私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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 2月25日(木)、体調不良でNさんに病院へ送っていただいた日。着替えをたくさん持って行ったこともあるが、翌日の病院行きは免除された。
 2月26日(金)
 夕方から、南公民館の会場予約の調整会議がある。予め夫にも予定は告げてあるので、今日はパジャマも下着も間に合うからと朝のうちに電話があった。
 その時、先生からの言葉として看護婦さんから土・日の退院を伝えるようにと言われたそうだ。
 私は先日、先生から聞いていたので、了解していたのだが、夫の不安を考えて、日曜日にお願いしたいと夫に伝えた。なぜか夫も日曜でいいんだね、と安堵したようだった。夫には土曜日、持ち帰れるものは持ち帰りますというと、荷物まとめておくからという。今日、行かなかったため洗濯物だけでもかなりあるはず。
 なぜそんなに着替えが必要か、というと、ここ何日か傷の縫合部にシャワーをあてて清潔にし、厚くガーゼを当てている。その折どうしても衣類やバスタオルが濡れる。そのほか、痛みでトイレに行きたくても起き上がる時、手間取り、間に合わなかったりするためとのこと。
 
 調整会議と言っても一か月おきの月1回の読書会だから、ほかのグループのように、月4回毎週とるわけではないので競合することはない。それに読書会は図書室を使うので、たまに囲碁のグループと重なるが月1回と言うことで譲ってもらえる。競合しないからと言って調整会議に出席しなければ、部屋を確保できない。取り敢えず予約できたが、3月にとれたかどうかコンピューター確認しなければならない。確認しないと、予約放棄とみなされる。
 中央公民館の予約(体操)も私の仕事だがこちらは、すべてコンピューターで、予約、抽選の当落の確認、落選の場合の別会場探しと忙しい。
 話があちこちとび、まとまらなくなった。
 2月27日(土)
 朝、夫から電話の時、昼過ぎに行くと伝える。持ち帰りのかばんや紙袋など全部は持ち帰れず、今日持って行った使ってない衣類はあす二人で持ち帰ることにした。
 それから、つまらない口論が始まった。兎に角、夫は寒がりで、暖房の温度を上げるので、暑がりの私は気持ちが悪くなる。家に帰ったら寒く感じるでしょうね、風呂は駄目でシャワーで傷口を洗うようにと看護師さんは言われたが、きれいなお風呂でも駄目ですか、寒がりでシャワーだけではとても我慢できないと思います、と看護師さんに言ったがお風呂は誰も入っていなくても黴菌が沢山います。お風呂は駄目です、と言われたので、夫に守って下さいね、と念を押した。夫は、私が暑がりなのは、群馬育ちで赤城おろしが吹き荒れる寒い所で育ったからだと言う。高崎は赤城おろしは吹きませんよと大いに反論。口げんかになった。それは別としていつも田舎者と馬鹿にする。
 病院でもぬくぬくと暑いくらいなのに、先日、設定を上げ過ぎて暑くなり過ぎ慌てて看護師さんに来てもらって下げてもらったと話していた。
 28日(日)
 退院日。9時か10時頃に来るように言われていたので、9時半に行った。傷はまだ痛いと言っていたが、我慢できる程度になっているようだ。聞けば痛いと言うので、聞かないことにしている。
 看護師さんから退院後の生活と注意点、薬のこと、傷の手当のこと、など説明され、痛みが軽くならない、当ててあるコットンから滲出液が多く出たり、または膿が出たりした時はいつでも電話か病院へ来ていただきたい、とも言われた。お礼を言って退院した。
 病院では全粥だったので、お昼に合わせて炊飯器で粥を炊いておいた。おかずも2・3用意しておいた。一日が恙なく過ぎた。
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by ttfuji | 2016-02-28 20:30 | 医療・健康 | Comments(0)
 毎日、うんざりするような介護日記を書いて、我ながら自己嫌悪もするし恥ずかしい。しかし、どんな夫婦でも、病気の時は相手に頼らざるを得ないし、弱い立場の連れ合いを見放すこともできない。そう思うから、私もたまに一日くらい行かなくてもいいかな、と思いながら、結局毎日出かけていく。友人たちは、やさしいわね、とかご主人、毎日あなたの顔を見たいのよ、とからかわれるがそうじゃないの、着替えをいくら多めに持って行っても足りないと言われるからという。
 2月24日(水)の昨日は、午前中スイミングに行き、病院へは2時頃出かけた。
 夫は、相変わらず痛い痛いの連発。先生も仰るように、日柄ものだからだんだんと痛みも薄らぐはずですよ、と言うと、そんなに薄れていないという。
 それでも、毎日、一生懸命歩いているという。問題は、起き上がる時の痛みだそうだ。病院のベットは起きやすいようにリモコンで操作できるが、家のベットではその機能がないからなあ、といつ退院を告げられるか心配している。
 2月25日(木)、今日は、初めから3時に行くつもりでいた。病院の規定では家族でも3時だが個室だから大目に見ると言う。昼過ぎ、自治会の書類を部屋いっぱいに広げて整理していると、総会に向けての用意がいろいろあることに焦りを感じた。すると、胸が息苦しくなり、痛くなった。数日前にも1か月前にも同じ症状はあった。暫くじっとしていれば、いつもおさまっていた。
 昔、軽い狭心症と言われたこともあるし、不整脈があると言われたこともある。救心、という薬を用意した方がいいかも知れないと時々思う。
 そんな時、テレビで、大阪でスクランブル交差点で歩行者が歩いている時、乗用車が飛び込んだというニュースが流れた。運転者は病気が原因かもしれない、と言っていた。
 夫に電話したが何度かけても出ない。リハビリで歩いているかも知れないし、携帯が手の届かない所に置いてあって、痛みで鳴っても出られないのかも知れないと思い、メールを入れた。
 体調不良。今日は休ませてください、と書き込んだ。その後、なんの返事もない。
 近所のNさんがお菓子を持って来て下さったので、夫のことや、私の体調のことを話すと、無理をしない方がいい、と言われ、病院へ行くなら送ってくださると強く言って下さった。遠慮なんてしないで、となんども繰り返して言って下さる。今日は行かないつもりと言ったが、メールも読んでいないかもしれない、と思い、やはりタクシーで行くつもりだったが、折角あんなに言って下さったのだから、と電話して送っていただいた。本当にありがたかった。帰りも電話してくれれば迎えに来て下さると言う。 帰りぐらいはこちらにいつも並んでいるタクシーで帰ります、と伝えた。
 夫にNさんに送っていただいたこと、体調が悪いとメールしたことを話すと、驚いてメールを確かめ悪かったね、と言った。
 私のストレスは、私の役員としての忙しさにあると思い込んでいるようで、自分自身のことは全く思ってもいないようだった。もうどんなに頼まれても引き受けない方がいい、あんたは生真面目だから一生懸命やるからと散々言われた。何言っているんですか、あなたのことを一番一所懸命にやっているのですよ、と言いかったが飲み込んだ。

 今日で、丁度1週間。今朝、そろそろ退院と言われたそうだ。リハビリは自宅でやって下さいと。夫はこんな状態では家のベットでは起き上がるのも大変、もう少し居させてくださいよと、必死で頼んだと言うが。・・私も心細い。
 私が夕方行ったため、先生の夕方の回診に立ち会うことが出来た。二人の若い先生を連れての回診。退院は土・日あたりでしょうか、と聞くと、そうですね、傷以外どこも心配はありません。様子を見て、決めましょうと言われた。痛みも傷の痛みで日柄ものですからその頃は大分軽くなるでしょうとも言われた。夫は、ねぎらうつもりか、しきりにおいしいものを食べていったら、とか駅までバスなんて言わずここからタクシーで帰った方がいい、としきりに言う。余り指図されたくないので、外食もしたくないし、駅前で買い物もある。素直にそうですね、と言えなかった。
 帰りは病院から駅までバス、買いものしてタクシーで帰宅した。
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by ttfuji | 2016-02-25 23:27 | 医療・健康 | Comments(4)
 2月19日(金)
 8時45分から手術と言われ、8時に病院に行くことになっていたが、この時間、道路が混み8時20分になってしまった。担当医の先生は、8時頃見えたという。ご挨拶ができなかったのを申し訳なく思う。
 8時40分頃点滴が繋がれストレッチャーで3階の手術室に運ばれて行く。私は個室で待つように言われる。この個室は集中治療室に一泊した後、もう一度戻るが、今夜一日空き室になるため、荷物はすべて運び出さなければならない。
こうなることは初めからわかっているので、下着やパジャマ、タオルや洗面用具など最小限にとどめればいいのに、夫はボストンバックや大きな紙袋に入院中に必要と思われるすべてを用意し、網目の小袋に雑貨類を入れ、髭剃りやシェービングクリーム、保湿クリーム、ヘアケア用品、うがい薬など何袋も持ち込んでいた。
 タブレットや携帯電話、充電器、財布や免許証、病院関係の書類、上履きやトレーニングシューズなどもあるので結構重い。
 娘も10時頃には来ることになっていたが、11時頃になるとメールが来る。荷物運びを一緒にやってもらいたいし、手術は2時間くらいと言われているので、なるべく早く来て!と返信する。
 看護師さんが手術室の前に並んでいる、家族待合室で待つように言われる。やがて名前が呼ばれ、面談室に案内される。
 いつもお世話になっている主治医の先生が、無事に終わりました。出血もとくに問題ありませんでした、と言って摘出した胆嚢の開いたものと胆石を見せて下さった。結構大きな胆石や小さいものを含め10数個、黒曜石のようなものがガラスの小瓶に入れられていた。こんなに沢山の石があって胆道に出てきたら痛いはずだと思った。開かれた胆嚢は縮んで小さく感じられた。胆石だけ渡された。
 今は麻酔で寝ていますが40分ほどしたら、集中治療室に移りますから、受付して面会して下さい、と言われた。I先生は、人当たりのいい豪快な先生で話しやすい。お礼を言って部屋を出る。
 待合室で娘を待つ。急がしたので駅からタクシーで来たという。
 病室で、麻酔が覚めるのを待つ。看護師さんに部屋の荷物を引き上げた方がいいかと聞くと、面会が終わってからでいいですよ、と言われた。どうせまた明日はこの部屋に入るのだから置いてくれればいいのに、と前回同様思ったが万一の事があったら困るので空にして頂くのが規則だそうだ。
 やがて、集中治療室に移りましたからどうぞ、と案内された。マスクを持ってくるのをわすれ自販機で買う。2個100円。娘に渡す。
 夫は麻酔が残っているのか、うつろだったが、娘の顔を見て、ありがとう、と涙目で行った。痛い?と聞くと、まだ麻酔が効いているから、といい、無事終わったことに感慨があるようだった。何度も、娘にはありがとうを言い、忙しいの、と聞いている。
 私に、おいしいものでもご馳走してあげて、と言っている。丁度お昼になるところだった。取りあえず、荷物を立体駐車場にある車に運んだ。私ひとりではとても無理だ。明日はこの荷物をひとりでまた運ばなければならないと思うと気が重い。
 おいしいもの、と言っても思い浮かばず、娘の希望で5階のレストランへ行く。和食レストランと洋食レストランがあり、和食の方がご馳走があるが、昼からそれほど食欲もなく、カキフライ定食にした。この頃揚げ物はあまり作らないので、おいしかった。
 そのあと、スターバックでコーヒーを飲む。
 駅まで送り、車に積んでおいた妹の香典返しを渡す。紙袋や箱から出して手持ちの袋に入れて持ち帰った。
 2月20日(土)
 昼前に個室に移るはず。入院用品を早く届けなければ、と思い、車に入れたままの3つの荷物を取りあえず2つだけ運ぼうとボストンバックの一つの予備の衣類を移し、小物類は届けるバッグに入れた。
 夫は、顔を顰め、痛くてたまらない、今までで一番大変な手術だったという。今は6時間ごとに痛み止めの薬が点滴で入れてもらっているが、それでも痛いという。開腹手術したのだから痛いの当たり前、と思うがこんなに我慢できないのかと思い、時間の問題、一日一日と少しづつ痛みも薄らぐでしょうと、他人事のようだが言う。
 持って行ったものをそれぞれの場所に収納。小物はテーブルの上に置いてくれと言う。
 世間話をできる状態ではないので、目を瞑ってやすんだら、と言うと、やがて寝息が聞こえてきた。20分位。夫に寝ていましたよ、時々痛そうにしていましたけど、というとそうだろ、と寝ていても痛いのだという。
 看護師さんがきて入院着からパジャマに着替えるのを手伝って下さった。それから蒸しタオルで、からだを丁寧の拭いてくださった。下半身は自分で拭いてくださいと言われた。足の方は手伝おうとしたが、自分でやるといった。いたたと言いながら着替えも自分でした。
 看護婦さんは優しいとしきりに言う。
 一応1時間ほどいるが、話すこともないので、お大事にと引き上げる。
 夜、看護師さんから電話。ご主人に頼まれました。ご主人に替りますから、と受話器を渡される。
 携帯と財布がないという。小物袋は全部入れたのですから、そちらにあるはずだ、というと、もう一つのボストンバッグの内側のチャックの袋に財布や時計携帯を入れたのを思い出した、間違いないという。わかりました、明日持って行きます、と。
 2月21日(日)
 朝、また電話。パジャマと下着が足りない。起き上がるのが痛くて大変でトイレに間に合わないので・・という。もう一つのバックにたくさん入っていたのに車に残したため、不自由な思いをしたことになる。
 昨夜の電話で頼まれたもの(携帯、財布、時計ほか)を含めチェックして持って行く。
 前回の入院の時もそうだった。あれ持って来て、これ買ってきて、とうんざりするほど色々頼まれたことを思い出す。ま、私が元気だから仕方がないか。リハビリ用の靴も頼まれたのだった。
 2月22日(月)
 午前中、太極拳に行く。午後2時頃病院へ向かう。エレベーターのホールで点滴とつけて歩いている夫と会い聞くとリハビリとのこと。13階の通路をぐるっと回ってくるという。朝も何回りかしたという。大分、痛みも治まってきたのかと聞いてみると、痛い、だけど歩かないと歩けなくなると先生に言われた。これからは朝、昼、晩と5周しようと思っている、という。
 夫は、お腹の傷口を見せ写真に撮っておいてという。スマホで撮ったがかなりグロテスクだ。夫はそれを見て、イラクの人質みたいだな、と不謹慎なことを言う。まあ記録として撮っておいてもいいか。
 2月22日(火)
 今日は3時頃行って明日は行かないようにしたい、と思っていたところへ電話がかかる。朝、シャワーで傷口を洗ったという。傷に薬を付けないで、水で流すことで直りがよくなると言われた由。消毒薬はよい菌も殺してしまうから薬ではなく清潔にして治癒力を付けるらしい。従ってその度に、新しいパンツとパジャマが必要と言う。新しい下着がないという。急いで4枚ずつ持って行くが、矢張り4枚では2日分足りないようだ。そろそろ一日おきにしようと思っていたが駄目なようだ。
 と言うのも、車で行くだけ、のことがかなり疲れる。行く前の準備と帰ってからの洗濯などの家事、しかし私自身の用事もある。帰ってすぐに別なことをしようとしても、身体がそう簡単には動いてくれない。夫は、病室で本など読んでいると、家で読むのとここで読むのと同じだろうと、まるで本だけ読んでいると思っているようだ。いろいろ忙しいと言ってもいちいち話さないので理解していない。
 今日も3時に行くつもりだった、面会時間は3時からだと言うと、それは一般の見舞客の場合だろう、患者の家族の場合じゃないだろう、と言うのでちょっと口論になった。自分のことを優先しないのが面白くないようだ。それなら、午前中に電話して下さい。そしたら早く来られますから、と言った。昼過ぎ、電話がかかってきて、まだ家にいるの、という言い方おかしい。シャワーに入ることなど今日まで知らず3時に行くつもりだったのだから。
 相手は病人様。少々、つまらないことで言い合いしてしまった。衣類を5・6組持って行けばすむことかも知れない。 
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by ttfuji | 2016-02-23 21:46 | 医療・健康 | Comments(0)

再度の入院と手術

 薬を間違えて手術にストップをかけられてから、丁度2週間遅れての入院・手術です。10日に手術日が決まった旨の電話があり18日入院、19日手術と告げられました。17日に入院についての再確認がありました。体調は万全か、同居者にも風邪や体調不良の人はいないか、明日13時30分に13FAの受付に来てくださいと言われました。いよいよと言うか漸くというか、これでドレーンの手当てから解放されるという開放感、安堵感がありました。
 その2週間の間にもいろいろありました。
 私は、普段通り、会やサークルなど出掛けさせてもらうと宣言しましたが、いつも頭にあるのは、手術まで何事もありませんように、と願うことでした。ですから、予定行事には、殆ど参加しましたがその都度、今日の体調は?と気にしつつの参加でした。
 太極拳、スイミング、体操、郷土史会などで早く帰りますからと断って出かけました。郷土史会などは午前中から昼過ぎまでかかりますが、友人たちとの昼食会はおことわりしました。こんな時、自分のことを優先させる私自身に薄情な妻、悪妻かと自責の気持もあります。
 普段はいなくても困らない、むしろ清々するという夫ですが、何時に帰る?と聞くこともありました。
 何かあった時のことを考えると心細いのか知れません。
 明日はいよいよ胆嚢摘出手術です。開腹手術なので痛いのだろうなとこわがっています。
 集中治療室に入るので持って行った荷物は病室に置けず、一旦持ち帰りです。朝8時までに行くことになっています。娘も来てくれます。時間は少し遅れるようですが。
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by ttfuji | 2016-02-18 21:57 | 医療・健康 | Comments(2)

5か月ぶりの読書目録

 時々は、この本のことは書いて置きたい、と思う本に出合う。感銘を受けた本であり、面白く感じた本である。そう思いながらとうとう10月以降5か月近くたってしまった。内容などとても思い出せなくなっている。
 図書館で2週間ごとに借りては返しているので、すぐ書けば、思い出せるのに何か月もたっては思い出せない。と言うわけで、印象に残っているものだけ中途半端ながら書き留めることにします。
 『花桃実桃』  中島京子 中央公論新社
 この本は面白かったのでかなり記憶に残っている。この著者の本は『小さなお家』『女中譚』『平成大家族』『眺望絶佳』『東京観光』など読んでいる。それぞれ味わいがあり家族など描かれて温かい雰囲気があった。この『花桃実桃』は花も実もあるということか。他の作品と共通なものを感じる。
 茜は40歳を過ぎた独身女性。父親の急死で残された古いアパートの管理をすることになり、一室に移り住む。住民にはさまざまの個性的な人たちがいる。家賃の取り立てや入居、退去の手続きは不動産屋がしてくれるが、日常の様々な問題が持ち込まれる。その交流は面倒だが温かい。
 『光』 三浦しをん  集英社
 一応通読してみたが、今までの著者の本とは違ったものを感じ、なじめぬまま途中返却した。
 『はかぼんさん』空蝉風土記  さだまさし  新潮社
 表題のほか数編の短編。著書の体験話のように書いているが創作であろう。
 日本各地に伝わる、伝説、不思議話、奇譚やちょっと怖い話を紹介している。独特のユーモアや人情、人生の哀歓など感じさせる読み物となっている。いい子にしてないとはかぼんさんがくるえ、の表題のほか「同行三人」行者の話がよかった。本が手元になく、良い本だったという感想のみ思い出される。
 『春雷』 葉室麟 
 『蜩の記』ほか何冊か読んでおり、共通なものを感じるが、感想は略す。 
 『百年文庫 「灰」』中島敦・石川淳・島尾敏夫
 漢字一文字で作者と作品で共通な雰囲気を感じさせるシリーズ、図書館の一角に並び、今まで何冊か読んだ。中島敦は「カメレオン日記」石川淳は「明月珠」を紹介されている。どちらも「灰」色のイメージがある。
 『三日やったらやめられない』 篠田節子 
 著者の初のエッセーらしい。大学卒業後、公務員となり八王子市役所で市民相手の仕事や図書館員としても働いている。勝手な市民に怒りや毒舌も発している。(もちろん心の中で)かたわら、カルチャー教室で小説家への道も学んでいる。何冊か読んでいるが面白く読ませるし才能は十分あるし(生意気な(私のこと))作家になってよかったと思う。日々の生活や取材、作家仲間のこと、旅行のことも面白く読ませる。
 『マッサン』  羽原大輔  NHK出版
 NHK朝のドラマになった本。昔、森瑤子さんの『望郷』を読み、ニッカの創業者と国際結婚で日本に来て、大変苦労されたスコットランド女性のことを知り、ドラマとどれくらいの違いがあるか興味があったので読んでみた。
 『青春物語』 谷崎潤一郎
 未読のまま時間切れで返却。
 『政と源』 三浦しをん 
 面白くて楽しくてほろっとして、ああこの頃はこういう本がいい、ミステリーや警察物、深刻な悲劇はあまり読みたくないな、と思っている。
 源二郎と国政はともに73歳の幼なじみ。細かい手仕事の簪職人の源は髪を赤く染め派手な恰好でいかにも江戸っ子、はっきりしている。腕は確かで源を師匠と尊敬してくれる弟子を持っている。その弟子には美容師の恋人がいる。源は2人を息子と嫁のようにかわいがっている。
 一方、元銀行員の国政は、神経質で妻や子に去られて元気がない。性格の全く違った二人が、喧嘩しながらもお互いを気遣い仲良くやってきた。いくつかの事件にも遭遇するが下町の人達にも助けられて解決する。ネットでは次のように紹介されています。
 <簪職人の源二郎と元銀行員の国政は、ふたり合わせて146歳の幼なじみ。ふたりを中心にまき起こる、人情味豊かで心温まる事件の数々。下町を舞台に繰り広げられる人情物語。三浦しをん、新境地! >
 『東京観光』 中島京子
 7編の短編の一つ。この表題から東京の観光案内にまつわる話かと思ったが、違っていた。東京に来て泊まったホテルに外国人の女性がいた。部屋を間違えた?と思ったが、その女性は必死にお願いする。あなたがいない間、この部屋にいさせてほしい。その代り何でもする。東京の案内もしてあげます、と。ブラジル人で働いているが、アパートまで借りられない。子どもは友人が預かってくれています、と流暢とは言えない日本語で話す。他の6遍も全く違った話。「天井の入れ墨」、「シンガポールでタクシーを拾うのは難しい」どれも変っていて面白い。
 『武士猿 ブサーザール  今野 敏
 図書館の書架から見つけた本。この著者が警察小説を数多く書いていることは、友人のVINさんのブログで知っていたが、読んだことはなかった。題名の意外性から手に取ってみると、どうやら沖縄の武道のことらしい。借りてきて読んでみると、「手」は素手の武術のようである。空手の起源の手。今野氏自身が空手の道場をもっているという。廃藩置県の頃の沖縄で、琉球王族の三男坊、本部朝基は、一子相伝の武術は習えず、自ら「手(ティ)」を研究し鍛錬し広めた。起源についても詳しく書かれ興味深かった。
 『茗荷谷の猫』 木内昇 文春文庫
 茗荷谷は昔,OL時代に池袋の勤め先から地下鉄丸の内線で通ったことがある地名で懐かしく思い出す。木内氏の本は5・6冊読んでいるが、幕末から明治にかけてを題材にしたものが多く、しみじみとした読後感がある。
 この本は9編の短編集で表題はその一つ。でもそれぞれがどこかでつながっている。一 染井の桜・・巣鴨染井  二 黒焼道話・・品川  三 茗荷谷・・茗荷谷町  四 仲之町の大入道・・市谷仲之町  五 隠れる・・本郷菊坂  六 庄助さん・・浅草  七 ぽけっとの、深く・・池袋  八 てのひら・・池之端  九 スペインタイルの家・・千駄ヶ谷
 地名と逸話がマッチしてどの話にも哀歓が漂う。
 『捏造の科学者 Stap細胞事件 須田桃子
 色々のことが重なり、時間がなくて読めず、リクエストして借りた本なので継続もできず返却した。 
 『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』 篠田節子 文芸春秋
 第1話「深海のEEL」はレアメタルを含有した巨大ウナギを追う話。
 第2話「豚と人骨」は親の遺産で広大の土地を相続した長男が、親の面倒を見ない癖に、相続を要求してきた弟妹にそれ相当な分与をし自分は土地にマンションを立てて、と計画し、建築の業者も決まって、基礎工事で土を深く掘ったところ3500年前の骨塔とブタ回虫が発見される。工事はストップをかけられ長男は大迷惑。
 第3話「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」は謎のロボットに追われ盗撮に遭うOL。ストーカーもするが護身もするロボットの話。
 第4話「エデン」は北米の湿原で、何も知らされず工期63年のトンネルを掘り続ける男たちとそこに拉致されてきた日本人の僧侶修業中の青年。事件(麻薬)に巻き込まれ逃亡をすすめ助けてくれた女性と結婚させられ、(父親に結婚相手を連れて来いと言われ)父親にも気に入られ、何人も子供が生まれ、逃亡を繰り返すが失敗。結局家族がいるこの土地が「エデン」と納得する。
短編4編。どれもまるでSF小説の世界。著者の才能に感嘆。
 『なにわの夕なぎ』  田辺聖子 朝日新聞社
 おなじみのユーモア小説。思わず吹き出しそうになる。一息つける本です。
 『いきいき96歳』  吉沢久子
 友人に借りて読む。地味な感じを持ったが、素晴らしい人柄であり、含蓄があり納得できる本でした。
 
 以下、読みかけたが、読了してない。
 『薬石としての本たち』 南木佳士
 『終生ヒトのオスは飼わず』 米原万理
 『かなたの子』 角田光代 文芸春秋
 『チヨ子』 宮部みゆき 光文社文庫
 『プラハの憂鬱』 佐藤優  新潮社 
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by ttfuji | 2016-02-17 00:07 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)
 昨日、病院から入院、手術日の通知があった。前回、アクシデントで中止になってから、ぴったり2週間後だった。
 2月18日(木)入院、19日(金)手術である。それまで、ドレーンが無事に保ちますように祈る。もう病院に駆け込むこともしたくない。何度も差し替えたり、その度に検査、局部麻酔をし痛い思いをする。
 そのためガーゼ交換(シルキーポア)には細心の神経を使う。夫もずれたり浮いたりしないように、しっかり指で押さえ外側から刺入部に向かって5ミリくらいずつ指をずらしていき私はそれについて剥がしていく。今の所ずれはないが皮膚と管を結び付けている細い糸が身体の動きで攣れるので痛いという。我慢してとしか言えないが手術日が伸びないように願うばかりだ。
 来週は入院なので、今週は、目いっぱい私自身のサークルなどに参加する。
 昨日、10日は午前中、スイミング、午後、2か月ぶりで美容院へ行ってきた。
 今日11日は建国記念日だが、図書館へ行ってきた。返却日は先週だったが、入院日だったので1週遅延だった。
 明日12日は体操の「さつきの会」があり行くつもりだ。来週は夫の手術で欠席になるので行ける時に行っておきたい。13日の土曜日は郷土史研究会の日である。最も好きな会なのでどうしても行きたい。
 来月の郷土史の日は、末妹の四九日忌、納骨の日でこちらは最優先、会は欠席する。
 自治会ほかいくつかの会は、年度末に向けて、新役員の選出や役員会の日程の打診が来ている。書類作成も忙しい。色々考えると、またストレスになるので、成り行きに任せる心算であるが。
 
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by ttfuji | 2016-02-11 22:47 | 医療・健康 | Comments(2)
 昨日は、久しぶりで体操に行った。足を捻挫したFさんも2か月ぶりで出席できると言うので、一緒に行った。帰りに二人で肩の手術で入院しているOさんを見舞った。彼女も近所だし体操の仲間である。駅前の整形外科病院なので買い物のついでではあるが、先にお見舞いした。転んで肩を強打。かなりの大怪我で腕や両手、腹部に打撲の内出血の跡があった。肩も複雑骨折をしていたとのこと、痛々しかった。
 帰宅後は、夕食をすますと、手術が延期や毎日の出来事で心身の疲れがたまったせいか、夜、軽い頭痛や気分の悪さもあって起きていられず、横になったと同時に気を失ったように寝てしまった。
 電気もテレビもつけっぱなしで、夫に声をかけられて自分でリモコンで消したものの、また爆睡。こんなことははじめてだった。
 いつも4時間寝れば自然に目が覚めるが、今日は7時間ほど眠った。 おかげですっきりできた。朝食も普通に取り、部屋で書類の整理などしていると、夫から、ドナーの管が抜けちゃったようだ、ちょっと見てほしい、と声がかかる。
 抜けちゃうなんてそんなこと、あるものですか、と思いながら行くと、ガーゼ交換、自分で出来ないかと、鏡を見ながらガーゼを剥がしてみたら、抜けちゃったという。きっと、昨夜私が疲れていたので、自分でやってみようと思ったのだろう。見るとすっぽり6センチほどの管が抜け出ている。ぎょっとしたと同時にこの程度の長さだったのか、もっと長いものだと思っていた。
 手で持とうとすると手を消毒して!と注意された。万が一黴菌が入ったらそれこそ腹膜炎になるかも、または感染症にかかるかもと思い消毒液で手や指の間も丁寧にこすった。改めて管を持って刺入部から恐る恐る入れていった。もう少しの所で、痛いと言われ躊躇したが、たるんでいるので我慢してとすべてを差し入れた。手で押さえていないとすぐ浮き出てくる。夫に押さえていて、と言いガーゼ(シルキーポア)を貼った。2枚重ねて固定した。
 すぐ病院へ電話。30分ほどで行けると伝える。夫はタクシーで行こうと言うので、こんな時の運転はむずかしいかもと同意した。身支度、携行品など整える時間を見てからタクシー会社に電話。5・6分で来る。慌てたため携帯電話と時計を忘れた。夫も携帯と入歯を忘れた。
 予約外なので、大分待たされたが、差し替え手術を受けた。手術台でも、誰が差し込んだか聞かれ、シッカリできていると褒められたそうだ。椅子で待っている時、出てこれれた女医先生からもなかなか出来る人はいません、たいした度胸ですと言われた。無我夢中、やむを得ず、せざるを得なかった、と言うのが本音である。でも褒められるとは思わなかった。
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by ttfuji | 2016-02-06 21:42 | 医療・健康 | Comments(0)
 今日2月4日は夫の入院、そして明日5日は胆嚢の摘出手術の筈だった。今日、指示通りの時間に入院準備をして出掛けた。高い料金の個室で担当の看護師さん達が入れ替わり立ち替わり書類や血圧、体温などの計測、手術前の手順など説明していった。今日は血液採集もあった。夕方シャワーを浴びてもらう、おへその掃除もされ、腕に確認のテープも付けられた。
 そのあと、薬剤師さんが見えて、飲んでいる薬を預かるためにチェックをした。何の薬をいつ服用しているかなども確かめた。夫は薬の管理はしっかりして名前も服用時間なども答えていた。この薬、プラビックス75は飲んでいませんねと聞かれ、いえ、飲んでいますよ、血液サラサラの薬は手術前飲まないように言われているので飲んでいません、と示した薬は何とリピトールというコレステロールの薬だった。え、プラビックス飲んでいるのですか、と薬剤師さんは驚き、先生に話さなければなりませんので、と出ていった。リピトールはずっと前からのんでおり、まさかそれが血流の薬と思いこんでいたとは。いつの間にか、頭の中で薬の名前が入れ替わっていたのだ。四角い箱が格子状に仕切られ名前と効能、服用時間、朝昼晩と整理している。よく管理しているな、と思ったがまさか勘違いしているとは思ってもいなかった。

 その後、担当医の女医さんが見え、仕切り直しですね、今回は手術できません、と告げられた。
 私が夫に、どうしてこんな間違いをしたの、と咎めると、そう思っちゃたのだから仕方がないだろう、と怒った。いつも担当の執刀医のI先生が、排液の出が悪いと言っては、駆け込んで、管の差し替えをやったり注射器で吸い出したりしていたので、今日は管の取り替え手術をやりますから、と手術が伸びてもいいように、言って下さった。
 今まで毎日のように管の廃液の量の多寡を気にし、膿の量に腹膜炎になるのではないかと心配しているので、深夜、電話をしたり駆け込んだりしなくてもいいように新しく差し替えて下さったのだ。 先生は2週間後くらいに電話しますからと言われ、そしたら外来でなく、直接入退院センターに来てくださいと言って下さった。すでに収納場所に収めた小物や衣類など片付けバッグや袋にいれた。一日分の室料は支払っていただく、その代り医療行為やこまごました手数などは請求しないと言われた。
 帰りの車の中で、疲れたので夕食の支度する気になれない、何か食べていきましょうと言ったら、何でも好きなもの食べて下さい、と言われた。
 ついでに明日から私も普通の生活に戻りますね、といったら、勿論、なにか不自由な思いしている?、と言うのでいろいろの会、何度も休んでいますよ、というとそうなの、と知らなかったという。例えば読書会は1月13日も2月3日も結局身体の不調で病院へ駆け込んだため、駄目になった。先生にお願いして3日は予約を避けたのに、傷が痛い、排液が出ない、お腹の中が不快感がある、と病院へ駆け込んだため不参加となった。家族なのだから当然と思う反面、まるで気づかないとは、面白くない言い分。
 でも延びたおかげで明日の体操も、来週の郷土史会も出られる、と喜んだら、夫はいいことが一つでもあってよかった、と言った。虚勢を張っているが、少しは気にしているようだ。
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by ttfuji | 2016-02-04 23:59 | 医療・健康 | Comments(0)

弟の車で帰宅

 妹の葬儀も終わり、松山の弟の車でわが家まで送ってもらった。5時半頃、高崎の家を出て、関越、圏央道を通って厚木インターで下り、東名の厚木インターではなかったため(直結しておらず)、道に迷い時間のロスが出たが、9時半頃わが家に着いた。
 わが家では娘はすでに自宅に帰って夫だけがいたが、自室のベットで横になっていた。この日、娘の付き添いで夫は東海大病院へ入院や手術の説明を聞きに行ってきたのだった。弟夫婦が来ていることを伝え、病気なのだから、寝ていてもいいですよ、というと具合も悪くないし、と言って下りてきた。やあ暫く、と挨拶を交わし、からだを気遣った言葉に、元気ですよ、こんなものを付けていますが、来週には手術で摘出しちゃいますから、とドレーンのついているところを手で示した。そして、近況など聞き、コーヒー飲みますか、と聞いてドリップコーヒーを入れてくれた。
 暫く談笑後、仮眠させてもらうという弟に、これから松山までは大変ですね、ゆっくり休んでいってくださいと自室に引っ込んだ。2時間ばかり寝かせてもらうといいソファーに毛布を掛けて休んだ。義妹も絨毯が温かいからと、枕と毛布で横になった。12時に起こして、と頼まれ、私も自室で片付けものをし、12時に降りて行った。声をかける間もなく二人は起きた。義妹は前回もそうだが、私の断捨離衣類を喜んで来てくれる。お義姉さんと好みが合うと言ってくれるので私もうれしい。これから10時間くらいかかるが、ドライブインで休憩しながら帰ると言う。伊予みかんひと箱置いて行ってくれた。翌日10時頃着いたと電話があった。
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by ttfuji | 2016-02-04 22:21 | 家族・身内・私 | Comments(0)