私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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末妹が急逝 昨日初七日

 1月23日の土曜日午前中、振替でスイミングに行っていた。2時半頃、松山の弟から携帯に電話が入った。メール見なかった?、と聞かれ見てない、どうしたの?と聞いた。陽子が、膵臓癌で末期、手遅れで手術もできないという。娘のT子から私に何度も電話したが留守なので、弟に掛けたとのこと。次妹の雅子には弟から知らせたという。
 信じられなかった。一番若い元気印の妹が膵臓ガンに侵されるなんて。どうして?、どうして?と言う言葉が突いて出る。ケガや病気で在宅療養、または入院している兄弟姉妹、友人など駆け回って、手助けしていた妹だ。健康を過信して健康診断も受けていない。肩が痛いということで、整形外科にはかかっていたらしい。好転せずそのうちに背中も痛くなったという。整形外科の紹介で総合病院にかかったのは12月になってからという。弟と次妹から姪から聞いたというメールが入っていた。姪に電話し、すぐ行くと伝えた。母が誰にも知らせるな、迷惑をかけるから、と言われていたという。とるものも取りあえず、という形で、でも、病気を抱えた夫を一人にはしておけず、娘に来てほしいと電話し、ドレーンの手当てを頼んだ。
 病身だが一応元気な夫に駅まで送ってもらい、小田急・湘南新宿ライン・大宮から新幹線も利用して6時前には高崎に着いた。いつもは、必ず妹が迎えに来てくれたが、タクシーで病院名を言い駆けつけた。
 姪が、びっくり、さっき電話で話したばかりなのにこんなに早く来て下さるとは、と礼を言った。
 妹は黄疸もひどく、重篤な状態であることがわかった。
 姪が、お母さん、Tおばさんが来てくれましたよ、と呼びかけ、私も、陽子どうしちゃったのよ、とし子よ、わかる?、と大きな声で呼びかけた。途端に、はっとしたような目と口を動かそうとする反応があった。分かったようですね、と姪も言うし、私も確信した。きょうだいや親戚、友人などもかけつけ、すでに帰った後だった。2人の弟もさっきまで居たんですが、一旦帰りました、という。おばさんが来てくれてよかったです、と安堵した様子。

 姪は手や足をさすっていた。モニターで看護室に繋がれ、異常があるとすぐに駆けつけ、繋がれた管をチェックする。肌に触れていることは安心感があっていいですよ、と言われた。
 時々、小さな痙攣があった。私もさすると痙攣が治まる。日が変るころ、今まで真直ぐだった足の膝が上がった。それから両足を横に倒した。今度は、足を組むような形になった。元気が出たのかしらね、というと筋力はありますね、と姪も言う。暫くすると、今度は手を横に伸ばしたり、両手を一緒にベットの手すりに載せたりした。手を握ると、そのままでいたが、やがて手を自分からほどいた。私は、良い兆候ではないかと思ったが、同じ姿勢が苦痛で、身体の向きを変えたかったのかもしれない。呼吸が弱くなったと看護師さんが、鼻に器具を取り付けたが、その後、口への補助器具に替えた。脈、心電図も弱くなり家族に連絡してください、と言われた。
姪も気丈に対処していたが、嗚咽した。何とあっけないことだろう。2時25分だったと思うが、医師が来て診断して、2時54分とさせて頂きますと言った。二人の息子と妹の亡夫の姉S子さんが来てくれた。妹とも仲良く、何でもテキパキ処置できる頼れる人だった。看護師さんが化粧をして下さり、うっすら口紅も塗ったので、かすかに歯が覗くきれいな顔だった。葬儀社を決め電話すると、すぐに大きな車が来た。節子さんは姪と甥に、こちらの希望をしっかり言いなさい。言われるとおりにする必要はないのだから、とアドバイスしていた。でも二人ともしっかりした子でその心配はない。葬儀社は、私の母の時と同じところだった。
 めいめい車で来ており、私が、妹の遺体と同じ車に乗った。自宅に安置され白づくめの寝具に横たわって香華とお供え物が置かれた。
 早朝だったが、葬儀社との打ち合わせが続き、10時に本格的段取りの打ち合わせがあるそうだ。
密葬を選ばなかったので、近所との連絡もお手伝いいただくことも必要らしかった。
 姪が区長さんに挨拶に行った。普段は、東京で働いており、近所付き合いは母だけがしていた。お寺への相談にも二人で行った。葬儀の日程や戒名のことなど決め、手順や用意するものなど、葬儀社に相談し、忙しい買い物など、甥の妻が言われた通り甲斐甲斐しく用意していた。その間、小学校に通う二人の子供のお稽古への送り迎えや、宿題などさせていた。
 通夜は身内だけで26日、27日が葬儀と決まった。私は、きょうだい達に電話し、生花を供えてもらうよう依頼した。みな快く受けてくれた。
 喪服も用意するものも何もないので、一旦家に帰らなければならない。4時頃、駅まで送ってもらい、26日の納棺までには戻ると伝えた。高齢の私が24時間内に往復するのを、みなが労わってくれた。気が張っているためか疲れは感じなかった。27日は夫の手術についての説明を聞く日。またまた娘に付き添いを依頼した。
 松山の弟夫婦は26日に車で来ると言う。次妹雅子は、息子二人と車椅子を載せてくる。東京の次弟の妻,美智子さんは娘2人と新幹線で来てくれる。次弟、雄二が肺がんで亡くなったとき、一番気遣ってくれたのが陽子さんだった、感謝しているという。高崎の長兄も嫂さんも、入退院し、陽子が世話をした。二人も陽子さんには世話になったと、杖をつき参列した。

 葬儀には友人たちが最も多く、生前の陽子にいかにお世話になったか、口々に伝えてくれた。
 弔辞も親友3人が順番に読んでくれた。三弟(故人)の娘、寧子ちゃんに弔辞を頼んだら、躊躇なく引き受けてくれ、素晴らしい弔辞だった。どれも感動で涙した。甥(喪主)の挨拶ももらい泣きする内容だった。それぞれ、妹とのエピソードを伝え、人の為に生きたことが感じられ、早すぎた一生だったが、こんなに感謝され惜しまれて良い人生だったと言えると思った。
 でも、やはり喪失感は大きい。
 
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by ttfuji | 2016-01-31 14:45 | 家族・身内・私 | Comments(4)
 1月21日(木)
 図書館へ行きの日。隔週の木曜日。何時もの通り94歳の高山さんを誘う。前日か当日の朝に伺う時間を連絡する。
 Tさんはいつもすみませんね。こうして連れてってくれるから、本も読めるし、外の空気も吸える、有難いですよ、と言って下さる。でも、今日は少し違っていた。先日来呼吸がしにくくなって、息子さんに連れられてかかりつけの医院に行ってきたという。レントゲンを撮り肺炎にはなっていないがその前段階といわれたという。深呼吸ができないというので、無理しない方がいいですよ、本は私が返しておきますよ、と言うと、次に読みたい本を借りたいので、行きたいと言われる。その上、帰りに美容院まで送ってほしいという。こんな時、美容院なんて無理して行かなくても、と言うと、いつもより1月分間隔が遅れているので襟元が気にかかるとのこと。身だしなみに気を使われる。
 美容院は、道路に面して金属製の階段を登っていく。電話してあり、つえで階段の手すりを叩くとすぐ男性の美容師さんが迎えに下りてくる。私を見て、前にいらっしょいましたよね、と言われる。親しい美容院が建て替えで半年休業した時、Tさんの紹介で2回ほどお願いしたことがある。またどうぞ、と言われたので、その時はお願いします、と答えておいた。感じのいい美容院だが、H美容院も断れない。
 1月22日(金)
 体操の日だが、先生の都合でお休み。折角、広いレク室がコンピュータ抽選で当たったのにキャンセルはしたくなかったが致し方ない。
 1月23日(土)
 来週、27日(水)が夫の通院の東海大学に朝8時に行くことになっているので、スイミングの日だが出来ないので、前倒しで23日に振り替えてもらう。普通、欠席の場合は、あとの曜日に振り替えるのだが、30日は自治会の防災訓練と炊き出しがあり、特例を認めてもらった。スイミングは1度休むとかなりの会費が無駄になるので振替え制度を利用しないともったいない。
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by ttfuji | 2016-01-23 12:30 | つれづれ日記 | Comments(0)
 1月18日(月)
 全国的に寒気が蔽っているとの報。特に東日本各地に降雪が伝えられている。昨夜から明日の天気が気になっていた。朝起きると風雨が激しい。
 今日は、今年初めての太極拳だ。しかも、今年の役員でもある。こんな日、皆さん来られるだろうか、遠方から歩いてくる人が多い。しかも殆ど、高齢者だ。東京や横浜も雪が降っているらしい。
 もう一人の役員、Iさんに電話。どうしましょうと言われる。Iさんも長距離歩いてこられる。まず先生に相談しましょうと。先生だって隣の市から来られるが、今は雪は降っていないが雨と風が強いという。今日は休会にした方がいいと言うことになった。先生も案じていたところだという。
 すぐに昨年の連絡網で流すことにしたが、列によって分担で直接電話した。
 皆さん、もしあっても今日は休むと言われた。役員になって初めての仕事は休会を決め連絡網を流すことだった。


 昨年、「体操の会」で朝から暴風雨で、9時頃中止の連絡網流したときは、午後からの会で、昼前急速に天気が回復し残念がられたが、これは結果であって仕方がないと理解してもらった。
 
 今回は、午前10時からの「気和会」で、8時頃から相談、決定したのだが止んだのは午後になってからだった。
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by ttfuji | 2016-01-20 15:37 | 太極拳・スイミング・体操 | Comments(0)
 1月14日(木)
 地域のささえ合いサポーター支援による「ご近所さんの縁側交流」と銘打った集いが隔月で行われている。福祉協議会が後援し、自治会活動の一環としてモデル地区にもなっている由。

 対象は、幼児から大人までだが、子育て中の母子から歓迎されているようだ。家に母子で籠ると、母子が密着しすぎて過保護になったり、反対に厳しく接しすぎたりでお互いにストレスがたまり、息抜きができない。集会所に足を運ぶと、何人も来ているし、母親同志の交流もでき育児の悩みやその他いろいろのことを話せて気持も解放される。
 一方、一人暮らしや話し相手のいないお年寄りも顔を出し、おしゃべりやお茶のみを楽しめる。老人、子どもに限らず、主婦たちもボランティアとして参加したり、手芸など教え合ったりしている。
 子どもの賑やかな歓声や興奮の声も、大人にとっては懐かしく、微笑ましく温かく見守っている。
 子どもも、家庭とは違った広い場所で、駆け回り、遊具で遊んで、3時過ぎ、家に帰る時間が来ても、帰りたがらない。
 
 お母さんたちから、隔月でなく毎月やってほしいという声も上がっている。会長も、できれば集会所をもっと解放してあげたいと仰っていられる。
 今日は、折り紙による花づくり、ドアや壁に飾れる造花や、ペットボトルの蓋と厚紙、小布切れを使ったアクセサリーにもなるかわいい帽子作りを教えていただいた。
 
 何年か前、ブログに「サロンが欲しい」という日記を書いた事がある。その時、イメージしたものとほぼ似通っている。
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by ttfuji | 2016-01-17 13:41 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 1月13日(水)
 夫の東海大付属病院行きの日。手術の見通しについて予告がある筈と予測のもとに出かける。遅れれば遅れるだけドレーンの管理が難しくなる。生活している以上、からだを動かすので、胆嚢に差し込まれている管が動きやすく固定している糸も皮膚から取れやすい。そのため予定外のドレーン付け替え手術を2回も行っている。傷口は痛いらしいし膿も出ている。ガーゼ交換(シルキーポア)も慎重に行う。排液の量や色も記録しているが、日によって色も量も変化があり、その度に病院へ行かなくて大丈夫だろうかと本人も介護の私も迷う。
 12時の予約で30分ほど早めに行くが、呼ばれたのは1時過ぎ。もし手術日が2月3日と打診されたら、この日だけは都合が悪い、他の日ならいつでも結構です、とお願いしようと心に決めていた。夫にも話していた。夫はそんな勝手なこと言えるか、と言ったが、実は今日の通院だって、ある会があったのだが、家の事情を言って1月は休会とし会場キャンセル、会の皆さんには2月3日に今年度の話合いを持とうと言うことにしたのだった。
 
 先生は、夫の刺入部を見て、手術、2月の3日にいかがですか、と言われた。やっぱり!、と思ったが、思いきって、その日だけは私の都合が悪いのです、実は今日もその会があったのですが、休会とし、相談の上変更にした日が2月3日なのです、と訴えた。
 先生は、そうですか、では4日か5日はどうですかと言われたので、即座に結構ですと答えた。その前に、今月27日に来られますかと聞かれた。来られます。細かい話や麻酔医の説明などあるので朝の8時までに来られますか、と言われ、大丈夫です、と答えた。2月3日を譲っていただけたので、それだけで有難く、なんでもOKだった。夫は、黙っていたが、8 時?、早いな、と言った。

 そのあと、手術は開腹手術であることを確かめ、痛いんでしょうね、とか臓器は何と何をとるんですか、と唖然とするようなことを聞いている。胆嚢だけですよ、そんなに一緒にとったら死んでしまいますよ、と笑って言われた。私も当たり前でしょう、と内心思った。
 次から次へと悪い所が分かって混乱しているので錯覚したのだと思った。ぼくはこう見えて痛みには弱いんですよ、といっている。先生も、痛みについては女性の方ががまん強いですね、と言われた。
 と言うことで、医師の提示した日にちを受け入れなかったことについて、夫から何のお咎めもなかった。以前では考えられなかったこと、介護されていることで遠慮もあると思うとちょっとかわいそうな気もする。
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by ttfuji | 2016-01-16 21:08 | 医療・健康 | Comments(4)

日記 始動の一週間

 今年は3が日が金・土・日、4日には早くも始動であった。
 4日、月曜日、本来なら太極拳が始まる日だが、第一週は先生の都合で休み、第2週は休日で休み。従って1月は18日、25日の2回だけ。あまり熱心でない生徒だから、残念にも思わないが。
 5日(火)は、夫の循環器科の診察日で東海大学付属病院へ。ブログ記述済み。
 6日(水)は、午前中スイミング。午後は、眼科検診で視野検査があった。前回、緑内障の徴候ありと言われたが、今回は眼圧も低く、視野検査も問題ないと言われた。
 7日(木)は、午前中、図書館、午後は、美容院ヘヤダイに行ってきた。薄毛になっているのに、染めて大丈夫かと夫にはじめて言われたが、このまま白髪に移行していく勇気がない。きれいな銀髪に揃うには1年近くかかるし、ヘアダイすればまだまだみられるつもりでいる。
 8日(金)は、体操、さつきの会。中央公民館が取れなかったため、北コミで行われた。この頃、公民館の会場予約が難しくなっている。2月は公民館まつりがあるため、全滅である。コンピュータを使っての予約は私の仕事だが、一番神経を使う。コンピューターで当選、落選が決まるのだから、私の責任ではないと開き直れるのだが、とれない場合の別会場に交渉するのは、一緒に役員をやっているKさんにお願いしているが、やはりそこは足を運んで申し込まなければならず、これも大変だ。高齢者が多く、会場獲得競争が過激なためである。
 9日(土)は、郷土史研究会の定例会。毎年1月は、高尾先生の講義がある。兎に角ユニークな先生で、ご自分の私生活まで話され爆笑を呼ぶ。実弟が、囲碁の本因坊にもなった高尾伸路氏であり、囲碁好きな父親が、長男、次男に囲碁を教えたが、二男の才能を見抜いて特訓したが自分は見放されたという話しも面白かった。その時の演題は「江戸城の中の本因坊戦」だった。
 この日は『松の廊下の刃傷事件ー元禄赤穂事件の発端に見る大名の身分意識―』というもの。
 10日(日)は、過労か、ストレスか分からないが、午前中、胸が痛苦しく気分もすぐれなかった。4・50代の頃にもあり、不整脈や狭心症の疑いあり、と言われたことはあったが、特に治療を受けないまま、治ってしまったことがある。多少の心臓病は、家系的にもあり、無理はしないようにしているので、夫に話し、しばらく休んでいた。そのうちに痛みも息苦しさもなくなっていた。
 かなり以前から、年に1・2度こんな気分の時がある。夫も二人が倒れたらどうしようもないからと、夕食の用意を免除してくれた。溜っていた読みかけの本、2冊を読み終えることが出来た。そういえば、読書メモも随分書いてない。目録だけでも記録しようと思っている。
 11日(月)成人の日。溜った日記を書こうとパソコンに向かったが、書く気になれず、ワードで表作りをした。目の疲れを感じたのでパソコンを綴じる。
 近所のNさんの所へ、去年から取りに行ってないクリーニングを取りに行き、暫く雑談する。
 12日(火)、やっと一週間の日記、備忘録を書いている。明日は夫の病院行き。ドレーンの一般外科の診療日。胆嚢摘出手術の目安が付けばいいのだけれど。明日のスイミングは土曜に振替してもらうため電話を入れた。
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by ttfuji | 2016-01-12 15:51 | つれづれ日記 | Comments(4)
 3が日が終わった。夫のドレーン処置は毎日、夕食後に行なう。管の刺入部のガーゼ取り替え、管の15センチ位の所に別の管に繋ぐものがついている。そこを3重にガーゼ絆創膏で固定する。更に途中でマジックペンでマーキングの印をつける。管がずれていないか確かめるものという。3回も差し替えをやっているので、剥がすときも新しいものを当てる時も神経を使う。傷口か痛いらしく声をあげたり、顔をしかめたりする。3日の晩、傷口から数センチ離れているところが丸く赤くなってへこんでいる。そこにちょっと触れた時、痛い!と手を払いのけるような反応をした。なにか変な様子だと伝え、鏡を見せた。
 麻酔の跡ではないか、とか何か注射しなかったかとか聞いてみたが覚えがないという。
 翌4日、その傷あと状のモノは、赤い水泡状に変っていた。しかも水泡状のものは大小あるが近くにいくつもできている。何かの副作用ではないか、と言ったのだが、潰れた場合衣服に付いたり傷に細菌がついたりするのを防ぐため、市販の大き目の絆創膏を貼った。5日に病院へ行くので、外科の方へ回って受診したほうがいいと言った。夫も承知した。4日の日、傷は潰れてガーゼにわずかだが血液が付いていた。水泡も小さくなり、痛みもないという。同じように絆創膏を当てて置く。
 5日、火曜日、東海大の循環器の診察を受ける日。病院へ出かける前に、今日は外科には寄らない、ドレーンの方は落ち着いているので、またへんにいじられたくない、だから水泡のことは何も言うな、とクギを刺された。何かの副作用とか警告かも知れないと思ったのだが、ここで強く言うわけにいかず、黙った。循環器では血液検査の結果を見て、特に問題はなさそうですね、二つばかり数値の上がったのはありますが、それは管が入っているためでしょう、と言われた。いつもの薬でいいですね、と言われ処方箋を出して頂いた。会計は前回12月30日、救急で行った時の分を一緒に支払った。今日は薬局にも付き合った。以前私もこの薬局にはお世話になっていた。変らないですね、と言われた。
 6日(水)午前中、今年初めてのスイミング。正月休みが続いているのか、風邪でも引いたのか参加者は半分ほどだった。色々の泳ぎで往復したり、脳トレを組み入れたり、股関節廻し、肩甲骨回しなど色々課せられる。今日ではないが、ゴルフボールを底に落として足の指に挟んで取り出すなどもあった。私は出来なかったが。
 午後は、協同病院眼科で視野検査と診察があった。視野検査は一年に一回。あとは2か月に一回見ていただき目薬を処方される。緑内障が進んでいると、前回言われたが、今日は安定している、心配ないと言われた。
 それにしても、医者通いが多い。個人も多いが、その10倍も自治体の負担になっていると思うと心苦しい。
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by ttfuji | 2016-01-06 21:17 | 医療・健康 | Comments(0)
 今年もよろしくお願い申し上げます。
 明けてしまえばあっという間、今日は2日。あんなに恐れていた年越しも過ぎれば光陰矢の如しでした。
 昨年は、いろいろありましたが、兎に角無事に年が越せました。12月の30日、救急医療で病院へ駆け込み、3度目のドレーン差し替え手術があり、当日夜8時頃、いつものように元気に帰宅できました。お正月どころではない、という騒ぎでしたが、なんとか正月支度も間に合い、元日には4人揃って祝い膳を囲むことが出来ました。娘も孫も2日には用事があるとのことで、夜帰って行きました。まことにあっけないというか、慌ただしい里帰りでした。
 でも、久しぶりの私の手料理に大喜びで、昼夜合わせてびっくりするような食欲でうれしい反面日頃の外食頼りの食事が気になりました。余りもので、始末に困るのは嫌なので、大半を持たせ喜んで持ち帰ってくれたのでたすかりました。
 
 今日は、地元の氏神様、神明社の元旦祭に自治会長の代わりにお祝いを持って行ってきました。
 会長は、地域との付き合いは大事にされ、外から来た住民だからと関わりなくはいられません。祭りの時は祭囃子の太鼓の車がわが住宅地にも回り、火災予防週間には火の用心の消防分団の夜回りの車が回ります。
 もともとは、丘陵地の土地を住宅団地に提供してくださった人達でした。尤も50年も前のことですが。店子のように見守られている関係かもしれません。
 自治会長のWさんは年末から風邪をこじらせたようで、つらそうでした。私も娘たちが来るのが2日だったら代理は受けられなかったと思いますが、昨夜のうちに帰ったので、今朝になって、代理で行かせて頂くと電話しました。
 神社に行く方向に会長さんの家があるので、自治会で用意してあるというお祝いは、お寄りしてお預かりすると言ったのに、その前にわが家へ届けて下さいました。
 10時からの祭事、ゆっくり歩いて15分はかかりません。5分前につくと着くと、社殿前でなにか行なわれています。もう始まっているのですかと聞くと、遺族の方の行事とのこと。10時になると社殿に上るように促されました。
 宮司は女性で大山の阿夫利神社の宮司でもあります。50年もなさっていられる方で、当市でも有名な宮司さんです。張りのある声でわかりやすい言葉でした。
 祝詞の中で家内安全と交通事故の安全を祈る内容で氏子の家と家族の名前すべてが読み上げられるので、あとで住民全員かと聞いてみますと、申し込みのあった家だけとのことでした。当然ながらでした。そのあと玉ぐしを受け取って神前に捧げる行事があり、役員世話役が順番に呼びあげられました。私も○○自治会長と呼ばれたときに代理として玉ぐしをささげ、2礼2拍して戻りました。祭事が終わり、なおらえと言われるお神酒が振舞わられました。
 氏子さんに御札とお守りが配られるので、ご馳走さまでしたと言って帰ってきました。

 今日は、太陽がいっぱいで穏やかな日よりでした。
 富士山も大山も、少し霞がかかっていましたが、美しかったので少し回り道して写真を撮って帰りました。12時前でした。
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by ttfuji | 2016-01-02 21:14 | 家族・身内・私 | Comments(0)