私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

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日記 連休後の一週間

 5月8日(日)
 ゴールデンウイークも今日までと言うことらしい。勤めているか学校へ行っている若い世代以外は、関係ないことではあるが、子どもや孫が来る家では、結構忙しい思いもしているようだ。かくいう私も、サークルや自治会、スイミングまで休みで、多少はのんびりもし、出掛けもした。
 兎に角、明日から、色々のものが始動し始める。
 自治会では、早速、盆踊りのアンケートを行うことにし、原文を作り会長と手直し。また先日の理事・班長会議のとき、分別ゴミの出し方について、最近守られていないとの指摘があり、具体的に会長の書かれたものをパソコンで作成する。
 5月9日(月)
 太極拳。今日は全会員が出席。ところが来週16日の太極拳には、役員の二人(Iさんと私)が都合悪く、困り果てていた。Iさんは、郷里の祭り、諏訪大社の「御柱」に、きょうだい4人で行くことになっており、私は、どうぞ行ってらっしゃい、会の方は私一人でも大丈夫ですから、と言っていたのだが、何と、郷土史会のバスによる『相模十三社めぐり』が、5月16に決まっていたのだった。 定例会は毎月第2土曜日と決まっており、史跡めぐりや野外学習は、土・日を避け平日に行われる。何か月か前から予定は知らされていたのだが、その頃は、夫の入院や通院、自宅看護の日が続き、野外行事に参加できなくなっていた。ところが、夫の体調快癒が思ったより早く、夫自身も体操や好きなところへ出かけられるようになると、私が出かけることにもなんの異も唱えなくなった。
 ああ、やはり十三社めぐりに行きたい、との思いが強く、Yさんにそのことを話すと、行ってらっしゃいよ、それぐらいの役目は代わってあげますよ、私も2年前やったばかりだから、要領わかっているし、と言って下さった。ほんと?、でも悪いわ、というと何でもないことという。前年度の役員だったSさんも、私も手伝いますよ、と言って下さった。
 かくして、お二人の好意に甘えさせていただくことになり、有難くうれしかった。Iさんともども心から感謝し、書類一式を委ねた。私も誰かが都合が悪い時は引き受けるつもりだ。
 5月10日(火)
 今日は眼科検診の日。協同病院眼科の予約は10時半だが10時少しすぎには受付を済ませ、眼科の受け付けに行く。するとすぐ呼ばれ、眼圧や視力検査があった。先生の診察は20分ほど待ったが、やはり早く来た分、早く受けられた。眼圧の目薬を点すと眼球が痛いので、暫くささなかったと言うと痛くても差さなくては駄目ですよ、と言われた。緑内障は予兆はあるが、今まで通りの軽い薬にしておきましょう、と言われた。調剤薬局で、そのまま話すと、薬剤師さんは、軽い薬と言われましたか、と意外そうな顔をした。強い薬ですか、と聞いてみたら、ちょっと首を傾げ、困ったような顔をされた。
 夕方のポストに今朝、会長のポストに入れたアンケートの用紙が入っていた。いつもながら行動の早さに驚く。南公民館の印刷機で300枚の印刷をし、それを各戸に入れてきたという。班長さんにお願いしたら、と言ったらアンケートは一日でも早い方がいいので自分で回ったといわれる。ついでにゴミの回覧文書と「支え合いの会へのお誘い」の回覧文書も班長さんに届けてきたという。
 5月11日(水)
 スイミング。帰りにカンパーニュで買い物。Oさんについでの折でいいと言われたパンを届ける。
 夫は体操に。
 5月12日(木
 図書館行きの日。今日は晴れて、久しぶりにTさんと一緒。隔週の木曜日、いつも雨でTさんは行けなかった。駐車場から図書館まで傘をさして杖をついての歩行は危険である。でも本も読みたいし、図書館で本を選ぶのは楽しみだと言われる。何度も感謝の言葉を頂き、私も図書館に通う限りはご一緒しましょうと言っている。私も高齢者。運転をやめる日が遠くないといつも考えているのだが。
 5月13日(金)
 午前中、会長からの電話で、長テーブルとパイプ椅子を少し買い足したので時間があったら見に行ってといわれる。
 総会の折、出席者が多かったため、足りず近くの南コミュニティセンターへ借りに走ったので、もう少し自治会でも数を増やしたいと言っていたが、リサイクルショップに頼んであったのが、格安で手に入ったという。テーブル5脚と椅子8脚で種類が違うが新品に近いもの。今までも備品などを2つの大きなリサイクルショップを利用している。フットワークの早さと情報の広さにはいつも驚かされる。「ミニサロン」や「支え合いサポート」の活動もこの集会所でやれれば、コミュセンまでの坂の上り下りをしないで済み、高齢者も出やすくなるのではないか、といつも話していた。
 
 午後は、体操の会。こちらの会場は今日は北コミュニティセンター。こちらの先生も、熱心で早や秋の県大会の課題のフォークダンスの話をし、しっかり練習をし覚えて下さい、と言っている。役員で無くなったので、こちらは気が楽だ。
 5月14日(土)
 私の班の一人暮らしのDさんがなくなられ、娘さんがすべて手続きをされ、今月中に部屋を引き払うという。冷蔵庫がまだ新しく、よかったらどなたか使っていただけないかと近所のNさんに声がかかり、自治会に話があった。集会所になかったので喜んでいただくことにしたと会長から電話があった。欲しいと言っていたが、予算が取れなかったので有難い頂き物であった。
 5月15日(日)
 本来なら短大時代の同窓会のある日だった。1か月以上前に、通知が来ており、行けるかどうか迷った末、欠席の返事を出した。ごく親しい人は2・3人。1年に1回くらいは会いたいと思う。去年も、来年もと再会を約したのだが、あれから色々の事があった。夫の入退院や自宅での看病、そして妹の急逝。気安く泊めてもらえる妹もいなくなった。
 でも、欠席でよかった。翌日の郷土史研究会の「延喜式内相模の十三社めぐり」に行けなかったはず。
 友人のIさんに話したら、Sさんもあなたも出られないなら私もつまらないから欠席にしたという。別の機会を作って会いましょうと話し合った。
 
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by ttfuji | 2016-05-17 17:19 | 生活雑記 | Comments(0)
 こんなに長い間、妹宅に行ってなかったとは思わなかった。妹の通院付き添いをしなくなって、なんと1年半経つ。
 ブログに「妹の通院付き添い」のタイトルが載ったのは2014年9月5日が最後だった。11月2日には、「夫の入院で妹の付き添い出来ず」と断ったことが書いている。以後一度も行ってない。大変だっただろうにと感じている。でも、電話では時々話し、こちらのことは心配しないで、と言ってくれている。
 夫も次から次へと検査・入院・手術・退院・通院、自宅介護、更に入院と繰り返し、どこへ出かけるのもままならなかった。2年かけて夫の体はすっかり元気になりクリアされた。
 
 ゴールデンウイーク。私のサークルや行事、自治会の仕事も小休止。妹の所へ行ってみようと思い立った。1日、電話すると、明日2日は二男Y君の車で保険会社に行くという。Y君は3日朝、航空機で大阪の家族のもとへ経つ。娘R子から電話があったので、明日はM子の所へ行くというと、私も一緒に行くという。娘の所から妹の所は小田急線2駅目で近い。
 以前から、近い所に越したのだから、手伝うことがあったら遠慮なく、手伝ってもらってと妹に言い、娘には都合のつく時は手助けしてあげてと言っていた。
 一緒に行くと電話で伝えると、あまりひどい状態だから、恥ずかしいというので、病気なのだから仕方ない、気にしなくていいよ、と伝えた。
 お昼は3人前買って行くと伝え、ハヤシライスのハヤシと切干大根の煮物(具沢山入り)をR子とM子に持って行き、巻きずし3種を買って行った。
 ハヤシは私流で野菜たっぷりで、友人のご主人にも好評である。主人ハヤシライスが好きなのよ、と聞いていたのでお届けしたところ忙しい人なので大変喜ばれた。ルーは既成のデミグラスソースだが、トマト、トマトジュースやケチャップ、固形ブイヨンなども使う。隠し味程度に使う。
 本式には牛肉と玉ねぎとマッシュルームが主材料だが、私はセロリもたっぷり、マッシュルーム代わりにしめじやエリンギ、場合によってナスやズッキーニもあれば入れる。人参などもいれ味に深みだ出ると思っている。野菜がとれて栄養的にもよいと自己満足だがおいしい。
 娘と新百合ヶ丘の上りホームで待ち合わせ、各駅で2つ目。よみうりランド駅下車。上り坂なのだが5分で着く。帰りは坂道を下るので2・3分。
 妹は今、息子と二人暮らしなので、息子の食事はつくるが同居してもらい支えられている。夫Jさんは今ホームに入っており、毎週のようにもう一人の息子(長男)とも面会に行くし月に1回の土曜日、病院へ連れて行き、M子も自分の診察を兼ねて付き添うという。不自由な身体ながらそれらを自分に課している。
 
 妹の処は食材でいっぱいだ。生協からの配達で台所には、発泡スチロールケースも段ボールも置かれ、冷蔵庫も冷凍庫もいっぱいだ。私でさえ買い過ぎと思ってしまう。買物に出られない妹からすると、そうしないと不安だという。
 昼食は、持参のハヤシライスと妹が作っておいたカレーライスを両方頂き、柏餅も頂いたので、巻きずしは手つかず、1本ずつ中味を入れ替えて持ち帰った。洗いものは娘がした。久しぶりでおしゃべりも弾み楽しかった。亡くなった末の妹について寂しさも共通だった。

 私は、娘の引っ越し先には一度も行っていず、今日は帰りに寄ることにしていた。新百合ヶ丘から歩いて10分ほどの距離。駅から真直ぐ北へ。坂も殆どなく私にも楽な道だ。新住宅地で環境のいいところに住んでいた。片付いていないと言っていたが、まあまあ快適に暮らしているようだった。
 たまに息子が泊まりに来る由。シェアハウスから一人暮らしのアパートに越し、まだ荷物も預かっているので手狭だと言っていた。
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 筍ご飯、筍ずし、筍おこわなど作って友人にあげたが、近かったら食べに来るように、言えたのにね、と言うと、食べに行くよ、と言ったので、忙しがって滅多に来ない娘がまさか、と思っていたが、私の手料理を喜ぶなら、届けても連絡して駅で渡してもいいと思った。

 今日5日、友人Yさんと町田まで出かけたが、一駅先が娘の所だ。
 帰ったら、宅配便が留守にきて再配達の伝票が置いてあった。娘が母の日のプレゼントでデパートから送った紫陽花の鉢だった。かわいい濃いピンクの鉢。花を送られるなんてはじめて、うれしかった。
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by ttfuji | 2016-05-05 20:36 | 家族・身内・私 | Comments(3)
 読書録を書く気力も能力も減退しているが、読みたいという気力だけはある。本がないと淋しいし考えられない。全く読まないという日はない。気がつけば徹夜してしまうこともある。
 それでも普通に家事や会の役目をやっていられるし、睡眠時間、3時間か4時間ですんでいるのは異常体質なのか老化現象なのかと首をひねる。
 図書館で借りてきた本、友人から借りた本、読書会の課題本として買った本など、小さなノートに書き留めている。読了した本、ブログや読書会で取り上げた本は、ノートに記しやチェックを記す。未読のまま返すものもある。と言ってもぱらぱらとめくって何か所か読んでみるが、興味がいまいちのものはそのまま返すこともある。
 ところで、読んだ本も、一部読みの本も、どんな内容か全く思いだせないこともありショックだ。
脳トレのため思い出そうと努力するのだが、睡眠不足が影響しているのか、80歳なのだから仕方ないかと自身を甘やかし妥協してしまったりだ。
 でも、やはり本の題名だけは記録して置きたい。出来たら思い出すきっかけになるようほんの少しでも書いて置きたい。前回2月中頃に書いているので、それ以後読んだものを記します。。
 桐畑家の縁談  中島京子  マガジンハウス
 どちらかというと美人でしっかり者の姉、露子。子どもの時からいじめられっ子でぱっとしない妹佳子。ところが、妹が突然結婚すると言い出した。相手は台湾からの留学生。姉も慌て、父親も母親親も慌てる。露子には付き合っている研修医の青年がいるが、踏み切れないでいる。寡黙な父とおしゃべりな母。お節介で面白い叔父などがいて、結婚に揺れる桐畑家だが、この作家のどの小説もそうであるが、ユーモアがあってほんわかしている。
 
 大原御幸  帯に生きた家族の物語  林真理子  講談社
 華やかな色彩の表紙と題名に興味を持って借りてきた一冊。芸能や芸術作品について書かれた作品も好きなので読んだ。まとめるのは大変なので、ネットの紹介文を拝借させて頂きます。
 《戦後、着物黄金時代の京都で天才帯屋として名を馳せた松谷鏡水。
父の死後、七十四歳になった娘は初めて、あまりにも偉大な存在だった父について語る。
娘の語りから浮かび上がってくる、一族の濃厚な歴史。》   

 日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で  水村美苗  文芸春秋
 4月の読書会で取り上げた本。4月13日のブログの中で書いているので略します。

 母の遺産 新聞小説  水村美苗   中央講談社
上記の本(日本語が・・)を読んだ時、論文か評論家という方と思いこむほど、博識な方と感じた。小説家ということで、作品を読んでみたいと思い、図書館で借りてきた。読売新聞連載と小説という。
 3人姉妹の次女に当たる主人公が贅沢でわがままな母親を介護し、見送るまでを書いている。長女は資産家の次男と結婚、3女は、アメリカで家庭を持っている。母はもっぱら次女を頼り、頻繁に電話をかけてくる。○○の○○を買ってきて、とか着るものにも注文がある。高級なホームや病院などでも介護は大変である。
興味深かったが、生活感には違和感があった。
  
 うめ婆行状記 宇江佐真理  朝日新聞掲載
 著者の遺作となった小説という。この作家のものを読むのははじめてだった。週一回、紙面全体を使って掲載され待ち遠しかった。江戸時代、商家から武家に嫁ぎ、窮屈な生活を耐えてきた、うめ。夫がなくなり、実家からもらったお金も、家のために使うが多少残っており、これを機会に一人暮らしがしたいと、家族に申し入れるが大反対される。何としても束縛から逃れ自由を得たいので、理解者の力を借りて実力行使する。息子には、いざという時には戻ってくるから、よろしくと頭を下げる。そして、実家の甥の結婚に力になったり、みんなに頼られる。現代にも通じる生き方で素晴らしいと感じた。

長いお別れ 中島京子
 これも中島京子さんの家族小説。認知症の出てきた父親を妻と娘たちが介護する。元中学校校長の父は先生という呼びかけには反応するが、苗字や名前には反応しない。漢字の読み方など尋ねると、喜んで教えようとする。長いお別れとは永遠の「死」という意味ではなく認知症になってからの長さをいうとのこと。妻の、お父さんは絶対自分が面倒を見る、という気持ちが強く、真似できないと感じる。
深刻な内容のはずが、作者の筆で温かいものになっている。
 
 歴史を探る 人生を探る  池波正太郎  河出書房新社
 以前書いたような気がするが再読した。

 風が強く吹いている  三浦しおん  新潮社
  ただいま読書中。

 未読の本(これから読む本)
 エルニーニョ  中島京子  講談社
 書かずにはいられない  北村薫  新潮社
 余寒の雪 宇江佐真理  文春文庫 
 たば風 蝦夷拾遺 宇江佐真理  文春文庫
  
 
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by ttfuji | 2016-05-04 16:10 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)