私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

<   2015年 02月 ( 10 )   > この月の画像一覧

 2月中にあったことで書き留めて置きたいこと。
 自治会役員と体操「さつきの会」の役員のことである。
 どちらも輪番制なので4月からの新年度に役が回ってくる。どちらも家の都合などで断るわけにはいかない。みな高齢であり家族の病気や介護などをかかえている。みな何とかやりくりをつけて助け合いながら役をこなしていくしかない。役員は数人いるので、他の役員と助け合いながらやれば、責務は全うできると言われる。
 わが家は今年理事の役が回って来て、2月21日(土)の午後、新旧理事・班長会議が開かれた。午前中は、東海大学病院で夫の脳のMRI検査があり、翌日入院という時だったが、時間的には都合がついたので出席した。
 今日の内容は分かっていたので、大役は引き受けられないと臨んだ。
 会長とか会計、衛生などはとても負担の大きな役である。ほかに広報、施設、体育、などがあり、まず、会長になり手がなく現会長Wさんは女性ながら4期もやって下さっており、今年は何と言われても、引き受けられないと固辞していたのを、新理事が全員で拝み倒し、もう一期だけやって頂くことになった。その代り、私が副会長をうけ、できうる限りの補佐をさせていただくと約束した。Wさんは私より5歳ほど若く、行動力、実行力のある人で、わが自治会にこの人あり、と言うくらい頼られている。私も昔から子供会やPTAの時代から親しく信頼している。フットワークがよくさっと動いて問題に対処する。
青少年指導や民生委員も長年受けられ、自治会連合会でも慣れて顔も広く、仮に私が若く、家の問題がなくてもWさんの真似は到底出来ない。
 私も意見や感じたことを率直に言う方なので、よく役員に押され躊躇せず引き受ける方だが、口下手で挨拶などは苦手なので自治会のような大きな団体の代表はとても無理である。Wさんにはわが家の事情を理解していただき、パソコンによる文書作成など手伝ってほしいと頼まれている。
 かってはいろいろの会やサークルで様々な文書を作ってきたが、最近あまり作成してないのでもう一度ワードやエクセルで勉強しなければと思っている。
 体操の会でも、役員3人で協力し合いながら、やりましょうと言っている。
 それにしても、役員は80歳定年にしてもらえないだろうかとこの頃つとに思う。

[PR]
by ttfuji | 2015-02-28 23:23 | 家族・身内・私 | Comments(0)
 2月25日(水)
 午前中スイミングに行き、午後2時に退院した。スターバックスでコーヒーとケーキを食べ帰宅した。夫は小休止し、肩痛で通っているM整形外科に車で出かけた。私のT整形外科行きは2・3回キャンセルし行っていないが、大分軽くなったのでもうやめようか思案中だ。
 2月26日(木)
 今日は外出の予定なく、なんとなくだるい体を休める。
 2年前に買った、スズキの軽R2がリコールの通知と定期点検の通知が来ており予定日を相談する。病院通いや、私のサークル通いで結構使うので、空いている日が少ない。土・日でもいいということで、土曜日に取りに来てくれることになった。傷も2か所あり、こちらは日にちがかかるとのこと。
 2月27日(金)
 晴れ夕方より曇り。午後から体操。今日は4時から南公民館で調整会議が行われる。3時半頃に行かないと椅子の取れない。体操に一緒に行くFさんは帰りは買い物があり駅近くで途中下車。
 体操も病院行で結構休んだが、行けるときにはいかないと体がなまる。
 調整会議はいわゆる場所取りで3か月に一度あり、曜日ごとにテーブルがあり月4回、3か月分の用紙に、利用団体が時間と団体名を書き入れていくが、利用したい日の用紙の奪い合いがすさまじい。おとなしくしていたら、先に書き込まれ取れないこともある。読書会では隔月の第2水曜日だが、図書室利用なので大体とれる。一度だけとれないことがあったが、その時は次週に変更しとれた。どの団体も2人か3人で来ているのでテーブルの周りがいっぱいになる。読書会でもSさんが来てくれたが、私が前にいたためノロマの私でもとることができた。二人で来るともし取れなかった場合の変更など相談しやすい。
 2月28日(土)
 9時ごろS自動車が車を引き取りに。いろいろ修理個所が多そうで気にかかる。夫は退院後(ばかりでなく)10時を過ぎても起きてこないので、起きてきたときご機嫌をうかがうと、だるくてしょうがないとか、あまり眠れないとか、言うので、手術の後だし休んでいたらと言うと、寝てばかりいても体がなまってしまう、という。朝食のことを聞くと、今起きたばかりだからまだわからないという。これはいつものこと、ドリップコーヒーを2・3杯飲んで、食欲がわいてきた時点でさて何を食べましょう、と冷蔵庫や鍋の中を探す。我が家は残り物豊富。煮物や魚を焼いたり温めたり、納豆も毎日たべる。何を食べようかと考えるのが好きらしい。これを食べたら、といわれるのは嫌いらしい。鍋の残りで雑炊とか野菜炒めでラーメンなども食べている。だから長年の間に、朝昼はご随意にということになった。楽でいいね、といわれるが私の気持ちは複雑だ。
      

[PR]
by ttfuji | 2015-02-28 16:01 | 生活雑記 | Comments(0)
 パソコンの不具合か操作ミスかわからないが、書いたものが突然消えてしまうトラブルに時折見舞われる。この日記も書き換えたもの。簡単に、と思いながらどうしても長々しくなる習性は治らない。

 2月23日(月)朝8時、夫から電話。手術は午前中の3人目だからそんなに早くないと思う。手術後は集中治療室に入る。ただし、この部屋に置いてあるものをすべていったん引きとってもらいたい、と言われたという。集中治療室に一泊するので物だけを置いて置けないらしい。
 10時頃来ればいいと言われたが、9時半までには行こうと家を出た。ことろが、立体駐車場が屋上まで満車で、入口の所で車がつかえている。結局、20分近くかかって屋上に置いた。夫は,ICUに入るのは特別な場合やトラぶった場合と思い込み不安感を示した。
私は、高齢だし慎重に対処ということじゃないの、と言ったのだが。
 11時頃、ストレッチャーで手術室に運ばれて行った。
 貴重品や入院用品、着替えなどのほか、着ていったもの、コートやジャケット、靴までまとめると結構な荷物になる。看護師さんは、眼鏡と薬、カップだけを預かってくれた。これだけの荷物、一人で一度に車に運べませんから、2度ばかり先に車に運びたい、と看護師さんに言うと、今すぐなら大丈夫でしょう、手術が終わった後は、先生が説明に見えると思うので、居場所がわからないと困る。と言われた。とにかく、タブレットや携帯、時計、財布などは車などにおかず、私のバックに入れておいてください、という。車が屋上あると車内が熱くなっており、影響を受けるといけないので、持ち運びのつど、携帯することになる。
 昼食も店に入らず、地下のコンビニで買ってきて、入院室の近くにあるラウンジですませ、所在が分かるところにいて下さい、と言われた。その通りにし、入院室で待った。
 2時間待っても音沙汰なし。顔を出した看護師さんに聞くと、まだ電話が入らないと言う。本を読んでいたので、退屈することはなかったが、待ちくたびれた。
 だいぶ経ってから、看護師さんから、先生からお話がありますから、7階のICUに行ってください。場所は7階の受付で案内してもらって下さい、といわれた。マスクを買って中に入った。先生が奥さんを探していた、と言われた。私は13階の病室で待つように言われ、そこで待っていました、と言ったが、行き違いがあったらしい。夫は元気だが色々モニターに繋がれ3つの画面から幾つもの線が流れていた。私が見つからないので、携帯番号を聞かれたと言う。提出書類に私の携帯番号が書かれていないので聞かれたが覚えていないと言ったという。私も夫の携帯番号を暗記してない。執刀医でなく、いつもの循環器科のN先生が説明して下さるとのことで、しばらく待った。N先生は、若いがやさしい感じの先生で話しやすい。映像写真のプリントされたものを渡された。かなり狭くなっていた頸動脈にステントを挿入し血液の流れを良くしたこと、念のためペースメーカーも入れたが、こちらは症状が安定したら取り出すと言われた。今日はここで治療を受け、経過を見て明日か明後日の退院となると告げられた。次は心臓のステントでしょうか、動脈瘤のことも気になりますと言うと、そうですね、すぐというわけにはいきませんが、と言われた。
 夫が、水が飲めないので口の中が気持ち悪い、飲んではいけませんか、と聞くと、今日いっぱいは我慢するようにといわれた。先生にお礼を言い、夫に明日もう一度荷物を持ってくるが、タブレットは駄目だそうですよ、と伝えた。
 帰宅し、明日持っていくものをもう一度チェックし、タブレットや説明本、充電器は除いた。ペースメーカーが入っていれば、携帯電話も駄目と思ったが、一応持っていく荷物にいれた。下着、パジャマを新しく入れた。持ち帰った殆どをまた持っていくことになる。
 夜、先生から電話を頂いた。経過は良く元気で食欲もあり、夕食も完食された。退院は明後日(25日)の午後にしました。リハビリも少しやってもらいますので、と言われた。
 退院、明日か明後日、と言われたとき、明後日なら午後にお願いしたい、と頼んだのは私だ。スイミングを休まず済むからだ。それが聴き入れてもらったからか、わからないがよかったと思った。
 2月24日(火)
 病院へは、1時に行った。ICUへ行くと、13階の病室に移っています。病室の番号については、13階の受付で聞いてください、という。病室は、入院したときのままの9号室だった。重い荷物の引き上げ、持ち込みの手間が、ばからしく思えたが、文句を言っても仕方がない。
 夫は、病院の寝巻を着ていた。導尿を付けてありおむつを付けていたが私物の下着がないのでやむを得ない。看護師さんが、歩けるようになったら導尿を外すと言っていたが、夫はもう歩いてトイレに行っているという。こんなものにできないよ、隣にトイレがあるのでそこで用を足している、という。ふらつきもない、という。
 持って行った衣類をハンガーにかけ収納の場所に収め下着やセーターもしまった。ペースメーカーが入っているので携帯は使えないと思ったが一応持ってきたと言うと、ペースメーカーは今朝外したという。補聴器を持ってきたので、渡そうとしたが、なぜか見つからない、一つ一つバックや袋を探したがどうしても見つからない、夫は見たような気がする、どこかから出てくるだろう、と言ったが、持ってきたつもりで家にあるのかしら、補聴器がないと不便だろうな、と思いつつ、明日、1時に来ます、といって1時間ほどで帰ってきた。
 補聴器は、家でも何度も探したがどこにもなかった。
 夜、夫から電話があった。明日の退院は午後2時に決まったと言う。補聴器あったよ、と言って切れた。どこにあったのか聞こうとしたのに。すぐまた電話が鳴り、補聴器あった、と繰り返す。それから、あしたタブレット持って来て、という。使っている時間なんかないでしょう、と言うと、過去、記録している血圧と脈の数値を見たいのだと言う。脈拍数が以上に低く、先生が不思議がっているので、普段も低いという記録を先生に見せるのだと言う。陸上選手や長距離の選手は少ないという。補聴器どこにあったの、と聞くと今病室だから、と言って切った。きっと、時計などいれた小袋からさっと抜き、忘れたのではないか。自分の都合の悪いことは、答えず言いたいことだけ言う夫に腹が立てても仕方がない。


[PR]
by ttfuji | 2015-02-24 20:16 | 医療・健康 | Comments(0)
 2月20日(金)
 体操に行く。今日は、中央公民館ではなく、千津自治会館で行われた。公民館が取れないときは、近くの自治会館をお借りする。ただし、会場使用料千円がかかる。しかも、駐車場が狭いので、外部の利用者は公民館の駐車場を使う。この頃は月3回の体操が公民館が1回しか取れないということが多い。それだけ場所取りは競争になっている。中央公民館では、今日から3日間公民館まつりをやっており、各種展示や歌やダンスなど発表をやっている。
 体操終了後、展示の作品を見てきた。絵や書や工作物も素晴らしかった。郷土史会でも発表し、顧問のTさんが見学者に説明していられた。
 帰宅後、病院の先生から電話で明日(土)来院してほしい、脳のMRI検査と薬の追加をつげられた。
 2月21日(土)
 夫は、薬の処方をわすれたことに不信を持ち、なるべく早く来てほしいと言われたが、急ぐことはない。なんなら手術を遅らせてもいい、と言い出したが、土曜日だし早く行ったほうがいいと私は強く言って起こし、身支度、食事を急がせた。私が少し遠い駐車場に置きに行く間に、夫はすでに先生から処方箋とMRIのファイルを受け取っていた。院内薬局で薬を受け取り,MRI検査を待つ間に薬を飲んだ。医師はこの薬を飲まなくても手術はできると言われたとのこと。
 MRIは呼ばれてから45分ほどで済んだので、早かったですね、というと、大きな音がいろいろ響きとても長く感じたという。私も2度ばかり受けているが、受ける本人のほうが長く感じるようだ。11時半頃すべて終わり、スターバックでコーヒーとサンドイッチの昼食をとる。
 午後は、自治会の新旧理事・班長の集会があったが、別記する。
 2月22日(日)
 前日、12時半13階Bに入院と知らされ、持参するもの、書類の確認の連絡があった。
12時に着いたので13階の受付で部屋の案内をしてもらい、大きな荷物だけ置いて、5階のレストランへ食事に行った。朝食を食べていくつもりだったのに、夫は、朝食を食べてない、と言って、着いた途端にレストランに行こうという。夫はここがお気に入りで入りたがる。和食の店が「支度中」だったので洋食の店に行きパスタにした。サーモンのクリームソースのペペロンチーニで夫は野菜の多いパスタだったがどちらもとてもおいしかった。食べないうちに相手の皿から一口づつフォークで掬い味見した。
 戻って受付に声をかけると、看護師さんが一緒に来て、書類を受け取り、血圧検温、を調べ後で心電図と点滴などをつけるという。先生の説明はないの、と夫に聞くと、今日は日曜だし来ないかもしれないという。明日の手術時間は看護師さんもまだわからないという。しばらく居たが、わかったら電話するというにで帰ってきた。手術が午後なら、午前中、太極拳に行くつもりだった。3時ごろ電話があり、午前中と知らせてきた。時間はわからないという。頸動脈のステント装着の手術だから、本人もかなり神経質になっている。梗塞が脳に飛ぶかもしれない、そしたら脳梗塞の麻痺が起きる。リハビリは鶴巻温泉がこの病院と連携していていいらしいからその時は手配を頼む、などというので、私は大丈夫ですよ、と何の根拠もないがなだめるのが必死だ。リスクは聞かされているが、医学を信じるしかない。
 手術前後は医師の説明があるかも知れないので、待機していようと思う。夫は10時ごろでいいと言ってくれたが、9時には家を出ようと思う。 

[PR]
by ttfuji | 2015-02-22 23:55 | 医療・健康 | Comments(0)
 2月17日(火)
 心筋負荷検査のため8時半に家を出る。一階画像検査センターで受付後、8時50分までに地下の核医学検査室で受付、指定の履物に履き替え、周囲がぐるっと検査室に囲まれた待合室で待つ。すでに10数人の患者や家族が椅子に掛けている。車椅子の人も多い。何か一般の待合室より深刻な病状のような気がする。それぞれの検査内容も違うようだ。○○番の人、〇番の検査室にお入りください、と呼ばれる。前後に何室もあるので、順番も早いが、入ってから出てくるまで1時間くらいかかり、そのあと2度目の検査に呼ばれるまで30分ほどかかる。それを午前中2回、午後1時から3回目があり、受ける方も待つ方も根気のいる検査だった。午前中の検査が終わった後は、昼食は好きなものを食べていいと言うことで、それぞれ食堂やコンビニに買いに行ったりしたが、地下にある食堂で済ませた。午後も同じような負荷検査。自転車こぎのような運動もし、それぞれ別な注射をして心臓の血管の状態や動きを見るらしい。今日は検査のみで結果は聞けない。終わったのは2時半。今日の分と前回の入院検査の請求書が届いていたので、それも支払うとかなりの金額になる。次は日曜日の入院となる。
 帰りにとうきゅうに寄り夕食の食材を買う。マグロの漬けとおでん(前日用意)で簡単だがおいしい夕食ができた。
 2月18日(水)
 雨。予報では南関東は雪だったが伊勢原は滅多に降らない、雨も小降りだった。
 午前中、スイミングに行き、午後は読書会があった。課題本は渡辺淳一氏の『瓦礫の中の幸福論』。著者の生い立ちや終戦後の食糧不足と買い出し、母の助言で医大に進み医師となったころのこと。札幌医大の和田医師の心臓移植で話題になった大学での発言が批判を浴びたことまでが書かれている。
 サラッと読め、皆の読後感のあとは、医療、健康問題、政治、曽野綾子氏のアパルトヘイトについての意見が問題になっていることなども話し合われた。
 2月19日(木)
 午前中晴。午後から曇る。図書館行きの日。いつも一緒のTさんが、体調を崩したとの電話があり一人で出かけた。特に病気と言うわけではなく、一睡もできなかったことによる不調とのこと。ゆっくり休んでくださいと伝えた。

[PR]
by ttfuji | 2015-02-19 23:17 | 医療・健康 | Comments(0)
 2月12日(木)
 今日の病院予約は12時、循環器科、13時、心血科ということになっており、先日来の度重なる検査結果をカンファレンス(会議)にかけて今後の最善の方法を見出し、そのことの説明を受けることだった。
 11時45分頃病院の入り口で夫が降り、2階の受付に予約票を提出。循環器科の前で待っているところへ車を置いてきた私が行く。いつもの近い駐車場に入れようと並ぶと1時間近く待たされることもあるので指示されて少し遠いが立体駐車場へ入れに行った。
 循環器科では、それほど待たされることなく、番号が表示され、前回検査して下さったN先生が担当された。前回お話したように、頸動脈の梗塞が最も深刻なのでそこから始めます。そのために核医学検査(心筋負荷TF)を行います。期日は2月17日(火)でいいですか。当日は3回にわたって検査しますが、前日夜は夕食は普通でいいですが水分は水か白湯のみ、当日は朝から絶食、水と白湯は沢山飲んで結構です、といわれた。カフェインの飲み物、緑茶、中国茶、紅茶、コーヒー、炭酸飲料、トマトジュースやその他のジュース、牛乳やスポーツドリンクも駄目といわれ、これはしっかり念を押さなければと思った。
 心筋シンチグラフィーとか心プールシンチグラフィーとかを1~2時間おきに3度にわたって調べるらしい。3時頃退院となる。手術は、2月22日(日)に入院。23日手術。24日か25日に退院とこちらの都合も聞いての決定となる。今日の心血科の診察はN先生が兼ねて行って下さったようで、入退院センターで手続きして会計を済ませて帰る。
 3時前に終わり、昼食も家を出る前に済ませてきたので、お気に入りのお食事処へ行かず、とうきゅうで食品と夫のセーターの買い物して帰る。夫は運動がてら歩いて帰ると言って荷物を託された。
 2月13日(金)
 天気は良いが風のある日。体操が先生の都合で休み。折角私の行ける日なのに、ないなんて、と少し恨めしい。Yさんが午後から少し歩きませんかと誘ってくれた。午後スイミングがあり帰ってから歩こうと言ってくれたのだ。スイミングで疲れているでしょう、というと、それほどではない、近場を歩いてグラッチェでお茶して帰りましょう、といことになった。方向を駅の反対の南公民館に向かって歩く。公民館では大勢の人の出入りで賑わっていた。もしかして公民館祭り?と思いながら、入っていくと、明日からの公民館まつりの飾りつけが終わったところだという。邪魔になるかと思って入るのを躊躇っていると、館長さんが、展示も済んだようだから、見て行ったら、と言って下さった。何人も顔見知りの人がいた。配置は例年と同じようだった。皆素晴らしい作品揃いで一日早い鑑賞ができた。約4000歩歩いたが、途中でお茶をし2時間ほどで帰った。気晴らしに誘い出して下さるYさんに感謝する。
 2月14日(土)
 郷土史研究会の日。今日は、会員であり文化財保護協会会長である桜井氏の講演。幕末の動乱期、相模の農民や武士たちがいかに動き、収奪が行われたかの話だったが、詳しくは整理してから書き直す。終了後、いつもの仲間と昼食して帰る。
 2月15日(日)
 このところ家にいる日は確定申告で医療費の計算に余念がない。ここ何年か、申告を免除されたが、今年後は入退院が多くかなりの医療費がかかっている。細かい金額の積み重ねの計算も大変だが、診療科の種類も半端でなく何日もかかり漸く医療費だけまとめた。あとは、申告書の添付書類や証書、計算などが残っているが、久しぶりにやって新鮮な気がした。
 2月16日(月)
 暖かい日。太極拳あり。久しぶりに身体を動かし気分爽快だった。
 午後から、銀行、買い物に行った。
 明日は、夫の検査日。明日の朝は絶食ですから、10時以後の夜食やおやつは食べられませんよ、と言うと、絶食は23日の朝だろう、と言う。明日ですよ、と張り出してある書類を提示。勘違いしていたことに気付いた。ホッ。空腹に弱い人だから、身体が持つのかな、と不安そうだ。2・3日断食したって死ぬようなことはありません、と心の中でつぶやく。明日は早い。8時45分までに病院の受付に行くことになっている。私もこれからやすむ。

[PR]
by ttfuji | 2015-02-16 23:02 | 医療・健康 | Comments(0)
 2月9日(月)
 太極拳の日。2か月おきに行っているA内科で頂いている2種類の薬の残量が亡くなっているのに、昨日気づき、太極拳へ行く前に受付だけ済ましてきた。ここは、朝7時頃から受付だけ済ませる人や、8時、9時頃きて待合室で待つ人も多く、私が受け付けした9時半頃には、順番が来るのは12時頃になる。用事を済ませてから来ます、何時頃になるでしょうか、と聞くと順番表を見て12時頃になると思いますが、11時半頃には来てください、と言われた。
 太極拳の稽古は12時近くまでかかるので、先生と役員さんに11時半に早退しますと断った。家からも会場からも5分とかからないのでその点は好都合である。
 医院の受付に来たことを知らせ血圧を測っておく。11時45分頃、順番が来た。先生から特に気にかかることはないかと聞かれ、私自身は問題はないのですが、と家族の事情を話すと、それは大変ですね、ストレスがたまりますね、と言われた。ハイ、と答えた。血液検査と尿検査をし、次回、4月に頸動脈のエコー検査をすることにし、予約した。私も梗塞があるので薬を処方していただき服用しているが、半年前の検査で梗塞が小さくなったと言われたが、その後も服用を続けており、半年ごとに検査も受けている。
 処方箋薬局で薬を頂き帰宅すると1時過ぎだった。
 午後から、買い物に出ると言うと、夫が郵便局と整形へ行くと言うので、本局まで送った。整形は、肩の痛みのリハビリと痛み止めの張り薬をもらうためで、昨年9月、東京で転んだ、後遺症によるものだったらしい。私とは違う整形外科に通っている。買い物は近くのスーパーで済ませた。
 2月10日(火)
 9時半協同病院眼科へ。こちらも2か月おきに行っている。緑内障予防の目薬と疲れ目などの目薬を処方されている。緑内障は軽いもので、このまま、目薬をきちんと点せば大丈夫でしょう、といわれる。眼圧も100、と安定している。1年に一度視野検査もしている。このままで寿命まで?大丈夫らしい。
 夫は久しぶりに寒川体育館へ行く、と言っていたので、私も寄り道せず帰り、11時半頃出かけた。わが家の軽自動車もフル回転である。
 2月11日(水)
 建国記念日。ずっと寒々しい日が続いていたが、今日は穏やかに晴れ渡った。気温も上がるとの予報であったがそれほど温かく感じなかった。齢のせいか、寒がりになったように思う。午前中,NHKテレビを見て過ごした。建国記念日のせいかNHKスペシャルは『カラーでよみがえる東京』と言うのをやっていた。明治から近代化がすすみ、かなり文化国家らしく整い、おしゃれな若者の風俗も街並みも部分的にカラーで再現し、関東大震災で壊滅状態の東京とその後の復興、軍国主義の台頭と開戦、大空襲と焼け野原の東京も敗戦とともに、力強く復興した。東京タワーが立ち、オリンピックの開催が決まり、首都高速や道路が整備された。満州事変や2.26事件、学徒出陣、金の卵と言われた中学生の集団就職などの映像も白黒写真だったが、カラーによる再現もあり、見ごたえがあった。
 関東大震災の後の炊き出しに、人々が整然と並んで受けている様に、駐日大使が礼儀正しさに驚き感動し本国に伝えたという話に、東北大震災の折も、外国人に感動を与えたということと重なり、こうした美徳を失わないようにしたいと思った。そのあとの『赤い大地ナミブ砂漠』の映像もよかった。安倍さんの靖国神社参拝がないらしく、テレビも穏やかでいられた。

[PR]
by ttfuji | 2015-02-11 20:13 | 医療・健康 | Comments(0)
 2月6日(金)
 体操の会に今年はじめて出席した。月3回、金曜日にあるが、夫の検査入院や通院で金曜日は潰れることが多く、たまたま金曜日があいていても、先生の都合で休みになったり、10月から3回しか行けなかった。結構ハードな運動で、運動をしたという充実感が得られて満足するのだったが。
 メニューは、体調点検運動から始まる。先生の掛け声で手足をさまざまなバリエーションで円型に歩行していく。つま先歩き、踵歩き、外側歩き、などしながら整列していく。ラジオ体操第一か第二、元気はつらつ体操と続く。次にリズム体操に移る。リズム体操もいろいろあるが、この日は「東京スカイツリー音頭」と「もしも明日が」。すべてテープの音楽で運動する。
 休憩、水分補給、そしてコーラス3曲ほど。私は音痴なので、聞き役。
 後半は、フォークダンス、6曲。終了は3時過ぎ。帰りにとうきゅうで買い物して帰る。
 2月7日(土)
 自治会活動の一環に「ささえ合いサポーター連絡会」というのがあり、防災訓練などが行われる。
 今日は、伊勢原市消防署職員による『AEDによる救命法の知識と技術の習得』という内容だった。私は、来年度(4月から)理事なので参加した。約40名ほどが2班に分かれて体験した。
 実物大の人形が横たわっており、職員が、外部の状況や身体状態、手順、注意点、など説明した。もし倒れている人がいる場合、安全な場所か確かめ、周りにいる人に救急の電話を依頼し、AEDを持って来てくれるように依頼する。胸に手を当てて呼吸を確かめる。肩に手を置いて耳元で呼びかける、初めは小さな声でだんだんと大きな声で「もしもし」とか「大丈夫ですか」と呼んでみる。反応がなければ頭を少し下げて気道を確保。胸骨の中央を手首を重ねて力強く30回ほど圧迫する。口にガーゼを当てて息を吹き込む。AEDを指示に従って装着する。
 以上の説明の後、参加者に体験してもらう。たまたまそばにいたため、私が一番目に実施した。手順通りにできたが胸の圧迫と口からの息の吹込みが弱く、信号の青が点灯しなかった。命を助けることが第一なので、人工呼吸で胸骨が折れることがあっても仕方がないと何度も言われた。
 感想は、できたらこういう場面に遭遇したくない、と言うことと、高齢なので、肋骨を何本も折ってまで蘇生をしてほしくないと述べた。勿論、若い人は命が最優先だが。
 終了後、サポートの皆さんによる、炊き出し訓練でおにぎりとトン汁が振舞われた。

 夫は、ぎりぎりまで迷っていたが新宿の講座に出かけた。

[PR]
by ttfuji | 2015-02-08 16:09 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)

検査入院 3日間

 2度目の検査入院は、2月3日から5日までの3日間で、前回、心臓と頸動脈の梗塞が見つかったため、その手術(心臓と頸動脈)ができるかどうか見極める検査だった。前日、入退院センターから3日10時半に入院病棟10階Aに入院と案内された。
 実は、この日私の肩のリハビリが10時10分に予約されていた。2週間に一度の通院なので、取り消したくなかった。夫に頼んで11時に入院に変更してもらった。11時前についたが夫だけ先に降りた。いつもの近い駐車場は入れず少し遠いところにある立体駐車場へ入れるように指示された。今回の病室は10回窓際で眺望がよく、日当たりもよく暑いくらいだった。窓から見える小さな山が湘南平と聞いて驚いた。こんなに近くに見えるとは。協同病院も市役所も図書館も文化会館もすぐ目の下だ。看護師さんが、医療に当たるチームの名前と陣容を説明、血圧、体温の測定があり、手首に名札がつけられた。
 体の各所につけられた管(コード?)は管理室につながってチェックされているらしい。昼食が配られ、夫はレストランで食べてきたら、といったが、空腹でなかったし、家には残飯がわんさかあり、無駄にしたくなかった。それぞれおいしく食べる工夫はあった。ラウンジで読書しながら自販機の飲み物を飲んだ。お弁当を買ってきて食べている家族も多い。
 昼食が済んだ頃部屋に行くと、横になっていた。退屈らしく時々タブデットをいじっている。もはや手放せないおもちゃだ。携帯で流れるニュースで知ったヨルダンのパイロットがすでに殺されていたというと、だいぶ前にそういわれていた。ひどいものだ、といいタブレットを開いた。途中で音声で聞こうとしたので、イヤホンにしてと注意した。ほかの人たちにこんなニュースは聞かせられない。それにみなさん、ヒソヒソ声で話していて話は聞こえない。こちらは老人で耳が遠く大きくないと聞こえない。駐車料のことを話しているとき、長時間置きっぱなしでも受付で駐車券をチェックしてもらい低額にならないかしら、と話しているのが、隣の人に聞こえたらしく、帰るとき、駐車場のことですが、駐車券のあと診察券を入れると200円か300円になりますよ、と教えてくださった。夫から診察券を借りて200円で済んだ。
 明日の検査は午後からと聞き、スイミングに行ってから12時半に来ますと言って帰ってきた。
 4日の検査日は家族が話を聞くので検査室に入る前に行かなければ、と思ってスイミング後、急いで食事をし12時半前に行ったが、夫は手術着に着かえ点滴がつながっていた。午後一番と言われたから1時か1時半くらいかと待ったが、一体何時まで待たせるのだろう、こうなったら意地でも聞きに行かない、と変なことをいっていた。3時に看護婦さんが、3時15分に検査室に移りますからと知らせが来て、トイレに行った。時間通り男性の看護師さん移動のベッドに乗せて運んでいった。検査、2時間くらいですかと聞くと、首をかしげてもっとかかるかも、というニュアンスだった。
 ラウンジで本を読みながら待つことにし、娘に電話して経過を話すつもりだったがつながらなかった。突然電話が鳴ったので、娘からかと思い、出てみると夫だった。もう部屋に戻っているよ、という元気な声。すぐに戻り、もう終わったの、ずいぶん早かったのね。元気そうね、というと、早かった?、長く感じたけどね。という。麻酔で意識朦朧かと思った、というと麻酔は使いませんでした。造影剤を入れるときや内視鏡を入れるとき、少し使うかもしれないと言っていたような気がする。しかし心臓や腎臓によくないので使わなかったらしい。それほど痛くなかったという。しばらくして、担当医が見え、心臓と頸動脈の写真を数枚見せながら詳しく説明してくださった。心臓の血管の梗塞は50%くらいという。それほど危険ということはないという。しかし頸動脈の梗塞はかなり大きい。脳梗塞の危険度は高い。夫が一番恐れているのは脳梗塞だ。手足や脳がマヒしたり言語が不自由になったら困る、そんな状態で生きていたくないという。では、真っ先に頸動脈の手術をしていただいたら、というと先生は、会議にかけて今後の治療法を検討します。次回は2月12日(木)に来ていただきます。と言われた。
 明日午前中に退院できます。何時に来られますか、と聞かれたので、11時に来ます、と答えた。図書館に行く日なので、その前に図書館を済ませたい。日延べや時間変更はかえって困る。そのことは夫に言わず、もしかしたら、南関東、雪になるかもしてない、というと雪だったらタクシーで帰るからいい、と言われた。たぶん、伊勢原は雪は降らないだろう、と思う。

 5日、雨。夫の退院日であるとともに図書館返却日でもある。
 朝、9時にTさん宅に向かう。昨夜電話で夫の退院のため早くいきたいと知らせてあった。日を変えてもいいですよ、といわれたが、かえって日程を合わせるのがむずかしい。
 10時ごろ、夫から電話が入り、退院の準備はできているという。今病院に向かっているところです、すぐ着くかもしれないが、遠くの駐車場では不便なので、待っても近くの駐車場に入れたい。結局40分以上待って順番が来た。11時になった。先生から書類を渡されるはずだから、と言っていたが、書類は昨日受け取っていた。看護婦さんが来て、奥さん見えたのでしたらもうお帰りになっていいですよ、と言われた。奥さんが見えたら知らせてくださいと、言われていたらしかった。ではまた、お世話になると思いますのでよろしく、と言って退院した。
12時前だったが、昼食は5階の日本食の店「春」で済ますことにした。何とか言う魚の棒寿司とその魚と野菜のてんぷら、小鉢味噌汁のセット(定食)だったが、魚の名前が思い出せない、聞いたことのない名前だったが、白味魚で癖がなく軽くて適当に油も載っていてとてもおいしかった。棒寿司とあるのでサバのような青味魚かと思ったが、期待以上においしかった。

このブログを半分以上書いたところで突然違う場面に転換した。慌てて再現を試みたが、戻らない。ショックで閉じてしまおうと思ったが、今日書かないともうだめかもという気がし、思い出しながら書いてみた。文字も文章も整っていないかもしれないが、後日読み直すことにします。



[PR]
by ttfuji | 2015-02-06 00:20 | 医療・健康 | Comments(0)
 2月1日(日)
 10時頃、夫は熱海に梅見に行ってくるとでかけた。折角いい天気だし家にいてもしょうがないから、と言う。私は、10時半に予約していた美容院にヘアダイに行ってきた。午後からでもウオーキングをしたいと、いつも誘って下さるYさんに、たまにはこちらの方から誘ってみようと電話したが留守だった。あとで聞くと大学に行っている孫息子さんが演劇部で活躍されていて、その公演を見に行ってきたとのことだった。
 夫は多分、夕食は済ませて帰ると思ったが、でも食べてこない場合もある。一応、大鍋一杯のけんちん汁を作り、鮭を焼いて置いた。昨日多めに作ったポテトサラダもある。けんちん汁は、いつも多めに作り、半分冷蔵庫に保存する。私の好物で、うどんを入れたり、お雑煮にしたり、おじやにしたりと応用範囲が広い。10種類以上の野菜や具が入りおかずの一品にもなる。案の定、6時頃の電話で今下田から電車に乗るところ、ごはんは食べて帰るから、と言う。これで、メインの料理に気を使わなくよくなった。
 2月2日(月)
 昨夜,Yさんから電話がかかった。私が携帯にかけた履歴があったためだった。ウオーキングに誘ったの、というと、明日、太極拳ないから、歩いてもいいわよ、という。午前中スイミングに行ってくるから、午後から歩きましょう、ということになった。
 今朝になって、スイミングは行かなくていいので午前中から出かけてもいいといわれる。9時半頃の電話だったが、夫はまだ起きだしてこない。10時半頃どう?と聞かれたが、夫が起きて段取りしてから出かけたいので、こちらから電話しますと返事した。
 夫はすぐに起きてきたので、今日は私が歩いてきます、と言い、食べるもののことをいうと誰とどこへと聞かれたが機嫌よかった。起き抜けに声をかけると仏頂面されることが多いが、のんびり過ごせることで気分がいいようだ。
 はじめ、小田原や町田が候補に挙がったが、取り敢えず歩くことにし運動公園方面に歩き出した。途中でかなり充実した手芸用品の店に寄る。こんな店があるの知らなかった、と手芸好きなYさんは言ったが、私は知っていたが、中に入ったことはなかった。でも、必要なものが見つかり何品か買った。
 この頃、夫の病院行きが増えて外食が多くなった、市役所のレストランで昼食を食べたこともあるし、東海大の和食店や洋食店にも何回か行った。手頃な値段だがおいしいし店もきれいよ、行ってみる?と聞くと、どこも入ったことがないので、見てみたい、食べたいものがあったらそこでお昼しましょう、と言うことになった。市役所では、何品かお盆に載っている和食セットを見て、食べきれない、多すぎると言うので、うどんやラーメン、その他一品ものもあり、パン類、サンドイッチやトースト、デザートもあると一度入っただけなのに、知ったかぶりの案内役につとめた。12時前でまだ入っている人も少なかったが、次に東海大病院に向かう。入院病棟の5階にあり、ここも見学のみ。病院の食事処というと敬遠されるが、ここは新しいせいもあって清潔感があるし、メニューも充実している。入院病棟にあるが入院患者は勿論入らない。退院時に家族と入ったり先生や職員、見舞客が利用しているようだ。昼食にしては量が多いと引き返した。
 わが家の夫は外食好きで、びっくりするほどあらゆる店で食べていて、品定めしている。ここから、運動公園に行く気力は失せて、別のルートで大神宮の茶店を覗くが、お店の人が玄関にカギをかけるところだった。1時過ぎだったが休憩に入るところだったようで、開けましょうか、と言ってくれたが、甘味処で食事はできないので、また来ますと断った。そして、中央通りのいくつかの店を通り過ぎて、入ったのが、時々来ているデニーズだった。結局、アボカドのサラダ付きのパンケーキとコーヒーにした。
 ここは、おしゃべりもゆっくりできるので郷土史仲間とよく来る。
 帰りは「とうきゅう」で買い物。どこの店でも恵方巻が並んでいる。いつの間にか関東でも席捲したようだ。マグロと鯛の柵を買い、ちらしずしの上に、海苔をちらし、マグロ、鯛、エビ、だし巻き卵、ブロッコリーなど豪勢に散らした。巻いた太いものは口に入れない。形は違うが材料は似たようなもの。違った恵方盛にした。恵方に向かって食べなかったが。
 2月3日(火)
 夫、検査入院。別記します。

[PR]
by ttfuji | 2015-02-03 18:54 | 食・献立・料理 | Comments(0)