる。脳トレのつもりで。そうすると、筋がおぼろげに浮かんでくる。さらに記憶の糸を手繰ると、不完全ながら何とか結末まで思い出すことができる。
 読んだ本を列挙してみると

私が最も尊敬する外交官 ナチスドイツの崩壊を目撃した吉野文六 佐藤優 講談社
空想犯  安野光雅 文集5 筑摩書房
葡萄物語  林真理子  集英社文庫
屋根屋  村田喜代子  講談社 
みちの辺の花  杉本秀太郎 文 安野光雅 絵  講談社
湘南シェアハウス  広谷鏡子 角川春樹事務所
再会 (江戸川乱歩賞)  横関大  講談社
わが友の旅立ちの日に 安野光雅 山川出版社
瓦礫の中の幸福論 わたしが体験した戦後 渡辺淳一  幻冬舎文庫
いくつになっても  陽だまりの家  渡辺淳一  講談社
父.断章  辻原登  新潮社
 

 上記について殆ど返却してしまった今、個々に紹介するのはタイヘンですが書ける範囲で書いてみます。
 佐藤優氏の本は2冊目。ずっと前に読んだ『崩壊する帝国」はソ連に滞在の外交官時代の体験を書いたもの、『・・尊敬する外交官』はナチスドイツの崩壊を目撃した吉野文六氏のことを書いたもの。どちらも近代史の一場面を見るような出来事の真相や裏側を書いていて興味深い。
 今回、安野光雅氏の本を3冊挙げたが、読むほどに氏の多才ぶりに驚く。絵が本業と思っていたが、著作も多く、文章も素晴らしい。『みちの辺の花』や前回紹介した『皇后美智子さまのうた』に載せた皇居の庭に咲く花々や野辺の花の楚々とした美しさにため息がでる。そして天皇皇后のうた133首の短歌について紹介し、歌が詠まれたときの場所や動機が戦争や災害で亡くなられた犠牲者や、遺族の人達への寄り添いのこころを伝えている。
 『わが友の旅立ちの日に』はこれから巣立つ子どもや若者に向けてのメッセージという。自身の子供の頃の体験や読んだ本のこと。あらすじなど紹介し、あとはこの本を是非読んでくださいと伝える。世界名作や哲学の本も多く紹介される。私自身子どもの頃に読んだ本や題名だけ知っている本も多数あり読みたくなる。著者の深遠な教養に脱帽、と言ったら失礼であろうか。
 『湘南シェアハウス』は同窓生のWさんが面白いと言っていたので、図書館でリクエストして読んだ本。
 離婚して小説家になった夏都(50歳)は江の島の古いアパートと母屋を祖母から遺産相続する。独身で編集者であり親友の紀代子の提案でそこをリフォームしてシェアハウスにすることにする。住人として選ばれたのは、年代はまちまちだが、仕事を持ち物心両面に自立した30代から70代の女性5人と家賃はとらないが、力仕事やいざと言う時、頼りになるイケメンでやさしい大学生一人。問題が起こったら、とことん話し合うとともに、規則を守るために憲法も作る。兎に角自由に明るく楽しく共同生活が上手くいくように話し合う。アパートもリフォームしそこも2Kぐらいはあってめいめいの来客くらいは受け入れられる。母家には大家の夏都が住み、一緒に食事をする食堂があり、食事当番も決めている。お互い節度のある気持ちのいい人たちだが、それでも共同生活ではいろいろのことが起こる。ちょっとうらやましい気もするが、気詰まりなこともあるだろう。
『再会』は小学6年の息子の万引でスーパーの店主である佐久間秀之から脅しの電話がかかる。彼は誰からも嫌われ恐れられているやくざな男だ。秀之から30万円を強請られた岩本万季子は、別れた夫である清原圭介に相談する。圭介が秀之に金を渡したが、ビデオを返してもらえないどころかさらに金や決して応じられないことを要求される。かって仲よし同級生だった5人が、卒業の記念にタイムカプセルを埋める。その時埋めた拳銃が、藩侯に使われたものらしいと、同級生を守ろうと再開する。かなり筋書きが交錯し書くと長くなるので以下略します。
 2010年、第56回江戸川乱歩賞受賞作。
 『葡萄物語』著者の出身地山梨を舞台の物語。高校時代の仲の良かった男女同窓生のその後や恋愛、結婚、離婚、不倫など絡めて展開するが、それほど嫌味な小説ではない。さらっとしている。
 『屋根屋』独特な雰囲気の村田喜代子氏の作品で期待を持って読んだ。ファンタジーである。以下ネットで共感の持てるレビューを見つけたので、それを拝借させていただく。
 〖みのりは、北九州で専業主婦をしている。築十八年の自宅の屋根が雨漏りして、屋根屋の永瀬が修理にきた。男は、高校生の息子より、ずっと大きい。はげ頭に、タオルを巻いている。

 昼の弁当の時間、通り雨を待つあいだ。永瀬は九州ことばで、ぼつぼつと語る。妻を亡くした、屋根のうえの孤独。神経を病み、医者にいわれて夢日記をつけるうちに、夢の旅が自在になった。男は、古今東西の寺院の屋根に、とても詳しい。みのりに乞われて夢で旅行する方法を教える。カタリ、カタリ。頭上から、瓦を踏む懐かしい音がする。そのうちふと風が誘い、主婦ははじめて、自宅の屋根にあがる。その晩みのりは、異国の屋根の夢を見る。永瀬との夢行きが、はじまる。

 おなじ夢を旅するふたりは、地を蹴って飛ぶ、姿を消す、鳥になる。お寺の屋根に腰かけ、てっぺんにかかる月を見あげ、ほうじ茶を飲む。足もとの古瓦に顔を寄せると、昔のひとの素朴な文字が刻まれている。鬼瓦の目玉が動く。カタリ、カタリ、不思議と本当が、まじわる。

 北九州から、博多、奈良、京都へ。みのりは絵本の姫君のように、無邪気に勇敢に、屋根を味わう。夢の行き来が上達すると、フランスの大聖堂にも臆さずついていった。そんな不敵な人妻と秘密の旅をしていたら、やもめ屋根屋はひとたまりもない。ノートルダムから飛び降りる思いで、くちに出さずにいられなかった。…私と一緒に、ここに残りませんか。〗
 『瓦礫の中の幸福論』は2月の読書会で読む課題本。著者の両親のことや子ども時代、小学6年生で敗戦を迎え、食糧難の買い出し、中学、高校と過ごした悩み多き青春時代から札幌医大で整形医となり、大学で教え、和田医師の心臓移植問題に巻きこまれた頃のことなど青春時代までが書かれている。
 もう一つの『いくつになっても』も同時代のことが書かれているので重なるところが多い。京大で哲学を学びたかったが、母親に、哲学では食べられない、医者になりなさいと命じられたことなど、母親の影響がかなり強い。
『父、断章』この著者の作品は、以前、朝日新聞に連載された『花はさくら木』を詠んだだけだったが、この本は、とてもよかったので別な本も読みたいと思った。この本は、7編からなる短編集だが、「父、断章」「母、断章」や最後の章は自伝的要素の濃い作品だった。「チパシリ」は脱獄に執念を燃やす男の話。『破獄』を思い出す。『虫王』は中国の昔の話。闘牛や闘犬、闘鶏はあるがコウロギを闘わせる話。虫に命も出世もかかっている。史記に出てくる話だろうか。とてもジャンルが広いと感じた。
 
 寸評を書くつもりだったが、だらだらと長く書いてしまったところと、人様のもの(朝日新聞)を使わせてもらったところもあり、まとまらない感想文にになってしまった。


 


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by ttfuji | 2015-01-27 15:55 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)

夫の通院付き添い

 1月5日から9日まで腹部大動脈瘤や胆嚢摘出手術を行うための検査入院をしたが、結果は心臓と頸動脈に梗塞が発見され、その手術が先と告げられ、気落ちした夫は、検査の度に障壁が立ちはだかる、もう手術はしたくない、と言いだしたことは、すでにブログに書いてきた。それでも退院の日、次回の通院日を1月29日と告げられた。
 その前に1月23日(金)協同病院、消化器科に予約があり胆嚢の袋のことで行ってきた。
11時の予約だが、その前にいくつかの検査があるため10時に家を出た。血液、尿、映像検査など受けたらしい。13日にはクリニックで内科診療を毎月受けており、血液検査をしている。こんなに月に何回も血液検査を受け、それぞれの病気治療を受け薬も何種類も飲んでいるが、これでいいのだろうかと疑問に思うが夫には言えない。
 ところで、胆嚢の先生は、東海大で検査入院の結果、動脈瘤の手術ができないことを告げ、その場合、胆嚢摘出は駄目でも、袋の交換はやってもらえますか、と尋ねると、できないことはないが、むずかしい、1月29日に東海大病院で決めてから、こちらに来てください、といわれ次回は2月6日(金)の予約となった。手術を躊躇う夫の気持は分かるが、何の進展も見えない毎日がたまらない。夫は、元気に体操に行ったり、江ノ島鎌倉に行って来たり、食欲も旺盛だし外観からは大病をかかえているとは思えないのだ。兎に角よく出かける。病気のことから気を逸らしたいのかもしれないが。

 仕方がないことだがこれで、金曜日の体操はまた欠席となる。10月の胆石手術以来、月1回出られればいい方である。 


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by ttfuji | 2015-01-24 15:37 | 医療・健康 | Comments(2)

イスラム国のテロに思う

 こんなことを触れたくないのだが、2日前、飛び込んできた戦慄の映像が目から離れない。   

イスラム国による日本人2人が人質にされ、2億ドルの身代金を要求され、期限までそれが守れない場合は二人を殺害する、と日本に向かって宣言している。1人はジャーナリストの後藤さんで当地の住民の実態を取材したいと当地に入ったと言う。
 危機管理がなさすぎる、自業自得だとの意見も聞くが、それより何とか助かってほしいと願わずにいられない。
 今日、後藤さんのお母さんが、外国の記者たちの要望に応えて会見し、犯人に直接呼びかけた。母親の語る後藤さんはとても人道主義者と言う感じがする。もう一人の人質、湯川さんが先に捕えられ、友人として探すために、イスラム国の周辺地区に入り掴まったと言う。イスラムに敵対意識はなく、友人も多かったらしい。
 しかし、イスラム国の組織づくりは余りにも過激で世界中から兵士を集めている。批判するものを許さず、離脱しようとするものを殺されると伝えられる。イスラムの人は親日の人も多いという。世界の各地から二人が助かるよう声が届き、日本のモスクに集まって祈る姿も放映されている。
 日本が、出したお金は、アメリカがイスラム国を攻撃のためではなく、被災者や住民救済のものであるという日本政府の主張が理解されることを願う。そして、日本もこれからは紛らわしい資金援助などしないでほしい。
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by ttfuji | 2015-01-23 23:09 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
1月11日(日)
 10時頃、Yさんが、ウオーキングがてら本厚木に出かけてみない?、とわが家に寄った。買い物の予定もあると言う。突然だったし、自室でのろのろ片付けや新聞、テレビなど見ていたし家庭着のまま、お化粧もしてなかった。老いても身だしなみには気を使う。今日はちょっとと断った。昨日のうちの約束なら、いそいそと喜んで出かけるのだが。
 それから2時間後、私も買い物やほかにも用事があり、歩いて駅前に行った。もしかしたら,Yさん、丁度帰ってくる時間じゃないかしら、ドトールでコーヒーでも飲めないかしら、と携帯に電話してみた。なかなかでないので、電車の中かもしれない。少しして、電話がかかり家にいると言う。結局厚木にはいかず、近くで買い物は済ませたという。明日は「成人の日」で太極拳はお休み、運動不足だから、あした厚木に出かけましょう、ということになった。
 駅前の小田急OXで「松 にぎりずし」を5人分予約。もくれん読書会の新年会用で、いつもはお寿司屋さんに出前してもらっていたが、終わった後、私が車なので容器を店まで届けていた。それに,OXのお寿司は最高のものはネタもよくおいしいと評判である。水曜日11時半に受け取りに来ると予約した。それに、ウニよりほかのものがいいという人もおり個別で注文に応じてくれた。ただし、値段は同じ。予約書をもらって帰る。
 そのあと,OXやとうきゅうで買い物。リュックと両手いっぱいの買い物になってしまい、肩と背中が痛かったのでバスの時間まで待って乗って帰る。
 1月12日(月)
 成人の日で太極拳休み。12月は先生のリホームで全休。10、11月もわが家の問題で休みが多かったので、太極拳の42式などすっかり忘れてしまった。
 Yさんとは昨日の約束通り、11時に家を出て、厚木に向かう。今日がミロードでなくイオンに行く。昔、ダックシティと言って小ぶりなデパートといった感じだったが、その頃がよく来たが、その後、いくつか店名が変わり、サティとなり今は『イオン』となっている。そういえば、伊勢原のダイエーも近くイオンになると言うことだ。どんどん吸収合併されて行く。yさんは手芸用品など買い5階の食堂で天ぷらそばを食べた。ミロードでお茶し、伊勢原で夕食の食材を買い歩いて帰る。歩数8996歩。10000歩に及ばずちょっと残念。
 1月13日(火)
 夫は、誠知クリニックのあと、増田整形外科へ。そのため、いつも行く寒川体育館へは行かず。
 Fさんより電話。体操の会のことで、1月30日の3回目の体操は先生の都合で休みとのこと。私は、夫の病院行きのため休むことになると思うけれど、他の会員は不満だろうと思う。毎月のように、変更や休みになることが多い。
 1月14日(水)
 今日は午前、スイミング、午後から読書会の日であったが、今日の読書会は新年会を兼ねて一時間早く始まるのと、お寿司を取りに行くため、スイミングは土曜日に振替にした。
 お寿司を11時40分頃取りに行く。お菓子やミカンなど差し入れも多いが、料理も2・3人得意な人がいてタッパーや小ぶりな重箱に詰めて持参する。私は紫花豆の含め煮、コロコロこんにゃくの煮物、干し柿入り柚子大根なますを持って行った。岐阜出身のNさんは木曽野菜の漬物アラカルトと煮物、栗とレーズン入りきんとんなど。他、菓子数種、みかん豊富でテーブルが一杯になった。袋のお吸い物も用意した人もいて、気づかいに感謝だった。
 お寿司も好評でよかった。
 話題は、社会や世界の話、料理の話、介護の話、健康の話に花が咲き、本の話はあまり出なかった。
 1月15日(木)
 今日も晴。お正月以来、雪の降った日も一日だけあったが、雨も一日ほどであとは概ね良い天気だった。自治会次期班長のことでもめている。今の班長が隣のHさんに、4月からお宅が班長なのでよろしくと伝えたところ、Hさんはどうしてもできない、と言われたとのこと。ご主人が、認知症で家に置けず、週何日かデイサービスに行っており、奥さんもパートで務めており、とても無理なので、免除してほしい、と次のTさんに頼みにいった由。何日かして,Tさんがごみ収集場所のところで、何人か立ち話している人に、次はウチが班長らしい、と言った。私もそこにいて、え、Tさんが班長やってうださるのですか、良かった、と言った。なぜかというと、次期はわが家が理事である。語弊を招くかもしれないが、相棒になる班長は頼りになる人がいいに決まっている。ところが、うっかりよかったという言い分がとんでもない誤解を招いた。私がすべて取り仕切って,Hさんが班長をしなくても許されるのか、Hさんは、この地区の自治会ができて以来一度も役員をやってない、私たちはもう何度も理事も班長もしている。40年もいて一度もやらないなんて許せない。ご主人が介護者でも奥さんは元気だし、働いてもいる。みんな、仕事のあいまに都合をつけてやってきているのに、とやってもらうべきだとの声が高い。なぜ、私が大目に見るようなことをいうのか、と手厳しい。
 昨年度、私は班長をやったが、自治会本部からは、次期役員は班長が決めて、連絡してほしい、と言われ、そのようにした。だから、班長のYさんが決めてくだされば、そのことで何の異議も言いませんと宣言してHさんへの団体交渉(3人だが)は断った。
 威圧するようなやり方は間違っていると思うし、精神的に追い詰める気がする。
 1月16日(金)
 夫は、午前中クリニック、午後敷物を買いに行った。冷蔵気にあふれていた野菜がだいぶ減ってきたので、1時間ほど車貸してといい、白菜やキャベツ、ホウレンソウや小松菜、キノコやトマト、ほかいろいろ買ったらとても車でないと無理な量、大物や根菜類は冷蔵庫に
入れなくても満杯になる。大量買入れは大家族に育った習性のようで、姉妹がみなそうだ。
 昨夜、10時頃、猛烈に眠くなり、本を読んでもテレビを見ても居眠りが出るほど。すぐ布団を敷いて、パジャマに着替えて横になった。睡魔が遠のいたのか、しばらく本を読んだが、それほど読んないうちに寝てしまったらしい。パッと目が覚めて、1時半ごろだったが、入浴してないことを思い出し、追い炊きして入った。髪も洗った。これでぐっすり眠れるかと思ったのに、なんと目覚めたようなすっきり感で本がどんどん読めた。3時ごろまで眠くなれば7時まで4時間眠れる。その前に2時間くらい寝ているから、睡眠時間は十分と踏んでいた。ところが一向に睡魔は訪れてくれない。時々、暗くして目を閉じても 頭はさえる❓ばかり。またスタンドの電気をつけて読書を始める、ということを繰り返しとうとう一睡もできなかった。
 明日は、振替のスイミングがある日。寝不足が2日続くと困るので、今夜は11時ごろ誘眠剤を飲み本は一時間ほど読んで、電気を消し眼を瞑ったら眠くなり6時過ぎに自然に寝足りた気分で目覚めることができた。
 1月17日(土)
 スイミング。土曜クラスは10時半からでその前に血圧測定と準備体操がある。15分前に行く。水曜クラスと土曜クラスはどちらも振替ができ、両方入っている人も多いから顔なじみも多い。私は、土曜日は郷土史などで重なるので水曜日だけにしているが、中にはオールマイティーにいつでもどのクラスでも毎日でも泳げるような申し込みをしている人もいる。
 またまた、長々しい日記を書いてしまった。今日は何の予定もなかったから。。。 

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by ttfuji | 2015-01-17 21:34 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)
 1月10日(土)
 今月の郷土史会の講演は、高尾善希先生の『回顧録の中の日本人』というものだった。
 高尾先生は、ここ何年かは、1月に講演下さっており、ユニークで面白い話や私生活を暴露した話題で笑いが沸き、とても人気がある。以前にも書いたが、囲碁の高尾紳路氏は実弟である。父親も囲碁好きでこの弟に英才教育をしたという。

 数年前の講演の時には、4男が生まれまして、いろいろ忙しい。伊勢原郷土史研究会は、土曜日に行われるので、私としては非常にありがたい会でして家事育児から解放される、と言われ笑いをとった。
 今回は、東京都の公文書館を退職して、家で本を読んだり執筆しているわけですが、時々は家の周りを散歩する。近所に森村誠一さんが住んでいて、森村さんもよく散歩する。そうすると、近所の奥さん方が、昼間からぶらぶらして、何をしているのだろうと噂されるので、家内や義母から外に出るな、といわれる。そのうちに、家を出ていけ、といわれるので行くところがない、と言うと、実家へ行けばと言われて、みかん箱一つに、本や資料など詰めて、実家に送り、あとからパソコンなど抱えて電車で実家に帰るわけです、といいどっと笑いが上がる。その時は、6歳の4男が一緒という。数年前に生まれた赤ちゃんが6歳になっていたことに驚く。
 私は、あとの質問の時間に、追い出されたと言われますが、実は、仕事のしやすい環境を奥様は勧めていらっしゃったのではありませんか。先生も実はそれを喜んでいらっしゃるのでは、と発言した。それに対し先生は、妻は、私の食事の用意が嫌なんですよ、とにやりとし、またも爆笑がおきた。
 おかげで、本の原稿が捗り、この本『驚きの江戸時代』も出版された、と言って、講演に使った本を示し、なんとなく肯定されたようだった。
 野次馬的なことばかり書いたが、本題は、江戸時代の世相や出来事で、現代人が、江戸時代はこうだった、とか子供は純真だったとか、凶悪犯罪は少なかったとか言われるが、真偽は分からない、残された資料の中にはそれを否定するものも多い。古文書や古書と回顧録は違うもの。「江戸しぐさの正体」についても話された。レジュメ18枚で興味深い講義だった。


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by ttfuji | 2015-01-12 21:25 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)
 1月7日(水)
 スイミング始動。9時前、クラブに着いた途端、携帯が鳴る。夫からで、3時に書類(協同病院の消化器科予約の用紙)を持って病院へ行くと伝える。今日も2つの検査があり病室にいないかもしれないと言う。退院の時着るコートも頼まれる。(まだ、日が決まっているわけではないのに)
 スイミングの練習は、休みの後、と言うこともあり軽めにしましょうとコーチに言われた。それでも、いつもより疲れた感じだった。
 3時過ぎに病院へ行くと、病室にいて、今日の検査、まだ呼ばれてないと言っていた。肺と心臓の検査とのことだった。持って行った資料袋から、協同病院の予約日を確かめると検査の日と重なるので取り消しの電話をするとのことだった。
 
夜、ご近所のご主人の通夜に出かけた。家族葬と聞いていたので、遠慮していたが、奥さんと親しくしている一人に、淋しいから来て、といわれたとのことで、付き合いの長い3人で私の運転の車で斎場へ行った。奥さんや息子さんたちは喜んでくれた。
 こんな言い方は失礼かもしれないが、80歳を超えて長くホームに入っていた方だったので、悲しみに暮れると言う感じはないが、しめやかな葬儀だった。
 1月8日(木)
 図書館行きの日。リクエスト本が届いているとの連絡が、3日前にあったので、それを含めて3冊借りてきた。返却も3冊。この頃は、これで丁度いい。無理して何冊も借りると、読み切ろうと思い飛ばし読みになる。一緒に行くTさんも、92歳で週二日デイサービスに行くようになって、あまり読めなくなったと言われる。ほかにお習字の日と絵の会に所属し、短歌や郷土史会も入っているので忙しい。2冊が丁度いいと言っておられた。
 
 図書館へ行っている時、夫から電話がかかり、急いで外に出て応対した。検査は終わったらしいが、その結果も退院の日も聞いてない。わかり次第電話するから、今日は来なけていいとのことだった。いつ電話があるかわからないので、携帯はポケットに入れておくことにした。帰る途中でまた電話が鳴ったので、また夫からと思って出ると電話は切れていて、近所のNさんだった。昨夜、一緒にお通夜に行った人なので、帰る途中で寄ればいいと思ってそのままにした。
 Nさんは喪服姿で自宅を出るところだった。告別式に出ると言う。私は今日は失礼する、主人のこともあるので、と断った。昨夜のもう一人のOさんとお向かいのHさんも今日は出たいと言われたとのこと。
 
 夕方、夫からの再度の電話は、ちょっと気落ちした感じで、私も落胆するものだった。検査結果は、心臓と頸動脈の血管に梗塞があり,血管が細くこのままでは動脈瘤の手術は出来ない、と言われた由。心臓にカテーテルを入れて再検査し血管の治療をしないと大動脈瘤の手術は出来ないらしい。さらに頸動脈の梗塞も脳梗塞の原因となるので検査が必要と言われた由。取り敢えず明日退院になるが、その時、再検査に応じるか、返事をしなければならないと言う。もうこれ以上あちこちいじってもどこもかしこもボロボロだと思う。もうこの齢まで生きたのだからいっそ何もしたくない、という。
 私も、これ以上は言えず、あなたの思う通りにして下さい、と伝えた。
 取り敢えず、一度退院してから結論を出す、と言うことになった。夫も私に託すように、考えておいて、と言って電話を切った。
 1月9日(金)
 10時に病院へ行く、と言ってあったので、9時半に家を出た。15分前に着いたが駐車場がいっぱいで20分ほど待たされた。入院棟から一番近い駐車場は狭いし、身障者用だったのだが、知らずに今まで使っていた。10時と言う時間帯は車の数もとても多いようだ。電話もかかってきたが、警備員さんの説明を聞いていて出られなかった。
 病室では、すっかり帰り支度を終えた夫が、お気に入りのタブレットをいじっていた。
先生の説明があるはず、と待つがなかなか来ない。夫が、ラウンジで持っていると、受付に断って荷物を分担して持ってラウンジに行った。間もなく呼びに来てくれた。
 担当医はF先生で丁寧に挨拶され、人体の模型図や模型、映像による詳しい説明がなされた。夫から聞いているのとほぼ同じだったが、私に対しての説明のようでもあった。
 夫の持論も頷いて聞いてくれる。結局、ここで結論は出さず、1月29日の木曜日9時に結論を持って伺うことになった。
 12時近くになり、5階のレストランで昼食をとって帰る。

 体操のある日で、10月から休みが多いので、午前中、早く終わったら、出席するつもりでいたが、間に合わず欠席にした。一緒に行くFさんには、昨日、その旨断ってあったが、30分近く歩いて中央公民館まで行くFさんに申し訳ない気がした。
 

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by ttfuji | 2015-01-09 23:18 | 医療・健康 | Comments(2)
 1月5日(月)
 今年は4日が日曜日で、会社や官庁の始動日は今日からだったようだ。
 今日は、夫の検査入院の日。10時半までに受付と言われていたが、駐車場のことを考え、9時50分に家を出た。書類や入院用品のチェックは昨日済ませておいた。
 検査に4~5日とは随分かかると思ったが仕方がない。
 私が車を置きに行っている間に、夫は入院手続きをしていた。7階の眺望のいい明るい部屋だった。だいぶ待って看護士さんがいろいろの説明があり、検温と血圧検査があった。午前中にレントゲンと血液検査、午後にもいくつかの検査があるということだった。検査の結果とその後のことを説明されるのは全てが終わって、退院する前ではないかと思われた。
 間もなく昼食が運ばれるというので、帰っていいといわれ、明日も面会時間の3時から7時までの間に来るというと、何かあったらこっちから電話するから、来なくていいとのことだった。パソコンもタブレットも自由に使え、テレビもイヤホンでみられる。
 それではと言って帰ってきた。
 1月6日(火)
 今日は整形外科にリハビリに行く日。肩がまた痛み始めている。でも我慢できないほどではない。やめようかと思いながら、やはりそのあとの気持ちがいいので、理学療法士さんが80%よくなっているといってくださるが、焦らずいいといわれるまで通ったほうがいいかとも思う。
 夫がいなくてもなかなか忙しい。寝具類の大きな洗濯物をたくさん出していったが、洗濯はしたものの今日は雨で干せない。自分の資料類や切り抜きも目を通さないうちにたまる一方なので、結局は処分することになるだろう。お正月早々やることではないな、と考えながら過ごしている。

 明日はスイミング始動。あさっては図書館行き、金曜日は体操始動。土曜日は郷土史会と予定はあるが、午後の病院行や退院が決まると、予定は変更になる。

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by ttfuji | 2015-01-06 19:21 | 医療・健康 | Comments(0)