私の生活や自分史・読書、旅などの記録


by ttfuji(トコ)

書類作成は私の仕事

 自治会会員名簿、5年ぶりに新たに作成。毎年、転入・転出・死亡などの報告だけで名簿の切り張りなどして頂いたが、結構異動が多く、名簿も傷んで整理ができていなくなった。また、個人情報保護で☎非公開を希望する人も多く、世帯主のご主人が亡くなっても、世帯主を妻の名義にすることは不安があるという人も多い。そこで、一人ひとりに電話して聞いてみると、半々ぐらいでそのままにして欲しいという希望だった。やはり高齢の人に多い。
 名前の漢字を難しい字体に直したり、結構校正が大変だった。もう一人の副会長のYさんと最終的に会長が目を通して下さったが、それでも見落とすことがあった。名簿は比較的早く仕上がり綴じの作業も終えたが、ゴミや不燃物、資源ゴミ、プラ容器など掃除当番表の作成、集会所の掃除当番、防犯パトロールの分担表、など会長が下書きしたものを、私がパソコンで作成。それを会長が公民館で印刷してくる。膨大の量だが会長は毎年のことで慣れており、私たちの手伝いはいらないと一人で印刷してくる。私は専らパソコンの書類作り。ところが、ワードでつくる作表が突然動かなくなり、あるサポートを契約しているところに電話したところ、電話がどうにか繋がり、遠隔操作で親切に教えてくれたのだが、こんなに作表が多いのなら、エクセルにした方がいいと言われ、手ほどきを受けたが、その時は分かったつもりだったが、一度では覚えられず、結局ワードでなんとか作成した。

 また太極拳、さつきの会(高齢者体操)、もくれん読書会と書類作りはすべて請け負い、81歳にしてパソコンで書類作りができるなんて、すごいと煽てられ、本人もその気になってボケ防止になり役に立っているのであればうれしいと、進んでやってきたが、ただ自己満足だけでは済まないという事態になった。
 いくつかの団体やサークルが年度末と言うことで集中し期限が切られると、焦り、目がちらついて画面の字が良く見えなくなる。時に夜中近くになり十分な睡眠をとらないと視力が戻らなくなったりの心配も出てきた。誘眠剤の世話になったりだが、どうにか目星がついてきた。
あとは総会資料の作成だけだが、会計監査8日(土)、班長・理事の業務引継ぎ9日(日)、総会23日(日)で大体のお役御免となる。ただ、監査として残ることになるようだが、例年を見ていても大きな仕事は ないだろう。
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# by ttfuji | 2017-04-06 14:21 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)
 3月になって3回ほど書いているが、自治会、サークル、家の事情などで続かなかった。
 休み続けるとどうでもいいと思うようになるのは、加齢による気力減退のせいだと思う。
 ところで、ちょっと、時間ができたので、3月からのことを羅列していって上旬が終わったとき、はて、一旦区切って投稿をした方がいいかと迷った瞬間、どこに触れてどうなったかわからないが、画面がぱっと変わってしまった。がっかりもいい所。こんな時どうしたらいいのか相変わらずわからない。ここで一旦送信する。
 3月1日(水)
 スイミング。そのあと、Oさんを迎えに行きドラッグストアとなるせ肉店で買い物。
 3月2日(木)
 81歳となる。娘を妹からメール。
 3月3日(金)
 体操のない日。銀行、ブックオフ行き。アルズフードで買い物。
 3月4日(土)
 主人久しぶりで古代史講座へ。このことは記載ずみかもしれない。
 3月5日(日)
 午後より集会所でバザーとサロン。名簿Yさん校正済み、訂正済みのものを会長にチェックしてもらう。出入りの多いアパートや家庭事情に詳しいので、記載の是非も判断して頂く。まだ何班かは未作成。
 3月6日(月)
 太極拳。
 3月7日(火)
 読書しながら、読書録書いてないなあと思う。公民館まつりでもくれん読書会の発表をしたことが、つくづくよかったと改めて思う。だんだん縮小し、存在も知らない人が多かったサークルが改めて、知ってくれた人がいて、長い歴史に感動してくれた人がいて、やりがいがあった。細々でも続けていこうと改めて思った。
 3月8日(水)
 スイミング。
 3月10日(金)
 体操。食事会の写真。プリントして全員に差し上げる。記念になると喜ばれる。
 3月11日(土)
 午前中郷土史。伊勢原開村が1620年で、伊勢に人がこの地を開いたとの説があり、オリンピック2020年に400年を迎えるので当市でも記念事業にしたいと,T氏は情熱を傾けている。今日の講義は、郷土史研究会と文化庁の共催なので60名くらいが参加した。午後は、近辺を巡る史跡めぐり。
 実は、文化会館で、文化会館で、佐野有美さんと言う四肢欠損の女性の「マイナスをプラスにして」努力、あきらめないで」という講演があり自治会のWさんを通して誘われていた。こちらも行きたいが史跡めぐりも受付を頼まれており、講演会はいけないかもと断っていた。しかし、史跡めぐりは今まで何度か廻ったところだし、案内や受付をする人は何人もいる。途中で、退場させてもらった。
2時からの講演には十分に間に合った。有美さんの、明るさ、笑顔、努力と人を引き付ける話術のうまさにも感激した。両親の立派さにも頭が下がった。帰りは自治会の人達と一緒に帰ってきた。
 3月12日(日)
 9時、集会所へ。名簿の件、規約の件で相談。名簿について数件確認の電話。午後からは支え合いサポートの会、とバザー。
 3月13日(月)
 太極拳。
 3月14日(火)
 自治会。
 3月15日(水)
 スイミング。名簿作り、Yさんにチェックして頂く。
 3月18日(金)
 さつきの会。レク室。さつきの会も4月から新年度。名簿、連絡網、掃除当番、出席簿の作成を頼まれ引き受ける。すべてデータが保存してあり、役員や連絡順を移動するだけなので、至って簡単である。
 3月19日(日)
 図書館行き。行く途中にFさん宅に寄り、さつきの会の書類のチェックをお願いする。昨年、一か所電話番号が違っていたので、再確認してもらう。また、文書の部分も書き加えたので見てもらう。
 3月20日(月)
 祭日で太極拳なし。10時に自治会の3役と新会計のNさんに来てもらい会計の仕事について説明する予定だったが、引き受けたご主人が出張中で奥さんが来られた。奥さんも務めており、会計が適任かどうか、内容を説明するつもりだったが、引き受けた本人ではなかったので、ご主人の都合のいい日に変更した。
 
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# by ttfuji | 2017-04-06 11:58 | 生活雑記 | Comments(0)

新旧 理事・班長会議

2月26日(日)
1時半より、新旧理事・班長会議
新理事より、新年度の新役員を決めなければならない。果たしてこの中に会長を引き受けている人はいるのか。毎年の大問題だ。在任中に、次期会長に適任の人を育成しておくべきだ、との声もある。しかし、めぼしい人がいても、現役で出張などがあり、とても会長は無理だと引き受けてはもらえない。私は、会長の要請で副会長2期務めさせて頂いたが、会長あっての副であり、できることを手伝っただけでそれでも2年はきつかった。夫にも2年目受けるのかと言われ、断ると言っていたのに、書類を作って下さったり、相談したいことも多く、いつも頼りにしていたと言われると、私の性格で断り切れなくなった。でも、80を超えて老害と言われそうだし、夫の体調のこともあり、何と言われても断るつもりでいた。理事は班の件数にもよるが1班から1名の所や2~3班から1名というところもあり7名の理事。自薦で会長を引き受けて下さる人はいませんか、と会長が顔を向けると、副会長なら引き受けてもいい、と言う人が何と2名いらっしゃった。それもW会長が続行で会長をやって下さるのが条件と言う。比較的若い男性が3人見えており、今年は有望と思ったのに、残念ですね、と会長。ご夫婦で見えた人は、会計なら引き受けていいという。衛生、体育、広報など比較的早く名乗り上げられる。ところが、会計はかなり忙しいし、銀行に振り込みに行ったりしなければならず、引き受けたご夫婦2人とも勤めている、という、夜の引き出しは手数料がかかるので困るという。副会長は文書係が多く、パソコンができないと困るという。私もそれができるということで存在価値があったともいえる。私と一緒に副会長をやったYさんは、何でも良くできるのに、パソコンができないし、習う気もないらしい。役員についてはもう一度詰めたいという。
トントン拍子で行くかと思ったのにうまくいかないものだ。若松会長、第7期も引き受けて下さりありがとうございます。
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# by ttfuji | 2017-03-07 17:51 | 時事・社会・地域・自治会 | Comments(0)

夫、古代史講座へ

3月4日(土)
 第1土曜日の昨日、夫は数か月ぶりで古代史教養講座に出かけた。病気や体調不良が続き、退会したのかな、と思っていた。いつの間にか、出掛けの用意をし、服装も整えた。え、大丈夫?と聞くと、出掛けてみる、調子が悪かったら途中で帰ってくるかもしれないし、すぐ帰ってくるかもしれない、と予告する。昔のように仲間といっぱい、などということはないらしい。気分転換になるならそれもいいと思うが。何を食べたらいいか、これは大丈夫か、と気にしながら食べるのも大変だろう。私に厳しいことを言う以上、守ってもらわなければ困るのだが。

 私は予定もないので、自治会の名簿作り。罫線の種類や編集に時間がかかる。
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# by ttfuji | 2017-03-05 20:26 | 家族・身内・私 | Comments(0)

メディカルフーズ届く

 2月28日(火)
夫が「高カリウム血症」対策として、献立を専門家に任せてみたいといい、ニチレイのメディカルフーズに頼んだからね、と言ったのは数日前。それもいいかもしれないと、分かりましたと返事した。
 それが今日午前中に届いた。段ボールに7日分冷凍食品である。プラスティックのトレイに大小の仕切り4つ、それぞれにひとかけづつ、と言う感じでちょこっと入っている。夫はそれを見て、これでは腹の足しにもならない、とがっかりした様子。これにご飯と味噌汁は作って添える。もともとおかずは沢山食べる人だから不満なのはわかる。しかし、病人食なのだから減量も仕方ないのではないかと思う。足りなければ、ごはんとふりかけでも食べたら、と言ったが、結局、具だくさんのけんちん汁を大鍋一杯作った。そしてイワシも焼いた。けんちん汁には、里芋、ニンジン、ゴボウ、大根、椎茸、しめじ、油あげ、蒟蒻等が入っている。野菜の栄養不足も補える。翌日昼のうどんの汁代わりにもなる。病院食なんておかずの1品くらいにしか考えるのは間違っているのだろう。
 
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# by ttfuji | 2017-03-02 18:01 | 医療・健康 | Comments(0)
2月24日(金)
 今日もダブルヘッターで忙しい。
 体操の会で、忘年会も新年会もなく、先生より他の会では何かつつけて何度もやってますよ、と言われていた。納涼会とか大会の打ち上げとか。
 役員さんも結構忙しいので、そのうちにと思っているうちに期末に近くなってしまった。
2月中にお食事処と交渉をとった。会計が会費に余裕があるので個人費用は不要と言う。
 
 この日は4時から南公民館の会場予約の調整会議がある。
 
 さつき会の食事会は11時半集合と言うことになっていたが、2時にはお開きになったとして、3時半までどこかで時間をつぶさなければならない。家から歩いても10~15分ほどの距離だが一旦帰宅すると、雑用などがありもう一度公民館まで歩くのは面倒である。
 しかも、食費会の折、ビールやお酒を希望者は別会計で飲むことになっており、私はいつも生ビールが飲みたいので注文する。だから、車でのお出かけはしない。
 この会でも、私は、適当に写真を撮り、皆さんに差し上げる。
 2時半頃お開き。近くに喫茶はないので、南公民館のロビーで暇をつぶすことにする。Fさんが付き合って下さる。
 館長さんにご挨拶し、事情を話しここで待たせて頂きたいとお願いする。Fさんも館長さんとはご主人のことで旧知。自販機でコーヒーをFさんにご馳走になるが、館長さんも茶とお菓子を運んでくださった。
 3時半頃Fさんは帰られ、私は、調整会議の部屋へ。相棒のMさんもすでに来られていた。
4時には終了。6月分の予約完了。たった一日の事でも行かなければ場所は取れない。月3回3か月分予約のある会は、2人で血相を変えてとっている(該当の用紙に記入)。その点、読書会は、隔月なので、1回が2、2回が2、3回が1回で済む。
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# by ttfuji | 2017-02-24 22:10 | その他 | Comments(0)
 2月の読書会は、公民館まつりの行事のため、2週間遅れの22日に行われた。
 今日は代表のTさんがご主人の通院付きそいでお休み。2日にご主人を見送られたNさんは、お祭りには参加されなかったが、例会には何とか出たいと言われていた通り出席された。今でも弔問客が絶えないという。書類上の残務が忙しく、悲しんでいる時間もないという。
 とにかく4人で始める。
 公民館まつりに参加できたこと、陣容もなく資料も乏しいと思っていたが、継続していることに、称讃の声が聴かれ、私が捨てきれず保管していたことが、おおいに役に立った。44年以上の貴重な記録だ。初期の頃の大先輩たちの中で若手と言われた時代の感想のやり取りまで思い出す。
 公民館祭り不参加10年のサークルに、できる形で参加して下さい、歴史のある会なのだからもったいない、と呼びかけて下さった館長さんには心から感謝です。多分、後継者が入らない限り、そう長くは続けられないかもしれない。

 今日の読書会は、篠田節子さん『長女たち』で2年ほど前に読み、ブログにも載せ、会で本を選ぶとき、推薦した。
色々の意見が出たが、総じて肯定するものが多かった。
 
 本の帯に書かれたものを、すべて紹介します。
 第1話 「家守娘」
 痴呆が始まった母のせいで恋人と別れ、仕事もやめた直美。
 第2話 「ミッション」
 父を孤独死させた悔恨から抜け出せない頼子、
 第3話 「ファーストレデイ」
 糖尿病の母に腎臓を提供すべきか悩む慧子・・・
  
 老後の親があてにするための長女と、慈しむための他の兄妹。

 それでも長女は、親の呪縛から逃れられない。親の変容と介護に振り回される女たちの苦悩と、
 失われない希望を描く連作小説。

 こんな親での見捨てられない、逃げられないーそれが長女の宿命か。
 親が老いたとき、頼りにされるのはもはや嫁でも長男でもない。無責任な次女、
 他人事の兄弟・・・追い詰められた長女の行く末は?
 どの家庭にも起こりうる“ありふれた地獄”を描く衝撃作。
 衝撃的なキャッチコピーはともかく、会を始める。
  2か月ぶりの読書会。この頃、司会や記録係など決め手なく、雑談に流れるので、新入で若いMさんにお願いした。
 Nさん
 この本、身につまされています。主人が亡くなっていろいろのことがあり、「家守娘」ではないが、長女夫婦が仕切って本当によくやってくれた。音楽を流して主人を送ったことは、長女の提案だった。「ミッション」は尊敬する先輩の医師がチベットの未開地の医療に向かう姿に影響を受け、社会人になってから、医師の免許を取り、自身も病身の父を見捨ててチベットに向かう話。先輩医師は命を落とし、父を見捨ててきたことに後悔もある。
 Sさん
 買った直後に一気に読んだ。私はこの本から狂気を感じた。登場人物にか著者にかどちらかかわからないが。年を取るといろいろな病気になって、認知症になったり暴力的になったりする。人格も崩れてしまう。人間関係や人生経験も影響してくると思われる。介護させたいために、結婚にも反対するのは間違っている。母の介護、長女、次女は介護をよくしたが、離れた3女に渡しには、たまに行ってもよく来てくれたと喜ぶ。妹に対しても優しく接する。
 F
 母親のせいで、恋もできない、結婚もできないというのはおかしい。まして、自分の病気のために娘の腎臓まで願うという母親にはおぞましいものを感じた。
 Mさん
 この本は、笑いの出る本ではない。今、図書館で、読書のすすめで3か月で100冊の本を読むというキャンペーンをやっている。。そして感想を書く。そのノートを見せていただく。
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# by ttfuji | 2017-02-23 20:47 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)

カリウムで頭がいっぱい

カリウムが多い食品の一覧表を渡され、これを参考にして献立を考えてほしい、と言われたのは2月8日。
見れば、食品群別に、乾物、穀物、だいずとその製品、野菜、果物、魚、魚介類・干物、肉類、加工品など、400種以上細かい字で並んでいる。ネットで検索しプリントしたものだ。干物類が圧倒的に高い。干しシイタケ、切り干し大根、魚の干物など、水分が飛ばしてうまみが凝縮したものが高い。また、野菜や果物、豆類も多い。一般に人間に必要な良い食品ばかりがカリウムの数値が高い。
 リンが高い、痛風の前段階と言われたこともある。その時もプリン体の多い食品を避けてきた。コレステロール値が高い、血圧が高い、で脂肪を避けたい塩分を控えたりした。食欲は常にあって、この歳になって食べたいものを我慢してまで細々生きていたくない、と言っていたのも、この頃だ。
 しかし、今回のことで、宗旨が替ったのか、カリウムを減らすことが最優先になったようだ。
こんなことを気にしていたら、食べるものがなくなってしまう、ほかの栄養素が不足して、体力、気力、免疫力が落ちて病気になってしまうのではないの、と言ったが、夫が言うには、腎臓に問題がある場合は、カリウムが高いことは、致命的で、数値が良くなることはない、このままでは腎臓透析をしなくてはならない。そうなったら、あんたも大変だよ、と言う。
 私の介護が大変になると半分脅かすように言う。勿論大変だと思う。
 あんなに毎日スムージーもコーヒーもぴったりやめた。生野菜は、キャベツも小松菜もほうれん草も、白菜も、カブも刻んでたっぷりの水に放置し、ざるにあげて、たっぷりの湯で茹でればカリームがかなり減るという。普通人からみれば栄養分を捨ててカスを食べているようなものだが、重篤と思っている夫にはぜひそれはしてほしいという。
 
 でも医師に言われて食事療法で気をつけて、と言われたことは、そこまで来ていないということではないか。かなり悪いとか、究極の場合は、先生も、薬を処方するとか、教育入院とか勧めるのではないだろうか。
 私の友人の夫は50代で糖尿病にかかり、教育入院し食事指導を受けたそうだ。そして今は普通に暮らしている。 
 夫の場合、医師から、カリウムは高いが、薬も沢山飲んでいることだし食事療法で頑張ってくださいと言われたのだから、すぐに腎臓透析になると言うこともないと思う。現実的な話だが、今の食事だったら当分は大丈夫ではないか、と言われる。
 夫は緑豆もやしがカリウムが少ないと書いてある、コンビーフも低い、と言って2個ずつ買ってきた。ご飯よりそばが少ない、そばよりうどんが少ない、さらに素麺の方が少ない、という。いちいち、数値を覚えているのには感心する。そんなに気にし過ぎだというと、頭がカリウムのことでいっぱいだという。
 そして、とうとうメジィカルセンターへ検索して、症状を言って、1週間分の配達を受けた。
 なんと、タンパク質制限食と書いてある。余りの少なさに驚いた。夫もとても足りないな、と言っている。カロリー制限なのだから、量が少ないのは頷ける。しかし、タンパク質制限とはおかしい。
 夫に聞くと、カリウム制限と腎臓病のことを話したら、これが送られてきた、という。
 結局、私が作った少しヘルシーなおかず4・4品も並べたがきれいに食べた。ご飯と味噌汁もたっぷりと。わたしのやり方は間違っているだろうか。
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# by ttfuji | 2017-02-23 16:32 | 医療・健康 | Comments(0)

公民館まつりと読書会

 公民館祭り参加を決めてから、多忙を極めた。何しろ、10年間のブランクがある。私が、館長より公民館まつりへの参加を勧められている、どんな形でもいいといわれた。と会員に相談してみたところ有難いことだけど、無理でしょう、と言われた。みんなみんな家族や会員自身が入退院している人ばかり。
 しかし、折角の歴史のある会、このままじり貧で消滅していくには惜しい、と思い始め、確かにきちんとしたものは出来ないかもしれない。でも、公民館の利用団体であることは間違いない。かって11年間参加しているので、その資料も断捨離のできない私は保存してある。段ボールに入れて別室の棚の奥に押し込んである。「もくれん読書会の歩み」として、会、始まって以来の読書の目録は記録され、一昨年、このブログでも紹介した。
 何人かの人から、すごいですね、貴重な記録ですね、と言って頂いた。私自身もよく続いたものだと自画自賛している。その時々の読んだ本の記録や感想・意見などまとめたものもファイル6冊に収められファイルの表紙に年月を書き入れ整理した。
 
 それにしても、初期の頃、20数人いた会員が5名になった今も続いているのは、大先輩たちのおかげだと思う。読書会を作ろう、と巡回文庫利用者の人達から、声が上がり、県の担当の松元先生の指導とご支援のおかげで、会が誕生し、初期の頃は、当番が資料や年表など謄写版でつくって皆さんに配っていた。専業主婦が多くいた時代でもあった。
 こうした経過を書いたものを、拡大コピーを繰り返して作成し(館長さんのお力を頂いて)挨拶文としてボードに貼り、形を整えた。
 本も、めいめい持ち寄り50冊ほど並べた。
 会の継続には会員の募集が不可欠。会員募集も呼びかけた。もしかしたら、若い人たちの参加があればうれしい。でも、一方で公民館まつり参加も今年限りかもしれない、とも思っている。会員それぞれも深刻な事情を抱えている。何しろ70代から80代の人達なのだから。
 
 2月15日に展示資料持ち込み、図書室の一隅を頂き展示できた。18日(土)と19日(日)が公民館祭りの当日だが、発表団体も多く、展示作品も多く、賑やかで華やかな雰囲気の中、ひっそりと地味なコーナーだが、精一杯やったという自負心もあり、友人たちが呼びかけに応じて見にきてくださり、お褒めの言葉も沢山頂いた。何しろ、歴史の長さと古い資料に感心された。会場で出会った人にも、目立たないところですけれど、寄って見て行ってくださいと、呼び込みまでした。

 やってよかったです、冥途のみやげができました。何より参加を勧めて下さった館長さん、作業を手伝って下さったスタッフさんに感謝せずにはいられません。

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 実は、公民館まつり、直前に会員のNさんもご主人がなくなられたということもありました。熱心で展示の本をたくさん出してくれましたが参加できず残念でしたが、それどころではない思いの日々だったでしょう。
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# by ttfuji | 2017-02-21 20:46 | 読書・読書会・図書館 | Comments(0)
  2月11日(土)
 建国記念日。祭日だが、郷土史会の日。会場はシティプラザ4階。中央公民館は休館日のため。
 準役員のNさんが風邪でお休みのため、受付を頼まれていた。
 講義の演題は『伊勢原市史から見えてきたもの』。 講師は、市の文化財課の井上淳氏。
  1.市史編纂事業の目的とは何か
  2.旗本領主による支配
  3.北海道の国泰寺
  4.日向薬師の神仏分離
  5.大山町の兵事書類
  6.西富岡に建設途上だった53軍司令部
  7.GHQの影響
 
 レジュメは関係図書の紹介、伊勢原市史編纂の基本構想、古代から現代までの古文書などの資料がA3・13枚にぎっしり詰まったものを受付で手渡した。
 編集に携わった、郷土史家・専門委員などの討論や写真なども載っており、なかなか興味深い資料である。ただ、文字が小さく読むのに一苦労、根気がいる。
 私が、興味を持ったのは、3.の北海道の国泰寺についてである。
 30年以上前であったと思うが、郷土史同好会に入会しており、洞昌院の僧侶であり、郷土史家の安達先生の所で月1回の勉強会があり友人達と通っていた。先生は、「この町を語る」ほか何冊かの本も書かれていたが、『蝦夷の国泰寺と相模の禅僧』(伊勢原市文化財調査報告書第三集)を書かれていた。
 勉強会の折、先生はこの本の紹介とともに、伊勢原の禅僧が、鎌倉の寺にいた時、幕府から蝦夷地の鎮護のために三つの官寺を創設した。有珠の善光寺(浄土宗)、様似の藤澍院(天台宗)、厚岸の国泰寺(禅宗)で、これを蝦夷の三官寺と称した。相模の国の(現伊勢原)下糟屋村の神宮寺の文道玄宋和尚は五代目、池端村、蔵福寺の香国弁渕和尚が選任された。
 安達先生がこの本を書くきっかけは、任務を終えて相模に帰山後、北方の安寧を祈願して建てられた多宝塔に刻まれた文字を発見したことによると先生から直に伺った。
 その後、先生による国泰寺行きの旅行に同好会のメンバーも同行させて頂いた。安達先生は、本をまとめるまで数回訪れて、数多くの書物(国泰寺日鑑記)他を見せていただき立派な本にまとめられた。

 先生は、太田道灌の墓所である洞昌院の僧侶であったが、絵も書も立派で、穏やかな優しい何とも謙虚な先生でした。半紙に描いた墨絵を何枚か頂いている。
 今日の、講義を聞いて、思い出した懐かしい思い出である。
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# by ttfuji | 2017-02-13 19:00 | 郷土史・講演会・学習 | Comments(0)